前夜の皇子
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結婚式の準備に際し、もっとも時間を要したのは、アリシアが着るドレスの手配であった。
よく知られている通り、アリシアの趣味や思考は乙女そのものだ。
当然、ウェディングドレス選びには、相当なこだわりを見せるだろうと見込まれていた。
帝都の服屋に俺たちは赴いた。
見本のドレスが所狭しと並べられている。
そして大方の予想通り、アリシアは白いレース生地の群れを前にしてその綺麗な目を輝かせた。
「私、頑張って全部見ます!」
アリシアは、菓子の山を前にした子供のようなはしゃぎようだ。
脇目も振らずで走り出す。
右端から見ていくつもりか。
「予め、丸一日空けておいて正解でしたね」
メアリの言葉に、俺も心の底から同意した。
アリシアは、あれもいい、これもいいと、数あるドレスの見本を前にうんうんと唸る。
彼女にとっては、一番の晴れ舞台だ。
「私の一番の夢は、可愛いお嫁さんだったから」
夢がかなっちゃった。えへへ。
などと言いつつ笑っていた。
なんだ、ただの天使か。
ドレスの間を行ったり来たりするアリシアの足取りは軽やかだ。
あまりに軽やかすぎて、どこかに飛んで行ってしまいそうで心配になる。
俺は、ティーテーブルの前に陣取って、持ち込んだ書類を片手間に見つつ、アリシアの楽しそうな様子を眺めていた。
「あまりお待たせしたら悪いかしら」
「心配するな。飽きたら言付けて他に行く、じっくり選んでおけ。あと俺に感想を聞くなよ。どれでもいい以外に、言いようがない」
アリシアは、嬉しそうな顔と一緒に、多少の不満もにじませて頷いた。
俺の言葉が、無関心にも聞こえたのだろう。
すまないな。
だが、男に服の話を振ってくれるな。
あぁ、だが、それはだめだ。
肩幅が広く見える。
もっと、アリシアの可憐な雰囲気を大事にしてもらいたい。
折角、天使の見本がいるのだから、店員もよく見てから候補を示してもらいたいものだ。
なんだかんだ言いつつ、俺も多少は口を出した。
まぁ、あれだ。
一番、アリシアをそういう目で見てきたのは俺だからな。
メアリも公認のアリシアマイスターとしては、黙っている訳にはいかなかったのだ。
天使の護衛に付いていたクラリッサが、げんなりした顔を俺に向けた。
「後半は、アリシア様より殿下のほうがうるさかった気がする」
「そんなことはないはずだ。なぁ、アリシア」
「色々見てくれて、嬉しかったですわ、ジーク」
ほら、アリシアもこう言っている。
俺は肩をそびやかし、クラリッサはなんとかに付ける薬は無いとばかりにそっぽを向いた。
つまらぬ諍いで角突き合わせる俺たちを尻目に、アリシアは、服飾の職人達に向き直り礼儀正しくお礼をする。
「素敵なデザインをありがとう。当日も楽しみにしていますね」
「必ずや、最高のドレスをご用意して見せます」
職人達は、覚悟を秘めた面持ちで頷いていた。
若干悲壮な気配を感じるのは、アリシアの無邪気な笑顔にプレッシャーを感じたのかもしれない。
などとと思っていたら、アリシアが俺の方へ向き直り、形の良い眉をつり上げた。
「ジーク、そんな怖い顔で職人さんを睨んではいけません。私はどんなドレスでも、ジークと一緒になれるのなら幸せです」
怒られる覚えがない俺は、当然のごとく抗議する。
「馬鹿を言え。アリシアの結婚式に生半なドレスを着せるなど、俺のプライドが許さんぞ。絶対に最高のドレスを用意してもらう」
「もう、お前が作ってろよ」
俺の極めてまっとうな主張に対し、従者であるはずのクラリッサから、不敬罪とおぼしき発言が飛び出した。
俺のまなじりはつり上がり、アリシアが堪らず笑い声をあげた。
俺は腕を組み、息を吐く。
まぁ、ここはめでたい行事の準備の場だ。
それに俺は寛大な男である。
「アリシアの笑顔に免じて、今の無礼は不問とする。貴様の主人に感謝しろ」
「へいへい」
態度を改める気が無い様子のクラリッサに、針子達は引きつった笑みを浮かべていた。
アリシアのドレスは、大至急の発注となったが、それでも二月ほどの製作期間が必要となった。
今、アリシアは背も伸びているし、腹も膨れてくる。
なかなかに難しい依頼であったようで、縫製に時間がかかったのだ。
まぁ、レースや生地は、軽く皇族の花嫁十人分のドレスをまかなえるほど手配済みだ。
裁断して縫い合わせるだけであるから、待っていれば問題ない。
ドレスも含め、式の準備をする二月ほどの間は、かねてからの予定通り休暇となった。
アリシアは、俺の両親とよく遊びに出ていたようだ。
アリシアは、慣れるとくっつく。
まるで何かの生き物のようだ。
そしてアリシアにくっつかれた母は、とても活動的になった。
アリシアが意図したわけではないだろうが、彼女が皇后の後ろ盾となったのが大きかった。
気を張る必要が無くなったのだろう、母は時として、間の抜けた行動を他所でも披露して見せた。
アリシアはそれを見る度に大興奮で、結果、嫁と姑のいちゃいちゃ二重らせんが、帝都のそこかしこで繰り広げられることになる。
「実の親子でも、あそこまで仲良くはなりませんよ」
「本人は、あれで控えめなつもりなのですよ」
コンラートの言葉に、アリシアの素顔を知るメアリが、訂正を加えていた。
彼女は遠い目だ。
メアリは、くっつき虫のアリシアと熾烈な攻防を繰り広げていた、歴戦の戦士だ。
思い返せばいろいろあるに違いない。
町歩きだけでなく、水遊びなども企画されたのだが、アリシアは妊娠中であるし、カートレーゼはかなづちだ。
身重と金物、二人とも重いところが共通点で、季節もあまりよろしくない。
その話はまた来年ということで、持ち越しとなっていた。
アリシアの水着を見てみたかった気もするし、他の連中に見せたくない気もする。
母の水着は見たくないし、当然他人様に見せたくもない。
後に、延期となった水浴の話を報告されたときは、俺の心中も複雑であった。
父は父でアリシアと仲が良かった。
若い時分に素行がよろしくなかった父は、戦場と田舎暮らしでまっすぐに育ったアリシアに、悪い遊びを教えることにしたらしい。
俺は、危険な雰囲気を感じたものの、父の行いを黙認することにした。
「いいんですか。絶対に悪いことを学んできますよ、アリシア様」
「あの男は、裏の社交の教師役としては最適なのだ。それに天使のアリシアに小悪魔成分が増えるだけだ。問題ない」
まじかよ、とコンラートが呻く。
これも皇后教育の一環なのだ。
視野は広い方がいいし、アリシアに帝国の世俗を経験させるのは、今後のためにも必要だ。
思うところがないでもないが、あの男は曲がりなりにも皇帝だ。
ある程度は目をつぶるしかない。
それからというもの、嫁と舅は二人、時々連れ立って帝都の賭博場へと繰り出すようになった。
義父は大きく賭けて、派手に儲けるか、素寒貧になるかのどちらかだ。
一方のアリシアは、ちまちまと手堅く賭けて小銭を稼いでいた。
「お金がなくなるのが嫌なんです」
金に執着が強いアリシアらしい台詞であった。
そうして貯めた小銭を数えて、にまにまと微笑んでいる。
小悪魔というより、新種の妖怪のようだ。
妖怪小銭あさり。
我が家で飼いたい。
だが、しかし、実のところ、アリシアの賭博士としての感性は、こんなものではなかった。
その培った戦場勘が、いかほどのものであるか、俺はそれを目の当たりにする。
俺は一度だけ、この二人に同道した。
だが、才能の乏しさ故か、あっという間に予算の枠を使い切ってしまった。
アリシアはそれを見とがめた。
空になった俺の手元を見て、柳眉をつり上げる。
「すまん、やられた」
「いいえ、ジークのかたきは私がとってまいります」
彼女はカードのテーブルに向かった。
そしてその日、神が降臨する。
銀色の神をした、手持ちを根こそぎにする死に神が。
アリシアに、ブラフは、通用しない。
彼女は戦場において全ての罠を看破してきた。
彼女は、ありとあらゆる嘘を見抜き、敵の思惑の裏をかく。
カードゲームの場にあってアリシアは、極めて慎重なプレイヤーで有り、そして容赦の無い狩人であった。
「……なぜ?」
アリシアがワンペアの手札を見せて、オールインした対戦相手の手持ちを根こそぎにする。
相手の手札はキングハイのぶただった。
彼女の前には瞬く間にチップが積み上がり、わずか一刻で賭場のテーブルからは対戦相手の姿が消えた。
アリシアは冷たい笑みだ。
「このぐらいにしておきましょうか。出禁になってしまいますし」
さらりと言ってのけたアリシアは、大金のチップを手にその場をあとにした。
アリシアは、つまりずっと手加減していたと言うことなのだ。
妖怪小銭あさりとか言ってすみませんでした。
俺は、大もうけしたアリシアから少しだけチップを恵んでもらい、それも瞬く間にすった。
「ジーク、もっと持って行っても良いんですよ」
アリシアは慈母のような笑みだ。
まるで、ひもを養う乙女のごとし。
俺は悲しくなってしまい、アリシアの優しい申し出から逃げ出した。
それを見ていた父が、あきれたように口を開く。
「お前は、本当に賭け事の才能が無いな」
「ああ、今後はアリシアに任せることにする」
それがいい。
父は真面目くさって頷いた。
父とアリシアは、自由をこよなく愛する人間だった。
特に父の機嫌はことさらに良い。
話の合う若くて美しい娘が、楽しく遊びに付き合ってくれるのだ。
鼻歌の一つも出ようという物で、いつもよりも機嫌良く政務にも力を入れているようだった。
一方のアリシアも、気兼ねなく付き合える父のことを良い友人と思っているようであった。
悪いことではないのだが、俺としては心配だ。
アリシアが言う。
「私、お義父さまと、似ていると思うんですよね。ジークもそう思いませんか?」
俺はめまいを覚えた。
俺は以前アリシアに、義父ラベルの面影を見出した事があったのだ。
それからしばらくの間は、彼女を抱くことが出来なかった。
ここでアリシアに、実父の姿まで背負われては、感情のやり場がなくなってしまう。
もう独り寝は、こりごりだった。
アリシアは、俺の心配事などどこ吹く風で、義父と遊び歩いた日の出来事を楽しそうに語っていた。
アリシアが、すっかり帝都の暮らしにも馴染んだ頃、式の日取りが決まった。
王国の建国記念日だ。
そして裏で動いていたアリシア誘拐作戦が、空ぶった日でもある。
俺は、とても感慨深い。
アリシアが王都を飛び出した日が、俺たちの結婚記念日になるわけだからな。
俺はその日程に満足げに頷いた。
しかし、もう一方の当事者であるアリシアは、なんとも言えない顔で唇をとがらせた。
「不満か、アリシア」
「どうせなら、私とジークが出会った日が良いです」
「俺があばらを折られた日か。ちと遠いな」
「違います!」
もうもう!と、牛のような不満の声を上げたアリシアは、頬を染めて怒りの顔で抗議する。
アリシアは、未だに、俺との邂逅で見せた暴れ振りを恥ずかしく思っているらしく、からかうと良い反応を見せてくれるのだ。
度が過ぎると拗ねられてしまうのだが、時々無性に見たくなる。
「できるだけ、早いほうがいい。ここは譲ってくれ」
「そういうことなら、わかりました。私も、早いほうが嬉しいですし」
提案を肯定したアリシアは、少しうつむいてから頬を染めた。
本音を言おう。
カゼッセルでアリシアと出会った当時の事は、前後の記憶が曖昧なのだ。
しばらくは、俺の醜態だけが続いていたような気もしている。
ゆえに、記念日とする気になれなかったのである。
当日に着るウェディングドレスは素晴らしい出来映えで、アリシアは感嘆の息を吐き、純白の輝きに見とれていた。
逆光を背負ってきらめくドレスの輪郭は、アリシアの結婚式を飾るにも相応しい品であったと思う。
「綺麗です。ありがとう」
ぼうっとした表情のアリシアが、小さく呟く。
俺は、そんなアリシアが見られただけで大満足であった。
式の前夜、俺はアリシアの私室を訪れた。
夕食を済ませた俺たちは、あれやこれやと楽しい未来予想図に会話の華を咲かせていた。
新婚旅行についても話題は飛び、海が良いか、山が良いかとアリシアは楽しげに行き先を語る。
俺は、取り敢えずアリシアの姿を残すため、写真機と絵筆と画家は手配しておこうと心に決めた。
アリシアが、ふと言いよどんでから俺を見る。
もじもじとした様子で、なにやら言いよどむ様子であった。
「どうしたアリシア?」
俺が促せば、アリシア恥ずかしげな様子も露わに、彼女の懸念を口に出した。
「あの、ジーク。夜のことです」
「なんだ、そのことか」
夜の事というのは、世継ぎや他の妻に関わることだろう。
俺はアリシアに先を促した。
この間、俺は内心で、アリシアは優しい上に気が回るなぁ、とか、やっぱり良い嫁だなぁなどと、どうでも良いことを考えている。
顔はキリッとしているはずなので、アリシアにはばれていないはずだ。
アリシアは、気まずさをにじませて言葉を繋ぐ。
「やっぱり、お一人で夜を過ごすのは、お辛いのではありませんか。私は今、こんな体ですし」
「問題は無い。だが、詳細は語れないぞ」
「えぇ……」
俺の言葉を聞いたアリシアは、照れながら眉をひそめるという器用な芸当をして見せた。
一方の俺は仏頂面だ。
自家発電行為を面と向かって問いただすなど、あまり男に恥をかかせるものじゃないぞ、アリシア。
第二夫人を迎えないのは、俺が好きでしていることだった。
アリシアに会う度に、余計な罪悪感を感じたくないというのが、俺の本音なのである。
皇帝のハレムとなれば、女を好きなだけ侍らせるようにも思われるが、実のところはお互いに人格がある人間同士なのだ。
鈍感になれない人間には、負担の方が大きい。
なにしろ俺は、繊細な女心にも配慮できる男だ。
基本的に一対一の方がやりやすい。
なお、第一皇子ジークハルトの事務所では、クラリッサと典礼省からの苦情はお断りしております。
「考えてもみろ。他に女を作ったら、アリシアに会う度に後ろめたい気分になるんだぞ。それだけでげんなりくるわ」
「それは、ジークの言うとおりですね」
変に気を回してごめんなさい。
俺の言葉に納得を見せたアリシアは、掛け布を引っ張りあげて顔の下半分を隠していた。
「大事にしてもらえて、うれしいです」
「そういうアリシアは、どうだ?」
アリシアは、視線を俺からそらした。
その指先は、おちつかなげにシーツの上をさまよっている。
彼女は、息を吸い、小さく吐く。
逡巡に羞恥をにじませたアリシアはか細く、しかしはっきり聞こえる声でこう言った。
「切ない夜があります。でも、我慢できるから、私」
俺は、その言葉の終わりを待たずにアリシアの体を抱き寄せた。
アリシアは抗おうとはしなかった。
◇◇◇
さていいところですまないが、ここから先はR指定だ。
読者諸君は、閲覧に先んじて、年齢確認を済ませてもらいたい。
◇◇◇
久ぶりにかまってもらったアリシアは、ご機嫌であった。
真夜中を過ぎてからも、なかなか寝付こうとしない。
身体の汗を風呂で流し、新しい寝間着に着替えてからも、アリシアはあれこれと俺に話しかけては笑っている。
屈託無く笑うアリシアは、年相応の無邪気さで、その姿は、ただただ愛おしかった。
その時、アリシアは、十八歳の少女であった。
アリシアは幼少のみぎりより己を鍛え、常に戦い続けてきた。
そして彼女は王国の女王となり、今度は皇后となる。
アリシアには、たしかに資質が有り、それ以上に努力を積み重ねてもきた。
彼女はその任にたえうる女性であると俺は思う。
しかし、だ。
ふと、俺の脳裏を疑問がよぎる。
晴れがましい栄光に飾られた女王や皇后という地位を、アリシアが望んだことはあっただろうか。
恋がしたいと駄々をこね、家族や従者と笑い合うアリシアは、それらのうっとうしい些末事を望んだことなどなかったはずだ。
明日、彼女は俺と結婚し、その生涯を絢爛たる檻の中に閉じ込められることになる。
俺は、それがアリシアの幸せにつながるとは、思えなかった。
俺が無意識の内に閉じ込めていた迷いであった。
俺の心の内は、迂闊なつぶやきとなり、漏れた。
「俺と結婚して、アリシアは幸せになれるのだろうか?」
馬鹿な物言いであったと思う。
今更アリシアは、この婚姻を拒むことなど出来ないのだ。
耳も察しもいいアリシアは、この言葉の意味まで正しく理解したことだろう。
彼女は、優しくも頼もしい笑顔を浮かべて、俺の身体を軽く叩く。
小さな彼女の掌は、やわらかくてあたたかい。
「ジーク、私は、ジークの事が大好きですよ」
アリシアは、そう言って俺の頬に口づけてからきゅっと目を閉じ横になる。
彼女は、直接、俺の問いに答える気は無いようだった。
静かな寝息がアリシアの口から漏れる。
アリシアの寝顔はたしかに、幸せそうに笑っていた。
俺は、一つため息をついた。
……いや、待て。
アリシアは、もう寝たのか。
つい先ほどまでおきていなかったか?
手を二拍する間に眠りに落ちたアリシアを前に、俺は唸った。
素晴らしい寝付きの良さだ。
あるいはアリシアは、スイッチ式で意識が落とせるのだろうか。
考えてみればアリシアは、俺よりよほど強かった。
これは、アリシアより先に自分の心配をしろ、という話なのかもしれぬ。
「そういうお前は皇帝で女王の王配になるんだぞ。覚悟は出来てるんだろうな」
と。
安らかに眠るアリシアを見ていると、うじうじと悩むのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
俺は、黙って目を閉じることにした。
そしてそのまま熟睡し、翌朝の結婚式寝坊しかけた俺は、大いに慌てることになった。
メアリ「性欲の塊だぞ」
コンラート「どっちが?」