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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
102/116

学校とわたし

「クリスを学校に?」


「はい。彼女に限らないのですけれど、子供達を専門的な学校に通わせてあげたいのです」


クローディアの言葉だった。


学校か。

私は唸った。


私の学歴は無い。


いや、正確に言うなら、ブレストウィック王立学園中退が私の最終学歴だ。

正真正銘、まごう事なきドロップアウト少女である。

今思い返してみても、反骨心に満ちあふれた我が青春時代であった。


そんな私が教育を云々言うのもどうかと思うのだけど、学校はとても大事なものだと私は思う。

もとをただせば私達の国が乱れたのも、旧い学園のあり方に問題があったからではないだろうか。


王立学園の中では、あの閉じられた小さな箱庭のような世界こそが、王国の縮図だと考える学生も多かった。

もちろんそれは全員では無かったが、平和な王都の状況しか知らないまま、血筋やコネで国の中枢に地位を得る人間が多かったのは間違いない。

それが結果的に、私を含めた諸侯の反乱につながり、革命の原因となった。


学園を馬に乗って飛び出したアリシアとメアリが、体制への反抗を叫びながら、学園の窓ガラスを割りに舞い戻ることになったのである。


一応お断りしておくとと、窓ガラスを割るって言うのは、もののたとえだからね。

私達は、校舎の備品は、なにも壊していない。


私が王様になる以上、国を導く人材をどう育成していくかも考えなくてはならない。

その点教育は、重要な事であった。

クローディアから進言をもらえたのは、まこと幸いであった。


やはり常識人の着眼点は違うな。

私と一緒に、ダイナミック中退からの放校処分を喰らったメアリを見ながら、私は思った。


「少し、みんなで考えましょう。大事な話だと思うわ」


「了解です」


最近はすっかり、国政についても、私達の側近で意見を出し合うのが恒例になってしまった。

もっぱら、役に立つのはクラリッサとエリスだ。

二人には能力と資金の裏付けがあるので、とても優秀なのだ。

残りは概ね賑やかしのメンバーである。


今の王都にも、市民に初等教育を授ける場所はある。

国からも補助金を出して、民間の私塾に読み書きや簡単な計算の指導をお願いしているのだ。

地方の都市も同様で、例えば私の地元のランズデールでは、私達が後援をして子供達のお勉強の手助けをしている。

この初等学校で、王国人は一般的な社会常識や、国の歴史などを学ぶのである。


この私塾には、親の仕事をお手伝いをしながら通う子もいるし、小さい内から通う子も居る。

裕福な家庭であれば、家庭教師を雇うこともある。

だいたい三年から六年くらいで、課程は修了だ。

そして、この基礎教育を終えた子供達は、就職するか、あるいは専門的な知識を学び、自分の将来の道を広げるかを選ぶことになるのだ。


今回、問題になっているのは、この私塾を出てからの、専門的な教育機関のことであった。


おそらくクローディアが考えているのは、以前の王立学園のような存在だろう。

一応あれが、私達の知る王国の高等教育機関であった。

王太子とか、その取り巻きみたいなのが、いっぱい卒業してしまったけれど、学園で授けている知識自体は専門的なものであったのだ。


その王立学園は、今現在、閉鎖されている。


私は、腹心に意見を求めた。


「学園のことなのだけど、メアリはどう思う?」


「私は、学生生活も楽しかったですよ。なにより、アリシア様と一緒にいられましたからね」


彼女は、ふわっと微笑んだ。

さらっとこういう台詞が出てきちゃうあたり、メアリはずるい。

私は嬉しいけれど照れてしまう。


「私も、アリシア様がいたなら、一緒に学校行ってみたかったですね」


「はいはい、私も私も!」


クラリッサも嬉しいことを言ってくれる。

エリスはなぜかとても元気が良い。


なおステイシーは、行儀良く沈黙を守っていた。

彼女は勉強できない子だったに違いない。


彼女達の様子に、私は笑った。


「そうね。みんなで行けたら楽しかったかもしれないわね」


私の学園生活は大変な事も多かったけれど、メアリと一緒に過ごした時間は、私も楽しかった。

アデルやクローディア、それに他にも数は少ないけれど、友人も作ることができたのだ。

思い返せば、悪い事ばかりでも無かったと思う。


「であれば、王立学園を復旧させますか?」


クラリッサの提案だ。

彼女なら、すぐに動いてくれるだろう。


でもなぁ。

私は、メアリを見た。


「あの学園を、そのまま元に戻すというのは、したくないわね」


私は、思ったのだ。

学園を再開するのなら、一緒に入学時に設けられた身分的な制限も、無くしてしまいたいなぁと。


王立学園には身分制度があった。


その影響は、例えば、メアリみたいな子に関わってくる。

彼女は、私の学友として学園に在籍することになった。

彼女の両親はランズデール家の従士ではあったけれど、身分を考えると学園に入るのは難しかったのだ。


でも王国にとっては、メアリみたいな人材が沢山いてくれたほうがいい。

王国人の平均物理攻撃力が上昇して、アルコール消費量も増えそうだけれど、とにかく彼女が有能な人材であることはたしかなのだ。


「王国中から学生を集めて、みんなで切磋琢磨してもらうような学校を作ってみたいわ。身分差は一切問わずに、完全実力主義で」


私の希望であった。

ちょっとありきたりな理想論になってしまったかも。

私の意見に、皆は、顔を見合わせている。


「確実に、学園の中で喧嘩になりますよ」


「ええ、間違いなく争いになります。おすすめしません」


メアリとクラリッサが意地悪く笑った。

二人は、一般庶民代表だ。

身分的な違いで苦労してきた経験もある。

ゆえに二人の考え方は、極めて現実的であった。


私も、人間の集団を統率してきた。

自分と出自が異なる人間を受け入れることの難しさは、わかっているつもりだ。


理想だけは、すぐに行き詰まってしまうだろう。


「ここは、仕組みを考えた方がいいわね」


未来の人材を育む学園の中で、派閥争いなどしてもらっても困るのだ。

知恵が必要だ。


ここからがチームアリシアの本領発揮だ。

さあ、知恵を出してくれたまえ、我が忠実なる臣下達よ。


私は他力本願の女王アリシアだ。

自分のアイデアが枯渇したときは、頼りになる側近にお任せするのである。


皆は、いつものように、私の期待に応えてくれた。

相変わらず、にこにこしてるだけの人間がいたり、早々に思考を放棄して、お茶くみに行ったりした人間がいたけれど、それについてはなにも言うまい。


「お茶なら、私がご用意しますよ。メアリ様」


「いいえ、クローディア様はどうぞ、アリシア様をお助けください。細かいお仕事は私がいたしますので」


知恵出しを押しつけられたクローディアは、苦笑いだ。


「私で、いいのでしょうか」


「良いと思うわよ。遠慮はしないで頂戴ね」


皆で卓を囲みながら知恵を絞る。

以前と比較すると、その相談風景はとても和やかだった。


ゆっくりお茶を飲み、お菓子をつまみながら言葉を交わす。

とても優雅な空気が漂う。

貴婦人的だ。


私達も女子力上がったなぁ。


私はメンツを眺め回す。

エリスとクローディアのおかげで、平均的な女子力が向上しているのが大きい。

これは、出てくる案にも期待が出来そうだ。


そして、私達は一つの計画を導き出した。


「軍隊だね」


「軍隊ですね」


「この話し合い風景で、その答えに行き着く当たりが怖いですね」


クラリッサが笑う。


うん。

変わったのは見た目だけだったね。

チームアリシアは結成時から、なにも成長していなかった。

みんな着ている服は絹のドレスになったけれど、頭の中身は一緒であった。


でも、淑女たる物、心に一本の剣を持つものなのだ。

ゆえに、貴婦人達の相談会の内容が、陸軍の教導隊みたいな方向に逸れていっても何の不思議もないのである。


「私も興味があります、軍隊!」


ほら、女子力筆頭のクローディアも賛同してくれてるし、いけるいける。

私は開き直ることにした。



軍隊。

これは、私達がもっとも詳しく、またその活動で実績をあげてきた組織でもあった。


むしろ、私は軍隊しか知らない。

青春を全部、戦争に賭けてきたからね。


エリスとクローディアについては、軍隊生活の経験こそ無いのだけれど、彼女達も統率のとれた軍については好意的だ。

特に、きっちり、きっかりした事が好きなエリスは、規律の厳しい帝国軍のやり方が性に合うらしい。


高等教育にも、軍隊式の教育課程を組み込んだらいいんじゃないか。

これが私達がたどり着いた結論であった。


たしかに、私の率いる軍では、無意味な派閥争いは存在しなかった。

蛮族や帝国といった巨大な敵に立ち向かうことになった私達には、仲間内で争っている余裕などなかったのだ。


大変な困難を前にすれば、皆、それを克服すべく努力する。

協力しなければ生き残れない状況に置かれれば、その構成員には否応なく強い絆が結ばれるのだ。

そのつながりは友情などでは無く、妥協的な協力関係であるかもしれないが、生きていくことを考えれば、それでも問題ないのである。


そして、一つの案を私はひねり出した。


「こういうのはどうかしら……」


私はごにょごにょと、考えを披瀝する。

側近達と協議して、私は考えを煮詰めていった。


「いける! 気がします」


実務を取り仕切るクラリッサが拳を握る。

他の皆は、彼女を拍手で励ました。


そしていくつかの目論見の元、新しい学園が準備されることになった。


それが王国末期に存在した高等教育機関、その名もランズデール王立学院である。



このランズデール王立学院は、発議より一年の準備期間を経て、開校された。

国を支える人材を育てるための学園である。


第一期生の募集期間は一年間、二回に分けて生徒の募集が行われた。

募集要項には、身分差を問わず、ただ試験のみで入学者を選抜する旨を明記した。


もちろん、高い教育を受けられる子供達のほうが、試験には有利である。

裕福な家庭の子や、貴族出身者のほうが入学者の数は多いだろう。

だが、せっかくだから受験してみようと、試験に挑戦した平民の子女も、かなりの数が学園へ入学することになった。


この学園で履修できるコースは、二種類だ。

片方は、一般的な基礎教養から、専門知識などを身につけられる学問主体のコース。

卒業生は、学者になったり、技術官僚になったりする。

体系立てた知識を学び、専門職への道を進むのである。

自由に学ぶ内容は選べるけれど、割と個人主義的なコースである。


そして、もう一つは、国の中枢で働くことを目指す学生向けのコースだ。

王国の幹部候補生を育成するためのコースである。


どちらのコースも、入学試験は同じものだ。

だが、そこにはいくつか違いがあった。


一つは幹部コースの学生には、体力測定と健康診断が課されたことだ。

もう一つは面接で、「他者のために努力し、献身する意思」があるかについて、念押し気味に確認されたこと。

そして最後に、身体の安全と自由に関する制約について、同意書の提出が求められたことである。

それらの事項は、学院の募集要項にも目立つところにでかでかと明記されていた。


「同意します」


学生と保護者達は、その仰々しい文面に気圧されつつも、これに同意した。

うふふ、同意したね?


そして彼ら新入生達は、ランズデール王立学院に入学したのである。


お勉強コースを選択した学生達には、平和な学園生活が待っていた。

本来、学校とは知識の殿堂だ。

帝国ほどとは言わないが、何かを学ぶことを目指す学生にとっては、魅力的な環境を整えたつもりであった。

王立学院に対する学生達の評判は上々で、学生からも頑張って学び、成果を出して見せますと、前向きな言葉をもらうことができた。


問題は、幹部候補生のコースを選んだ学生達だ。

彼らには、入学早々の試練が待ち受けていたのである。


それが、ランズデール王立学院名物となる、課外授業。

その名も、アリシアズ・ブート・キャンプであった。



この課外授業は、男女で別コースだ。


まずは男の子達が課せられたコースについて語ろう。


私が思うに、国を支える男達は、頑強で根性がなければならぬ。

そんな男子生徒達に課せられたのは、国境までの行軍演習であった。


なに、予想通りだって?

そうかもね。私は、堅実な女だから、奇をてらったつもりはないよ。


演習の期間は二十日間。

士官候補生向けの教育課程を幾分一般向けに優しくものだが、中身は本物の軍事演習である。


クラス一つを一部隊とみなして取り組むこの授業は、個々人の責任の下、全員で協力しての任務遂行をもとめられる。

任務遂行とはすなわち、全日程の消化だ。

担任教師の振りをして現役の軍人がついている。

彼らは部隊指揮官である。

食べ物などは輜重隊が運んでくれるが、テントであったり、もろもろの機材であったりは、学生達が分担して運ばねばならない。


学生達を目の前に、校長の顔をした元千騎長が口を開く。


「地獄の訓練だと思え」


「ごくり」


これを聞かされた学生達が、本当に生唾を飲み込んだかはわからない。

だが彼らは、面接やら同意書やらでくどいほど行われた確認が、この演習のためだったのだと理解したはずだ。


そして、ブートキャンプが始まった。


自称、地獄の訓練だ。

私達としては大分易しめにしたのだけれど、それでもミスがあれば容赦なく罵声が飛ぶ。

滅多にないが、鉄拳が振るわれることもあった。


元々は、あまっちょろい思考をしたボンボンの士官候補生達の考え方を、根本から作り替えるための通過儀礼だ。

彼ら、ほとんどの学生達にとっては、今までに経験したことのない、苦しい戦いの始まりであった。


実際の戦いでは、だれかが失敗すれば、味方全体が危険にさらされる。

そして、自分の命が関わってるときに、身分差など気にする奴はいない。

学生達は出自のことなどすぐに忘れて、周囲と協力関係を作るべくうごきだした。

中には受け身だったりマイペースだったりする子もいて、そういう子達は気がつく同輩に引きずり込まれていた。


一方で、担任の顔をしたおっさん達からは、理不尽な発言も多かった。

奴ら大人達は、必ずしも味方である感じがしない。


反面、クラスメイトは間違いなく味方だった。

同級生だけは、利害の一致した仲間だったのである。

彼らの信頼関係は、必要に迫られて強い物へと変わっていった。


私達のメッセージは単純だった。


団結しろ。


ランズデール王立学院の第一期生達は、難しい試験を突破してきた実績があった。

皆、聡い。

あと入学前に念入りに脅されていたせいで、覚悟もあった。

彼らは、すぐにこの演習の意図するところを汲み取った。


そして、学生達は団結した。


面接で言われた「他人のための献身」なんて、きれい事ではない。

自分が生き残るために、他の人間を助けるのだ。

戦争における集団戦とは、全員で生き残るか、全滅するかの二択である。

自らのエゴのために、個人の感情に蓋をして、兵隊は協力しなければならないのだ。


それは、軍人に限らない。

役人も同じだ。


これが私が演習に込めたメッセージであった。


いや、実際はそうとは限らないけれど、そういう人材が多い方が女王アリシアは仕事がしやすいのだ。

だから国政については、そういう人材を集める事にした。

私と宰相クラリッサの一致した意見である。

ほら、私の国、独裁国家だからね。


そして演習が始まった。

学生達は、重い荷物を背負い王都を出発する。

彼らが目指すのは、王国西部、帝国との国境だ。


背嚢を背負い、動きやすい作業服に身を包んだ学生達に、部隊指揮官である担任教師が指示を出す。

体がでかい生徒には多めに荷物を持たせ、小さい連中は部隊間の連絡のために走らせる。

彼らは、よく役割分担し、演習に前向きに取り組んでくれた。


「返事!」


「はい!」


「声が小さい!」


「はい!」


一緒に、世の中の理不尽さも少しだけ体験してもらう。

私はメアリと肩を並べながら、この懐かしい光景を眺めていた。


「どんなに最初の声が大きくても、声が小さいって怒られるんですよね」


「正直、納得いかないよね」


ところで私は、この演習をアリシアズ・ブート・キャンプと名付けた。


ここになぜ私の名を冠したのか。

それは、私がこの演習を直卒したからに他ならない。


私、女王アリシアは、演習指揮官として、副指揮官であるメアリとともに、この演習に参加したのである。


勿論私も考えあってのことだ。

あるいは、親の身分が偉かったりすると、反抗する生徒がいるかもしれない。

そう危惧した私の対抗策であった。

女王アリシアが相手であれば、だれも文句は言えないからね。


もちろん、その間、女王の仕事はお休みだ。

為政者として、未来を支える次代の育成以上に、重要度の高い仕事などない。

だから他の人にお任せである。


私は、学生達と同じように演習に参加する。

もちろん馬などには乗らったりしない。

女王も自分の荷物を担いで歩くのだ。


指揮官先頭。

私が歩いているのだから、文句は言わせないぞ!


学生達も、女王の顔ぐらいは知っているのだろう。

真面目に演習に取り組んでいた。

ちょっとびくついていたのはご愛敬である。



学生達に軍事演習を体験させたのには、団結を図らせるだけではなく、もう一つの狙いもあった。

それは彼らに、戦争を擬似体験させることだ。


王国は、平和な国では無い。

指導者は、時として戦争の決断もしなければならない。


その時、将兵の苦しみを知らない人間が采配を振るうとどうなるか。

前に倒した近衛騎士団長の息子アランみたいなのが、将軍になるのだ。

結果はご覧の有様であった。


あの男は、戦う前に兵を殺したのだ。


それは避けたい。

自らが、軍隊の仕事を体験していれば、戦争の大変さも骨身にしみるはずだ。

戦うことの苦しさつらさを、彼らにも理解してもらいたい。

戦争なんてない方がいいのである。


こんな思いを込めた演習で、私は学生達に、にこやかに笑顔を振りまきつつてくてくと歩く。


彼らは、私の思いを、きちんと理解してくれた。

若干びびられている感じもするが、女王に直卒されたことに、感激しているものと私はみなした。

諸君、共にゆこう。



この王立学院の演習は、初めての試みであった。

だが、演習そのものは、新人士官向けの行軍演習である。

信頼も実績もあるプログラムだ。

小さなトラブルは沢山あり、途中で、落伍者が何人か出たものの、みな無事に生還することができた。


骨折者が何人か出たが、そのぐらいは許容範囲内である。

次は気をつけるんだぞ。


そして半月以上にわたる演習の結果、もやしみたいに頼りなかった新入生達は、針金のように引き締まった身体で帰還した。

体重は否応なく落ちるので、細くなるのは仕方ない。

みな、筋肉質になって帰ってきた。


「強くなった気がします」


「自信が付きました」


達成感は、いろいろな感情や思い出を美化してくれる。

演習から帰還した彼らが精神的に成長しつつ、やや洗脳気味の忠誠心を持ってくれたことに、私は満足のうなずきを返した。


彼らは、役に立つ人材に育つだろう。


病欠組や脱落組にたいしても、補講の遠征が用意されていた。

先行してこの行事に参加した生徒達から情報を得た彼ら補欠組は、決死の覚悟で参加を決める。

無論、彼らもまたきちんと生還し、第一期生は、脱落者無しという快挙を成し遂げたのだった。


ランズデール学院一期生達には、覚悟が有り、目的意識があった。

私をはじめ教官達は、快挙を成し遂げた頑張りと彼らの能力を褒め称えた。


その覚悟を忘れず、これからも頑張って欲しい。

綺麗な感じで締めくくって、この演習は終わりとなったのである。



この演習であるが、活躍した学生も沢山いた。

領軍の演習に参加した経験があった者もいたし、騎士団志望で子供の頃から鍛えていた学生もいたのだ。

彼ら軍隊経験者にとっては、良いところを見せる良い機会であった。


そんな学生達の中でも、私アリシアさえびっくりさせる、とびきりの働きを見せた学生、というか学生の一家がいた。

後に帝国軍もお世話になる偉大な一家である。


彼らのことについて、語りたいと思う。


その学生は、平民出身であったのだが、彼の父親は退役軍人で、元々は小隊を率いた隊長であった。

そして、そのお父さんは、退役時の報償で、奥さんと一緒にお菓子屋さんを開いていた。


そんなお菓子や一家の跡取り息子が、栄えあるランズデール王立学院の一期生に選ばれる。

息子さんは、とても優秀であったのだ。


「でかしたぞ!」


両親はその快挙をとても喜んだが、入学早々、自慢の息子が軍隊まがいの演習に引っ張り出されると聞かされて、心配にもなった。


軍の演習は辛い。


そのことをお父さんは知っていた。

そこで元軍人だった彼は、自分の経験を活かして作った新商品を、息子さんに持たせたのである。

それは、お砂糖をたっぷり使いお酒に漬け込んでからきつく固めた、ケーキのバーであった。

軍隊生活で腹をすかせて苦しい思いをしたお父さんが、その経験を活かして開発した新しいお菓子であった。


保存がきいて、しかも美味しい逸品だ。

もう一度言う

すごく、美味しい、逸品だ。


だが、平民出身である息子さんは、食べ物よりも雲上人の血筋である同級生と、上手くなじめるのかを心配していた。


「これは果たして役に立つの……?」


周りの学生達が、しっかりと準備して来るであろう演習に、自分はお菓子を山盛り持たされて出陣である。

小麦とお砂糖の塊に、荷物は大分圧迫されていた。


彼は不安に思った。

結果から言うと、彼の心配より、父親の心遣いの方が正しかった。


行軍演習中、支給される食事は、味は普通であるが量も栄養も十分だ。

間食は禁じられていないが、疲れきっていては、食べる気にもなれない。

みな食事後はすぐに眠ってしまう。

彼も、そんな中で、自分一人だけ気合いの入ったおやつを食べる気にもなれず、お父さんからもらったケーキバーもずっと荷物の奥にしまわれていた。


そんなある日、運悪く夕食を食いっぱぐれた同輩が部隊に発生した。

まぁ、演習中だ。

いろいろある。

一食抜いても、死にはしないので、そういうこともあるのだ。


死にはしない。

だが、腹が減るのは辛い。

空腹に苦しむ同輩を見かねて、菓子屋の彼は、自分が後生大事に抱えていたケーキを一つ差し出した。


「良かったら、これ、食わないか」


「悪いな。正直、助か、うまぁい!」


叫んだ。

おいしくて叫んだ。

空腹は最高のソースだからね。


でも事実、美味しそうでもあった。

そして、お菓子屋の跡取り息子に、耳ざとい同輩達の視線が殺到した。


俺、今、すっごい見られてる。


興味しんしんで見つめる同級生達に、彼はもう一つのケーキの包みを開けて分け与えた。

そして、その日から演習終了日まで、彼はクラス内ヒエラルキーの頂点に立つことになったのだ。

お菓子による統率の実現である。


彼は優秀で、しかも善良な気質の持ち主であった。

部隊全員の意思が、食欲で一つになっていることを感じた彼は、これを活かしてチームをまとめる事に成功する。


そんな彼の様子が、彼のクラスを担当する部隊指揮官を通じて、私の元にも伝えられた。

お菓子で部隊を仕切っている生徒がいる、と。


その報告に、演習総指揮官アリシア・ランズデールが、興味をもった。

だって、私は、お菓子が大好きだから。


私は、彼を呼び出した。

ケーキを持ってこいと言って、夜、指揮官が詰める天幕に、その学生を出頭させたのである。


天幕におっかなびっくり足を踏み入れる男子生徒。

そこには女王アリシアの他に、副指揮官メアリをはじめ、軍のお歴々の姿があった。

彼の顔からは、血の気がひいていた。


すまんな。

だが、これは私にとって、君の一時的な精神衛生よりも、もっと重大な案件なのだ。

私は、蒼白な顔をして直立する学生に、威厳ある指揮官の態度で呼びかけた。


「例の物は、持ってきたか?」


「は、はい。こちらです」


緊張の面持ちで、ケーキのバーを差し出す男子生徒。

私は、その美味しそうな匂いがするお菓子を受け取ってから、一口かじった。

私に毒味の役のメアリから、鋭い視線が突き刺さる。

彼女の目は言っていた。


「先にこっちに回して下さい!」


知るか。私が一番最初に味わうんだ。


そして私はメアリとの確執を一瞬忘れた。

なぜなら、ケーキが、超美味しかったからだ。

うまぁい!って叫びたいけれど、今の私は身分ある身、発言には気を付けなければならない。


「美味いな」


「ありがとうございます!」


安堵と喜色をにじませて、礼をする生徒。

私は、そんな彼をまじまじと見つめていた。


私は言いたかった。

持ってるケーキ、全部寄越せ、と。


喉まで出かかったこの台詞を、しかし私は苦労して飲み込んだ。


しかし、この、「ケーキ全部寄越せ」発言は、いかな女王アリシアとて、許されないだろう。

もし私が彼の立場で、同じ事を言われたら、相手が女王だろうが皇帝だろうが、絶対に許さない自信がある。

食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

特にお菓子に関しては。


でも、欲しい。

そして、うまぁい! って叫びたい。

それぐらい、美味しかった。


「ご苦労、下がって良いぞ」


私はこの生徒を退出させる。

彼が持つ、余ったケーキを譲ってもらおうかとも思ったのだが、学生の立場を考えると、私の要望を受けたら全部差し出すより他、無くなってしまう。

それはだめだ。


でも美味しかった。

もっと食べたい。

故に私は行動した。


「メアリ、ペンと紙を用意して頂戴」


「……はい、承知いたしました」


メアリが、了承の返事を返すまでに、若干の間があった。

彼女なりの、抗議だったのかもしれない。


でも、私は、このたぎる欲望を抑えきれなかったのだ。

私の飽くなきお砂糖への欲求は留まることを知らないのである。


もうだれも、私を、止められない!


そして私は、彼の担任である士官にお礼を言付けてから、電光石火のスピードで手紙を一筆したためた。

美味しいケーキを、本家のお菓子屋さんからお取り寄せするのである。

早馬を使えばすぐに届くはず。

緊急用の伝令に手紙を握らせ、私は、大至急お菓子を持ってこさせた。


早馬は快速を飛ばしたが、それでも急な注文であったために、準備に時間がかかってしまった。

演習も最終日も近くになってから、私の元に、ようやくこのお菓子が到着する。

だが、私は、それでも満足であった。

二度目に食べても、やっぱり美味しかったからだ。

素敵な贈り物をしてくれたこの生徒の部隊には、私からも特別に加点をしておいた。


王都に帰還してから後、私がこのケーキを大人買いして、かき集めたのは言うまでも無いことだろう。

メアリからも、私の摂取カロリーについて厳しくチェックを受けたけれど、私はやっぱりそれを無視した。

軍事行動中のお食事に関しては、彼女も大目にみてくれるとわかっていたからだ。


アリシアズ・ブート・キャンプはランズデール王立学院の必修課程として定着した。

その中で、このケーキのバーが臨時の通貨のような扱いで、生徒の間でやりとりされるようになった。

結果、件のお菓子屋さんは、期せずして、沢山の常連客を手に入れることになったそうだ。


言い商品を開発してくれたお菓子屋さんが繁盛するのは、喜ばしいことである。


なお、私は、お金持ちなので、作り方を買い上げてから帝国軍でも量産させた。

帝国軍の皆からも大変な好評をもらい、士気の向上にも大いに貢献した。

男の人も、美味しいお菓子は好きなのだ。

私は趣味を共有できる人たちが沢山出来て、嬉しかった。


だがしかし、いざというときのための非常食であるにもかかわらず、我慢できずに食べてしまう将兵が続出して問題にもなった。

後方部隊で横流し事件なども起きてしまい、

ケーキの一大疑獄事件などもおこったりして、話題性のある一品ともなった。


それもこれも、このケーキの素晴らしさ故のことであろう。

とにかく、美味しいは正義であった。



ランズデール王立学院の男子生徒達には、厳しい訓練が実施された。

一方の女子生徒達はどうであろうか。


数は少ないが、女子生徒達もこの学院には在籍していた。

そんな彼女達も、ブート・キャンプの洗礼を受けることになった。


私が思うに、国と共に生きる女性は、優しさと根性がなければならぬ。

根性は、男女共通の必須事項だ。


そんな女子生徒諸君には、軍事演習に代えて、北辺の開拓地における慰問活動を申し渡した。


北方の開拓は国の一大事業だ。

そうして拓かれた開拓村を女子生徒達は手分けして巡り、現地の人たちに食料や生活物資を配るのである。


北部への旅は、大変な事も多い。

安全には勿論配慮するが、ここでは自衛の術も学んでもらう。

自衛とはつまり、まずなにより世の中には危ないことが沢山あるのだと、知ることである。


彼女達には、この慰問活動を通じて、間接的に戦地を学んでもらう事にしたのである。


女性が直接、戦場に駆り出されることはまずない。

だが、前線に立つ軍にしてみれば、女性の支援を得られるかどうかは、とても重要な問題なのだ。

辺境に領地を持つ領主の奥様になれば、否応なくそういう立場に立たされる。

有事に兵達の生活を、切り盛りすることになるからだ。


彼女達の何人かは、戦争で戦う男性を支える後方の活動を取り仕切る立場になるのである。


また文官になるにしても、国家事業の現場は見ておいてもらいたいという気持ちもあった。


私は、女子組の方が心配であった。

なにせ、男共の扱いはわかるけれど、女の子に対する訓練って自信が無かったのだ。

男は多少手荒に扱っても、喜んでくれる。

でも女の子は違いそうな気がするのだ。


そもそも私は女の子と集団行動をした経験がない。

まともな女の子の友達とか、アデルちゃんとクローディアちゃんしかいなかったからね。

メアリはもちろん除外だ。


そんな女子生徒達の遠征は、エリスが引率してくれた。


彼女らは、粗末な馬車を乗り継ぎながら、北の辺土を巡った。

戦時中、助けを求めて、北方を目指したクローディアのような旅程である。

着る物には不自由するし、寝るところも寝心地のいいベッドなどではない。

そして相手は、開拓団の身なりが整っていない集団である。

良家の娘さんである彼女達には、大変な経験であっただろう。


しかも、同道したエリスは、厳しかった。


彼ら開拓民は、王国のために頑張ってくれているのだ。

たとえ、みなりが粗末であっても、不快感を顔に出すような真似は許さない。

礼儀や立ち居振る舞いについても、エリスは厳しく指導した。


私の感覚からすると、男子生徒達より過酷であった。


女子生徒達の中には、箱入り娘も多かった。

当初は、脱落者も多かろうと予想していたのである。

最悪の場合、ランズデール王立学院は、男子校になってしまうかもしれない。


しかしそんな私の心配は、完全に杞憂であった。

なんと参加者の女子生徒達は、全員がこの旅程を完遂したのである。


引率のエリスから話を聞いてみたところ、私も唸らされた。

なんと女子生徒達は全員が、戦争経験者であったのだ。

その戦争体験を経た女の子達は、自らの人生を切り開くために高等教育機関の学院を志望したのだそうだ。


入学試験が、実務を重視した物であったため、女子生徒は最初から少数精鋭だったのも大きかった。

王国では、働く女性が少ない。

その意味でランズデール王立学院の女子生徒達は、先進的な女性達の集団でもあったのだ。


中には親から無理矢理学園に放り込まれた子もいたらしいが、その子も「まぁいっか」ぐらいの感覚で旅程を完遂したそうだ。

逞しい子はどこにでもいるな。


彼女達は、最初から鉄の結束をもって事にあたり、任務を完遂して意気揚々と学園に帰還した。

平均点は男子よりも高かった。


数年後の事になるが、クリスも、この慰問活動に参加することになる。

協商時代、幼い頃から強制的に各地を引きずり回されていた彼女は、逞しかった。


ぽやっとした顔で馬車に乗り、にこにこと愛想良く奉仕活動に従事し、ぽやっとした顔で眠りにつく。

疲れている同輩がいれば、手を貸すことも惜しまない。

出された食事が不味くても、文句も言わずにぺろりと平らげ、美味しかったと礼を言う。

クリスは、淡々と事にあたり、他の仲間を支えながら無事帰還した。


彼女は、その年の入学者の中で、最年少であったにも関わらず、男女通じての最優秀を獲得する。

なぜだか私はちょっと鼻が高かった。


表彰式の壇上にたつクリス。

彼女はやっぱりクリスであった。


「私がして頂いたことをお返ししただけです。この栄誉を、クローディアお姉様に捧げます」


この言葉にお姉様のクローディアは、涙を流して喜んでいた。


男子生徒達とは違い、女子生徒の奉仕活動参加は、保護者からの反発もあった。

女性の美点をどこに見出すかは、ご家庭の事情にもよる。

娘を、ばりばりの職業人にしたいわけではないおうちも多かった。


これに伴って、家政学を重視した女子校も開設されることになる。

新設された女学院も高い評価を得て、ランズデール王立学院とは棲み分けをすることになったのである。


お嫁として、どちらの学校に通う女の子の人気が高かったかについては、あえて語らずにおこうと思う。

噂を聞いて、私は、ランズデール王立学院卒業の女子生徒をご贔屓にすることを決めた。

許せ、彼女達は、紛れもない私の後輩であるのだ。


もう片方の学園の生徒は、モテ女メアリが面倒を見るべきだ。

この私の依怙贔屓については、目をつむってもらいたいと思う。


加えて、我が王立学院は、一部の貴族女性からも強い支持を受けていた。

アデル・バールモンド・ランズデール公爵夫人が、その筆頭であった。


「娘は絶対に王立学院にぶち込むわ!」


彼女は、そう言って息巻いていた。

でもアデルちゃん、ぶち込むって、言い方が酷いよ。


女子生徒の中には、男子生徒達と同じ軍事演習を希望した面々もいた。


「戦争に行くわけでは無いのですから、女が参加しても良いはずですわ!」


たしかに演習については、参加権を認めても良いだろう。

事前に厳しい体力審査を実施して、これをクリアした者達には、女子であっても演習に参加する権利が与えられることになった。

そうして行軍演習に参加した女子生徒達は、結果をきっちり出して意地を見せた。

予め、婚期が遠ざかる危険性についても伝えておいたのだが、彼女達は気にしないとのこと。

王国にも多様性が出てきたように私は思う。


でも、女を捨ててはいけないよ。

私が言うのもなんだけど。


男共で、女子生徒向けの慰問活動を希望した連中もいたのだが、そちらは全員却下した。

男子生徒共の希望理由が、可愛い女の子と仲良くなれそうだからとかいう、ふざけたものであったからだ。

その馬鹿共は行軍演習で、きつめに絞ってやったのだが、けろっとした顔でこなしてしまった。

強い連中は強かった。


女子生徒達の慰問活動を狙って、組織的な誘拐計画が企まれた事もある。

その計画は実行され、護衛の部隊と斬り合いになり、引率の騎兵隊と憲兵隊が賊を殲滅した。


女子生徒達の一部が希望して、後片付けや負傷者の救護にあたっていたが、


「お役に立てて良かった」


と彼女達は誇らしげに笑っていた。

血なんて怖くないそうだ。


ランズデール王立学院からは、大勢の強い娘達が巣立っていった。

彼女らは、私の誇りである。



女王アリシアの試練などと称されたこの取り組みは、ランズデール王立学院の名物として知れ渡った。

名前を冠された以上、私も無関係でいるつもりはない。

私は、なるべく時間を見つけては、演習に参加するようにした。


赤ちゃんがお腹に居たり、私が帝国にいたりでなかなか難しかったのだけど、それでも四十代までは、五年に一回ぐらいの割合で参加することができた。

四十代を過ぎてからは、ほぼ毎回の参加になった。

赤ちゃんを打ち止めにしたからね。

四十三歳で、うっかりもう一人作っちゃったけど。


「今年からは、私アリシアも、毎年、演習に参加することにしますね」


と宣言したら、学園の関係者も生徒さんも、白目をむいて喜んでくれた。

光栄である。


ある年は、私だけで無く、私の側近達も全員の予定が空いた事があった。

私の他、メアリ、エリス、クローディアとおまけのステイシー、計五人が参加することになり、大当たりの年などと評された。

参加者は、皆、気合いが入っていて、引率の私も楽しかった。


ただ、その後、学内の催し物で、チームアリシアの人気投票などが提案されたのはいただけなかった。

なにが駄目って、「おい、やめろ! 陛下にばれたらどうするんだ!」と指摘が出て、投票が中止になったことが一番いただけない。


いやいや、私は心が広いから、別に何位でも怒ったりしないよ?

でもこの国の王様が誰かは、良く覚えておいてもらいたいかな。


女王アリシアは、人気投票で、クローディアとメアリに負けるのが、目に見えていた。

私とエリスの最下位争いを見たくないという、学生達の心遣いが身にしみた。


女王の目にも涙である。



王国の学園は生まれ変わった。

ランズデール王立学院の理念は、達成されたのだ。

紛れもない大成功であった。


そして卒業生を始め、学校関係者が一つの提案をした。


「何か記念を残そう」


そう、記念碑的な、なにかである。

そして、ありがちな結論として、学院創始者の銅像が建てられることになったのだ。


だが、私は自分の姿が銅像になるのが嫌だった。

あののっぺりした造形が苦手なのだ。

あと、死後もずっと残りそうなのが、すごく怖い。


故に、私は父に機会を譲った。

ランズデールといえば、私の中ではランズデール公ラベルだし、ランズデール王立学院の象徴なら、それでいいかなと思ったのだ。


「学園の創始者は私では無いのだが、いいのか?」


父は少し戸惑っていたが、今の私を作ったのは父だから、あながち間違いでも無いと私は説得した。

父は、そうかと頷いて、銅像のモデルとして自慢の肉体美を披露した。


この当時9、私は、周りの人たちを見て、ようやく一つの常識を学んでいた。


普通のお父さんは、簡単に上半身裸になったりはしないんだね。

私、そんなこと知らなかったよ。


だが、残念ながら、私が世の常識を知るのは遅すぎた。


こうして、半裸の筋骨隆々なおっさんの像が、我が王立学園に建立されることになったのだ。


失敗した感があった。

だが、今更、取り返しが付かない。

一部女子生徒達からの評判は特に悪く、私は、折衷案として、小さめのアリシア像を建てることに許可を出した。

王立学院に通う女の子達の象徴が欲しいのだと、希望者の女子生徒達に嘆願されたのだ。


筋肉は嫌とのこと。


わかるわ。


そして用意された女の子向けの銅像は、学園創立当時の私の姿を思いっきり美化した感じの代物であった。

美人すぎてちょっと恥ずかしい。

小さな銅像であったが、なかなか可愛い感じに仕上がっていた。


この銅像は、女子用寄宿舎の近くに配置された。

まるで生きているような見事な像は、不届き者が、女性に悪さをしようとすると、槍で突き殺しに来るとかいう、素敵な逸話を頂戴することになる。

乙女を守る女騎士だ。

ちょっと物騒だが、それも良し。

私もその話を聞いてにっこりと微笑んだ。


女王アリシアの治世は長く、必然的に学院の歴史も長くなった。

ランズデール王立学院は、王国の名物学校として、多くの優秀な人材を輩出することに成功する。

私が王国の女王として上げた事績の中でも、一番の成果をあげることになったのである。


ちなみに、帝国に併合されて後は、士官学校の分校になりました。

普通の学校のはずなのに、どうしてなのかしら。



さてさて。


ここからは裏話だ。

実は、王立学院の声望が十分に高まった頃、一人の人物が卒業名簿の中に紛れ込んだ。

その人物の名は、アリシア・ランズデール・フォン・ミュンテフェーリング。


そう、私です。


私は自分で創立した学院の卒業名簿に、自分の名前をねじ込んだのである。

なぜか。

それは、学校中退だと、不良少女みたいで、子供達に示しがつかないからだ。


お母さん的には見栄をはりたいお年頃だった。

はりたいったらはりたいのだ。


ゆえに私は、権力者の特権を活かし、学歴ロンダリングを実戦した。

無事、卒業名簿に記載されたアリシアの名前を見て、私は安堵のため息を吐く。

これで子供達にも、しっかり勉強をするよう発破をかけられると、アリシアお母さんはほくそ笑んだのである。


お母さん、知恵の勝利だね。


ところがぎっちょん。


メアリが私の過去を子供達にばらしたのだ。

我が子達に、アリシアお母さんが、同級生をぶん殴って学校を飛び出した、とんでも不良少女だったことがばれてしまったのである。

それを聞いて、彼ら彼女らは、不平をたくさんこぼした。


「学校中退から皇后になった方が、かっこよくない?」


「お母さんには、学校になんて縛られて欲しくないわ」


「学校なんて、くそくらえですぅ」


なぜだ。


彼らの非難の仕方が なんだか毛色が違うのだ。

私じゃ無くて、学校に対する非難が飛び出してくる。


皇子と皇女なんて、体制派そのものだろうに、なぜこんなにも反骨心溢れる育ち方をしてしまったのだ。

私は、帝国における我が側近達を見回した。


アル中メアリは言った。


「子は親を見て育つ物ですよ」


成り上がり女宰相クラリッサは言った。


「私、学校なんて出てませんけどね」


脳筋ステイシーは言った。


「私は、ちゃんと学校を卒業しましたよ。学校で学んだことは、全く使っておりませんけれど」


そして、上の三人と混じり合い、朱に染まってしまったエリスがとどめを刺す。


「学校より広い世界を見るべきですわ」


わかった。

だいたいこいつらのせいだ。


私は頭を抱えた。

友達を選べというが、近くに配置する大人も選ぶべきであった。


我が愛する子供達の教育環境を、なんとか改善しなくては。

そう決意した私であったが、残念ながら気づくのが遅すぎた。

その頃には、皇子も皇女も、すっかり無政府主義者達の薫陶を受け継いでしまっていたのである。


打つ手を無くした皇后アリシアは、不良予備軍共の教育について、家族会議を持つことになる。

しかし私の味方はほとんどおらず、弁の立つ子供達に、丸め込まれてしまった。


「ぐぬぬ」


それを見てメアリは楽しそうに笑っていた。


「みんな、まっすぐに育ったのだから、それでいいではありませんか」


教育とは、人類にとって永遠の課題だ。

決して一筋縄でいくものでは無い。

私はそのことを、身をもって思い知らされたのである。


「元気に育ってくれれば十分ですよ」


たしかに、そのとおりだけど、親はそれ以上の希望を持つ物なんだよね。

ちょっと残念でもあるし、でも私の青春時代を褒めてもらえたのはうれしかったりもして、複雑な気持ちのアリシアお母さんであった。

アリシア「お受験」

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