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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
公爵令嬢アリシア
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メアリとわたし

王都からの、華麗なる大脱出を成功させた私達は、合間合間に乗馬を休ませつつ、日暮れまで街道から少し外れた平原を西に進んだ。


恐れていた追手であるが、一応、今のところは大丈夫なようだ。


一応、とお断わりしたのは、どうも王都を出てからこっち、一定の距離をおきながら、私達の後をつけている集団がいるからだ。


実は私は、頭と同じくらい耳も良いのだ。


騎馬というのはかなり重量がある。

馬蹄の音というのは響くので、地面に耳をつければ、立って見渡せない範囲にいる相手でも察知できる。


数は五十騎ぐらいだろうか。

それなりの大きさの集団が付かず離れずの距離でついてきている。


さてさて、果たしてなにものであろうか。

敵じゃないといいんだけども。


ぺったりと地面に顔を貼り付けながらわたしが悩んでいると、近くにしゃがみこんだメアリと視線があった。


「いかがでございますか」


私は一度瞑目してから、厳かな声音で告げる。


「ガイアの声が聞こえます……」


メアリは、一瞬何言ってんだこいつみたいな目をしたあと、諦めたように首を振った。


王都からはだいぶ離れたし、ここらで一息入れるかしらん。

私は顔を持ち上げるとメアリにここで夜営する旨を伝えた。



火を起こしたかったのだが、なにせ着の身着のまま飛び出したせいで、道具を持ってない。

剣で火花散らして着火しようかとも思ったが、跡を残すのも少し不安だったので、今日は諦めることにした。


そろそろ、冬も近い季節だ。

夜ともなると流石に冷え込む。


というか、ドレスの肩口がバックリ開いているのが、一番きつい。

メアリは足までむき出しである。

こうも寒いとおしゃれも楽じゃないと実感する。


さむいさむいと言いながら、私は、メアリと一緒に、お馬さんのお腹に潜り込んだ。


寝そべっていたお馬さんは、ちょっと身じろぎしたあと、私達を受け入れてくれた。

ふーやれやれである。


見上げれば満天の星空だった。


まるで、空が地面にまで降りてきたような透き通るような夜で、恋人がいるなら、さぞかしロマンチックな気分になるんだろうな、などと思いながら、私は極星を探していた。


ここ三年間、さんざん走り回ってきた場所である。

いまさら迷うとは思わなかったが、なんというか習慣みたいなものであった。



静かないい夜だった。


思い返してみても、なんとも盛り沢山な一日だった。


戦線から戻ってすぐ、気乗りしないパーティーに出て、婚約破棄されて、王太子をぶん殴って、そして王都から逃げ出した。

お尋ね者にはなってしまったが、邪魔だった婚約も破棄できたし、あの王太子にも一撃加えられた。

一時はもうだめかとも思ったけれど、なんだかんだ私はまだ自由の身で、こうしてメアリと二人で星を眺めている。

世の中なんとかなるもんであるなぁと、感慨深く思った。


ふと頬に冷たいものが伝うのを感じた。


まぁ私じゃない。


ハート・オブ・アイアン公爵令嬢と名高い私は、残念ながら涙腺が固いのである。

今までも、ここで可愛く涙を流したいなぁ、と思うシーンはあったのだが、残念ながら一滴たりともこぼれることはなかった。


寝よだれはよく垂らしているらしいが。


気付かれたと思ったのだろう、隣にいるメアリが身じろぎした。

私は少しだけ胸が傷んだ。



メアリ・オルグレンは、ランズデール家に代々仕える従士の家の出で、私の幼馴染だ。


練兵場でちらっと目にしていたようだが、正式な挨拶を受けたのは、彼女が公爵家に行儀見習いとしてやってきた時のことだった。

当時の彼女は、少しくすんだブロンドに翠の目をした、やさしい容貌の女の子だった。


私、アリシア・ランズデールの側に、行儀見習いとして寄越された女の子は、もちろん彼女一人ではなかった。

ただ、物心ついたときから、棒切れを振り回しているような娘である。

これはついていけんと、皆またたくまに暇乞していなくなってしまった。

そんな中、なにを思ったかずっと残ってくれたのが、彼女メアリだったのである。


メアリは、とても勉強熱心なしっかりもので、私の身の回りにほとんど女性の側仕えがいないことを知ると、親戚の女性陣に侍女としてのあれこれを学んだ上で、最低限、私が貴族の令嬢として見られるように仕立て上げてくれた。


何しろ女の親族がいない身である。

彼女がいなければ、あるいは山猿のように育っていたかもしれない。

さすがにそれは、ちょっとぞっとしないものがある。


でも彼女がしてくれたのは、それだけではなかった。


とても良家の子女がするようなものではない軍の訓練にも、手の豆を潰しながら、体にあざを作りながら、ついてきてくれたのだ。


最初は、父に仕えている兄ためだ、とかなんとか理由をつけていた。


だが、私の初陣にまで一緒にきてくれるとなれば、にぶいと定評がある私も気付かざるをえない。

彼女は、私の側にいるためにずっと頑張ってくれていたのだ。


なんでなのだろうか。


正直、私にも理由はわからない。

改まって聞くような事でもなさそうなので、あまり気にしないことにしている。


私は、あいにく、世間一般でいう、良い女主人ではない。


王家や中央からの覚えはめでたくないし、出張であちこち飛ばされる。

ろくに茶会や社交場にも出ないせいで、出会いの機会だってほとんどない。

挙句、ついには反逆罪で札付きにまでなってしまった。

とんでもねぇクソ物件引いちまったなぁ、と後悔されていても、まったく反論することができない。


彼女も、冗談でそんなことを口にすることはあるのだが、本心でないことは知っている。

いままでずっと、とても、そのなんというか、とても、とても優しく私に仕えてきてくれたのだ。


お陰様で、私は、彼女と出会ってこの方、寂しいと思ったことだけは一度もなかった。

彼女がいてくれて、なんというか、私はいろいろと救われているのである。


私、すごいしどろもどろである。


「いつもありがとうね」


ごめんねというのも少し違う気がして、私がお礼をいうと、どういうわけか頭を抱えてぐしゃぐしゃにされた。

なんとなく嬉しかったけど、でも小さく汗臭いとつぶやかれたことも、私は忘れないよ。


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是非、お手にとって頂けると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] いつも使っているauブックパスで見かけて、試しでこちらでタイトル検索したら、あったので読み始めました。 貴族令嬢で軍人という作品はあまりないので、先が楽しみだなー、と感じています。 感想…
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