王女になったわたし
カゼッセル要塞についてから一月ほど経った日の朝、ジークハルト殿下から軍のパーティーへの招待状をもらった。
見れば、今後の私の処遇が決まったので、昼食がてら話そう、とのこと。
最初は人数を絞った昼食会の予定だったのだが、帝国の諸将がどうしても同席したいと大騒ぎしたので、パーティーになったのだそうだ。
以上がクラリッサ情報である。
私、大人気である。
王国時代も地方では人気者だったのだが、帝国での人気は、私に連れてこられた珍獣感があるせいか、さらに賑やかな印象だ。
見世物扱いと聞くと響きがよくないけれど、私はそういう扱いもそんなに嫌じゃなかった。
私は話を聞いて楽しんでもらえると、自分もご機嫌になれるたちなのだ。
私、アリシア、なんだか芸人適正がありそうなの。
「あまり粗相のないようにしてくださいね」
最近、気が緩みがちな私を見かねてメアリから苦言が呈された。
わかってますぅー。
そして軍服に着替えた私はいそいそとパーティーに参加したのだ。
パーティー会場は中庭だった。
要塞中から探してならべたのだろう、色も大きさもまちまちのテーブルや椅子がたくさん並んでいた。
端の方には、とりあえず座れる場所さえあればいいとばかりに、ただの木箱がずらりと並んでいる。
「大急ぎで準備してくれたのかしら? 」
「希望者が、会場設営は自分たちで担当すると言い張りまして、それで任せたらこの有様です。私達が設営したら締め出されるとでも思ったんでしょうけど、まったく……」
「楽しそうでいいじゃない。私は好きよ」
ちょっと呆れ気味のクラリッサに私は笑った。
会場の真ん中の一番きれいなテーブルに、私の席があった。
なんと日傘まで立てかけてある。
ちょっとした配慮に私は嬉しくなってしまった。
まぁね、なんてったって私はレディだから! 最近、私のちょろさを見透かされている気がしないでもなかったが、実際ちょろいのであまり気にしないことにした。
私は前向きな女だ。
どうせ掌の上で転がされるなら、気分良く転がったほうが楽しいのである。
ごろごろアリシアである。
テーブルの前にはジークハルト殿下、コンラート、ルーデンドルフ閣下、あと糸目のおじさまがいた。
「アリシア・ランズデール、参りました」
ちょっと迷ったが、まだ私の地位は定まっていない。
私は王国式の敬礼をした。
「アリシア王女殿下、お待ちしておりました。どうぞこちらに」
言いながら、コンラートが席を勧めてくれた。
自然な動作に私は腰を下ろす。
メアリも着席した。
私の後ろにクラリッサとステイシーが立った。
うん、今、王女殿下って言ったよね。
優雅さを忘れないようにメアリにアイコンタクトを飛ばすと、メアリも、うん、言った言った、と視線で答えてくれた。
空耳じゃなかったらしい。
テーブルに全員が着席した。
私の正面はジークハルト殿下だ。
他の席の皆さんがテーブルをガタガタ言わせながら近くに席を寄せてきている。
人だかりみたいになってきた。
なんだこれなんだこれ。
ジークハルト殿下が口を開いた。
「多少時間を頂いてしまったが、だいたいの方針がまとまったのでな。それをアリシアにも確認してもらいたいと思っている」
「はい。承知しました」
「それと、アリシアは、王国における王位継承権第一位となる。これは確定だ。外交儀礼上は俺とも同格になるからな、俺のこともジークハルトかジークと呼んでもらってかまわないぞ」
これを聞いて、私がびっくりした顔をすると、コンラートはじめ周囲から笑いが起こった。
「なにを、早速、私情丸出しで誘ってるんですか」
「俺は使える機会は全て使う主義だ」
私は機会がある度、口説かれるのか。
二人きりの時はともかく、人がいっぱいいるところだと、ちょっと恥ずかしい。
経験値の低いところをついてくるとは、やはり大国の皇子はなかなかの策士である。
「今日は、今後の方針確認と、いままでの振り返り、いわゆる感想戦と言うやつだ。今回はお手柔らかに頼む。ランズデール元帥」
「ええ、よろしくお願いします。ジークハルト殿下」
そんな感じで、今日の会談は始まった。
「最初に聞きたいんだが、貴女が帝国の首脳だったとして、ランズデール公とジョンあるいは宰相、どちらに新領を任せたいと思う? 」
「それは、ランズデール公でしょう」
「帝国も同じ結論にいたった。当然だな。国難に臨んで戦い抜いたランズデール公と国を売った宰相、どちらが信用に足るかなど考えるまでもない。今回の戦争、勝者は帝国だ。ゆえに王国の今後についても我々の思うように扱わせてもらう。ランズデール公を王とする。これについては、公や彼を支持する領主諸侯からも合意を得た。戦後体勢はこれで確定だ。結果、公の娘である貴女は王女という扱いになる」
うーん。
豪快である。
俺達が勝った。
だから俺達の好きにする。
わかりやすいジャイアニズムだ。
ちなみに私は立場上、得しかしない。
おおいにやってくれたまえ!
「ここまでで何か質問はあるだろうか? 」
「現在王都にいる者達の扱いはどうなるのでしょうか? 」
「僭主ジョンには、今いる場所を明け渡してもらう。特に帝国側での処分は行わない予定だ。仮に身柄が無事に渡ってくるのであれば、ランズデール公にお任せすることになる」
僭主とは、王となる資格がないにも関わらず、その座にある人間を指す言葉だ。
国土を守らぬ王、封建に捧げられた忠誠にこたえなかった王は、王たる資格なしとされたのだろう。
実は、私の王家に対する思いは、父の抱くそれの、かけら分ぐらいしかないのだ。
特に感慨はなかった。
こくりと頷く。
「次に宰相であるが、彼を含めたその一族の身命と財産については、帝国が密約の中で保障している。その約定は守られる予定だ。もちろん新領の統治における皇帝の代理人は、ランズデール公で間違いない。帝国は公を首班とする統治を敷く予定だ。あれに権力は渡さない。ただ、宰相の行った王国に対する背信行為について、表立って罰を与えることはできない」
一番離れた席に座った、糸目のおじさまに目線で会釈をされたので、私は会釈を返した。
「これについて貴女からの希望はあるか? 」
来た。
私の選択タイムだ。
ところで私は、帝国に来てから、非常に良い思いをしている。
素敵なお部屋やドレスを貰ったり、趣味のあれこれを手配してもらったり、食べたいお料理を料理長にリクエストしたり、クラリッサから借りた通販カタログで気になる商品を、帝国本土からお取り寄せしたりしている。
列挙していて思ったが、わがまま放題である。
実際すごく楽しい。
お姫様業は最高なのだ。
しかし、私は賢い女だ。
故に、このわがままには上限があるということを知っているのだ。
これを仮にアリシアわがままポイントと呼ぶ。
私には手持ちのポイントがあり、これを消費した分だけわがままが聞いてもらえる素敵なポイントだ。
多分ジークが管理している。
そしてこのポイントは、今日のような政治的な話でも共通して使われるんじゃないかと私は予想しているのだ。
極端な話をすれば「私、お隣の国がほしーの」と言った場合、まぁ当然、今の私にはそんなポイントはないんだが、仮にポイントがあったら、それをごっそり使って、ジークが国を取ってくれるという具合だ。
当たり前の話だが、私は国なんて貰っても嬉しくもなんともない。
私は国より、カニが欲しい。
この間料理長につまみ食いさせてもらった塩ゆでのカニは、身がしまっていてとても美味しかった。
剥いてあるとなお良い。
話がそれた。
今回の宰相の処遇についても、このわがままポイントを使えば、いろいろとできるんだろうなと、直感的に感じたのだ。
私は、父を苦しめた宰相が嫌いだ。
憎んでいるかと聞かれたら、まぁ憎んでいるんじゃないかな、ぐらいには嫌っている。
でもわたしの大事なわがままポイントを使うほどかと言われたら、それは間違いなく否である。
すでに政治的な部分については、父を支持してもらえることが決まっているのだ。
政治を除いた、彼個人に対する思いとしては、遠くにいてくれたらいいなぐらいにしかおもっていない。
遠くの森に住むゴキブリにまで気を割くほどわたしは暇人ではないのである。
私にとっては、あの元宰相なんかより、最近揚げ芋をよくくれる調理場のおっちゃんのほうが、よほど重要人物だった。
だから私は笑顔で答えた。
「私からは特に希望はありません。父への支持を確約して頂けるのであれば、あとのことはおまかせいたします」
「わかった。悪いようにはしない」
殿下が確約してくださったから、私は満足であった。
それからも、諸侯の処遇や、帝国法の適用範囲など、どのような形で王国が帝国に組み込まれるのかについての話が続いた。
殿下のお話は私にもとてもわかりやすく、私は概ね頷くだけで良い楽な時間であった。
ちなみに、現在の王国であるが、私が王都を脱出してよりこのかた、諸侯の離反が続いてとても国を保っていられるような状態ではないそうだ。
もともとタガが外れかかっていたのに加え、ランズデール公の離反が決定的となったのが致命傷となった。
「すぐに攻め込んでもいいが、農閑期までに勝手に潰れそうなのでな、しばらく眺めているつもりだ」
と殿下は意地悪げに笑った。
しかし私は、一緒になって笑えなかった。
なにしろ、建国パーティーでの騒動につけられる公式名が「アリシア王女殴打事件」に決まりそうだと聞かされたからである。
メアリが異議を唱えた。
「その名称では、アリシア様が殴られたようにも聞こえます。誤解の少ない名称への訂正をお願いします」
「なるほど、たしかに」
いや、それ、突っ込むところ違うよね、メアリ。
あとなるほどじゃないよ、コンラート。
殿下の噛み殺したような笑い顔に気付いて、私は恥ずかしいやら悔しいやらで顔が真っ赤になってしまった。
まさか歴史にこんな形で名前を残すことになるなんて。
私のバカバカ。