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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
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木工細工とわたし

私が食欲魔神であることは事実であるが、食べてばかりいたと誤解されるわけにもいかない。

ちゃんと観光もした。


ブルッフザールの街へ繰り出す前に、私は従者三人に傅かれて身支度を整えていた。


今は冬の一番寒い時期を少し過ぎたぐらい、当然外は冷えるので私も風邪などひかぬよう着込むことになった。

ステイシーの見立てで白のブラウスと濃紫のドレススカートに豪華なセーブル皮のロングコートを来た私は、どこからどう見ても良家のお嬢様だった。

そう"お嬢様"だった。


「なんだか子供っぽくないかしら、ステイシー」

「とても良くお似合いです。アリシア様」


ステイシーの回答に恣意的なものを感じる。

子供っぽさは身長のせいだと信じこみたい私は、少しでも高さを稼ぐためにロシア帽をかぶることにした。

こっちにロシアなんて地域はないんだけど、デザイナーさんの意向でロシア帽で通っている。

世の中にはそういうこともある。許せ。


外に出るとジークとコンラートと護衛の騎士二人が待っていた。

私は早速左手の手袋を外してジークに差し出す。

ジークはニヤッと笑ってと右の手袋を外すと、私の手をとってからポケットに突っ込んだ。

私はジークに直接手を握ってもらうのが大好きなのだ。

あったかぬくぬくである。


「当然のように自分の右手をフリーにするアリシア様まじぱないっす」


私のエスコートの常識を根底から覆す振る舞いに、コンラートと護衛騎士の人たちはビビっていた。

ジークは私が守るからね。仕方ないね。



「アリシアは、冬の装いがよく似合うな」

「ありがとうございます」


てくてくと町中を歩む私の姿をジークは褒めてくれた。

うれしい!

でもジーク的に気になることもあったらしい。


「全く飾り気がないのももったいない気がするな。アリシアは装飾品が嫌いか?」

「いえ、単に手持ちがないだけです」


はい。

実はちょっとしたコンプレックスであります。


私は装飾品の類を殆ど持っていない。

というか、ジークに幾つかもらうまでは一つも持っていなかった。

今回の遠征も、服は他所行きの綺麗なものを準備しておいたのだが、装飾品の類をいつもの調子でまるっと全部忘れてしまったのだ。

結果、今の私が身につけているアクセサリはベルトぐらいのものである。

我ながら、驚きの飾り気のなさだ。

シンプルアリシアである。


チェインや指輪は、乱戦の時に危ないという実用上の問題もあった。

軍人しながらおしゃれを目指すのはなかなか難しいのだ。


「どうせならもう少し飾ってみるか?」

「であれば、髪飾りがよろしいでしょう」


私の嗜好を知っているメアリのアドバイスを受けて、私達は、民芸品のお店にいくことになった。


森の直ぐ側に拓かれたブルッフザールは、林業の街だ。

天然の良質な木材を使った特産品がたくさんある。

綺麗な家具などがその代表だが、木工細工を使った装飾品でも有名だった。


街で一番の品揃えというお店に入る。

店の中は家具や飾り棚のような大物から、カップやお皿、お茶会で使うおしゃれな小物まで沢山の木工品でいっぱいだった。

私は目を輝かせた。


「素敵!かわいいものも一杯ありますね!」

「アリシアのほうがかわいいがな」

「すげぇ。この皇子、素で言い切りやがった」


ジークに褒められて私は、照れてしまった。

あとコンラート、追い打ちは自重して。人もいるところでそういうのは恥ずかしい。


しばらくお店の中をうろうろした私たちは、髪飾りが置いてある一角を見つけた。

木彫の優しい手触りと、素朴な意匠がかわいらしい。

ジークは他のアクセサリを見繕うと奥の方へ歩いていった。


「どれが一番似合うかしら」


私が鏡の前に立つと、メアリとステイシーとクラリッサが代わる代わるいろいろな飾りを私の髪に当ててくれる。

私は、鏡の中の自分の顔をじっくり吟味する。

どれもかわいい。

やっぱり元の素材がかわいいから、どれでも似合うな。

ジークの褒め倒しのおかげで、最近、自信過剰気味な私である。


そうやって、しばらくつけて外してを繰り返していたのだが、面倒くさくなったらしいステイシーがワンステップ飛ばし始めた。

つけて外しての、外してが飛ばされるせいで、つけてつけてつけてになって、私の髪がどんどん重くなっていく。

それを見たクラリッサが、得心したように手を叩いた。


「これだ」

「やりますか」


なにがこれなのか説明したまえ、クラリッサ。

あとなに無駄にやる気出してんの、メアリ。


止めるべきかとも思ったが、下手に動くとお店の売り物を落としてしまう。

結果、身動きとれなくなった私の頭に、すごい勢いで髪飾りが積まれていった。

沢山つけすぎたせいで、髪飾りがただの木片みたいに見える。

それからしばらく作業は続き、おおよそ目につく範囲にある髪飾りを私の髪に貼り付けると、アホ三人はやりきった笑顔を浮かべて額の汗を拭った。


「できましたよ」


そうかできたのか。

ならジークに見せてやんよ、このみのむしアリシアを。

私は髪から木切れがこぼれ落ちないよう気をつけつつ、しずしずとジークのところに歩いていった。


「どうかしら、この頭」

「いいな、よく似合う。全部買おうか」


ジークよ、お前もか。


やけくそになった私は、そのままお会計に向かったが、お店の人まで悪乗りしてとてもかわいいと太鼓判をおしてくれた。

売り物がなくなってしまうのは困るだろうということで、半分ほどは棚に戻したが、残りの木片は全部おみやげとして買い上げた。

軽く半年は着回せる量の髪飾りを手に入れて、わたしのテンションはだだ下がりである。

まったく、全然、ありがたみがない。

売るほど手に入ったので、実家のご近所さんや仲の良い友達へ適当にばらまこうと思う。


私が布袋いっぱいの髪飾りをステイシーに押し付けている横で、ジークはお店の人と他のアクセサリについて話していた。


「この店では一品物は取り扱っていないのか?既製品は候補が少なすぎてな」

「でしたら、木彫館に行ってみます?」


木彫館というのは、この街にある木彫品の展示場のことだ。

一品物から、街の子供達が作ったような素人作品まで幅広く展示されているとのこと。

展示品もお金を出せば買えるらしい。

私達も行ってみることにした。


目的地に向かう途中で、はちみつとレモンを溶かした暖かい飲み物を露天で買った。

ほっとする味だ。おいしい。

陶器の器に多めに注いでもらったので、ジークと回し飲みしたのだが、残念ながらわたしは間接キスの経験値が高すぎた。

騎兵隊の演習中に、部隊のおっさん達と水筒を回し飲みすることもざらだったからだ。

折角の乙女シチュエーションなのに、ドキドキ度があまりなくて、私は少し悲しかった。


木彫館は、うちの実家よりも大きな立派な建物であった。

入り口で館長さんが案内を申し出てくれたのだが、


「自由に回らせてもらうつもりだ。気遣い無用」


とジークはお断りしていた。

館長さんは残念そうにしながら、お茶会室を用意しておくので、休憩用するときは使って欲しいと言って館内に戻っていった。

実はジークとも知り合いらしい。

このブルッフザールに来て初めてジークの知り合いとあった気がする。

帝国内での第一皇子の知名度が、わたしにはいまいち掴みきれない。


館内は、家具も調度品もなにからなにまで木製だった。

木の香りで一杯の館内は、とても優しい雰囲気だ。落ち着く。

アクセサリ目当てであったけれど、私たちはゆっくり中を見て回ることにした。


「木彫りの熊がある」


立派な魚を加えた熊の木彫の前でコンラートが足を止めた。

大きいだけの机の上に、ぞんざいな感じで大量の熊が並べられているコーナーだった。

二段に積まれているのもいる。全部で二百ぐらいあった。


「ご自由にお持ちください」


記念品コーナーか何かだろうか、無料で配っているらしい。

あとで館長さんに伺ったところ、とある物好きなおじさんが、このモチーフの置物ばかり作っては、できる端から寄贈してくれるらしい。

置き場所にも困るので、貰い手を探しているのだが、なかなか減らずに頭を悩ませていると教えてくれた。


雄々しい表情の熊を見る。

うん、私もいらないな。

実家に飾ると妙に合いそうな気もしたけれど、荷物がかさばりそうなので、引き取りは見合わせた。


「魔除けか何かかしら」

「知らんなぁ」


帝国内の事情に詳しいジークも知らないとのこと。謎である。


木彫館で私が一番気に入ったのは、からくりじかけの人形コーナーだ。

可笑しな顔をした人形が、ネジやゼンマイを巻くと、くるくる動く。とても楽しい。

大掛かりなものになると、天井から吊るされた曲芸士の人形が、十体以上もひゅんひゅん飛び交って、傍目にはなかなか壮観であった。

ふと横を見ると、窓には「開放厳禁」の張り紙が。

なんでも風が強い日に仕掛けを動かすと、勢いのまま飛んでいってしまう子がいるらしい。


「攻めますね」

「いや、攻めすぎだろ」


メアリにコンラートが突っ込んでいた。

よく見るとくるくる回る人形たちの体は、ぼろぼろだった。

たいていの人形は箱の中で座っているだけの簡単なお仕事であるはずだが、激務を強いられる子もいるのだなぁと私はしみじみ思った。


簡単な仕組みの人形も沢山展示されていた。

お土産ものとして値札が付けられている。

私はその中の一つを手に取った。

くるみ割り人形だ。

かっぷくのいい女の子が台に腰掛けている。

ネジを巻くとその台がめりめりくるみにめり込んで、殻を割る仕組みであるようだ。


この娘のお尻の重さに耐えきれず、くるみが割れる。


人の体重を馬鹿にした失礼な仕掛けであるのだが、そのまるまる太った女の子がすごいドヤ顔で、私も思わずニンマリしてしまった。

見ろよ、この私のパワーを、と言わんばかりの表情に親近感を覚えた私は、その人形をお土産にもらうことにした。


「これが欲しいわ」

「気に入ったのか?」

「ええ、私そっくりでしょ」


ジークが笑った。失礼なことである。

ジークからは見事な細工を施した、白檀の扇子をプレゼントしてもらった。

広げて口元を隠してみる。


「お嬢様みたいですよ、アリシア様」

「でしょう?」


メアリからもお墨付きをもらったので、わたしもドヤ顔で決めた。

アリシアお嬢様である。


木彫館を出てからも、私たちはいろいろなお店を冷やかして回った。

町の人達はみんな穏やかで、優しい人が多かった。

それから日が沈む前に、私たちはお宿に撤収した。




お宿のご飯は、豪華でとても美味しい。

今日のメインはうさぎのヒレ肉のソテーだった。


「明日はどうします?」


コンラートの問いかけにメアリが挙手する。


「森へ狩りに行きませんか?猟場があると聞きましたが」

「俺は構わないが、アリシアはどうだ?」


メアリは狩猟系女子だ。狩りとか大好きである。

ジークもコンラートも貴族男性らしく、嗜みはあるみたいだ。


狩りか。


私はお皿の上のうさぎさんを眺めた。


「楽しそうね。わたしも賛成」


全会一致である。

私たちは、狩りに行くことになった。

すぐではない。

猟場の手配や、猟具の貸出などお供の人たちが今から準備をしてくれるそうだ。

狩猟用の道具や武器も持ち込まなければならないし、人手も必要になる。

護衛の人たちが、打ち合わせを始めるのを、私はそれとなく眺めていた。


「どうせなら二人でペアを組んでスコアを勝負しない?ジークと私、コンラートとメアリでどう?」

「いいな。無論、手加減は抜きだ」

「真正面からだとアリシア様は手強いですからね。作戦を立てましょうか」


メアリは活き活きとコンラートと打ち合わせをはじめた。

ジークも負ける気はないみたいだ。私も彼と話を合わせる。



でも多分、この勝負は、メアリ達の勝ちじゃないかな。

私は、うさぎよりジークを狩りにいくつもりだから。


アリシア「がおー!!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロシア帽での言い訳、文章で簡潔に伝えるには良い表現だと思います。 帽子の名称より、解りやすくて良いですよ。
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