わたしの告白
私はメアリを睨んだ。
見当違いな思い込みで睨んだ。
「メアリ、これは私の意志によるものよ」
そのときのメアリの表情を一言で言うなれば、何言ってんだこいつ、であった。
「見当違いなことを仰らないでください。アリシア様」
違う、メアリの奴、顔だけじゃなくて口にまで出した! どういうことなの。
はぁー、こいつマジでわかってねぇでやがる、みたいな態度で私を一瞥した後、メアリは口を開いた。
「まずジークハルト殿下に伺いたいのですが、この第三皇子クラウスとかいいましたか。この皇子にしかるべき処置ができたとして、その後のアリシア様との婚約はどうなります? 」
「むろんそのままだ。俺の希望としてはクラウスに関わる懸念を除いてから、アリシアを迎えたかった。むしろ望むところである」
ジークは断言した。
「ではヘンライン卿に伺います」
「俺のことはいつもみたいにコンラートと呼んでくれないかな」
「ではコンラート。その馬鹿の陰謀を阻止した後、婚約者としてのアリシア様の立場に変化はありますか」
「大きくは変わらないな。ただ妃候補としての立場は間違いなく強くなる。后妃としての準備が忙しくなるかもしれない。あとは……」
「結構、それだけ伺えれば十分です」
そして彼女は私の顔をみすえた。
まっすぐ、正面から。
「それで、アリシア様、そのまま妃となられますか」
私は返答に窮した。
だって、私の思いは前に述べたとおりだ。
私は戦うしか能が無い。
妃となる前に身を引かなければならない。
メアリは一つ小さく嘆息して、そして苦笑を浮かべた。
いつもの、彼女のいう残念でかわいいアリシアに向ける笑顔を見せて、それから。
鬼の形相を見せた。
マジ怒りモードだ!
「どうせ自分は戦うしか能が無いから、身を引いたほうがいいとか考えてらっしゃるんでしょう! いけませんよ、そんな短絡的なお考えでは」
だからって私の心情がっつり代弁しないで!
私に集まるみんなの視線が痛い。
うつむいた私は、図星だと自白したようなものだ。
「まず最初に申し上げます。アリシア様にチンピラを差し向けた馬鹿は、問題でもなんでもありません。そもそも物理的に寝首を掻けないのです。確実に仕留めるのであれば、囲んで槍で刺すぐらい必要なアリシア様にとっては、その程度の奴原、目障りな羽虫程度のものです」
「羽虫」
ジークが繰り返す。
さっきから第三皇子は馬鹿呼ばわりだったけど、遂に虫にまで格下げされた。
あとでフォローが必要かもしれない。
「羽虫です。そんなものはもうどうでもよろしい。問題はアリシア様です。まずはカゼッセルに来てからのアリシア様の挙動についてお話いたしましょう」
ここからが地獄だった。
「最初に、ジークハルト殿下との会見を終えられたアリシア様ですが、我に返られた後に、告白されちゃった! 告白されちゃった! と大層興奮され、ベットに潜り込んで、しばらくバタバタしておられました。アリシア様は生まれてこの方、殿方より直接的な好意を向けられたことが、一度としてございません。おそろしいまでのちょろさでございました。それからしばらく、私は案内をうけるためアリシア様のお側をはなれました。お部屋に戻りましたところ、いまだに騒いでおられました。アリシア様の奇行は、興奮度合いが強ければ強いほど長く続く傾向がございます。私はこれに強い危機感を覚えたのでございます」
言い訳させてもらうと、なにもなかったことの安心感から反動がきたのだ。
殿下は私に指一本触れなかったし、二人になった時はとても紳士的だったから、ひどい人ではないと思って……。
でもメアリと二人きりだったせいで油断した。
あと、告白されちゃった、を裏声で言うの、やめろ。
やめて。
「幸いにも私の危機感は杞憂でございました。ジークハルト殿下とは、アリシア様のお側付きとして幾度となくお話する機会を頂きました。アリシア様を傷つけるような方ではないと確信でき、私は本当に安心したのです。同時に、絶対にここで決めねばならぬと、強く決意したのでございます」
ここで衝撃の事実発覚。
メアリはジークと内通していた。
ひどい……。
私のいろんなあれこれは、筒抜けだったんだ。
あと決めるってなにをだ。
「アリシア様は、綺麗なものや柔らかいものが大好きであらせられます。素敵なドレスを頂けたことが、殊のほかうれしかったのでしょう、およそ一刻ほど、あれこれと着まわして楽しんでおられました。その間、お礼をしたい、お礼をしたいとしきりに仰られましたので、クラリッサらとも話してなにができるかと準備をしたのです」
そのあとメアリを捕まえてすりすりしました。
「次に刺繍でございます。アリシア様はこの手の手仕事が大嫌いであらせられます。絶対にうまくできないから、私は一生針なんて持たない! と高らかに宣言して、お父君であられるランズデール公を、大層がっかりさせたのはおよそ五年ほど前の事でございました。クラリッサから刺繍の提案を頂いた時も、当然、私は断られることを予想していたのですが、殿下にお世話になったお礼だからと、それはしおらしげなご様子で頷かれたのです」
父にはお詫びのハンカチを送る予定です。
「いざさしてみると当然うまくはできません。いままで裁縫用の針自体、ろくに触ったことがないのです。できばえも酷いものでございました。始める前は殿下にお礼をするのだ、などと意気込んでおられましたが、あまりの酷さにお渡しするのがこわくなったのでしょう、次に上手くできたら持っていくなどと仰られて、出来上がりの品を隠そうとなさいました。あまりにその様子が、こう、面倒くさかったため、私が代わりにお渡しする旨お伝えしましたところ、絶対自分で渡すと仰られて、殿下の元へと飛んでいかれました。お戻りになられた時は満面の笑みでございましたが。ジークハルト殿下、アリシア様のハンカチは如何でございましたか」
「ああ、大事に使わせてもらっている。出来栄えなど些細な事だ。当然だろう」
「それはようございました。えぇ、当然でございますね」
メアリは満足げだ。
憎い。
でも褒められて嬉しい。
「アリシア様は、即断即決を旨とされるお方です。にもかかわらず、未だ殿下からのお申し出には、お返事をしておられませんでした。ご自身の立場が未だ定まらぬから、などと仰っておられましたが、そんなものに頓着せず、戦場に立たれたからこそ今のアリシア様があるのです。果断をもってならすアリシア様が、今回に限ってためらわれる理由など一つしかございません。お気持ちとは別にそうできない理由をお考えになられたのでしょう。そんなもの無視してお気持ちのまま突っ走ればよろしゅうございますのに」
メアリは、ここで私の方を向いた。
彼女の顔には、優しくて、甘い、甘い笑顔が浮かんでいた。
「アリシア様。私は殿下に申し上げますよ。アリシア様のお気持ちも全部、最後まで」
私は恐怖した。
メアリは絶対に言う。
やつはやるといったらやる女だ。
私は知っている。
メアリは容赦などしない。
そしてあの顔はガチの時の顔だ。
もうすっかりばらされてしまった。
でも最後の気持ちぐらいは自分で伝えたかった。
「好きです! 」
私は叫んだ。
言ったか? ちゃんと言えたか? 念のため、もう一度言っとくか。
「ジークの事が好きです! あなたと結婚したい! 」
「俺もだ! 」
私は立ち上がった。
ジークも立ち上がった。
私の中で、世界がゆっくりになった。
賽は投げられたのだ。
後は私が、ルビコンを超えるだけだ。
ルビコンとはこの机だ。
書類とインク壺とその他いろいろ小物が載ったこの机だ。
跳ぼう、彼の元へと。
ルビコンを超えて。
そして私は飛んだ。
反動で、椅子が後ろに吹っ飛んでいく。
スカートが翻る。
後ろから中が見えたと、あとからメアリに教えられた。
知った事ではなかった。
ジークは、胸に飛び込んで来た私を抱きとめると、そのまま強くぎゅっと抱きしめてくれた。
私は彼の胸に顔を埋めた。
抱きしめてくれる彼の腕の強さが、私は、とてもうれしかった。
fin.
いや、おわらないよ! まだ続くよ!
メアリ「ずっと私のターン!」
アリシア「もうやめて!アリシアのライフはゼロよ!」