お菓子とわたし
興が乗って書きすぎてしまった部分について修正しました。
もう少し先になりますが、一度きちんと説明する回を設ける予定です。
今回の観光旅行では、私は食欲と物欲とほんのすこしの色欲にまみれて過ごした。
思い返してみても、私の生涯の通じてもっとも有意義な体験であった。
旅行っていいなと心の底から思った。
一応お断りしておくと、私の「生涯でもっとも有意義な体験」は、この後もしょっちゅう更新されることになる。
私の生涯がその程度のものだという点、皆様には予めご承知おき願いたい。
まずは私の一番の原動力である食欲のお話からさせてもらおう。
私たちは到着してすぐ、お宿のお部屋に通された。
心のなかでほんのちょっぴり同室となることを期待していたのであるが、ジークとは別室であった。
残念無念である。
一応、夜間襲撃を想定してジークのお部屋の出入り口と採光場所だけは確認しておいた。
機会があれば、上手く使いたい。
窓は枠ごと外せばよい。これ豆知識な。
一方の私のお部屋であるが、最上階の大きな大きな一室をお借りすることになった。
他国のお姫様がご宿泊になるようなお部屋らしい。
言ってて気がついたが私も他国のお姫様だった。
自分でもすぐに忘れてしまう。
立派なお部屋に当然のごとく気後れした私は、早速いつもの三人娘に招集をかけ、同じ部屋で寝泊まりするよう命じた。
「でかい」
メアリも子供みたいな感想を漏らしていた。
要塞の一室でさえびっくりの贅沢さだったのに、さすがはロイヤルスウィート、私達の体験のその上を、簡単に超えていく。
一方のクラリッサとステイシーは、豪華なお部屋も慣れっこであるらしく、テキパキと身の回りの支度をしてくれた。
ここで私は、この旅、最初の美味しいものとの出会いを果たす。
クッキーである。
はい、そこ、しょぼいとか言わない。
私、この時のが人生初クッキーだったんだよ。
王都のお茶会で見かけたことはあったのだが、私はまったく手をだす気になれなかったので全スルーしていたのだ。
うちの実家で砂糖を使った菓子が出たことは一度もない。
だから私が口にしたことがある甘味は、はちみつと果物ぐらいだ。
見たことはあるお菓子である。
さてお味はどんなものかと、小さな四角い一枚を口に放り込んでみて、私はたちまち虜になってしまった。
甘いのだ。そしてさっくりした口あたりがとても優しい。
たっぷりのお砂糖とバターのおかげだろう。贅沢な風味に私は眼を見開いた。
「高い部屋だけあって、良い茶菓子置いてますねー」
見れば、クラリッサも一枚かじっていた。
ステイシーとメアリも手に取ってもぐもぐしながら、おいしい、高そうとそれぞれ感想を口にした。
君たち、ちょっと反応薄くない?こんなに美味しいのに!
カゴの中を見るとそれなりの分量のクッキーが積まれていた。
でもここにいる人数で分けるとすると、すぐなくなってしまう。
私は食い意地の張った意地汚い女だ。
この贅沢な甘さを最大限味わいつつ一枚でも多く食べるんだ、と心に決めた私は、みんなに遅れをとらないようしゃくしゃく食べ始めた。
さくさくした食感が楽しい、おいしくて飲み込むのがもったいない。
二枚目を口に含みつつ三枚目をかじりはじめた私の顔を、クラリッサとステイシーがじっと見ていた。
ひゃん!貧乏性こじらせた私の食べ方がもうばれた。
私は泣く泣く口の中のクッキーを飲み込んだ。
「クッキーって美味しいのね。初めてだけど、びっくりしちゃったわ」
「私の分もどうぞ。端からかじって食べてください」
ステイシーが、長めの筒みたいにくるっと一巻きしたクッキーをくれた。
食べ方を指定されたが、くれるというなら私に拒否する理由はない。
できればリスみたいに、というリクエストをもらったので、なるべくそれっぽい仕草でかじる。
リスには劣るが、わたしも頬袋には自信があるのだ。
一枚食べ終わったわたしに、今度はクラリッサが同じものを、差し出した。
「カゼッセルで、おやつにクッキー出しませんでしたっけ?この絵、初めて見る気がするんですけど」
「ビスケットやマフィンはあったけど。クッキーはないわ」
「オゥ! シット! 私としたことが、なんたる失態!」
クラリッサが、よくわからない悔しさを爆発させていた。
そのせいか、かじるスピードに緩急つけてくださいとかいう高度な要求を突きつけてくる。
緩急ってなんだ。
頑張って、食べるスピードを早くしたり遅くしたりしてみたが、食べ方に意識をもっていかれたせいで味がよくわからなくなってきた。
「味がわからなくなるから、普通に食べていい?」
「ちょっと待っててください!追加分を持ってきます」
クラリッサは慌てて部屋を出ていくと、すぐに籠をかかえたジークを連れて戻ってきた。
コンラートと近衛騎士の男の人も一緒だ。
「これをやろう。食べ方は任せる」
今度はジークだ。
好きに食べていいというのでパクっと私はくいついた。
ジークの指にカスが残っていたのでぺろっと舐める。
ジークはちょっと吃驚した顔をした。
「とても、かわいい」
「ありがとう」
褒めてもらった私は、素直にお礼を言った。
おいしいものをもらって可愛がられるのだから、婚約者とはつくづくお得な立場である。
それからしばらく、ジークとステイシーとクラリッサに代わる代わる給餌されたが、際限なく私が食べ続けたため、食性が偏ること心配したメアリに中断させられた。
籠一つ分ぐらい一人で食べつくした気がする。
大満足であった。
そのメアリもコンラートにあーんさせられて、ひどくめんどくさそうな顔で、一枚だけクッキーを受け取っていた。
「メアリは酒飲みだから、甘いものより、塩気を聞かせた干し肉とかのほうが喜ぶわよ」
「そりゃ、良いこと聞きました!」
ライバルにクッキーを減らされるのを恐れた私がコンラートに密告すると、聞きつけたメアリからほっぺたを折檻された。
何いまさらでかわいこぶってんだよぉ。
一緒に蛮族相手に暴れた仲だろぉ?
そして私は、大好物のリストにクッキーの名前を刻み込んだ。
次はチョコまんである。
今回の観光は、ジーク、私、コンラート、メアリのお客様面子に、うちの近衛騎士二人を含む護衛四人の八人で回ることになった。
今は冬、ブルッフザールは内陸の街なので、結構冷え込む。
観光で外を歩き回った私達が、ちょっとした暖を取るために立ち寄ったお店で、私はそれに出会った。
赤や緑を内装にたくさん使った、少しエキゾチックな雰囲気のお店だった。
私達が暖かい軽食が欲しいという注文すると、愛想の良い店員さんがとっておきだと言ってメニューを見せてくれたのだ。
見ると、王都の喫茶店でも見たことがないお品が並んでいる。
おすすめを聞こうと帝国組のジーク&コンラートに目線をやると、コンラートが難しい顔をしてメニューを睨みつけていた。
「こんな高級な店で、中華まんを注文することになるとは…」
向こうならどれも100円ちょっとだろ、とつぶやくコンラートは不満げだ。
私もお値段を見たけれど、軽食代と考えるとたしかにお高い。
貧乏領地出身のメアリもお値段には敏感だ。眉をひそめた。
「私は相場を知らないのですけれど、これは高いのですか?」
「いや、妥当だろう。コンラート、あまりおかしなことを言うな。気に食わんのなら外で待っていろ」
「いや食べますよ。食べますけど。やっぱりこの値段は納得いかねぇ…」
俺は肉まんにします。他のを頼むと負けた気になりますから。
そう言って、コンラートは、一番安い肉入りの饅頭を二つ頼んでいた。
甘いものをあまり食べないメアリは、同じく肉入りのとトマトソースにチーズを絡めたものを一つずつ頼むらしい。
私も遠慮してお安いのにしたほうが良いのかしら。
そう心配したが、これはいらぬ気遣いであった。
何しろ、私のジークは帝国の第一皇子で、すごいお金持ちなのだ。
「なんでも好きなものを頼んでいいぞ」
やったぁ!
じゃあ一番高いやつから二つ頼もう。
遠慮を知らぬ女アリシア、この手の機会を逃しはしない。
玉の輿ばんざいである。
そしてその、一番高いお品が、チョコレート入りの饅頭だった。
肉入りの一番安い饅頭と比べてお値段が五倍ぐらいする。
中身のチョコレートが高いらしい。
待つことしばし、一番お高い注文にニコニコ笑顔のお店の人が香り高いお茶と一緒にお品を出してくれた。
蒸したてで湯気を立てる饅頭に私はがぶりとかみつく。
そして、かっと眼を見開いた。
甘い!おいしい!
私はこのチョコレートの濃厚な甘さにまたしても虜になった。
とにかく甘かった。クッキーのふわっとした甘さと違って、なんというか濃い感じがする。
元気が出る美味しさであった。
両眉の端がシャキーンと跳ね上がる感じだ。
ふがふがと白い饅頭皮にかぶりつく私を、ジークは楽しそうに眺めていた。
「アリシアは、なんでもうまそうに食うな」
「美味しいです!世の中には素敵なものがいっぱいあるんですねぇ」
「帝国にはほかにもいろいろ珍しいものがある。今度いくつか取り寄せてみようか」
「はい!楽しみにしてますね」
ジークは、彼が注文した饅頭も一つわたしにくれた。
カスタードクリーム入りの饅頭だ。これもとても美味しかった。
チョコレートもクリームも、知ってはいたけれど、食べるのは初めてだ。
こんなにも美味しいものだったのか!
わたしは、大好きなものリストに深くその名を刻み込んだ。
「今気づいたけど、ほとんど中華関係ねぇじゃねーか!」
コンラートは最後まで不満が残ったようだ。
おいしかったからいいじゃないか、と私は思った。
メアリも同意見だったようで、コンラートの頭をなでて慰めていた。
そして最後はアイスクリームである。
一日観光を終えて、宿へと帰る道すがら、ジークが言った。
「どうせなら思い切り贅沢をしてみたい」
コンラートは答えた。
「寒い日にガンガンに暖房効かせて食べるアイスは最高の贅沢ですよね」
「よし、やるか」
私もだんだんこの二人のことがわかってきた。
この人達、結構馬鹿だ。
私とメアリ、二人して同時に半眼になってしまい、期せずして認識を共有することになった。
ガンガンに暖房を効かせるというのはお宿の一室でやるらしい。
そこに氷菓子を持ち込んで、今いる8人で食べるそうだ。
そして、私たちは氷菓子の取り扱いがある高級レストランにお邪魔することになった。
なお、氷菓子を取り扱っているような高級店で、お持ち帰りなんてサービスをしてるところは存在しない。
ならばどうするのか。
こうするのだ。
「夜分にすまない。帝国第一皇子のジークハルトだが、この店のデザートだけ持ち帰らせてもらえないだろうか」
身分を振りかざしての無理難題。
ジークが大好きな馬鹿皇子ごっこだそうだ。
もしお店が、ジークが依頼したものを用意できたら多めに礼金を払い、用意できないと迷惑料を置いて去っていく。
いろんなものを無駄遣いしている。
一応このおバカ行為にも理由がある。
ジークは歳費をダダ余りさせているせいで、「国の経済回すためにきちんと使い切れ!」とお父様から怒られるのだそうだ。
羨ましい限りだ。うちの公爵家なんて父娘二人で倹約に努めているというのに!
ジークが名乗ると、案内の人がめっちゃ大慌てで奥の方に走っていった。
すぐに支配人の方が出てきて、すごい勢いで応対してくれる。
このアホな名乗りで、果たして身分を信じてもらえるのかと心配したのだが、皇子の身分を詐称すると問答無用で極刑なので、俺以外に名乗るような馬鹿はまずいないとジークは自慢げに教えてくれた。
馬鹿なことしてる自覚はあるんだね、ジーク。
一応身分証の提示を求められたら、提示する用意はしてあるそうだ。
帝国軍のドックタグらしいけど。
もうどうでも良くなった私は、急な出来事に動転しきっている支配人さんに、このアホな試みの裏側を説明してあげた。
「なるほど、そういうことでしたら」
そして、私たちは、保温の魔術具の箱を一つ貸し出してもらい、そこにおみやげのアイスクリームを詰めてお宿に戻ることになった。
大事な魔術具まで一つ借りることになってしまったので、その分の礼金もきちんと払った。
明日は、宿から人をやって箱を返却させるそうだ。
こうやって人を使っては、気前よくチップを弾んであげるのが、良いお金持ちの振る舞いなのだと教えられた。
へー、と私は感心することしきりだったのだが、後にクラリッサから「馬鹿なことは真似しないで良い」と釘をさされた。
関係した者たちは皆、喜んでいるのだから、これは良い道楽なのだとジークは笑っていた。
そうかもしれないし、そうでないかもしれないが、私はちょっと楽しかったので、ジークの言うとおりでいいかなと思った。
お宿に帰ってきて、談話室を一つぽかぽかに温める。
それからさっき調達してきたアイスクリームを頂くことになった。
冷たい飲み物も一緒だ。
私は悩んだが、一番基本らしいバニラのアイスクリームと、気に入ったチョコのアイスクリームを二段にして、ウェハースと一緒にお皿の上に乗せてもらった。
さじにすくってぱくりと食べる。
ヒヤッとした感じが舌の上に乗ってからすっと溶けると、ミルクの優しい甘さが口の中に広がった。
甘ーい!美味しーい!
はー、と満足の息を吐く。これがアイスクリーム。三度、私は虜になってしまった。
私、今日一日で虜になりまくりである。
しかし、よく考えてみたら私は姫騎士なのだ。
捕まりまくるのは、ある意味、職分を全うしているといえなくもない。
蛮族に捕まりたくはないが、美味しいお菓子に捕まるのなら大歓迎である。
冷たくておいしいなぁ、と感動した私は、ゆっくり味わって食べることにした。
私の取り分はこのお皿に載っている分だけだ。
こんなに素敵なもの、次はいつ口にできるかわからない。
大事に頂かなくては。
「一気に食べても良いんだぞ」
「そんなのもったいないです。ゆっくり味わっていただきますね」
「そうか…」
ジークにがっかりされた。
その横で、さっきぱくりと一口でアイスを食べ尽くしたメアリが、いたいいたい頭がいたいとこめかみを押さえてうめき始めた。
コンラートがほっこりした笑顔を浮かべている。
ははぁん、そういうことね。
私がじとっとしためでジークを睨むと、彼はわざとらしくに視線を逸らした。
もうひとさじアイスをすくって口にする。
やっぱりおいしい。
私はなぜ暖房部屋のアイスが贅沢なのかを考えた。
そして一つの推論に至った。
冬の暖かいお部屋は、贅沢な快適さの象徴だ。
その快適なお部屋で、一番美味しく感じられるのが、この冷たいアイスクリームなのだ。
最高の部屋で最高に美味しいものを食べる。これは確かに最高の贅沢ではないだろうか。
これは、すごい新発見だ!
あるいはこの発見は、もっと他のことにも応用できるかもしれない。
私は悩んだ。うんうん悩んだ。そうやってしばらく悩んでみたのだが、特に何も思いつかなかったので、私は考えるのをやめた。
とにかくアイスクリームは美味しいのだ。
私はそのことだけを強く記憶することにした。
美味しいものを沢山発見できて、その日のわたしは大変な幸せものであった。
その日の夜、私は夢を見た。
私は夢の中、三年前に戦場でジークに初めて出会ったときの格好をしたままお腹が減って動けなくなっていた。
疲れて果てて、もう一歩も歩けないとうずくまっていると、そこに敵国の皇子ジークハルトが現れる。
彼は、ほっこりした笑顔を浮かべると、私をお姫様抱っこで連れ去ってしまう。
「くっ、私を一体どうするつもり!?」
「貴様を天国に連れて行ってやろう」
私は内心ドキドキだ。これはいわゆる姫騎士的な展開ではなかろうか。
そんな私の期待を他所に、ジークはばーんと、唐突に目の前に現れた牢屋の扉を開け放った。
部屋の中の光景を目にして、私は叫ぶ。
「こんなものに、私は屈したりなんかしないんだから!」
「そんなことを言って、お前の体は正直だな!」
そして、盛大に、私のお腹の音がなった!
お部屋の中には、おいしそうなお菓子がいっぱいだ!
「ほら、腹が減っているんだろう。たんと食え」
ジークは私をやさしく椅子の上に下ろすと、かわいい前掛けをつけてくれた。
口元に運ばれたクッキーから私は目をそらすが、欲望に耐えきれずに食いついてしまう。
ジークはそんな私の顔を優しい笑顔で見守りながら、せっせと甘いお菓子を運んでくれた。
…うん。
この展開について、わたしは、言いたいことが沢山あった。
とりあえず私の身長が、三年前基準で小さくなっていることが一番の不満で、ジークが小さい子供に向けるみたいな、超絶優しい笑顔を向けてくるのが次の不満だ。
たしかに私はお菓子が大好きだが、せっかく夢でジークに会えたのだから、それ以上にやりたいことがたくさんあった。
にも関わらずこの展開。
一体全体、どんな私の潜在的欲求がこの夢を見せているのか。
私は内心、不平たらたらであった。
そんな私本体の気も知らず、口の中を甘いお菓子でいっぱいにした姫騎士の私が叫ぶ。
「くっ、殺せ!」
「口を開くときには、ちゃんとものを飲み込んでからにしなさい」
お母さんかよ!
私の心の叫びもどこ吹く風で、だらしない笑顔を浮かべたちびの私は、一心不乱に美味しいお菓子を頬張っていた。
なおその日の朝、私は、寝よだれを垂らした間抜け面で寝台の上にひっくり返っているところを発見される。
第一発見者のステイシーはこれを目撃すると、慌ててクラリッサを呼びに行った。
そして画用紙とパステル持参で駆けつけた天才クラリッサは、半刻ほどで我がアホ面の似顔絵を描き上げた。
この決定的瞬間を捉えた姿絵の存在は、私には一切秘密とされ、裏から両陛下への定期連絡に添えて帝国本土へと送られていたらしい。
お義父さまとお義母さまにご挨拶に伺った折、これら自分のマヌケ面と対面することになる私の気持ちを、この時の私はまだ知る由もなかった。
アリシア「「そこは私に乱暴するべきでしょう!?エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」」
ジークハルト「いや、このお話、R15指定だから」