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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
王女アリシア
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帝国軍と戦争とわたし

時系列的には少し先のアリシアによる話です

帝国軍とはなんであるか。

帝国軍とは帝国国民を守るものである。


帝国国民とはなんであるか。

帝国国民とは帝国領土内に住まうすべてのものである。


では、帝国領土内に住まうすべてのものを守るとはなんであるか。

すべての戦争を、帝国領土外のものとすることである。



王国と帝国の戦いは既に十年以上に及んでいる。

王国にとって、帝国の侵攻はまさしく侵攻なのであるが、実は帝国にとってのそれは、一つの防衛戦略なのだ。


彼らは常に自国の国境線の外で戦うことを目指す。

故に他国へと攻め込む。


そして事実、今回の王国との戦争において、帝国はただの一度たりともその国土を侵されてはいないのだ。

……うん、私は今、嘘をつきました。

昨年、帝国本土は私アリシアによる、極めて小規模な攻撃に見舞われている。

それは一応なしとしてもらいたい。


一部の例外を除いて、帝国軍は、常にその本分を全うしてきたのである。


ちなみに、国体にかかわる対外戦争には、中央の直轄軍が動員される。

総動員数は、予備役を含めると二十万以上、末端の兵士に至るまで高い訓練を受けた職業軍人である。

相手がある程度の強国であれば、当然帝国も不用意に戦端を開いたりはしない。

そしてそういった国との戦争には、相応の戦力が投入される。


帝国は、異様に喧嘩っ早いといわれるが、彼らに気軽に小突かれるのは、弱くて防衛がおぼつかない国、地域ばかりなのだ。


帝国にとって戦争とは経済でもある。


帝国軍兵士のほとんどは、農家、商家、工人問わず、跡継ぎの目がない次男坊、三男坊やらである。

自国にあっては浮かぶ瀬のない彼らにとって、武勲を狙える戦争は、ある種、最大のチャンスなのだ。


また王国は小さな国なので、輸入に頼る産品も少なくない。

そして帝国は、王国との貿易を停止していない。

戦争は物資を大量に消費する。

一部は帝国からの輸入で賄わなければならない品目もあるのだ。


帝国にとっての戦争は、だから、貿易政策であり、産業振興策であり、雇用対策でもあった。

彼らは国内の余剰生産力を王国への侵攻という投資に振り向けていたに過ぎない。

そして帝国では、この戦争を通じて、人的、物的資源の消耗が、その想定を上回ることは一度たりと無かった。


王国と帝国の戦争において、局地的な戦闘の帰結はどうであれ、最終的な勝者は常に帝国であった。


王国の領主諸侯にしてみれば、この状況は絶望的であるように思われるかもしれない。


しかし、実際のところは異なった。


戦争に勝てない事は当初から織り込み済みだったし、私達にとっての目標もまた戦争の勝利ではなかったからだ。


中央集権を旨とする帝国は、割拠する地方領主は取り潰すものの、国の統治機構はそのまま再利用することがほとんどだ。

王や官僚機構はしばらく残され、徐々に帝国に同化させれられる。


生き残るには、帝国から王と認められれば良い。


ある時より、ランズデール公、ウェルズリー候、バールモンド辺境伯らの間には、そのあたりをみこした密約があったのではないかと私は考えている。

父の負傷がなければ、今頃の私は、ランズデール朝の王女アリシアとして、王都の王宮で蝶よ花よとかしずかれていたのかもしれない。


帝国軍の幕僚諸卿とお話したおり、随分と私の評価が高いことに驚かされた。

私の能力はたしかに少し人間離れしているし、戦場での活躍も多かった。

ただ、この帝国と王国の戦争を全体から俯瞰した時、そこまでの重要人物ではなかったように思うし、その考えは今でも変わっていない。


ジークハルト殿下は仰っていた。


彼がもし、私アリシアと出会った二年前の戦役で王国を併合していれば、帝国はランズデール公をこそ王国の主権者として認める予定であった、と。

当時はそんな確証は得られなかった。

だから私が殿下を襲撃……、いまもってひっどい出会いだと思うけれど、襲撃したことが間違いだとは思わない。

ただ、私があの時いなかったとしても、帝国と王国に関してだけであれば、戦争の結末は大して変わらなかったように思う。


今回の戦争について、結論を述べよう。


帝国は、想定の範囲内の戦況推移を続け、当初の予定とは異なるものの、最終的な勝利を手にした。

一方で、辺境領主諸侯は、開戦当初に奪われようとした権益と尊厳を護り抜くことに成功した。


そして私達両者の取り分は、己が地位や権利に付随する義務を果たしてこなかった者達から、等しく徴収されることになる。


ある種の因果応報として、きれいな決着といえるのではないかと、私は考えている。



さて今回私は、大変真面目な話をさせていただいた。


実は、私は今、とびっきり綺麗で、とびっきり真っ白な、もう純白と言っていいドレスを来て、人生初の、その、意中の殿方とご一緒するお茶会に参加している。


お相手はジークハルト殿下だ。


殿下もそれはそれはびしっとした素敵な格好であらせられる。


楡の木の下、木漏れ日の下で優雅なお茶会。

アリシア・ランズデール、人生初の体験である。


とその時、芋虫が私の上から落ちてきた。

ふふふ、私の人生初デートを邪魔させたりはしないよ!


私は優雅な貴族の心を胸に、ノーブルな白手袋をつけた左の手で招かれざる芋虫さんを受け止めると、ぺっと木の上へご退場いただいた。

ただ私の右手には、普段使いの水筒ではなくて、香り高い紅茶が入った白磁のカップがあったのである。


ベタなオチである。


ドヤ顔でポーズを決める私の、それはそれは綺麗なドレスには、茶色いしみがついていた。

じんわり広がる暖かさに私は気付いた。


まずい。


「きゃっ」


私は可愛く声をあげた。


ずれたタイミングは、私の溢れ出る可愛さでカバーしたい。


いけるか? いってくれ。


殿下を見る。

彼は、少し思案してから、「見事なお手前だった」と笑顔で褒めてくれた。

私のかわいい悲鳴の方には、特にこれといって言及はなかった。

大いに凹まされたわたしは、それからすっかり無気力になった。


みんな経験があると思うんだ。


こう、自分の人生のちょっとした、でも気合の入ったイベントですごく残念な失敗をした時に、現実から遠く意識を飛ばして世界の真理であるとか、人生の意義について考えちゃったりするようなことが。


だから今日の私は、そういう気分になった、ということで一つご理解をお願いしたい。

アリシア「"ドヤ顔で虫を払ってお茶をこぼした女"と"虫にびっくりしてお茶をこぼしちゃったかわいいご令嬢"ではだいぶ違うと思うんだ」

メアリ「大して変わらんぞ」

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