北弦作戦の開始
俺がアリシアの戦いについて尋ねた時のことだ。
彼女は「いくつか秘訣があるのですけど」と前置いてから言った。
「戦いをカードで例えてみますね。カードは1から10までの数字があって、数が大きいほど強いカードです。私の手元には10のカードが1枚と8のカードが3枚、相手には9のカードが1枚と5のカードが3枚あります。すべてのカードで一度ずつ対戦するとして、私の一番強い10のカードは相手のどのカードにぶつけるのがよいでしょうか?」
答えなど決まりきっていた。
最強のカードであるアリシアを、最も手強い相手にぶつけるべきだ。
もっともアリシアのカードに書かれた数字は、10ではなく20とか100だろうとは思うが。
北弦作戦が開始された。
初日は、実に十二の蛮族部隊への攻撃が予定されていた。
対するランズデール騎兵隊は計十部隊に分かれて展開、それぞれの獲物を補足しつつ彼らの主の下命を待っていた。
俺自身がアリシアに帯同することは適わなかった。
「絶対死にそう」
というクラリッサの言をアリシア含め全員が支持したためだ。
全員に言われて本当に死にそうな気がしてきた俺は、代わりに、観戦武官を遣わして、この戦いの様子を伝えさせることにした。
彼らの証言をもって戦闘の詳細としたいと思う。
アリシア率いる騎兵隊は、敵蛮族部隊を補足後、突撃隊形を形成、太陽を背に攻撃を仕掛けた。
アリシアは、一人突出するように、一番先頭を駆けていたそうだ。
彼女は、この日、大槍を携えていた。
蛮族は群れるが、組織だった隊列はほとんど組まない。
いつもの鉄帽子を被ったアリシアは、大槍を手に、蛮族の群れに突入した。
槍の一閃に、蛮族数人が宙を舞う。
鉄の暴威だ。
ただでさえ統制が怪しい蛮族の隊列が乱れた。そこにアリシアに従う騎兵達が突入した。
お手本のような騎馬突撃だったそうだ。
戦いの趨勢は、この一撃で決まった。
蛮族の隊列は、壊乱し、組織だった抵抗力を失った。
騎兵隊の者達は、残る蛮族共をまるで演習用の木偶を狩るがごとく打ち倒していった。
一方のアリシアは、自身の姿を誇示するように蛮族を切り払いつつ、敵中に一人突出していた。
彼女の槍の一振りで、騎馬が三頭は並んで歩けるほどの道が開かれる。
分け入るというでもない、蛮族の群れの中にあってさえ、堂々たる女王の行進であった。
蛮族の指導者とは、その群れにあって、最も強い戦士であることが多い。
そして彼ら蛮族の長は、地位に相応しい力と知恵を、常に誇示する必要がある。
ゆえに、彼らは、敵の長からの挑戦に対し、これを迎え撃たんと前に出る。
この部隊の蛮族の長もまた、悠々と歩を進めるアリシアを最大の強者と見定めて、子飼いの手下を引き連れ迫った。
否、迫ろうとした。
アリシアが、無造作に振るった槍の一閃が、その男の胴を撃砕したため、その意図は適わなかった。
象に匹敵する力で振るわれる、横殴りの一閃にどのように立ち向かえというのか。
多少の膂力の強さなど、アリシアの暴威の前には無力であった。
哀れな蛮族の長の上半身が地面に転がった時、残されたものたちの戦意は四散した。
恐慌に陥った蛮族の群れは、皆、脇目も振らずに潰走したという。
こうして、一つの戦闘が終結した。
四半刻にも満たぬ間の決着であった。
この場に居合わせた蛮族共にとって、アリシアの鉄帽子は、絶対に抗し得ない敗北の象徴となっただろう、とその場にいた観戦武官は語った。
それほどアリシアの武威は圧倒的であったそうだ。
激しいが短い戦いの後、アリシアと騎兵隊の本体が合流した。
アリシアは、十騎ほど引き連れて次の攻撃隊へ合流すべく出立した。
彼女は去り際に、逃げる蛮族のうちの何名かを、必ず討つよう指し示した。
残された騎兵隊は、非常におざなりな追撃戦をはじめた。
最初にアリシアに指示された者たちを数人がかりで打ち倒すと、残りは徒歩で走る蛮族を、やりで突つつきながら追い回したそうだ。
そして騎兵隊は、彼らに立ち向かってきた者達は倒し、必死に逃げ続けるものは見逃した。
「前はこうやって追い回して、お仲間のところまで案内させたんですがね。今回は遠見の魔術があるんですぐ打ち切りました」
アリシアに後を任された騎兵隊指揮官の言であった。
今回は楽で助かります。とも彼は付け加えた。
これが前段作戦、最初の戦いの模様だ。
アリシアは後に語った。
「蛮族と帝国軍の違いはたくさんあります。これもその一つ。蛮族の指揮官は、私が探さなくても自分から出てきてくれるんです。だからわたしは、彼らが持つ一番強いカードをなんとかこの手で討ち取れる。帝国軍相手ではこうは行きませんでした」
アリシアは最も強い敵手に対して、必ず自らが盾となり戦う。
それが最も効率が良いからと口にしていたし、おそらく事実でもあろう。
しかしそれだけが理由であるとも俺には思えなかった。
例えばアリシアが持つ弱いカードが、相手の強いカードとぶつかった時、彼女の手元からは手札が一枚失われる。
俺には、彼女が手札を失うこと自体を恐れているようにも見えた。
また、アリシアは、どんな戦いでも、常に死力を振り絞っているのだと教えてくれた。
彼女が、槍の一振りで吹き飛ばせるのは、せいぜい数人が限度。
敵中に一人突出するのは、背後が怖い。
弓兵の一団がいて矢をまとめて射掛けられたら、乗馬はまず守りきれない。
「私は、蛮族からはとても強そうに見えたのかもしれません。でも本当は、必死になって槍を振って、こわいこわいと震えながら馬をすすめているのです」
そう言ってアリシアは笑った。
危険を恐れるアリシアが、それでも前に出られるのは、自分の後ろに信頼するランズデール騎兵隊がいるからだという。
アリシアが窮地におちいれば、彼らはすぐさま駆けつけてくれる。
その信頼があればこそ、自分は一人、前に出られるのだと彼女は語っていた。
なお騎兵隊からは、今までただの一度もアリシアは窮地に陥ったことがなく、逆にアリシアに窮地を救われた者は、両手の指の数に余るほどいるとの証言をもらった。
実はアリシアは後ろにも目がついているらしく、危機に陥った味方がいると、自分の背後であってもきっちり察知して、手元の投槍で敵をぶち抜くのだそうだ。
彼らはこうも証言した。
「アリシア様は、貫通した槍が味方を傷つけないよう、力を加減するのがむずかしい、と仰っておられました」
アリシアの投槍は、直線軌道で長弓の最大射程を超え、その精度も熟練の射手に匹敵する。
つまり彼女に補足された場合、相手はほぼ確実に死ぬ。
俺のアリシアに対する評価は、臆病で用心深く連携を非常に重視する超人ということで固まった。
彼女の花のようにほころぶ笑顔を想い、とても本人にこの評価は教えられぬと、おれは決意を固めた。
少し話が出たので、アリシアの投槍についても述べよう。
アリシアは弓などは使わない。代わりに投槍をよく用いる。
槍を投げる動作は、弓をひくのにくらべて隙が少ないうえに彼女の膂力を活かせるため、アリシアにとっては素晴らしい武器なのだそうだ。
「本当は一番のお気に入りなんです。安全に遠くから戦えるから」
そう言って彼女が見せてくれた投槍は、アリシアの小さな手でも扱えるように幾分小振りに成形された、全鋼鉄製のボルトだった。
「これ、徹甲弾じゃないですか…」
アリシアのお気に入りを見たコンラートは、そう言って呻いた。
蛮族の長の中には、その武勇を誇り、陣頭に立って戦おうとするものも多い。
アリシアはその手の目立つ輩を見つけると、いそいそと先行し、槍を投げつける。
「だいたい三回なげれば仕留められます」
彼女は、はにかむように笑った。
なお騎兵隊の証言によると、ほぼすべての相手は一撃らしい。
三回も投げたところは見たことがないと証言が得られた。
アリシアの自己評価はあてにならないところがある。俺は学習しはじめた。
今回の作戦でも、アリシアは投槍を使う機会に恵まれた。
とある襲撃の際、アリシアたちを待ち受ける蛮族達の隊列の先頭に、見るからに体格に優れた偉丈夫がいたそうだ。
彼女は、乗馬を駆りながら、ためらうことなく槍を投げた。
間をおかず、その大男の胸に大穴が空く。遠目にも致命の一撃であったそうだ。
おそらくその男が、蛮族達の指導者だったのだろう。
その彼を一撃で打ち倒されて、残る蛮族は一目散に逃げ出したらしい。
騎兵隊はそのまま追撃戦に移った。
「おそらく本日の連戦の中でも、最も楽な戦闘であったかと思われます」
と観戦武官は語った。
またこれ以外の戦場では、狙撃手を投槍にて逆狙撃し、討ち取ったとも報告があった。
アリシアが遮蔽物の陰に槍を投げ込んだため、戦闘終了後に確認しところ、男が頭を撃ち抜かれて倒れていたらしい。
傍らには弩が転がっていたそうだ。
重量と直線軌道のせいでアリシアの投槍を弾くのは難しく、また彼女は体の真ん中を狙うがゆえに避けるのも至難。
ついでにアリシアは、やたらと勘が鋭く、動体視力もすさまじい。
「弾切れがなければ、これだけで勝てるんじゃないですかね…」
とはコンラートの言だったが、重量がかさむため一回の戦闘に持ち込めるのは5発が限度であるそうだ。
給弾要員、弾着観測、籠城戦、その他、いろいろと俺の胸に去来するものがあったが、それらはしばらく俺の内にしまっておこうと思う。
王国首脳の鳥頭に、俺は心の底から感謝した。
総括すると、アリシアはとても強かった。
そして彼女の強さに裏打ちされた前段作戦は、順調に進んでいた。
ジャーンジャーンジャーン
蛮族「げぇっ!アリシア!!」