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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
王女アリシア
22/116

感想戦とわたし

「さて、諸君もお待ちかね感想戦の時間だ。今回の王国との戦争は、帝国軍にとっても、予想外の事態が続いた戦いだった。不可解に思うこと、理解に苦しむ事も大変多かった。だが、今日、なんと我々は、ランズデール元帥をお招きする幸運に恵まれた。是非、この機会に、諸君らの思うところを尋ね、我々帝国と王国の相互理解の糧としてもらいたい! 」


そして皆様から歓声が上がる。

大変な盛り上がりようである。

王国側の代表になってしまった私は、内心冷や汗だらだらだ。

プレッシャーをかけるのは止めておくれ!


殿下の口上が続く。


「戦争の始まりから行くぞ。まず帝国の動きからだ。王国と境を接した帝国からは、国交の樹立宣言と宣戦布告、降伏勧告、交戦規定の提案が行われた」


これが有名な帝国流外交、俗称「こんにちわ、死ね外交」である。

隣に来たからよろしく! と引っ越しの挨拶をする側から、右の拳が飛んでくる。

なにより帝国は大国だ。

やられた方はたまったものじゃなかった。


「降伏勧告は拒否されたため、交戦規定についての合意を詰めると共に、我々は王国の宰相に接触を図った。詳細を頼む」


殿下の言葉を受けて、糸目のおじさまが説明を引き継いだ。

彼はマルゼーさんというらしい。

帝国の対王国諜報の長で、王国の切り崩しなどを担当しておられたそうだ。

曰く「王国中枢は最初から崩れていたので、することがなかった」とのこと。


なんと、勝ち目なしと判断した宰相は、いの一番に、王国を裏切ったそうなのだ。


ひどい話である。

裏切ったとは聞いていたが、まさか最初からだったとは……。

今までを思い返してみて、納得できる部分が多かった私とメアリは、少し遠い目をしながら、過ぎ去りし日々の苦労を思った。


そりゃ父も私も、邪魔ばかりされるはずだよ……。


宰相から、領主諸侯への救援に国軍を動員しないと密約を取り付けた帝国は王国へと侵攻を開始した。

当初の計画では、二年で王国を飲み込む予定だったそうだ。

初年度は諸侯、王国西部のウェルズリー候領を占領する。

国軍は、宰相の寝返りで救援に来ない。

孤立した候に勝ち目はない。

次年度は王都を攻撃する。

領主を見捨てた王国を、他の領主達が助けることはない。

孤立した王国に勝ち目はない。


そして王国は滅亡へ……。


流れるようなシナリオである。

シンプルすぎて躓く要素が見当たらない。


「王と諸侯を切り離すのは本来難しい。この分断に成功した以上、我々は勝利を確信していました。そしてウェルズリー候領都を包囲した折、王国国軍の救援はたしかに無かった」


ここでマルゼーは言葉を区切った。


「しかしなぜか、ランズデール公が来た。姻戚関係にあるわけでもなく、領地が近いわけでもないランズデール公が。これについて閣下はなにかご存知でしょうか」


視線が集まる。

私は水で口を潤す。

出番だ。


「おっしゃられる通り、私達ランズデール家にとって、直接火の粉が降り掛かったわけではありませんでした。当時の父にとっても、迷った末の決断であったと思います。ただ、私達ランズデール公家に与えられた使命を考えた時、父は、候をあるいは王国の危機を、見過ごすことはできなかったのだと思います。ランズデール家は、その興りより、王国の剣たるを望まれてきた家だったからです」


ここで、ランズデール家の歴史を少しだけ語ろう。


実は、私達ランズデールの祖先は、王国出身ではない。

北方から流れてきた騎馬民族なのだ。

むかーしむかし、数百年はむかしの話。

北の地で、縄張り争いに破れた私達の先祖は、行く宛を失くして王国に庇護を求めた。

どうか私達に住まう地をお与えください、なんでもしますから、と。


帰るに家なき流亡の民である。

当時の私達に、見捨て、あるいは追われるいわれこそあれ、王国に助けてもらえる理由などこれっぽっちもなかった。

しかし、当時の王国の王は、慈悲深く、また賢い王であったのだと思う。

彼は、私達の祖先を迎え入れ、その代わりにランズデールの家名と合わせて一つの役目を与えたのだ。


汝ら、これより王国を守る剣たるべし、と。


あれである。

言ってしまえばランズデール家は、王国、というより王家お抱えの用心棒だったのだ。


以来、王国の外敵に対して、私達ランズデール家は常に先頭に立って戦ってきた。

事実、馬鹿みたいに強くて戦果もがんがんあげたらしい。

父の父、私の祖父の代には、遂に公爵にまで格上げされて、当時の王の妹さんをお嫁さんにもらっている。


本来、王命のもと剣を取るのがランズデール家だ。

今回の戦争では、王家からの命はなく、しかし「助けたければ勝手に助けろ」と言い渡されて、父は相当に迷ったはずだ。

帝国のウェルズリー領への侵攻を無視すれば、王国は間違いなく滅亡する。

その当時の父は、まだ王国を見捨てられなかったのだと思う。


「ゆえに、父は候を助けました。たとえ王命が無くとも、候を見捨てた先にある王国の滅亡を、見過ごせなかったのだと思います」


語り終えた時、私の心は、この長々しい口上を噛まずに言い切れた、安堵感と達成感でいっぱいであった。


その話は、父に直接聞いておくれ! とも思わないでもなかったが、それをこの場で口にはできない。

きらっきらの視線を感じたからだ。

贅沢三昧をさせてもらっている身としては、期待を裏切れなかった。


わたし頑張った! しかしすぐに別の方からの質問の声が上がる。


ぎゃー、追撃だ!


「自分からも質問があります、戦争開始当初より、ランズデール家の騎兵は、極めて飛び道具に強かったと聞き及んでおります。実際、矢や投槍ではほとんど戦果をあげられなかった。なにか秘密があるのですか? 」


「目が良くなるまじないがあるのです。それで飛んでくる物の動きを見て、手に持った武器で弾くのです」


この私の回答に帝国の皆さんの目は点になった。


「地味で申し訳ありません」


私は苦笑して付け加える。


身体強化で、体に当たった矢を弾く、なんて芸当ができるのは本当に一握りの人間だけだ。

でもそれとは関係なくランズデール騎兵隊は飛び道具に強い。

これにはわけがある。


ランズデール家の騎兵隊は、子供の頃から訓練される。

この間に、動いているものがよく見えるようになったり、夜目が効くようになる魔法をかけられるのだ。

あとは地道に、馬に乗りながら、弾く練習をするのである。

運動神経は魔法も手伝って、みな良いほうだ。

訓練を全くしていない部隊と比べれば、走る速さもあって相応に当たりにくくはなる。

当然さばききれないほど沢山撃たれると刺さってしまうので、その時は動き回ったり、戦術でカバーするしか無い。


「なるほど。捕虜に矢をどうやって躱すのかたずねても、みな、手で弾くだけだというばかりで首をかしげておったのです。そういうことだったのか」


「特に口止めはしておりませんでした。皆にも作戦に関わること以外は、聞かれたら素直に答えるよう命じてありました」


万が一拷問などで兵を潰されてしまうと、数が限られているランズデール騎兵はすぐに全滅してしまう。

無事に帰ってこらえるように、捕虜になったら大人しくして、素直に尋問にも答えるように言い渡していた。

おかげで、兵の帰還率も高くてかなり助かったのである。


「目を良くする魔法というのは、ランズデール家の秘伝なのでしょうか? 帝国で研究ができるなら是非してみたい」


「この魔法は修行が厳しくて、いつも後継者探しに苦労するのです。帝国で研究してもらえるのであれば大歓迎ですよ」


研究、調査ばっちこいである。

実は目が良くなる魔法は王国でも公開済みである。

効果が地味な上に、定期的にかけ直さなければならない面倒さと、なにより修行の辛さで、全然普及しないのだ。

帝国に手伝ってもらえるのなら、最近腰が痛いとぼやいている術士の爺様も喜ぶだろう。


それからしばらく、我がランズデール騎兵隊の秘密でもない秘密を、根堀り葉掘り質問された。

そしてうちの騎兵隊の情報は、帝国軍に丸裸になった。

捕虜のみんなからも、情報は漏れてるはずだから、いまさらといえばいまさらなんだけど、指揮官視点のわたしからの情報は興味深かったみたいだ。


帝国軍の皆様のお役に立てて何よりである。


これからは私も同僚になるしね!


私、個人についてもいろいろと聞かれた。

一体どんな訓練を積んだのか、というのが一番ホットな話題だった。

でも私は、時間こそかけたが特別な訓練などなにもしていない。

正直にこたえた。

結果、ものすごく驚かれて人外扱いされた。


人でなしといわれて憤慨した私は、むきになって言った。


「人間、やろうと思えばできるものです」


「無理です。死んでしまいます」


失礼だな!


私は死んでないぞ!


「お前らそこまでにしておけ。話が進まん」


議論が白熱してしまったためジークハルト殿下の言葉で一旦区切りとなった。

私は質問の嵐で目が回りそうである。

殿下の助け舟は本当にありがたい。

休憩を少しはさんでから、話の続きとなった。


「ランズデール公の救援であったが、その数は帝国軍の約半数程であった。ウェルズリー候の領軍と合わせても少ない。だが帝国軍はこれを不測の事態であるとして、退却した。当時の指揮官の判断を我々も支持している。帝国にとっては負けぬことが重要だ。局地的な勝利にこだわって損害をだす気は無い」


そこで殿下は一息入れると、私の方を見据えた。


「だが、今回の戦争の長期化は、そこを王国に付け込まれたとも考えている。この点、どうだろうかランズデール元帥」


私は頷いた。


頷かざるをえない。


「えぇ、殿下のおっしゃられるとおりです。同時に、国力に優る帝国にとって戦争の長期化は忌避するところではないとも予想していました。我々は、そこをねらったのです」


「ここで一つ疑問がある。諜報部の調査によると、ランズデール公は五年と保たずに、財政的に窮乏する見込みであった。しかし実際は十年以上も戦い続けている。これはなぜ可能だったのだろうか」


「生活を切り詰めたのです。実はいつもかつかつでした」


私の回答に、殿下は、一瞬キョトンとされた。

それから破顔する。

つられて帝国軍の皆さんも笑った。

爆笑であった。

私は真っ赤になってうつむいた。


くそう、こんなところで、実家の貧乏を告白することになろうとは。

顔から火が出そうである。

隣では、メアリがぷるぷるしながら、私をかばおうとして……いや、違う、メアリも笑いをこらえてるんだ!


酷い、メアリ、この裏切り者! 自分だって同じ出身地のくせして!


これ、冗談と思われただろうか? 半分ホントで半分は嘘である。


もう一つ、ランズデール家が長期戦に強かった理由がある。

ランズデール家のルーツは、騎馬民族であるが、地位が上がるにつれて王国内でも土地を与えられた。

新しく与えられた領地に住む人達は、一般的な王国民だ。

そこからの税収も私達の収入源となった。


戦争には、ランズデール家代々の騎兵隊が駆り出されたが、他の領民は一切動員されていない。

このため領内の生産力は戦争中でもほとんど変わらなかったのだ。


出費の切り詰め方もひどかった。

特に貴族だと、宮廷費ってばかにならない額になるのだが、宰相に宮廷から締め出されてしまった父は、お金をかけるのも馬鹿馬鹿しいと全部軍事費に回してしまった。


わたしも便乗して、お小遣いを軍事費名目のおやつ代や馬代に回した。

丈夫な体作りを、ドレスやお茶会のお菓子に優先したのである。

当時はいろんな我慢もしたものであるが、最後に勝利できたので、私は満足している。

かつての私の涙ぐましい努力が、今の勝ち組生活につながったのだと思うとなんとも感慨深い。


「ランズデール家の特殊な家柄と、統治方それに節制でなんとか乗り切った、というところですね」


「それで乗り切られてしまうと、我々としては立つ瀬がないな」


ジークハルト殿下はまだ笑っている。


「特に我が帝国自慢の諜報部は、ランズデール公とご息女には出し抜かれてばかりだったわけだ。マルゼーなにかあるか? 」


「誠にもって汗顔の至り」


マルゼーさんもそう言って苦笑していた。


その後もたくさん質問されて、私は終始、大人気であった。

ただ久々に沢山の人にかこまれたせいで頭を使いすぎたのか、途中でへろへろになってしまった。

身体強化でも残念ながら頭は良くならないのだ。


もしかしたら、挙動がふわふわしだした私に気がついてくれたのかもしれない。

すぐに殿下が閉会を宣言してくれて、パーティはお開きとなった。


家賃代ぐらいにはなっただろうと、私は満足してお部屋に撤収した。

ちなみに自分が王女になったことは、部屋に戻ってお風呂でお世話されるまで失念していた。

だって軍人さんは皆、閣下閣下って呼ぶんだもん。

すっかり忘れちゃってたよ。


「これからはアリシア殿下とお呼びしたほうがよろしいですか? 」


布団に潜り込んだ私の寝具を整えながらメアリがいたずらっぽく笑った。


「そう呼んでくれてもよろしくってよ」


そう返すと、彼女は私の頭をぽんぽんと叩いてから、おやすみなさいませアリシア様と言って天蓋の外へと姿を消した。


宙ぶらりんだった身分も定まったし、これからの見通しもたった。

不安がきれいに解消した私は、気持ちよく深い眠りについたのだった。


そしてその夜、私を狙った賊がこの要塞に侵入した。

らしい。

アリシア「騎兵隊まだ出番あるからな」

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