同居人とわたし
そんな近衛騎士の二人なのであるが、実は現在、私のお部屋で同居している。
メアリも一緒に、只今四人でルームシェア中なのである。
「素敵なお部屋が、女子寮の大部屋みたいになってきちゃいましたね」
と自分の寝具を部屋の隅に片付けならがクラリッサが笑った。
始まりは、私が寂しがったことだった。
十七歳にもなって、子供っぽいとか言わないで欲しい。
自分で言うのもなんだが、私は結構ずぶといし、環境の変化にも強い方だと思っている。
ただ、ジークと初めて会った日の夜は、いろいろあってちょっと頭がぐるぐるしていたのだ。
理性ではもう大丈夫とわかっていても、不安が残っていたのだと思う。
私だってか弱い乙女なのだ。
まぁ、その日も寝るには寝た。
割とがっつりめに寝た。
ふかふかお布団は最高でした。
しかし、どうせならより良い眠りを私は求めたい! 思い返してみると、今までは、ずっとメアリが一緒であった。
やっぱり彼女が側にいてくれたほうが、私は安心なのだ。
「今夜からメアリをこっちの部屋に呼びたいのだけれど、いいかしら? 」
「いいんじゃないですか? 報告しときますよ」
あっさりお願いが通った。
メアリが嫌がってもご主人様特権を発動する気でいたのだが、彼女も素直に頷いてくれた。
もしかして寂しかった? と聞いてみたら、はい、と素直にうなずかれてしまって不覚にもきゅんときてしまった。
絶対ツンが来ると思ってたのに突然のデレ、小悪魔メアリである。
そして、メアリも私の部屋で眠るようになった。
ここまでは良かった。
一週間ほどして、ステイシーまで私の部屋に住み込みを希望したのである。
なんでよ、君もともとカゼッセルの住民でしょ!? 部屋だってあるのに。
理由を聞いてみたところ「部屋に寝るところがない」との回答をもらった。
クラリッサが顔を歪める。
聞けばなんとステイシー、片付けられない系女子だったのだ。
いや、女子? 女性? まぁ女子でいいや、私の側仕えはみんな女子。
彼女曰く、お部屋が汚部屋になってしまい、お引っ越しをしたいそうなのだ。
自分の都合かよ。
住むところがなくなったから、余所様の部屋におしかけるとか発想が蛮族だよ!
メアリも、流石にそれは……、って顔をしている。
クラリッサが首を横に振る。
「申し訳ありません、アリシア様。ステイシー、流石に許容できないわ」
「ダメでしょうか、アリシア様? 」
ステイシーは私に許可をもとめた。
うーん。
私は唸ってしまう。
「私は、アリシア・ランズデールなのだけど」
「存じております」
いくらなんでも無礼な理由である。
ステイシーは変わったところがあるけれど、常識が無いわけではない。
ただ、言えない部分もあるのだろうなと察するしかなかった。
「いいわ。引っ越してきなさい」
結局私は、同居を認めることにした。
お部屋については、備品を壊したりしない限り自由にしていいと、教えてもらっていた。
同居人を増やそうが、風紀的に変なことをしない限り問題ないのである。
そしてなにより、私はステイシーが気に入っていたのだ。
彼女は困ったところもあるが、自分の仕事は本当にきちんとしてくれる。
私の身支度であったり、お世話であったり、こっちのお部屋のお掃除もだ。
とてもテキパキ働いてくれる。
さらにこれはとても大事なことなのであるが、彼女はなぜか私をすごいお姫様扱いしてくれるのだ。
メアリは、基本的に私の扱いがぞんざいである。
手は抜かないけど、慣れからくる適当さがにじみ出ていて、お風呂のお世話なんかもすぐにしてくれなくなってしまった。
目が、「自分で入れるでしょう、子供じゃないんだから……」って言ってた。
寂しい。
もうちょっとだけ、メアリの大好きなお嬢様扱いを楽しみたかった。
クラリッサは殿下との連絡でかなり忙しくしていることが多い。
私の周りにあまり人を入れられない事情もあって、ほんとに一人でくるくる働いてくれている。
そのため必ずしも側にいてくれるわけではないし、手を煩わせるのも気がひけるのだ。
その点、ステイシーはすごいのである。
おはようからおやすみまで、すごい自然な存在感で私のそばにいて、身の回りのあれこれを世話してくれる。
ここ一週間ほど、私は思う様、優雅なお姫様気分を堪能していたのだが、それはステイシーの働きによるところが大きかったのだ。
「ちゃんと今の自分のお部屋をお片付けしてから来ること。それが条件よ」
そう言い渡すと彼女は、はい、と頷いた。
そしてステイシーとアリシア、メアリによる汚部屋のお掃除大作戦がはじまったのである。
いや、実は、私も暇だった。
あと帝国の近衛騎士の部屋がどうなっているのか気になったのだ。
もしかしたら私の将来の職場になるかもしれない。
お掃除ついでに見学してやろうと、私も片付けに参加することにしたのである。
メアリはめんどくさがったが、私が巻き込んだ。
いざ、ステイシーのお部屋拝見!
私は、意気揚々と、施錠されていないステイシーの部屋の扉を開け、そしてすぐに閉じた。
回れ右しようと私はしたが、メアリに両肩をがっしり掴まれて逃げられなかった。
いやいやいや。
よく散らかってる部屋をさして、足の踏み場がないとかいうじゃない? でもここ、ステイシーのお部屋はそういうレベルじゃなかった。
なんかこう3次元的に物が積み上がってる。
そのせいで部屋そのものが狭いのだ。
足の踏み場じゃなくて、そもそも空間がない。
おそるおそる、もう一度ゆっくり扉を開ける。
メアリが中を見上げて「うわぁ……」とうめいた。
まさか物理的に部屋に入るのが難しいほど酷いとは。
普段は顔芸で会話を済ませるメアリが、うめき声を上げるレベルの酷さだった。
洗っていない食器みたいな器が、転がっていた。
今は冬だからいいけど、夏だと絶対くさくなる。
そして私は気配に敏い。
食堂の隣の部屋に兵隊さんが50人ぐらい詰まってると、気づけるぐらいには鋭い気配察知力がある。
そんな私の感覚にピンとくる気配があった。
黒くて素早いあれの気配が。
あたりを見回す。
いない。
残念ながらめぼしいものは、洗ってるんだかないんだかよくわからない、下着の類しか見当たらなかった。
目に入るでかいゴミ、布のゴミ、汚れたゴミ、ごみごみごみ……、そして、私は発奮した。
もー、我慢ならない!
たしかに私達の職場は、生活環境が悪かったり不衛生だったりする事が多い。
でも、だからこそ、統制と規律を旨として、普段の生活は整理、整頓、清潔を心がけるべきであると思うのだ。
私にはこの部屋の惨状が、断じて許しがたかった。
「やるわよ! メアリは私と一緒にこの山を崩して。ステイシーは私達が運び出したゴミ、どんどん捨ててきて頂戴! 」
「はい! 」
「承知しましたわ」
メアリの返事も頼もしい。
あとステイシー、こんな時まで微笑んでんじゃない!
このゴミ、全部崩して床一面に並べたら、なにかのブロックみたいに対消滅して消えてくれないかな。
私は益体もなくそんなことを考えたが、当然そんな便利な魔法はなかった。
自分の背丈より高く積み上がったゴミ山を見上げる。
戦いがはじまった。
もっとも作業をはじめてみると、思っていたよりも時間はかからなかった。
上に積み上がっていたゴミは、空の木箱がほとんどだったからだ。
荷物を運び込んだりした時に片付けをさぼったのだろう。
かさばる木箱さえ捨てればかなりスペース空くんだから、さっさと捨てなさいよ、もー!
本日二回目のもー! である。
このままだと、私、牛になってしまう。
私とメアリの奮闘により、昼過ぎから始まったお片付けは日が暮れる前に片付いた。
ここ最近のお楽しみである午後のお茶会が流れてしまい、私は不機嫌そのものであったが、きれいになったお部屋を前に、部屋とゴミ捨て場を往復するだけの装置と化していたステイシーは、目を輝かせていた。
「着任した時よりもずっと綺麗です! ありがとうございます! 」
ステイシー、ここ一番の笑顔であった。
ステイシーは、ふっと表情をあらためると私の前に膝をついた。
帯剣を抜き放つと、その持ち手が私に差し出される。
「我が忠誠を貴女に」
「その忠誠、受けましょう」
私は受けた。
彼女の騎士の忠誠を、それはそれは無感動に受けた。
お互い煤けた作業着姿で、汚部屋のお掃除の礼に受けた忠誠である。
当然冗談だと思ったのだ。
部屋の掃除の礼に、自分の命を捧げる人間はいない。
普通は。
ステイシーは普通じゃなかったんだよなぁ。
後にこの宣誓がガチだったことが判明し、私はあまりの情けなさに心の涙を流すことになる。
とにかくこんな感じでステイシーのお部屋は居室として復活し、彼女は最低限の荷物を木箱に詰めて私のお部屋にお引っ越しとなった。
そんなわけで3人の同居は決定した。
ここで残ったのがクラリッサだ。
その日一日の連絡事項を持ったクラリッサが部屋に帰ってきた時、私は入浴後のティータイムを楽しんでいた
残り湯を貰ったメアリとステイシーも既にくつろぎモードに入っている。
つらつらその日の連絡事項を並べるクラリッサの目線が、寝床にもぐりこもうとするステイシーを追っていることに私は気付いた。
私もちょっと思うところがあったのだ。
方や朝から晩まで私のために駆け回ってくれているクラリッサ。
方や主人である私の手まで使って自分の部屋の掃除を済ませ、さっさと就寝せんとするステイシー。
これは流石に不公平ではなかろうか。
仕事の内容が違うといえばその通りだが、主人として用意できる報酬については、なるべく一緒のほうが良いだろうと私は思った。
「クラリッサもこっちで寝る? 」
「うぅ……」
「いびきをかかないなら歓迎するわよ」
「かきませんよ! 多分……」
集団での雑魚寝経験値が高い私は、同居生活の最重要ポイントを知っている。
いびきと歯ぎしりの有無だ。
これに加えて匂いもあるのだが、そちらは問題ないことを確認済みである。
いや、直接かいだわけじゃないよ。
一緒にいれば分かる範囲で大丈夫って話。
人を変態扱いしないでもらいたい。
お互い、職業柄、集団生活は慣れっこである。
騒音問題さえなければ、問題なかろう。
何事にも、寛容、鷹揚なことで知られる私は、彼女もお部屋に招くことにした。
クラリッサは少し迷ってから「今日は遅いので明日お邪魔しますね……」と言ってその日は自室に戻っていった。
翌日、寝具だけを抱えたクラリッサが私の部屋に到着する。
さらにその翌日、私物を木箱に詰め込んで再侵攻してきたクラリッサは、寝床周辺のスペースを自分色に染めはじめた。
それを見て、私とメアリは顔を見合わせて笑った。
ニンマリ笑顔で出迎えたステイシーに、クラリッサはちょっと気恥ずかしそうに笑っていた。
わかる、わかるよ。
すごいわかる。
私も始めてきた時、びっくりしたもん。
このジークが用意してくれたお部屋であるが、びっくりするぐらい快適なのだ。
まず水が使い放題である。
地下から汲み上げた水を要塞上部の給水塔まで揚げて供給しているらしく、レバーをひねるだけでお水がじゃぶじゃぶ出て来る。
一般の士官や兵士は共同の水くみ場まで行かなければならないらしいが、この部屋ならお風呂場に水道が通っているのだ。
トイレも水洗である。
最初使った時は、私も感動してしまった。
暖房は蓄温石という、熱を蓄える魔法の道具を使っている。
一日お日さまに当てておくだけでも、結構なあったかさを蓄えられる便利アイテムなのだが、流石に元祖開発国の帝国というだけあって、お風呂までわかせるすごいやつを使わせてもらえるのだ。
お陰で部屋がとても温い。
外はもう冬なのに、扉の内側は、ぽかぽかである。
ちなみに我がランズデール公爵家の暖房は普通に木炭だ。
実家用にも、何個か譲ってもらえないかと私は密かに企んでいる。
すっかり馴染みつつあるクラリッサが「たしかにこれはだめになりますねー」といって笑った。
まったくである。
私も満腔の意を込めて頷いた。
「快適すぎて、元の生活にもどれなくなりそうよ」
帝国バンザイ! 私はそう叫ぶと、ふかふかのベッドに仰向けに倒れ込んだ。
天蓋の向こうで、三人の笑い声が聞こえた。
ステイシー「両陛下といえど、私のお部屋のおそうじまではしてくれませんもの」
クラリッサ「お前の忠誠はそれでいいのか」