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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
王女アリシア
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お料理とわたし

私は怒っていた。


そして悲しかった。


彼女の、ステイシーの裏切りが。


何しろ彼女は、私にとってたった一人の盟友であり、そして下には下がいるという精神的安定を与えてくれる、わりともう、この地上にほとんどいないんじゃないかっていうぐらい希少な存在だったのだから。


私はステイシーに対し、今回の敵前逃亡、ならびに私の刺繍に対して「流石にこれはRには読めませんね」という言ってはいけないことを言った罪でお説教をした。


「以後このようなことがないように」


「はい」


私が厳かに命ずると、彼女はうやうやしく頷いた。

私の統制力には定評がある。

三万近い兵を率いて、かの強大な帝国軍を退けたことさえあるのだ。


私は一つ頷くと、すぐに次の作戦会議を招集した。

ちょうど戻ってきたクラリッサも参加させる。


まずいことに気がついたのである。


「私、もしかして戦争以外にできることがまったくないんじゃ……」


「え、いま気がついたんですか? 」


メアリィィ!


こうして私の女子力向上作戦が立ち上げられた。


こんな絶望的な作戦はじめてだぜ……、みたいな顔でメアリが作戦案を眺めている。

目からはハイライトが消えていた。

私だってこんな勝算のない戦いはじめてだよ。


楽器、詩文、歌唱、絵画……とりあえずダメそうなのから消されていく。

消去法である。

趣味の候補が書かれた紙に、斜線ががんがんひかれて紙がたちまち真っ黒になった。


なにしろ、「私ができそう」と「殿下が喜びそう」の両立がすごく大変なのだ。

主に前者の範囲が狭すぎる関係で。


もう守備範囲が超狭いの。

帝国国境の防衛線も、このぐらい狭かったら楽だったのに……。


消去法の結果「お料理」が残った。


お料理か。


何しろ私は、公爵家の楚々としたお嬢様だから勘違いされやすいのだが、結構な食いしん坊である。

だが、自分で料理などしたことがない。

なぜなら私は貢がれ上手だったからだ。


きっかけは練兵場での出来事。

その日の訓練を終えて私が一服していると、ちょうど隣に座ったおっちゃんがお酒片手に串焼きを食べ始めた。


いい匂いがしたので、私はそれ見ていた。

物欲しげに眺める私を見て彼は言った。


「食うか? 」


「ほしい」


分けてもらった謎の肉を咀嚼しながら、私は考えたのである。


私の可愛さなら、好きなものなんでも食べ放題なんじゃないか?


明くる日から私の暴虐は始まった。

ご飯時になると、近場のいい匂いがする場所に寄って行って、幼女のキラキラビームでゆするのだ。

売り物だろうが、買ったばかりの新品だろうが関係ない。

公爵令嬢と子供特権の濫用で、目につくところは軒並み略奪して回った。

成功率は9割を超えたと思う。

しくじったのはだいたいメアリの手持ちを狙った場合で、これだけはさすがの私にも難しかった。


茶会で女主人としてお菓子を振る舞うこともあるだろう。

聞けば殿下も料理をするという。


「これで行くわよ! 」


私は言った。



そして私の戦いが始まった。


お菓子といったが、甘味は特に砂糖がべらぼうに高価で、確実に失敗する練習台になぞ使えんと、最初はとりあえず煮るだけでいいシチューに挑戦した。

クッキングアリシア、はじめてのメニューはごろごろ野菜のシチューである。


「ごろごろ野菜というかごりごり野菜ですわね」


うまいこと言ったつもりらしい、ステイシーのドヤ顔が腹立つ。

ろくに手伝いもせず、完成品だけ試食して品評しているステイシーは酷い。


だがもっと酷いのは、職場放棄をしたメアリである。

なんと今回の作戦の要であった彼女は、私が必死こいて野菜を剥いている最中、急に呼び出しに来たクラリッサと少し話すと、ステイシーに後を任せてどこかへ行ってしまったのだ。


「ここにレシピ置いときますから! 」ってひどくない! できるわけないじゃん。


助手のステイシーはチロッと目を通すと、すぐに理解を放棄して、メモを私によこした。

私は、その瞬間に今回の作戦の敗北を悟った。


私も一口、自作のシチューをすする。


とりあえず火だけは通したんだけど、野菜はまだ芯があるし、小麦粉もダマになってるしで、とても食べられたものじゃない。

すぐに匙が止まってしまう。

メアリが先生してくれると思ったんだけどなぁ……。


食材の残骸が詰まった鍋を前に悲しみに暮れていると、ようやく戻ってきたクラリッサが

「わかりました! じゃあ処分しときますね! 」

と言って、鍋ごと全部持っていってしまった。


これはダメだ。

ここでもうちの侍女もどき共が、さっぱり役に立たん。

そして私はもう一度、殿下に先生の派遣を要請したのである。



そしたらきた。

殿下がきた。

先生としてきた。


謀られた……。


「じゃ、ごゆっくりどうぞ」


首謀者クラリッサは、そう言い残して出ていった。

厨房には、私と殿下の二人きりである。

一応扉の近くで待機してるみたいだけど。


私は苦笑すると、殿下を見上げる。


「申し訳ありません。お忙しいのでは? 」


「終わった。王国のジョンでも王のふりが務まるんだ。皇子の仕事もそうたいしたものでもないさ」


とのこと。

うーんエレガントである。

できる男のオーラが見える。


調理を開始する。

メニューはまたしてもシチュー。

リベンジマッチである。

今度こそ、と決意を固めた私はじょりじょり野菜の皮を剥きはじめた。

横で、殿下も野菜の皮を剥いている。

ぽつりと殿下が言った。


「不自由をかけてさせてしまい、すまない」


「不自由などしておりません。毎日楽しくすごしていますわ」


「なら良かった。それと言葉遣いだが、崩してもらってもいいぞ」


そう?


「では、遠慮なく」


にやりと私が笑うと、殿下はちょっと驚いた顔をしたあとで顔を横にそらした。

あれ? リアクション的にメアリだとニヤリと返すか、つんつんくるかの二択なんだけど。


うーん、ミスコミュニケーションである。

思い返してみたけど、私にはこういう状況で異性と話した経験値が0だったので、気にしないことにした。

次に活かそう。

何事も経験、たゆまぬ前進の女アリシアである。


ところでその殿下であるが、野菜の皮むきがすごい手慣れている。

野菜の皮が自ら剥かれていくようだ。

するするである。

皮むき皇子である。

すごい。

どうやってるんだ。


「こつがあるのかしら? すごくはやい」


「そうだな……」


殿下はちょっと考えると、私の後ろに回ってから、腕を回して手の上に手を重ねた。

ばーん、アリシア オン ジークハルト。

アリシアの皮むき性能が50%向上した!


身長差があるので、殿下の位置からでも、私の手元が見えるらしい。

手の上から誘導してもらえると、たしかにちょっとスムーズになった。


でも私は皮むきどころじゃない。


鈍くともわかるぞ、これがすごい恋人っぽいことくらい! 密着こそしていないが、二人羽織状態である。

いきなり距離が近くなって、さすがの私もちょっとびっくりである。


ちなみに私は地獄耳である。

クラリッサ、「ふぉぉぉぉ」とか言ってるの聞こえてるからね!


あと心音も近いと聞こえる。

平静な顔をしているけど、殿下もドキドキしているらしくて私は少し安心した。


「できればジークと呼んで欲しい」


「そう? 二人きりの時はそうしますね」


私はこほんと一つ咳払い。


「クラリッサ! 撤収! 」

「げぇ! バレてた! 」


クラリッサの声が聴こえると気配が離れていった。

ばれないでか、あの出歯亀女め。


これで二人きりである。

ありがたくジークと呼ばせてもらおう。


「ジークは手慣れているんですね」


「野菜の皮むきか? 」


「いえ、女性の扱いです。よくするんですか? こんなこと」


「いや、しないな。今は勢いで行った。正直、貴女の手を切らないか心配で、死にそうになってる」


「切れやしませんよ。ナイフなんかじゃ」


「それでも心配だ」


じょりじょりと剥きながら話す。

もっぱら話題は、最近の女子力向上作戦だ。

恥を話すようだがこれがなかなかに受けたので、私はご機嫌であった。


意外と楽しい。


ふとかごを見る。

やばい、皮付きの野菜が無くなりそうだ。

もうちょっと延長したいんだが。

私の思いとは裏腹に最後の野菜がつるりとなってしまって皮むき終了となった。


「嫌ではなかったか」


「いえ、なにか、とても落ち着きました。父の膝の上に似てるのかも」


ジークがふっと笑った。


「なるほど、昔の思い出か」


「いえ、今年の出陣前も乗ってきましたけど? 」


ジークが固まった。


何を驚いているのかね。

私の出陣前の充電タイムは毎回恒例だよ?


そのままお肉と合わせてぐつぐつ煮立てる。

待っている間は他愛ないことを話して過ごした。

私は、時々手をにぎにぎして、ジークのごつごつした手の感触を思い出したりしていた。

私の手は、ぼろぼろのがさがさだから、いろいろ気になったのである。


出来上がったシチューは真っ当なお味で、私は大満足であった。

ジークからも美味しかったといってもらえたので、もしかしたら帝室御用達といえるかもしれない。


この大変豪華な講師のお料理教室であるが、その後もジークが暇な時にちょくちょく開催されることになった。

焼き物や煮物などにも挑戦し、私は順調に上昇していく女子力に満足の笑みを浮かべたのだった。


ちなみに、ジークへのプレゼントを作るための練習を、本人に手伝ってもらうという矛盾には、私はさっぱり気付いていなかった。


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