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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
公爵令嬢アリシア
3/116

王都脱出の公爵令嬢

回想から戻って再びパーティー会場である。


「……とうとうやってしまったわ」

「ここまで足掛け約十年、これを相手によく我慢されたと思いますよ」


わたしのつぶやきに、メアリがそれを顎で指しつつ同意してくれた。


目線の先には、顔面を砕かれて転がっている私の元婚約者。

そしてその横で鼻血を吹き出しつつ泣き叫ぶアン男爵令嬢。


特に思い出したいわけでもないが、学園という閉鎖された環境では、私やメアリに対する小さな嫌がらせも多かった。

その元凶である二人の成れの果てに、ちょっと胸に去来するものがあったりもしたのだが、そんな感傷も、すぐに混沌とした状況に押し流されてしまう。


突然の流血沙汰である。


一瞬の空白の後、悲鳴を上げてから失神する女子生徒、慌てて現場から離れようと駆け出し転ぶ貴族男性、響く悲鳴、怒号、なにかが壊れる音。


もうめちゃくちゃだ。


少し離れた場所から、近衛騎士団長の不肖の息子アランが、あの女を捉えろとかなんとか叫ぶ。

弾かれたように、特に職務に忠実な護衛の一人が私に掴みかかってきたが、当然のように殴り飛ばした。


そんな私のすぐ隣では、メアリが手近な一人を捕まえて手際よく絞め落とすと、奪った得物を私に放り投げた。


実に手慣れたものである。

ピューと私は下手な口笛を吹いた。


「なんというか、やってることそのまんま盗賊と同じよね。

とても良家の子女のすることじゃないわ」


私が笑いながら指摘すると、アリシア様にだけは言われたくありません、とメアリは不敵に返した。


メアリも私も、この手の戦働きは手慣れたものである。

ドレスでの立ち回りは少し窮屈ではあったけれど、その気になればなんとでもなるものだ。


周囲を見渡して退路を確認し、私は一声気合を入れた。


「さあ、逃げるわよ! 」


私が走り出すのに従い、メアリも小さく頷いて身を翻した。

そして私のすぐ後に続く。


衛兵達は、下手人である私達の捕縛か、王太子の救護か、要人の護衛かで、命令が錯綜しているようだ。

あちこちで叫ばれる、てんでばらばらな指示になんとか対応しようと右往左往している。


散発的に立ちふさがる、不運な職業人さん達を蹴散らしつつ、私はにやりとほくそえんだ。


実はこうなることを見越して、王太子をぶん殴るときに手心を加えたのだ。

というのも、死人については放置もできるが、けが人については、救護に人手をさかなければならないのである。

そこで、敵を倒すのに、殺さぬよう、ぎりぎりの手加減を施したりすることがままあるのだ。


いわゆる戦場の嗜みというやつだ。


まして、今回の被害者は王太子。

それにおまけの男爵令嬢。

そうそう見捨てるわけにもいかず、かなりの人間が、ダメ王子の救護に回るはずであった。


私は、刺繍やら楽器の演奏やらはさっぱりであるが、この手の腕前についてはなかなかのものなのである。


もちろん、私だって女の子らしい趣味の一つや二つ持ってみたいとは思っている。

ホントダヨ。



さて状況を整理しよう。


私は、王太子をぶん殴った。

あれは瀕死の重傷で、目撃者は多数、この期におよんで隠蔽など不可能である。

加えて司法は、がっちり私達の敵である宰相殿がおさえており、大人しく沙汰をまっていれば、まず間違いなく反逆罪が適用される。


服毒か斬首かの違いぐらいはあるかもしれないが、どちらにせよ命はない。

いままでの勲功など一顧だにされないだろう。

私、超頑張ってきたのに!


「このままだと、私、濡れ衣で処刑されてしまうわ。まるで、悲劇のヒロイン……」


「ぶん殴ったのは事実でしょうに。寝言は、もうちょっと後にしてください」


返り血のこびりついた両手に目をやりつつ、精一杯あわれっぽく慨嘆してみたが、残念ながらメアリの同意は得られなかった。


遺憾である。



もちろん私も、このまま大人しく捕まってやるつもりなど、さらさらない。


パーティー会場を飛び出し、そこそこ美術的な価値がありそうな、ツボやら絵画やらが飾ってある廊下を駆け抜ける。


「まず、今後の私達が取るべき大まかな方針としては、王都から脱出、その後どこぞの国なり都市なりに亡命を目指すわ」


メアリは頷く。

追手を振り切るべく、今私達は、結構な早さで突っ走っている。

身体強化バリバリの私はともかく、疾走しながらのお喋りはメアリにはきつそうだ。


などと心配していたら、彼女はスカートの裾を切り裂いて放り捨てた。


どうも、足さばきが上手くできずに、無口になっていたらしい。

さすがはメアリ、我が盟友。

大変たのもしい。


「幸い、父をはじめ、私やメアリに縁深い人達はみんな領地にいるわ。

だから私達さえここから脱出できれば、目標は達成といえるわね」

「ええ。

できるだけ早く、アリシア様が脱出に成功すれば、勝ちと言えるでしょう」

「私だけじゃだめ。

二人よ」


私の訂正に、ちょっと難しい表情を浮かべたメアリであったが、不承不承といったふうに頷いた。


「私一人であれば脱出などせずとも、どこかに潜伏していればいいだけなのですから、わざわざ逃げだすのはかえって面倒なのですが……。まぁ、お嬢様を見捨てるわけにも参りませんし、仕方ありませんね」


私が心配を口にすれば、この返しである。

うちの侍女ほんとひどい。


減らず口を叩きあいながらも、私は考えを巡らせる。

なにしろ、この王都から脱出というのが曲者なのだ。


そもそもこれは、いま私達がいる、王立学園の設立目的にもつながってくる。

この学園は、貴族子女の社交場兼お見合い会場でもあるが、同時に辺境領主の子女を人質として囲うための監獄でもあるのだ。


それゆえに、その立地は、王城近辺の衛士詰め所にほど近く、王都の旧市街と新市街を隔てる内壁と城壁にもあたる外壁に囲まれ、有事も平時も、人の子一人通さぬ鉄壁の防御力を誇る。


「最初の関門は学園の敷地からの脱出、その後内壁の突破、さらに外壁の突破、そして最後に王都からの追手を振り切って、南部の港か西方国境までたどりつければいいわ。現在時刻は正午少し前、天候は抜けるような晩秋の晴天、視界は良好。だめだ! できる気がしねぇ! 」


思わず本音が口に出た。


もちろん私だって、腕っ節には多少の自信があるし、一度や二度槍で突き刺されたぐらいではなんともない。


しかし十回、二十回と繰り返されれば、先に身体強化の魔力が尽きて、やられてしまうし、投網やら縄やらで簀巻にされてしまえば、身動きが取れなくなる。


現に、父との組討ちの稽古では負け続きだ。

私だって人間で、残念ながら無敵ではないのである。


「内壁は、高さ的にぎりぎり超えられるかもしれないけど、外壁は流石に無理ね……。

それに馬がなければ王都から抜け出せても、すぐに追いつかれてしまうわ」

「私には、内壁もむりでございます。

何しろ、まっとうな人間でございますから」


主人を人でなし呼ばわりしつつ、メアリが、学園の校門前に立ちふさがる衛兵を剣の平で叩き伏せた。


そして二人して、学園の敷地内から飛び出す。

何はともあれ、第一関門は無事突破である。

撃墜スコアは私が十二、メアリが六ぐらいか? ふたりとも無傷であるので、まずまずの滑り出しと言えるだろう。


辺りを見回せば、学園の校門を出てほど近くに佇む騎馬の姿が、私の目に入った。


合わせて二騎、だがどちらの馬も、背に騎手を乗せている。


「どうする? 」


私は主語をぼかして質問すれば、返答に代えて剣を構えるメアリ。


その答え、無駄がなくて大変よろしい。

にっと笑ってから、私も長剣を構えると、全速力で二頭の騎手めがけて駆け出した。


兵士さん! 私達にその馬をよこすのだ!


やってることは、もはや強盗そのものである。


長剣片手に猛然と突っ込んでくる、ふわふわドレスの少女二人に、馬上の兵士と思しき人影は、慌てて声を上げた。


「ま、待ってくれ! 」


待てと言われて待つやつはいない! 私は刺突の構えで肉薄する。


「この馬は譲る! だから待ってくれ! 」


「おっとぉ」


私の剣の切っ先が届くより先に、馬上の男性は身を捩るようにして馬を降りた。


私とて無益な殺生は望むところではない。

警戒しつつも剣をひっこめる。

それからもう一人の男性にも馬を降りてもらい、少し離れるように指図した。


彼らは大人しく従った。


私に乗馬を強奪された男たちは、しかしなぜかすぐに逃げようとはせず、じっと私達、というか私を見ていた。

そしてなぜか少し納得したように男同士で目線を交わすと、問いかけてくる。


「君たちは王都から逃げるつもりか? 」


私が沈黙で答えると、それを肯定と取ったのだろう、男は小さく頷いて言葉を継いだ。


「もし逃げるのであれば、西へ向かってくれ。街門は、内壁も外壁も開けておく手はずになっている。追手も西部の街道沿いにすすめば、振り切れるはずだ」


乗馬をぶんどったら、強盗被害者から、逃走経路を指示されたでござるの巻。


まさに渡りに船である。

どういうことだ。

とんでもないご都合主義の展開に、我が腹心メアリも訝しげな表情を浮かべている。


展開についていけない私達と、男たちの間にちょっとした沈黙が流れた。


と、にわかに衛士の詰め所のまわりが騒がしくなる。

どうやら通報がとどいたらしい。


「時間がない! 急いで行ってくれ! 」


そして、被害者側から急かされる強盗犯。

ほんとどういうことなの……。


私は、一瞬罠を疑った。


しかし、そこまで用意周到な相手なら、こんな面倒をかけずとも、学園のすぐ外に網を張っておくだけで事足りる。

馬を与えて、城壁近くまで誘導したところで、かえって手間がかかるだけである。


それに今の私たちに、ろくな選択肢がないのもまた事実。

故に、私は決断した。


「よくわからないけれど、もし、また会うことがあればお礼はさせてもらうわ! 」


たぶんもうないだろうけども! もし助かったら、この恩は一年ぐらいは忘れないよ!


そして乗馬をあおると、私達は西門に向かって一目散に駆け出した。


その時の私は、帝国式の敬礼で見送る彼らの姿を見ていなかった。



私達は、王都からの脱出を図るべく、街路を西に向って駆けた。


中央街区の街路は四台の馬車が並んで通れるくらいには広く、また緊急の伝令などを通すために騎馬用の走路も設けられている。

建国記念祭のさなかではあったが、猛然と道を走る私達の前を遮るものは意外に少なく、あっという間に内壁の門までたどり着いた。


そしてそのまま駆け抜ける。


驚愕の素通しである。


私達に乗馬を譲ってくれた、なんだか怪しいお兄さんたちから、門を開けておくとは言われていたが、止まってなにかしらの確認ぐらいはされるものと思っていた。


しかし実際は、門は全開開けっ放しで衛兵はごくわずか。


しかも残った彼らは、私達を阻むどころか、門の前に並んでいた馬車をのけて、進路の誘導までしてくれたのだ。


「あっれぇ? 」


後ろを振り返れば、メアリもまたついてきていた。


眉根を寄せて、なんだか納得行かねぇって顔をしながら、せっせと馬に拍車をかけている。

私もきっと似たような顔していることだろう。


たしかに早馬を通すために予め通達が出ていて、門を素通りさせることもなくはない。


しかし、伝令であればそれとわかる旗を立てるし、なにより自分たちはパーティー会場から抜け出したままのドレス姿だ。


女の子に優しい門番さんだったのかしら。


まさかなぁと思いつつも、メアリのほうをもう一度振りかえれば、引き裂かれたドレスの合間から、見事な太ももが覗いていた。


あるいは、まさかとは思うがこの脚線美のご威光であるかもしれない。


メアリ、永遠の十七歳、発育が遅めの私と比べて、おっぱいもお尻も大きいパーフェクト侍女である。


身長は私と同じぐらいなのにね!


おそらく、答えなど出ないであろう疑問に蓋をして、私はもう一度前を見据えた。



それから、馬を駆けさせること半刻、私達は王都の外壁にたどり着いた。


立ちふさがる最後の関門、そこには今、二台の馬車が突っ込んでいて、衛兵たちが右往左往していた。

近くではなにやら煙まで上がっている。


なんというか、ここもこことて大混乱で、そしてまたしても素通りできそうな雰囲気である。


常在戦場、馬を強奪してからも一応気を張っているのであるが、なんだかだんだん馬鹿らしくなってきた。

そのまま門をつっきろうとすると、守衛の一人から誰何する声が上がったが、しかしそれだけであった。



そして最後の締めである。


門を抜けてさっと索敵を済ませた私は、伏兵がいないことを確認するとすぐに減速してメアリを先に行かせる。

それから後方を警戒しつつ、徐行に移った。

外に出たとたんに、後ろから矢など射掛けられてはたまらない。


名将(自称)アリシア、油断したところで後ろからブッスリなど、やらせはしないのだ。


飛び道具など、この私には通じぬことを、王都に篭もるもぐらどもにも教えてやろう!


意気込んで、しばらく城壁を睨んでいたのだが、まぁ矢が降ってくるどころか、城壁上には見張りの一人すら立っていなかった。


「なんていうか、平和ボケしてるわね……」


さっきから、ずっとから回ってる気がした私は、負け惜しみのようにそう口にした。


前を向くと先に行くメアリが早くついてこいとばかりに手を振っていた。


もー、まってー、置いていかないでくださいましー!

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