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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
公爵令嬢アリシア
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王国の歴史と公爵令嬢

王太子をぶっ飛ばしてからの続きをお話する前に、ちょっと我が国の沿革、そして私自身のことについて語らせて欲しい。


やつを転がした超すごいパワーの理由にもつながるので、まだるっこしいかもしれないが、許してもらいたい。


我がブレストウィック王国は、豊かな国だ。

古くは西方の帝国と、東方を結ぶ交易路の中継地として、また最近では南部の良港を通じた海上交易の拠点として、大きな富を得ている。

西部から南部にかけては、肥沃な農地にも恵まれ、お金もたべるものもたっぷりある、いわゆる勝ち組王国である。

いや、勝ち組王国であったというべきか。


豊かであれば、当然のことながら周辺の国、地域からいろいろとちょっかいを出される。

もっぱらその相手は、古くからの忌々しい隣人である、北方の蛮族であったのだが、最近になって、版図を拡大してきたばかでかい帝国とも、西部の国境を接するようになった。


そんな時分に戴冠した、当代ブレストウィック国王ジョンであるが、彼は善良ではあるものの、はっきりいって無能であった。

そして無能な彼は、人を疑うことのない善良さで、殆どの政務を宰相シーモア公に丸投げした。


その宰相シーモア公は、有能ではあるものの、それ以上に権力志向が強い男だった。

彼は王権の、ひいては自身の権力拡大のため、地方領主に対する締め付けを強めた。

北方の蛮族による侵略や、西部帝国からの外圧を、地方領主をおさえつけるためのネタにしたのだ。


やることは単純で、国軍の要職を自身の派閥の人間でおさえると、その動員を露骨にしぶるようになった。


辺境への救援を遅らせ、またその要請には、莫大な費用が要求されるようになった。


外敵の脅威に対して、ろくな支援も得られなくなった地方領主は、困っているお隣同士で手を組むことにした。

そしてこの領主貴族の連合体、その旗頭となったのが、私の父ランズデール公ラベルであった。


国王と従兄弟の関係にあった父は、軍の一部に影響力があったことも幸いした。

豊かな南部を抱えるランズデール公は、その地力と精強な領軍でもって、国境を守る領主諸侯の後ろ盾となった。


これが、十年ぐらい前の動きである。


その頃、私は領内の屋敷にいて、そこに出入りするやけにガタイのいい兄ちゃんたちと仲良くなり、彼らの話してくれた武勇伝の真似をして、棒きれや掃除用のモップなどを、振り回したりしていた。


私には母がいなかったし、父は、一般常識や礼儀作法については、家庭教師をつけてくれたが、それ以外については、ほとんど放任といってもいいような状態であった。


当時多忙を極めたであろう父に、娘の教育にまで手を回す余裕はなかったのだろう。

しかし、一人遊びで延々と長物を振り回し続ける娘の姿が、あまりに、なんというか、あれすぎたのだろう。

見かねた父は、暇を見つけては、練兵場に連れていってくれるようになった。


練兵場では、屋敷で時々みかけた兄ちゃんよりも、もっとむさいおっさんやあんちゃんがたくさんいて、みな大層私を可愛がってくれた。

私は、気のいい兄ちゃん達と一緒に、刃を潰した剣や槍をふりまわして重さに押しつぶされたり、馬に乗ろうとして転げ落ちたりと、比較的アグレッシブに過ごした。


今思い返してみても、まっとうな貴族令嬢の教育環境とは思えないが、私はとても楽しかったと記憶している。


兄が領軍の将校だったメアリとも、ここで出会った。

泥だらけになって笑っている私を見た時、最初はどこの悪ガキが入り込んでいるのかと思ったそうだ。


失礼な話である。


ちなみに当時のメアリは私より三つ年上であったが、彼女は十七歳から歳を取るのをやめたらしく、今では同い年である。



宰相シーモアは、表向き父と辺境諸侯の帯同を黙認していた。


しかし、その裏では、王国に対する貢献への報奨として、ランズデール公爵家の一人娘である私アリシアと、王太子との婚約を周旋した。

王太子との結婚ともなれば、十分な報奨のように見えるかもしれないが、実際は体のいい人質であったのだろう。


婚約を私に告げた時の、父のその泣きそうな顔は、今でも覚えている。


ここまで最初からひえっひえな婚約関係もそう多くはあるまい。


幼心にいろいろ察した私は、王都での王太子の顔合わせの後、だだをこねてすぐに領地に帰らせてもらった。


もしかしたら、私にとって、あれが生まれてはじめてのわがままであったかもしれない。


顔には出さなかったが、溜飲がさがったらしい父は、同乗した馬の上で、常にご機嫌な笑みを浮かべていた。


なお、初対面から一貫して無礼な態度を取り続けた王太子のことは、学園に入るまで忘れていた。

あれこそ馬鹿餓鬼であった。



度重なる戦役、あるいは有形無形の宰相からの妨害もあったが、ランズデール公を筆頭とした領主連合は、戦役を耐え抜くかに見えた。

北方に築いた砦は、蛮族との戦線を押し返し、西部の帝国との間には、暗黙の協定が結ばれつつあった。


しかし、保たなかったのだ。

公爵家や連合ではない、父、ラベルその人が。


父が支えていたのは、辺境の戦力だけではなかった。


名将、あるいは勇将と誉れ高い父は、彼自身も北に南にと転戦を繰り返していたのだ。


三年前の秋口、北部、前線の視察に出た父は、偶発的な遭遇戦で、乗馬を射抜かれて転落した。

おそらく連戦の疲れもあったのだろう、落ちた際に体勢を崩した父は、足の骨を折り、命に別状こそなかったものの酷い後遺症で、満足に駆けることができなくなってしまった。


もう二度と、前線に出られなくなってしまったのである。


端的に言って大ピンチだった。


自宅に運び込まれた父の元に出入りする人間が、みな「まじやっべぇ」って顔をしながら、馬車で出ていくのを見ているうちに、当時学園で殆どの単位を取り終えて帰郷していたわたしも、事態の深刻さを察した。


そんな折、我が国の危機的状況を嗅ぎつけたのか、北部の蛮族の攻勢が再開される。

そして、すったもんだの末、この私がランズデール公の名代として参陣することになった。

アリシア・ランズデール、当時、十四歳だった。



さて初陣の思い出である。


公爵家の姫騎士、北方の蛮族、初めての戦場、この3つのワードから、あなたは何を思い浮かべるだろうか。


ちょっとエッチな展開を想像したあなた、多分、結末以外は正解である。


当初、私は公爵家からの援軍を送って、戻ってくるまでのお飾りの大将で、戦場では、我が公爵家の旗を突っ立てた後方の安全地帯に引っ込んでいる予定であった。


その時の北方における指揮官は、婚約破棄のときにお嬢さんがちょっとだけ登場した、北部の大貴族バールモンド辺境伯だった。

お嬢さんとそっくりの栗毛をした、でかいクマみたいな辺境伯は、我が公爵家の事情もよくご存知で、私が連れてきた兵隊を、さっさと最前線の部隊に組み込むと、添え物でついてきた小娘には、十分な、というよりやや過保護なぐらいの護衛をつけて、後方にさがらせた。


私だって自分の立場をわかっていたし、別に血気にはやるような人格もしていなかったので、戦場の喧騒もとどかぬ丘の上に陣地を構えて、大人しくお飾り人形をしていた。


さていい加減、歴戦と言ってもいい軍歴をもつ、私の経験をもって言わせてもらおう。



戦場に安全地帯など存在しない。



私の陣地に配置された将兵は、信頼にたる選りすぐりの兵で、数もまぁ十分というものだった。

四個中隊、合わせて五百ちょっとぐらいだったか?


反面、貴重な戦力を後方で遊ばせる余裕など私達の陣営には無く、比較的安全であろうという予想から、連戦の疲れが残るものや、軽症ながら歩くのに難があるものが多くいたというのも事実だった。

それが災い、というかある意味、幸いした。


前線を突破した蛮族の一団が、私がいる場所へ突っ込んできたのは、その日の日没も間近になった頃合いだった。

夕闇に紛れて前線を突破したらしい、野盗と大差ない雰囲気をした集団は、しかし見かけによらず精鋭と言ってもいい手練であったようだ。


結果から言うと、ほぼ同数の蛮族に襲撃された私達は、半刻ほどの激戦を経て防御を突破された。


そして私は、新品ピカピカの長剣を片手に、敵部隊の幹部らしい男と向かい合う事となった。


見るからに弱そうな、体格の劣る小娘である。

その時、私は、兜をかぶっていなかったので、なまっちろい容貌もよく見えたことであろう。


男は、にやにやといやらしい嘲笑を浮かべながら、なにやら口汚い言葉を発していた。

言語が違うので意味はさっぱりわからなかったが、まぁ、どんなことを言われたかは雰囲気でわかった。


近くで、メアリの叫び声が聴こえた。

なだれ込んできた男の一人と切り結びながら、何事か必死に叫んでいる。



周囲は乱戦、目の前には武装した蛮族、状況は不慮の事態そのもの、しかして私の頭の中にあったのは、恐怖でも動揺でも後悔でもなく、純粋な怒りだけであった。


私は思い返していた。


ここに至るまでに、度々目にした、荒れ果て打ち捨てられた民家の跡を。


帰還した将兵たちの前で、帰らぬものとなった家族に涙をながす人々の姿を。


そして、傷つき力なくベッドに横たわる父の姿を。


私は、なんのためにここまで来たのか。

父の、あの名将の誉れ高いラベル・ランズデールの名代は、ここでこんなやつにやられるためにわざわざ出向いてきたわけじゃない。


そして私は決意したのだ。

そう、「やろう、ぶっ殺してやる」と。



決意すれば自然と体は動いた。


ニヤニヤ笑いを浮かべる男の、気の抜けたとしか言いようがないヘロヘロした太刀筋を、手甲ではじきながら右手の剣を一閃した。

すると、だらしない表情を浮かべたまま、汚い首がとんでいった。

その後、一閃で一人、もう一閃でまた一人、都合三人首と胴をたたき切ると、手に持つ鉄剣が圧に耐えかねたのか、へし折れてしまった。

仕方がないので、徒手のまま組み付いて、二人ほど、首をへし折った。


敵の剣を拾って使えばいいことに気付いてからは、追加で五人ほど首やら胴やらを切り飛ばした。


すると恐れをなした敵は逃げていった。



蓋をあけてみれば単純な話である。

身体強化魔法だ。


先にも少し語ったが、私は子供の頃、父を尋ねてきた士官に、武勇伝をよくねだっていた。

彼らは、小さい子供にはあまり難しい話はわからないと考えたのだろう、「おじちゃんはこんな重いものを持ち上げられるんだぞ」とか「こいつを何百回もふるんだ」とか、大変わかりやすく、その凄さを語ってくれた。


なるほど、それはすごいことなのだと、刷り込まれた四歳ぐらいの女の子は、目につく棒状の物体の中から、一番重そうなモップを選ぶと、日がな一日中ぶん回すようになったのだ。


身体強化にもいろいろと効用があって、力を強くしたり、体の表面や芯を丈夫にしたり、傷の治りを早くしたり、疲れを癒やしたりできる。

私は全部できた。

あと、これは今のところ仮説ではあるが、成長期に魔法をたくさん使うと、魔法の力も強くなる。


最初の頃は、一刻ほどモップを振り回し続ければ、疲労を感じていたのであるが、十歳を過ぎた辺りでは、大人が両手で振り回す大剣を、小手先で一日中振り回し続けても、大して苦にならなくなっていた。


また、大人と同じくらいの重さがあるポールアックスをぶん回して、勢い余って潰されたり、騎兵用の馬によじ登って振り落とされたりしたこともあるが、怪我一つした覚えがない。


筋骨隆々の男たちに混じって、ニコニコしながら重りをしこんだ鉄剣で素振りを続ける童女は、さてどんな目でみられていたのだろうか。

今になって思い返すと、すこし恐ろしい気もする。



もともと貴族の爵位とは、力あるものを封じたことに由来している。


身体能力の強化や活性化は、割とポピュラーな部類の魔法であるのだが、公爵ともなるとその力もずば抜けて強いものだったようだ。


私は、その父から引き継いだ高い素養を、放置教育のなかで意図せずして純粋培養してしまった。

結果、とても強くなった。

物理的に。


私の初陣も、こういった背景があったから認められたのである。

だから、父も十四歳の一人娘を戦場に出すことに同意したし、将兵もそれを受け入れたのだ。


そして強さは、実地で証明された。


レベルを上げて、物理で殴りに来る公爵令嬢の誕生である。


初陣を済ませて帰還した私は、その結果として、父から本格的な士官教育を施されることになった。


その後、各地を転戦して実地での経験を積み、今に至るわけである。

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