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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
皇子ジークハルト
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アリシアとの出会い

「いなかったことにしませんか」


今回の作戦に際して、本国の近衛騎士団から出向してきたクラリッサ・エベルバーンが口を開いた。


視線が俺に突き刺さる。

皆、だれを? とは聞かなかった。


「一応、報告をもう一度整理しますよ。まず計画発動初期段階でトラブルが発生。これに伴いアリシア様が王都脱出を図られたため、緊急対応にあたっていたコンラートが接触後、乗馬を譲渡。次にウェズルリー候領館にて、帝国への一時的、あるいは恒久的な帰属について打診したところ、極めて好意的な反応を頂く。ここまでよろしいですか? 」


俺も含めて皆が頷く。

ここまでは非常にいい流れだ。

むしろ当初の予定よりもさらにいい。

なにしろアリシアが、すすんで帝国に帰属してくれるというのだから。

まさに理想的といっていい展開である。


「で、ここからが問題になります。アリシア様は、現任の東部方面軍司令官を、ルーデンドルフ大将と推察されたため、ジークハルト殿下である旨訂正、ここでアリシア様が明確な拒絶反応をしめされたと報告にあります」


「拒絶とか言わないでくれ! 」


「殿下……、アリシア様に一体何をしたんですか? 」


「なにもしていない! むしろされたのは俺の方だぞ! 」


「しかし、それ以外に説明がつきません」


沈黙。


ここで一人の幕僚が口を開いた。


「あのアリシア様だぞ。殿下の並々ならぬ執着を感じ取ったのでは? 」


「ありうる……」


なにがありうるんだ!


反駁しようとも思ったが、残念ながら俺も少し納得してしまった。


なんだ、何か気取られたというのか……?


「提案。一時的に東部方面軍司令官職を、ルーデンドルフ大将閣下に移譲、現任のジークハルト殿下は一時任を解き、この要塞から離れていただく。これで一旦の問題は解決します」


「……嫌だ。皇子としての強権を発動する」


周囲から溜息が漏れた。

そして苦笑も。


「しょうがないですね。では別の案を考えましょう」


クラリッサが聞き分けのない弟をなだめるような口調で言う。


貴様が始めたんだろうが……。


しかしもう俺には何かを口にする気力は残っていなかった。

それからも会議は続いたが、内容はほとんど耳に入ってこなかった。


結局、当初は俺自身が出迎えた上で要塞内を案内する予定であったが、それはとりやめになった。

代わりに情報を集めるため、クラリッサとステイシーがアリシアに接触、その後、善後策を再度協議する方向で会議は決着した。



全将兵には、女王を迎えるつもりでことに当たるよう通達があった。

実際問題、帝国公式の文章には、開戦時よりランズデール公が王国の王として記されることになったため、帝国の公式見解における彼女の地位は王女ないし女王で間違いではない。


王国軍最高の英雄を出迎えようと、予備の儀仗兵の制服が奪い合いになり、本来のルート以外にも、偽装した馬鹿どもが並ぶなど大変な騒ぎであったようだ。

当然のように全員が蹴散らされた。


その後、アリシア一行が到着。


彼女と一度接触し、身辺の世話にあたったクラリッサが幕僚団に再招集をかけた。

俺も呼び出された。

なぜ現状をクラリッサが仕切っているのか、疑問に思う余裕さえ無かった。


「……まず最初に、極めて重要な点なのですが、アリシア様と我々の間で非常に大きな認識の齟齬があるように思われました」


クラリッサの言葉に首をかしげる。

齟齬? どいうことだ。


「そもそもの問題は、我々が殿下に少し感化されすぎてしまったことにあったようです」


彼女は全員を見回すと、続けた。


「初の対面で、殿下はアリシア様にけちょんけちょんにのされました。そしてアリシア様に強い好感を抱いた」


「それだけ聞くと俺が変態のようだな」


「はい」


まて、そのはいはどういう意味だ、クラリッサ。


「反面、アリシア様は極めて真っ当な感性の持ち主でした。痛めつけた殿下からの誘いに、報復の意図を感じておられるようです」


「なるほど、たしかに」


「極めて自然な発想だ」


「なぜ我々は気が付かなかったのか」


気づけ貴様ら、すごいばかみたいな発言になっているぞ。

しかし、たしかに言われてみればその通りでもあった。


いや、むしろ、そのほうが当然の考え方なのか……。


俺は大きく息をついた。


「諸君も知っての通り、俺に報復に類する意図はない」


「であれば、その点を簡潔にかつ率直にお伝えするべきでしょう」


ステイシーが発言した。

そういえば彼女がこの場で発言したのははじめてだった気がする。

喋る気があったのか。


「まずは相互理解が必要なようですね」


その後も幾つか意見は出たが、結局彼女の言葉がこの会議の結論となった。


さて、俺はアリシアになにを伝えるべきであろうか。



いくつかの案をコンラート達と検討した結果、帝国としてはさしあたっては、当初の、その、俺の伴侶であるか、あるいは直轄領の代官としての籍を用意するという、二つの選択肢を用意することで決まった。

念のため、俺が候補の代官地を、俺の別荘地に指定していたことは後に発覚し、一部の人間から執拗に絞られる羽目になった。


当然、帝国軍人としての地位を、という声もあった。

だが、当のアリシアが、閣下と敬称される事に抵抗感を示したとコンラートの報告にあったため、この時は見送られることになった。

幕僚共のひどく落胆した顔に、先程までさんざやり込められた俺は、溜飲を下げた。


案ずるな。

折を見てお前らの希望も話しておく。

俺に対する誤解が解けてからな!


彼女は領主貴族の娘であったし、あまり社交に積極的という話も聞かなかった。

あるいは彼女から希望があるやも知れぬ。

詰め込み過ぎぬよう、再三念押しされてから、俺達は彼女のところへ向った。


「アリシア・ランズデールと申します」


戦場の砂塵にさらされたなどとは思えぬ、涼やかな声だった。


こうしておれはアリシアに再会した。

直接言葉を交わすのははじめてのことだった。



彼女は、きっと俺の理性だけを殺す魔法を使う。

身体強化とはここまでのことを可能にするのだと、俺は思った。


そしてここから俺は、彼女の容貌であるとか美しさであるとかについて言葉を尽くし語るべきなんだろう。

しかし、あえてお断りさせて頂く。

努力はした。

が、どうやっても無理だった。

一応いっておくと、詩文の腕はそれなりだと自負している。

つまりそれなり程度ではダメだということだ。


予め考えていた話題をすっかり忘れてしまった俺が、中庭にある楡の樹齢や、この要塞の食料庫の広さなどを語っている間、彼女はにこにこと相槌をうちながら話を聞いてくれた。


二人きりになるに際して、理性に限界が達しつつある俺に彼女の侍女から釘がさされた。

まこと良い侍女をお持ちであると思う。


加えて、男としての本能的な部分に関する失敗も語らねばなるまい。

彼女はコルセットを付けない、そうだ。

結果、胸から腹、下腹部までの、女性的としかいえぬ曲線に、俺はひどく、とてもひどく視線を拘束されてしまい、これをアリシアにさえ気付かれて苦笑されてしまった。


「コルセットはつけないのです。

お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません」


この件について、執務室に戻った俺に注がれた幕僚たちの視線が、いかに冷たいものであったかについては、あえて語らずにおこうと思う。


以上が、アリシアと俺との初の会談である。


概ね、俺だけが醜態を晒し続けて、会見は終了した。



ただ一つ、一つだけ、鈍く、愚かな俺にもようやく気づけたことがあった。


彼女は、アリシア・ランズデールは単なる一人の女性であるということだ。

あの日出会った彼女の瞳に、たしかに、怯えの色があったことを俺は生涯忘れないと思う。


それまで、俺は彼女について思い描いた幻想についてさんざ惚れ込み、ただ彼女を求めるだけであった。

怜悧で鋼鉄のように研ぎ澄まされた彼女を幻想し、その思い込みに勝手に懸想していた。

それが誤りであるとあの日知れたのは、幸いであった。



執務室に戻った俺は、机に突っ伏した。

撃沈である。


幕僚たちと多少のやり取りがあった後、コンラートだけを残し、俺は極めて重要な指令を出した。


「一つ目だ。アリシアを外で男に合わせる時は、必ず軍服を着せるようにしろ、絶対にだ。二つ目、彼女がいる部屋の窓を、外部から見えないように細工してくれ。これも大至急だ。三つ目、周辺警備を増強する。近衛騎士でもなんでもいい女性騎士について追加の派遣要請をたのむ。あー、あとなんだったかな」


コンラートが苦笑する。


「殿下、悋気が酷い恋人みたいなことにいってますよ」


「すまんが軽口に答える余裕もない。とにかくよろしく頼む」


コンラートが頷く。


「少しゆっくりしてください。幸い時間ならありそうです」


やつはそう言い置いて出ていった。


あー、と嘆息とも呻きともいえぬ声が俺の口から漏れ出した。

正直、こんなことになるとは夢にも思っていなかったのだ。

社交場ではそれこそ星の数ほど、女をみてきたはずであるというのに。


「俺がもう一人いなくて幸いだった」


確実に殺し合いになる。

間違いない。


どうしてこうなったのか。

おれは深くため息を吐くと椅子に沈み込んだ。


落ち着かないような浮き立つような不思議な気分だった。


アリシア「単なる思い込みだぞ」

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