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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
105/116

帝都とわたし

私達は帝都にたどり着いた。

外壁の門前で市内に入る手続きをしてから、城門脇の施錠された扉の方へと案内される。


「付いてきてくれ、アリシア」


「はい」


ジークに連れられて進んだ扉の先にあったのは、小さな前庭だ。

その先に、秘密の通路の入り口が開いていた。


騒ぎにならないよう帝都にはこっそり入るぞ、とジークが言っていた。

私アリシアは、いつの間にか帝都に住み着いて、自然にここに溶け込む作戦なのだ。

騒がしいのが苦手な私のために、ジークは色々と手を回してくれていた。

私は嬉しかった。


でも、こっそり住み着くって聞くと、なにかの外来生物みたいだ。

輸入木材とかにくっついてきて、いつの間にかそこら中にはびこってる感じである。

一応、私は害虫でもないし、大人しい生き物だから、怒られたりはしないはず。

できればかわいがってもらいたい。

私、悪いアリシアじゃないよ、ぷるぷる。


この秘密の通路は、秘密とは言われているけれど、入り方が秘密なだけで、通路の存在は割と知られているそうだ。

もともとは、皇帝が暗殺防止のために作った通路だったとか。


「意外と物騒なんですね」


「帝国は歴史も古いからな。他にも色々面白い物が残っているぞ」


ジークは、そう言って笑っていた。

実は私は皇族になるので、帝室にだけ伝わる歴史書も読み放題なのだ。

ちょっとわくわくするね。


秘密の通路の両脇は、騎乗時の目線より少し高いぐらいの壁に囲まれていた。

その壁の向こう側から、高い広葉樹が枝を差し出して通路の上に緑の天蓋を作っていた。

通路の幅は、意外と広々として帝都の中心に向かって続いている。

道の先には丘があって、その上には、皇帝一家の住まいである宮殿が見えた。

通路は、ほぼ直線の一本道だ。

なかなか素敵な散歩道であった。


ジークが、前に立って先導してくれる。


「なかなかいいだろう。今は緑が多いが、冬は冬で趣がある。今度また来よう」


「ええ、素敵ですね。楽しみにしています」


ジークの面差しは、落ち着いていて楽しげだ。

ここが彼の故郷だもんね。

懐かしさもあるのだろう。

私の新しい家にもなるし、好きになれるといいな。


ジークと私、それに側が連れだって、秘密の通用路を進んでいく。

帝都にはたどり着いたけれど、仰々しい出迎えなども無い。

気楽なお散歩だ。

彼と二人で歩くのは、とても楽しい。


連れてきた兵は、担当の人たちが宿舎まで案内してくれる手はずになっていた。

だからここにいるのは、宮殿でお世話になる人間だけである。


帝都は広い。

故にこの道も、なかなかの長さがあった。

高さがある壁のせいで、町並みを見ることはできない。

でも、厚さはそれほどでもないようで、遠くからは街の活気が伝わってきて、わたしは少しうきうきした。

今度、お忍びで遊びに行ってもいいと言われている。

とても楽しみである。


なにしろ、私の身分だと、お小遣いがたっぷり使えるからね!


ぽくぽくと、ゆっくり馬を走らせること半刻ほど、市場とおぼしき喧噪を横に通り過ぎ、橋の下のトンネルをくぐりぬけ、地下道の上を抜けて、私達は宮殿の前にたどり着いた。

通路の終わりには、少し年かさの守衛さんがいて、気さくな敬礼で挨拶してくれる。


「まさかこちらの門で、お二人をお迎えすることになるとは思いませんでした。馬をお預かりします。ようこそ、皇宮へ」


「ああ、よろしく頼む。この男が近衛師団長のヴォルカーだ。覚えておいてくれ」


ジークの台詞の後半は、私に向けられたものである。

この男性は、守衛さんではなく師団長とのこと。

めっちゃ適当に、偉い人を紹介された。

私が慌てて会釈をすると、おじさんは笑いながら完璧な敬礼を返してくれた。


宮殿の壁を少し回り込み、裏門を潜り抜けてその中へ。

何人かの執事っぽい格好をした男性が、私達を迎えに来てくれていた。


私はジークにこそっと耳打ちする。


「もう少し、大騒ぎされるかと思ったのですが」


「ああ、面倒ごとは少ない方がいいだろう?」


彼はそう言って笑った。


友人宅のような気安さで、帝国皇帝一家のお屋敷の中に通される

ジークは自宅の扉をくぐるなり、旅装の外套を脱ぎ捨てて執事のおじ様へと放り投げた。

それから乱暴に靴の泥を落とすと、おうちの中に上がり込む。


「アリシアも喜ばないだろうということで、公的な歓迎会も無しだ。俺の婚約者として顔見せはしてもらう予定だが、落ち着いてからになるだろう。しばらくはゆっくりしてくれ」


「はい、そうさせてもらいますね」


そう言い置いたジークは、私達を置いて宮殿の中に入っていた。

これから、両陛下と少しお話しをしてくるとのことだ。


ジークにとっては、勝手知ったる我が家と言うことだろう。

彼は、一人でさっさと奥へ行ってしまった。


メアリに旅装を解いてもらい、私も中に入る。

彼氏のおうち、初訪問である。

ちょっとどきどきしますね。

お邪魔します。


「ささ、取り敢えず中へ。アリシア様のお住まいにご案内します」


ご年配の侍従の方が、私達の先導をしてくれた。

私達が入ってきた入り口は、中で働く人たちが利用する勝手口の様な場所だったらしい。

従業員通路とおぼしき廊下は、少し暗くて人間三人が横に並んで歩けるぐらいの幅しか無い。

開口部が少ないせいか、昼だというのにすこしだけ薄暗かった。

私達は、その廊下を縦一列になって進む。

足下には、年季がはいったカーペットが敷かれていた。

質が良いのだろう、よく手入れされていて、足音も響かない。


道すがら、男性、女性問わず、使用人とおぼしき人たちとすれ違った。

中には私を新入りのメイドか何かだと勘違いした人もいたようだ。

気安く挨拶をもらってしまった。

私も気さくに返事を返す。


その男性は、私にウィンクしてから遠ざかっていった。

私は、女の子扱いしてもらえてご機嫌だ。


ジークのご実家が、割と自由な感じで私はほっと一安心だ。

彼や両陛下を見るにつけ、細かいお作法にうるさいお国ではないだろうとは思っていた。

でも、天下の大帝国だから一抹の不安はあったのである。

まったくもって杞憂であった。


やがて、細い通路は広くて明るい廊下に合流する。

ここからは宮殿だ。

白い壁、高い天井、見かける調度品はどれも素敵な品ばかりだ。

そんな、宮殿を進んでいく。

廊下がとても長い。


外から見たところ、帝都の皇宮の高さはさほどでは無いようだった。

その分、横に広いのだろう。

贅沢な土地の使い方をしている。


私の居館は東の離れになるようだ。

居館である。

居室じゃない。

お屋敷一つもらえてしまうそうだ。

ただ、離宮という感じでも無く、普通の一軒家だと教えられた。


帝国の皇族基準の普通の一軒家である。

どうせ馬鹿でかくて、私の実家よりも立派なのだ。


もう、わかってるもん。


長々と宮殿の中を歩き、緑の木漏れ日がまぶしい渡り廊下を抜けて、私たちは帝都におけるおうちの前にたどり着いた。


白塗りの壁、大きな扉、獅子の頭のドアノッカーもいかめしい。

そこは瀟洒ながらも堂々たるたたずまいの、素敵なお屋敷であった。


私とメアリが、田舎者丸出しの間抜け面で館を見上げる。

予想度有り、私の実家より少しでかくて、比べものにならないほど綺麗だ。


案内の人は、鍵をエリスに手渡してから、私の方に振り返った。


「こちらがアリシア様のお住まいになります。では、私はこれで」


「ええ、ありがとうございました」


私は、慌てて挨拶を返した。


すごいわねぇ。

ええ、まったく。


私とメアリは、心と心で通じ合った。

ここにいる王国出身者は二人だけ、この心情を共有できる相手がいるのは心強い。


クラリッサ、ステイシー、エリスの三人は、見慣れているのだろう。

荷物の搬入などを手際よく差配してくれていた。


「このお屋敷は国賓向けの離れとのことです。ご成婚後は宮殿の中のお部屋に移ることになりますよ」


クラリッサの言葉に、私は頷く。


そして私達は、館の中へとお邪魔した

本日二度目の、お邪魔します。


私達を、沢山の侍女さん達が迎えてくれた。

全部で三十人ぐらいだ。

お屋敷の中でずっと待っていてくれたようだ。

その中から、代表者とおぼしきお姉様が進み出た。


「はじめてお目通りをいたします、アリシア様。本日より私どもが、身の回りのお世話をさせて頂くことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」


そして彼女は、綺麗なお辞儀をしてくれた。


あ、なんだか覚えがある展開だな。

そう、私は思った。


私がちらりと視線を送る。

私の視線をもらったメアリが、びくっと体を震わせてから、泣きそうな顔をして顔を横に振る。


逃げるな、行け。


諦めたように進み出るメアリ。

我が腹心として、進化した貴様の侍女力を見せてやれ。


「……アリシア様のお側仕えは、私メアリが務めさせていただいております」


「はい、私どもにそのお手伝いをさせて頂ければと」


そして、侍女さん達が、一斉にお辞儀した。

統率の取れた見事な動きだ。


気圧されたメアリが、一歩後ろに後ずさる。

それから、「やっぱり怖いですぅ」って顔で、私の方を振り返った。


やっぱだめだったか。


以前もカゼッセル要塞で、メアリは、初対面の偽物侍女クラリッサとステイシーに押し負けていた。

あの頃と比較して、メアリの侍女力は、ろくに成長していない。

戦争ばっかりしていたからだ。

エリスのおかげで、二割ぐらいは性能が向上しているかも知れないが、それだけである。

前は十五ぐらいだったから、今は十八か。

一方、私の中で最強の側仕えと目されるエリスの侍女力を数値化すると、三千ぐらいになるだろう。


メアリ十八に対しエリスは三千。

圧倒的な戦力差であるなぁ。


私は、赤くなっているメアリをにやにや笑いで眺めていた。


ん、アリシアも、お嬢様力は低いじゃ無いかって?

いや、それはそれ、これはこれだからね。


そんな私とメアリを尻目に、頼りになるエリスが前に進み出て、侍女さん達の代表者と二言三言会話を交わす。

それから、こっちに振り返った。


「どうぞ、こちらへ。今日はこのままお休みで良いそうです。明日、両陛下との会合がありますので、衣装合わせだけいたしましょう。私達の控え室も、すぐ隣の部屋に用意してもらいました。各自、荷物だけ置いてから、一度居間に集合してください」


「わかったわ」


見ろ、この手際。

流石エリスだ。

頼りになる。


メアリは、きらきらした目で、エリスありがとう! って顔をしつつ、見えない尻尾を振っていた。

彼女は、強い相手には基本的に従順である。

特に先輩後輩にはこだわらない。

群れの中の序列に忠実なのだ。

犬みたいな女である。


ちなみに私は、その序列からは対象外とのこと。

メアリの妹分だったからかな。


この後もエリスは、侍女さん達と話をしながら、今後の予定やら滞在時の留意事項やらを手早くとりまとめてくれた。

私が人に構われるのが得意ではないということも、帝国の人たちにはきちんと伝わっているようだ。

身の回りに置くお世話係は、最小限にしてくれるそうである。


沢山いる侍女さん達は、全てエリスが指揮下に置くらしい。

こうしてあっという間に、私の滞在準備は整った。


この間、私はメアリと一緒にお部屋の隅に立って、にこにこしていただけである。


エリスの力ってすげー。

出来るだけ優雅に見える笑みの後ろで、私はそんなことを考えていた。

優秀な彼女には、ボーナスをあげなくてはいけないね。


「じゃあ、よろしくね」


「はい、それでは準備をして参ります」


なにやらエリスと侍女さん達は内緒話をしていた。

楽しげな笑みを浮かべた侍女の女の子達は、そのままお部屋を後にした。


バタンと扉が閉じると共に、私の緊張の糸も切れる。

でろんと脱力して皆を見回す。


「お疲れ様ー。長旅だったけど、無事にたどり着けたわね」


「ええ、良かったですわ」


私の素の表情に、他のみんなも肩の力を抜いていた。


案内されたこのお部屋は私の私室らしい。

居間とか、客室とか、全部併せて三十ぐらいお部屋があった。

貴族様ご一行がお泊まりするお屋敷である。

私にはちょっと過分かも。

でも、快適なおうちで私は嬉しかった。


椅子みたいな大きさのクッションに、私はどっかりと座り込む。


私が体重を預けると、体の下でクッションがぐにょりとゆがんだ。

ふかふかで、座り心地が良い。

もっふりと体が沈み込む。

人をだめにさせる柔らかさだ。


ああー。

旅の疲れも相まって私の活動エネルギーがごっそり吸収されていく。


私の様子に、エリスが笑みをこぼす。


「アリシア様は、そこでゆっくりしていてください」


「ありがとー、そうさせてもらうわー」


自堕落な体勢で落ち着いてしまった私は、明るくてあたかかい居室の中で、水をぶっかけられたナメクジのようにへばって伸びた。

体と精神が弛緩する。

お部屋はぽかぽかと過ごしやすくて、私は動く気を完全に喪失した。


帝国とは、恐ろしいところだ。

お尻の下に、こんなわなが待っているなんて。

ふかふかクッションに捕まって、腰がとっても重くなってしまった私は、あきれたメアリに呼び出されるまで、ぐんにょりと伸びていた。


しかし。

アリシアを虜にしようとする帝国の罠は、これで終わりでは無かった。

むしろ、こんなものは序の口だったのだ。


「すごい。綺麗。それに沢山ある!」


衣装部屋の中には、いっぱいのドレスだ。

ちなみすごく沢山に見えたけれど、お部屋の中が鏡張りなだけだった。

これはこれで贅沢である。


ぱっと見ほど多くはなかったが、普段着なども併せて、三桁以上の衣装があった。

私の手持ちの十倍以上だ。

もちろんカゼッセルに置いてきた分は除く。


「お布団もふかふか!」


「子供でももう少し気の利いた感想を言いますよ」


ベッドの弾力も快適だ。。

メアリが、私の語彙力の乏しさを嘆いているが、気にならない。

ぼよよんぼよよん。


そして、私は階段を降り、地階の台所に突入した。

蔵の扉を開けてから、満足げに腕を組む。


「食べ物も沢山ある。これなら籠城もバッチリね!」


「アリシア様、いっつも引っ越し先で、食料備蓄を確認されますよね」


クラリッサが、にやりと笑う。

当然だよ。

腹ぺこのつらさを、私は知っているからね。


すごいな。

私の心は、これからの新生活に浮き立った。


しかし、本当の素敵体験は、私のお風呂の後に待っていたのである。



このお屋敷は、やっぱりお風呂も大きくて、そしていつものように私はお姫様待遇でもてなされた。

畑で取れたお芋みたいに、よってたかってジャブジャブと洗われた私は、私室に戻って満足の息を吐いていた。

良いお湯でございました。


湯上がりで体をぽかぽかさせつつ、ちょっとセクシーな薄手の寝間着に身を包み、のんびり私が涼んでいると、そこにエリスがやってきて、こう言った。


「さぁ、アリシア様、準備できましたよ」


「準備って何の?」


「来て頂ければわかります」


その言葉と共に、彼女は私を引っ張っていく。

そしてやってきたのは、サンルーム。

お部屋の中にあったのは、一つの大きなバスタブだった。

その湯船には、クリーム色の光沢でキラキラと波打っていた。

だが、それは石けんのお水やミルクでは無い。

もっとつやつやで、きらきらで、すべすべで、私が大好きなものであった。


私は、目を輝かせた。


「これは、もしかして……!」


「ええ、シルクのお風呂です。以前アリシア様が、入りたいと、おっしゃて……」


「ふ、ふぉぉぉぉぉお!」


すみません、台詞の途中なのに、思わず変な声が出ました。

周りの皆がたまらず笑う。


実は私は、以前、エリスに言ったことがあったのだ。

シルクのお風呂に入ってみたいと。


いや、ちょうど話の流れという奴でね。

エリスが金貨のお風呂に入ってみたいと言っていたから、それならシルクのお風呂の方が絶対いいって私が主張したのだ。

金貨とか重いし硬いから、エリスの柔肌だと、体中あざだらけになっちゃうじゃない。

それより、断然シルクいいでしょって、私は力一杯主張したのである。


エリスは、それを覚えていた。


私は、おそるおそる湯船に近いてから、広々とした湯船の中へと手を差し入れる。

表面には布の切れ端がいっぱい詰まっているけれど、下にはクッションが敷詰められていた。

湯船の底には固めのマットがしかれていて、シルクのシーツが巻かれている。

突っ込んだ手をもふもふうごかすと、シルクの肌触りが気持ちいい。


これは、期待がふくらむ。

どきどきしながら、私はゆっくり縁をまたいで、体をお風呂の中へとしずめた。


肌触りは、さらさらさらって感じだ。

ちょっとくすぐったいけど、全身でシルクの滑らかさを味わえる。

なんて、贅沢なんだろう。

私はおもわず満足の息を吐き出した。


体を湯船に埋没させて、一通り触り心地を堪能してから、ひょっこりと顔を出す。

海面から浮上するアザラシみたいな体勢だ。

素敵だけれど、これではまだ足りない。

満足のため、私は足りない部品を確保することにした。


おねだりが必要だ。


「ねぇ、メアリー。一緒に入らない?」


私が出来るだけ可愛い感じの声を出すと、メアリがうっげぇって顔をした。


そう、シルクの手触りとは、布地の向こう側に人のぬくもりを感じてこそなのだ。

私の主観であり、こだわりでもある。

シルクは単品だと、つるつるしてきもちよいのだが、ひんやり感が強すぎるのだ。


だが、私のお願いに、メアリは、いやだいやだと首を振った。

彼女は相変わらず照れ屋さんだ。


でも、ここで私は引くわけにはいかない。

シルク風呂を味わう機会なんて、もう金輪際無いかもしれない。

いや、多分は一生無いだろう。

だってこれ、完全に無駄遣いの極みだもの。


だからくっつき虫アリシアとしては、この機会を逃すわけにはいかなかった。

なんとかメアリに首を振らせようと、私は精一杯頑張った。

やわらかい女の子にシルクのドレスを着せて、一緒にお風呂に入るのである。


こうやって字面にすると、好色なおっさんみたいな夢だね。

でも私は気にしないよ。


「私はどうですか、アリシア様」


私とメアリが、入る入らないの熾烈な攻防を繰り広げていると、脇からステイシーが立候補した。

うーん、私は唸った。

ステイシーは、お肉の付き方が薄いのだ。

やはり、ここはメアリがいい。

次点でエリスだ。


このことを私が告げると、ステイシーはしょぼんとしていたけれど、寝間着っぽいシルクの薄着に着替えてから、勝手に私の足下に入り込んだ。

それから、すべすべと私の足を撫でてくれる。


「どうです、アリシア様? 意外と悪くないのでは」


いやーん、くすぐったい。

最高です。

ここは、天国か。


ステイシーまさかの実力行使であった。

そんなに一緒に入りたいのか。

ステイシーにしては、珍しい積極性だ。

そして、満更でもない私の様子に、ステイシーがにっこり笑う。


うむ。

私は、一つ頷いて、彼女の良いアイデアに敬意を評し、お風呂入りを許可することにした。


さあ、あとはメアリだけだ。


「ねぇ、メアリ、お願い、一生のお願い」


「三日前に、私のデザートをねだるときにも使いましたよね、一生のお願い」


メアリは、私にジト目を返した。

えー、そうだったかしら。

私は目をそらす。


しかし諦めの悪いアリシアは、しつこくしつこくメアリを誘い、結局、彼女は根負けした。

私だけでなくエリスにまで捕まって、メアリは逃げられなかったのだ。

アリシアの粘り勝ちである。


一人残ったクラリッサは、見ている方が楽しいとのことで、スケッチブックを取りに行った。


そして私達は、四人で、シルクのお風呂に入ったのだ。

湯船はそれでも十分な広さがあった。

お部屋は、ほどよく暖められている。

四人でくっついていることも手伝って、薄着でも寒くない。


「すべすべするわ。つるつるするわ。なんて素敵な肌触り」


「アリシア様、くすぐったいですわ」


私がせっせと頬ずりすると、エリスが、可愛い反応を返してくれる。

一方のメアリは、完全に無我の境地に達していた。

遙か彼方を見つめる視線は、高僧のような静けさだ。

でも、私がおっぱいを揉もうとすると、びしぃってすごい勢いで手をはたかれた。


なんでよぅ。

私は力一杯叩かれた手をぶらぶらさせる。

メアリのけちんぼ。

減るもんじゃ無し、たまにはいいじゃないか。


仕方が無いので、私は、メアリのお腹で我慢することにした。

ぬるりと組み付き、ほっぺをあてて、すりすりと頬ずりをする。

メアリのお腹の触り心地は、彼女の柔らかそうなイメージとは裏腹に、あばらが当たっていまいちだった。

うーん、これなら背中の方がいいな。

頬ずりをするなら、背中か太ももが良い。

私は、この広い世界について、どうでもいいことをまた一つ学んだ。


その間、クラリッサは、お風呂で遊ぶ私達の姿を、せっせせっせとかきとめていた。

ちょっと淫靡な感じになっちゃうかもと私は危惧したけれど、彼女の絵を見る限り、夏の水辺で小さい子供が遊んでいるような格好だった。

確かにそれに近いかな。

札束風呂で、美女を侍らせて遊ぶおっさんみたいな絵面にならなくて、私はちょっと安心である。


「これは、得がたい経験ですわね」


「でも、楽しいですわ」


エリスとステイシーは喜んでくれたみたいだ。

ただメアリだけは、いつまでたっても、泥酔したおっさんにげろをぶっかけられた、酒場のマスターみたいな雰囲気を発していた。

もっと楽しもうよ。

私は、性懲りも無くメアリにちょっかいを出し、彼女の恋人コンラートみたいに邪険な扱いをされた。


私にとってシルクとは、幸せの象徴なのだ。


最初は雑貨屋さんで、ちいさなハンカチを一枚買うのがせいぜいだった。

それが、ジークのおかげで大きなドレスに変身して、ついにはお風呂にまでになっちゃったのだ。

これはなんとも、感慨深いじゃ無いか。

湯船いっぱいのシルクを抱えて、私は大満足の吐息をはいた。


その日堪能したシルクのお風呂は、あったかくって、素敵な肌触りで、私はとっても幸せだった。


あまり遊びすぎると、繊細なシルクの生地が傷んでしまうので、湯あたりしないうちにお風呂から上がる。


お夕食の席上でも、私は終始ご機嫌で、これを準備してくれた侍女の人たちに、何度も何度もお礼を言った。

いやー、アリシアは財力に弱いのだ。

コメツキムシみたいにペコペコしちゃう。


それに、彼女達は、大きなバスタブを運んだり、ちょうどいい柔らかさのクッションを選んだりと、手を尽くしてくれた。

シルクのお風呂に入りたいという、私のあほな夢を叶えるために。

きっと、私を歓迎するために、彼女達が趣向を凝らしてくれたに違いなかった。

私は、それがとても嬉しかったのだ。


これが、メアリとかだと、「馬鹿なこと言わないでください」で一刀両断である。


素敵なサプライズに、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。

ゼンマイ仕掛けの人形みたいにお礼を繰り返す私に向かって、侍女のお姉様は柔らかく笑う。


「喜んで頂けてよかったです。また何かありましたら、お申し付けくださいね」


「えぇ、ありがとう」


初めて会った人に親切にしてもらえると、嬉しいし安心できる。


しかし、そういえば、私は王国の女王だった。

シルクに夢中になって、威厳とかそのほかいろいろと放り出していたけれど、明日からはいい子で頑張ります。

アリシアは、現金な子だから、褒めたり可愛がられると頑張っちゃうのだ。


楽しい帝都の新生活を予感して、私のハートはうきうきと舞い上がる。

明日が早く来ないかしら。


ああ、でも、もしかしてこれは夢なのかもしれないな。

ほっぺをぎゅーっとつねってみたら、普通にとっても痛くって、私は頬が緩むのを抑えることができなかった。

アリシア「すべすべ」

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