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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
34/116

北弦作戦、決戦

長さの単位でアリシアが出てきます。

200アリシア=約300mと思ってください。

メートル法を持ち込みたくなかったのが理由なんですが、まさかガチの戦闘描写で使う羽目になるとは思わなんだ…

蛮族集結の報をうけ、ランズデール領軍、および帝国軍の指揮官が招集された。

斥候からの報告によれば、敵の総数はおおよそ20000程度とのこと。


アリシアとメアリが非常に険しい表情を浮かべて、図上の蛮族部隊を睨んでいた。

俺は訝しく思った。


「当初の敵兵力の予想は二万から三万程度。この規模は想定の範囲内だ。何か懸念があるのか」

「はい。敵が思ったより少ない。この程度の兵力では、戦わずに逃げられる可能性があります。先んじて少し叩きすぎたかもしれない」


前段作戦では、延べ一万近い数の蛮族を敗走させている。

そのすべてが集結しているとは限らないが、相当数の敗残兵が紛れ込んでいることが予想された。

メアリが頷いて続けた。


「状況によっては、ランズデール領軍のみで決戦を挑んだほうが良いかもしれません。あるいは敵が瓦解するのを待って騎兵部隊による各個撃破を続けるか」


これを聞いて慌てたのは、帝国軍の猟兵部隊の者達だ。

彼らは、これまで宿営地の警備や補給線の確保など、後方支援に徹してきた。

はるばる北の地へ遠征しながら、決戦への参加を拒まれてしまっては、立つ瀬がなくなってしまう。

猟兵隊指揮官達の、すがるような目線が俺に向けられた。

気持ちはわかるぞ。一応聞いてやる。


「帝国軍も主戦場に投入できないか。すべてをランズデール領軍に任せて帝国軍は見ているだけでした、では、我々の存在意義についても問われかねん」

「であれば、可及的速やかに決戦を挑むべきでしょう。敵が瓦解する前に仕掛けます。早期の決着もまた望むところですし、当初の予定通りでもあります」


俺達は、既にアリシアに毒され始めていたのだろうと思う。

なぜ我々が、敵の戦意崩壊を心配しなければならないのか。

我々の総兵力が蛮族の三分のニに届かないことなど、もはや誰も気にしていなかった。


早期の決戦を目指す。彼女の言葉にしたがって、皆慌ただしく動きはじめた。


幸いにもというべきか、決戦を挑むべく、軍をまとめ西から接近した帝国軍に対し、蛮族の部隊は迎え撃つ構えを見せた。

敵の逃亡に戦々恐々としていた帝国猟兵達の安堵は、いかばかりであっただろうか。

あるいは、蛮族も大軍の統制が行き届かず、動けなかっただけなのかもしれないが、兎にも角にも我々は決戦へとこぎつけた。



そして北辺の地に、帝国軍と蛮族の軍は対峙した。

両軍とも、横陣を敷き睨み合う。


蛮族達は、氏族ごとに固まって隊列を組んでいた。

兵科など一顧だにせぬ、蛮族らしいといえば蛮族らしい布陣だ。

彼らは、その数的優位を陣の分厚さに回したらしい。

おそらく、緒戦で散々に苦しめられた騎馬隊の突撃を警戒したのであろう。

肉の壁で騎馬突撃の勢いを殺し、数で押し包んで、倒す。

単純ではあるが、数の優位に任せた力押しを得意とする蛮族には、もっともふさわしくまた確実な戦術であった。


対する帝国軍は、前列に連弩を携えた猟兵を置き、次列にランズデール騎兵隊を配していた。

連弩とは機械式の弩だ。

弾倉に矢弾を詰め込み、これを連射する。

短時間内に集中して大量の矢を打ち込めるのが特徴だ。

問題も多い代物なのだが、今回の決戦にはおあつらえ向きであったため、配備しておいた。


日は中天を過ぎ、西に傾きつつあった。

帝国軍ラッパの音が響き、蛮族の陣太鼓がならされる。

進撃の合図だ。

横隊を組んだ帝国軍は、歩む速さで、整然と蛮族の隊列に行進を始めた。

対する蛮族も応えるように、進み始める。


彼我の距離がおよそ200アリシアまで迫った時、蛮族の最前列が雄叫びを上げながら突撃を開始した。

迫りくる蛮族の群れに、前列で連弩を構えた猟兵達が猛射を浴びせる。

闇雲に打ち出された矢の嵐が、時ならぬにわか雨のように頭上から降り注ぐと、蛮族の群れに死を撒き散らした。

血しぶきにまじって絶叫が上がり、前を走る蛮族がばたばたと倒れていく。

しかし、無論、それだけで蛮族を殺し尽くすことは敵わない。

前を進む仲間たちを盾として、後続の蛮族達が迫った。

「抜剣!」

白兵にて迫る蛮族を迎え撃たんと、帝国猟兵は連弩を捨て剣を抜いた。



この後は、両軍が激突し、血で血を洗う闘争が繰り広げられる、というのが常である。

が、今回の戦いではそうはならなかった。


津波のようにせまる蛮族達。

その中の、蛮族の中の野盗のようななりをした男の一人が、走る足を止め、そしてまた走り出した。

彼が元いた方向に。

帝国軍に背を向けて、しかし、今までにない必死さで。


敵前逃亡だ。

その男は眼前に迫った敵に背を向けて走り出した。

何事かをわめきながら、あたう限りの速さで、よろけまろびながらも走っていく。


なぜ彼は逃げたのか。

彼は見てしまったのだ。

自分の向かう先、帝国の歩兵のその後ろに、つば広の鉄帽子をかぶった騎士が待ち構えているのを。

かの敗北の権化たる鉄帽子の騎士が、アリシア・ランズデールが、その大槍をしごきながら、歯向かう者の首をはね飛ばさんと手ぐすね引いてるのを。


あるいは戦場の狂騒に酔っていられたならば、彼も前に進めたのかもしれない。

しかし男にはそれができなかった。

死を意識してしまったからだ。

その男は、矢の雨に撃ち抜かれて死んでいく仲間の姿を、つい今しがた目の当たりにしたばかりだった。


故に男は逃げた。

敵に背を向け、同胞を見捨てて逃げた。

ただ己が生き残るために逃げた。


彼一人のことであれば、あるいは広い戦場の中で、その穴は覆い隠せたのかもしれない。

しかし、そうはならなかった。

かの鉄帽子の騎士が、一騎ではなかったからだ。


帝国の戦列に、数多の鉄帽子が並んでいた。

俺達が並べた。

予めアリシアのトレードマークである鉄帽子を騎兵隊に配っておき、等間隔に48ほど並べておいた。

50用意したのだが、2つほどアリシアが出撃中に壊してしまい48となった。

アリシアが48人もいたら、帝国軍であろうと逃亡者が出る。俺でも逃げる。


蛮族の統制力は帝国軍にはるかに劣った。

当然のごとく、この「ARSA48(アリシア48)」を目にした蛮族からも、敵前逃亡が続出した。

敗残兵も多かったのだろう。

矢の雨にさらされて、死への恐れを思い出した彼らは、目の間に立つ、アリシアの幻影に恐慌状態に陥った。


敵前逃亡を図る者たちは、未だ戦意を残す同胞に恐怖を撒き散らした。

恐怖を。

死への恐怖を。

かの鉄帽子の騎士、アリシア・ランズデールに対する恐怖を。

恐怖は瞬く間に臨界に達して、蛮族軍全体に伝染すると、軍そのものの戦意までも崩壊させた。


そして、蛮族軍は、逃走を始めた。

ただの一度も干戈を交えること無く、己が命惜しさに、彼らは潰走したのだ。


突撃の指令を待つばかりだった帝国軍猟兵部隊は、目の前で総崩れとなった蛮族部隊の背中を睨みつけていた。

彼らは思ったはずだ。


え、もう追撃戦なの?と。


おう、そうとも、追撃戦だぞ。


「殺れ!一兵たりとも生かして帰すな!」


そして、帝国軍指揮官の号令が響く。

状況は予定通りであり、ある意味想像の埒外でもあったが、帝国軍としてやることに変わりはなかった。

蛮族は排除する。

帝国軍は突撃した。


前を向き抗うものよりも、背を向け逃げるものを打ち倒すほうが遥かに容易い。

人は、背後から突きこまれる剣や槍を、防ぐすべなどもたないからだ。

殆どの戦死者が、追撃戦で発生する所以である。


だから、それより繰り広げられたのは、戦闘ではなく蹂躙であった。


無防備な背後を晒した蛮族を、後ろから追いすがった帝国兵が、散々に切りちらした。

もはや勝利は揺るぎない。

戦果を最大化するため、帝国軍の追撃は執拗を極めた。



戦況を追う俺の視界の隅で、騎兵の一団が動くのが映った。

アリシアだ。

万が一、蛮族軍が潰走せず、正面からのぶつかりあいとなった時に備えて、彼女は騎兵隊の一部を抽出し、帝国軍陣列の後ろに控えていた。

その時は戦場を迂回して、側面からの騎馬突撃で蛮族の隊列を踏み潰す算段であった。


しかして、蛮族は壊走した。

故にアリシアも次なる目標を定めた。

敵首領、蛮族の王の首だ。

蛮族にも精鋭はいる。その最たるものが、彼らが王の親衛隊であろう。

この敗勢にあって、おそらく、最大の戦力を残しているであろう一団を襲撃し、これを屠る。

そのためにアリシアが動き出した。


俺の傍に控えていたメアリもまた乗騎に跨っていた。

彼女もまたアリシアに合流するのだろう。


「殿下、私も参ります。アリシア様に伝言などあればお伝えしますが」


俺は少し考えて言った。


「無事に戻れ。あと愛していると、伝えてくれ」

「はい、必ず」


メアリは笑って受けおうと、アリシアの元へ駆け出していった。

彼女と合流したアリシアが弾かれたようにこちらを振り向き、手にした斬馬刀を振り回した。

おれも手を振った。さて彼女から俺のことは見えたであろうか。


後に俺の台詞を聞いたコンラートからは、死亡フラグみたいだからやめろ!と言われたが、現に生きて帰ったので問題ないと俺は思う。



アリシア達は、出撃後間もなく目標を発見した。

三々五々、散り散りに逃げてい蛮族の群れの中で、軍旗を掲げ、整然と退がろうとする一団があった。

あれが、かの蛮族王の親衛隊だろう。


「捕捉しました!」


物見の報告を受け、最先行するメアリの指揮のもと、騎兵隊は縦隊を形成する。

それ迎え撃たんと、蛮族の部隊も動き始めた。

長槍を構え、人馬もろとも串刺しにせんと構える敵に対し、騎兵隊は速度を落とさず迫った。

そして、そのまま、蛮族陣列の眼前を駆け抜けた。

ランズデール騎兵隊が、進路をそらしたのだ。


「放てっ!」


メアリの号令一過、縦列の横を蛮族に向けた騎兵隊は、駆け抜けざまに槍を投擲した。

至近距離からの投槍の豪雨が浴びせられる。

蛮族の隊列から悲鳴と苦痛の呻きが上がり、ばたばたと人が倒れた。


しかし彼ら蛮族の親衛隊は、戦わずして逃げ散った弱兵どもとは違った。

彼らは、投射武器の猛打に晒されながら、それでも執拗に前に出ようとした。

そのまま騎兵隊の横腹に食いつき、駆け去ろうとする騎馬隊の背後を討たんと肉薄する。

蛮族達の眼前を、騎兵隊の隊列が通り過ぎ、ついにその最後の一騎が姿をあらわす。


これの後ろに食らいつく。


蛮族達が、突撃を叫び走り出す。

その群れの中に、最後の騎士が突っ込んだ。

その騎士は、その最後の騎士だけは、進路をそらさず、たたまっすぐに蛮族の群れに飛び込んできた。


アリシアだった。


アリシアは、蛮族の隊列に、疾駆する騎馬の速度で突入した。

人馬一体の勢いが蛮族を跳ね、振り回される大剣が血の颶風を巻き起こす。

攻めかからんとした勢いを正面から叩き潰されて、蛮族の群れが乱れ立った。

アリシアは、その隊列に踊りこみ、散々に蹴散らして回った。

わずか数分の激闘の末、彼女と彼女の振るう斬馬刀の軌跡が、蛮族の隊列に真っ赤な穴をあけていた。


その穴に、再反転した騎兵隊が、突入した。

メアリの采配によるものだ。

ランズデール騎兵隊の突撃に、切り裂かれた隊列を食い破られて、蛮族共の組織的な抵抗は潰えた。


陣を食い破ったランズデール騎兵達の勇猛は凄まじかった。

なにしろここに至るまで、手柄首はすべてアリシアのものとなっている。

作戦に従う以上、致し方ないことだ。

だが、最後の最後だけはちがう。

最大の首級だけは、早いものがちであるのだ。

アリシアを除く全てのランズデール騎兵達にとって、この戦争における、最初にして最後の殊勲の機会である。

騎兵隊の者達は、皆、勇躍して本陣に乗り込むと次々と敵を打ち倒していった。


この戦いで王を始め、蛮族の主だった部族の長たちもまたその首と躯を晒したという。


そして戦いは終わった。



アリシアと彼女の率いる部隊の敵精鋭に対するセオリーは常に一つだ。

初撃、部隊による一撃離脱で敵陣列を崩す。

続いてアリシアが突入、隊列に穴を空け、最後の騎馬突撃をもって、敵の息の根を止める。


あるいは、最初からアリシアを陣頭に立て突撃しても、勝利は得られるのだろう。

だがアリシアはそうしない。

強敵と相対したアリシアは、必ずその鋭鋒を削り、彼女自身を盾にこれを砕かんとする。

必ずだ。


そのために、アリシアは、ありとあらゆる戦術と機動を彼女が直卒するランズデール騎兵隊の精鋭に仕込んでいた。

アリシアは言った。


「死なぬこと。すべての戦いで、私がランズデールの者達に望むことは、ただこれ一つなのです。生きて帰るための力と知恵こそが、ランズデールの強さの源泉であると私は考えています」


この北伐は、彼女のこの言葉を裏付けるものであったと俺は思う。


北方遠征を通じて、蛮族の死者は一万五千を超えた。

対する帝国側の損失は、帝国軍猟兵部隊48名、ランズデール騎兵隊19名、その他7名。戦死者は遂に100名に届かなかった。

帝国の戦史上でも類を見ない大勝であった。



帝国東部方面軍は、この勝利により蛮族の脅威を完全に取り除くことに成功した。



戦いは終わり、我々は帰途についた。


アリシア「いやあ、蛮族は強敵でしたね」

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