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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
101/116

魔法使いとわたし

さて、大きな戦争の後始末は終わった。

だが、もう一つ、対処すべき事案が残っていた。


捕虜にした魔法使い達の処遇である。


投降した魔法使い達に話を聞いたところ、なんと彼らは、ジェレミアに奴隷のように扱われていた事実が判明する。

彼らは、貴重な魔法が使える人間と知られてから、ジェレミア一味に、さらわれたり脅されたりして囚われていたのだ。


暴力で無理矢理に言うことを聞かされていた彼らは、命こそ保障されてはいたものの、それ以外は酷い扱いを受けていた。

男性も女性もいたけれど、皆、大変な仕事を無理強いさせられていたらしい。


今回の戦いでも、彼らは監視の人間を付けられた上で、アリシア誘拐作戦に動員されたのだという。


許せん。

私は怒りに震えた。


なにしろ最近の私は、自由を満喫している。

ジークもであるが、側近の皆も、私を支えてくれる人たちも、とても良くしてくれるのだ。

赤ちゃんが出来てからは、特に甘やかされっぷりが顕著だ。

私がのんびりしていると、みんな喜んでくれるのである。


おかげで、だらだら、のびのびし放題である。

とても楽しい。


しかし、ここで自由を奪われて苦労している人がいたりすると、その気分が飛んでしまう。

わかるでしょ?

私、こんなことしてていいのかなって気分になっちゃうのだ。

ゆえに、私の目が届く範囲では、できるだけみんな幸せでいてもらいたいのである。


私の精神衛生を守るために!


故に、私は、この苦労をしてきた魔法使いの人たちにも、幸せを運ばねばならない。


Q.E.D


ちなみに、彼らと一緒に捕まった、何やってるのかよくわからん男共は、監視役の人間であった。

連中は監獄に送った。

お前らは、新王国法のお世話になるが良い。



幸いなことに、訳ありの魔法使いさん達は、私達に協力的であった。


「今回、王国軍に捕まって助かったとも思ったのです。……アリシア陛下は恐ろしかったですけれど」


これは、投降した魔法使いの一人の言葉である。

後半の台詞については、聞かなかったことにしておこう。


魔法は便利な力だ。

ゆえに時として、こういう形で搾取される人間がいることを私も知っていた。

私は彼らに尋ねた。

大事な質問だ。


「貴方たち、協商に戻りたい? 身分を保障してもらって戻ることも出来るわよ」


「絶対に嫌です!」


とのこと。

絶対に帰りたくない宣言をもらった私は、遠慮無くこの魔法使い達を王国で囲い込むことにしたのである。


そもそも、魔法使いは貴重な人材だ。

そして私とジークの共通点でもあるが、人材は沢山揃えたいと考えている。

人材コレクションは君主のたしなみなのだ。

使う予定が無くても、いっぱい名簿を集めて楽しむのである。

ジークとか、超レアなキャラをいっぱい持ってそうだ。


もしかしたら私も名簿に載っているかもしれない。


レジェンドレアのアリシアちゃんである。


手に入れた人材は大事にするべきだ。

それに、こんなにも沢山の魔法使いを、獲得できる機会などそうそうない。

故に私は、彼らに手厚い保護を与えて、懐柔することにしたのである。

同じ魔法使いのよしみでもあるし、心と体を休めてから、ゆっくりと王国に馴染んでもらえるといいなと、私は考えていた。


「それで、彼らの最終的な処遇はどうするべきかしら。行くところが無いなら、新設した魔法研究所で、引き取ることになるのだけど」


「研究所送りって聞くと、人聞きが悪いですね」


クラリッサの苦笑交じりの言葉に、私も同意した。

研究所送りって響きは、なんだか実験動物扱いみたいでぞっとしない。

やることは魔法の仕組みを解明するために、実験に付き合ってもらうだけなんだけどね。


最終的には、研究所に就職するのも有りかも知れないが、彼らにも普通の生活を選ぶ道があってもいいと私は思った。

職業選択の自由である。

女王アリシアは、国民の幸せな生活についても、できる限りの保障をしたいと考えているのだ。

王国は独裁国家ではあるけれど、そのあたりはしっかりしているのだ。

福利厚生が充実した軍事独裁政権なのである。


なにかないかな。


「でしたら、王城で下働きをしてもらってはどうでしょうか? 王家の預かりであれば、私がお世話できますし、お仕事も覚えてもらえると思います」


思案に暮れる私に助言してくれたのは、女官長クローディアだった。


魔法使いの中には、女性や子供も混じっている。

彼らが、外国である王国で、一人、生活していくのは難しい。

その点、王城の下働きなら住み込みの仕事がある。

寝る場所や食べるものは最低限保証されるし、彼らの身分も守られる。


クローディアは、王城の表で働く人間を取り仕切る立場だ。

彼らの様子を見守りながら、少しずつお仕事を教えてくれるとのこと。


「なら、お願いしようかしら」


「はい、頑張りますね!」


クローディアがぽこんと、ちょうど良いサイズの胸を叩くと、こっぺパンみたいな金髪縦ロールが揺れた。


金髪縦ロール、またの名をお嬢様ドリルヘアー。

この謎の髪型が彼女のお気に入りだ。


彼女は学生時代、ずっと縦ロールで通していた。

一時期は、髪の毛をセットする余裕すらなくて我慢していたようだが、平和になったので復活させたらしい。

彼女のこだわりである。

もう足かけ十年近く、クローディアはぐりぐりドリルヘアーで頑張っている。

彼女の優しい雰囲気とは、あまり合っているようには見えないのだけれど、本人が満足そうなので、みんなは温かく見守っている。


ビジュアルお嬢様系のクローディアは、言葉通り頑張った。

地道な努力が彼女の持ち味だ。

彼女は、献身的に、レア魔法所持者である新人使用人達の支援にあたった。

新入りの彼らのために衣食住を手配し、仕事の手ほどきをし、時々、昔を思い出して情緒不安定になる女性達の心のケアに心を砕いてくれたのである。


そして、やる気と根気で、協商語までマスターしたクローディアは、彼らの信頼をがっつり獲得することに成功した。

クローディア自身も、戦争中はいろいろと苦労をしてきた身の上だ。

言葉も通じない外国で働くことになった彼ら彼女らが、不安に思うであろうことを、クローディアはひとつひとつ丁寧に解決していった。


普段の業務に加えて、魔法使いの面倒を見ることになったクローディアは、とても忙しそうであった。


その間、私とエリスは、赤ちゃん用品選びに忙しく、メアリはいつものように酒を飲み、ステイシーはぼーっと突っ立っていた。

働いてるのはクラリッサだけだ。

クローディアとクラリッサに辞表を出されたらと思うと、私は気が気では無い。

必殺のスライディング土下座で、慰留を懇願する覚悟はできている。


私はピンチにあたって、プライドをかなぐり捨てられる女だ。

土下座ぐらい安い安い。



何事も親身になって聞いてくれる、綺麗なお姉さんクローディアは大人気であった。

そんな彼女と、特に親しくなったのは、小さな女の子の魔法使いだった。

貴重な透視の魔法を使う魔法使いである。


この子の年齢は、十と少し。

男の子のように短く刈り上げた髪の毛に、そばかすを浮かせた純朴そうな雰囲気の女の子だ。

彼女は、人身売買組織の手で、物心つく前から両親と引き離されてしまい、天涯孤独な身の上だった。


彼女は、保護者も不在であったため、クローディアたっての希望で彼女に身元引受人となってもらった。

王国語が話せないこの女の子のために、最初の頃はクローディアがほとんど付きっきりでお世話をしていたらしい。

クローディアは心配りができる子で、しかも優しい。

魔法使いの女の子も、ずっとひとりぼっちで寂しかったのだろう。

クローディアが信頼できる相手だとわかると、彼女の後をいつでもついて回るようになった。


その姿は、まるでお母さんの後を追いかける、カルガモのひな鳥のようだ。

暇があれば、クローディアのお手伝いのために、彼女の元に飛んでいく。

てくてくと小走りに、クローディアの後ろを歩く様はとても微笑ましく、王城でも密かな人気者となった。


この女の子は、クリスと改名した。

旧い協商の名前をかなぐり捨てて、クローディアから付けてもらった名前にしたのだそうだ。


「わがままも言わないし、とても良い子ですよ」


クローディアに褒められて、クリスは誇らしげに蜂蜜色の髪を揺らしていた。


二人は、仲の良い姉妹のようであった。

一緒に働いていると雰囲気が似てくるのかもしれない。

お嬢様然としたクローディアと、村娘っぽいクリスの見た目はあまり似ていないのだけれど、雰囲気はそっくりであった。

でも縦ロールは髪質の関係で、無理そうだと、クリスは嘆いていた。


ちょっと見たかった気もするね、ダブルドリル姉妹。


新人使用人魔法使いのクリスは、ルームメイドの仕事を覚えることから始めた。

協商での酷い扱いに耐え、なんとか生き延びてきた彼女の能力は高かった。

彼女はお城のお仕事をあっという間に覚えてしまった。


部屋の掃除を手早く済ませ、ベッドのシーツを替え終わったクリスが胸を張る。


「クローディアお姉様、どうでしょうか!」


「ええ、上手にできたわね。クリス」


大好きな姉に褒めてもらおうと、せせこら一生懸命に働く小さなクリスは、大変に可愛い。


クリスは案外、腕力も強いらしく、山のような洗い物をごっそり持ち上げて運んでいく姿がよく目撃された。

普通の人間だと視界が山盛りの衣類に遮られてしまうのだが、クリスは透視の魔法でなんとかしてしまうのだ。

曲がり角で人にぶつかったりもしないと、彼女は自慢していた。


貴重な魔法であるはずなのに、使い方が贅沢である。

軍事転用すれば、施設の中をのぞき見し放題なのであるが、それよりも断然、平和的な活用法だ。

私は、彼女の使い方を心の底から応援したい。


そんなクリスの将来の夢は、副女官長だとのこと。


「クローディアお姉様のためなら何でもします!」


このもの言い、極端なところがある気がしないでも無い。

クローディアが信仰されていた。

でも、クリス憧れのお姉様であるクローディアは、あまり気にせず照れていた。


言葉通り、クリスはクローディアからのお願いであれば、何でも聞いてくれた。


王城の隠し通路を調査するため、何度かこの子の力に頼る事になったのだが、クローディアお姉さんからクリスに仕事を依頼してみたところ、ぶっ倒れるまで魔法を使いまくり、王城の構造を丸裸にしてしまったのだ。

限度を知らない頑張りように、突然倒れたクリスを心配したクローディアは、涙目になって怒っていた。


「無理しちゃ駄目でしょ!」


「ごめんなさぁい」


クリスはてへへと反省しつつも、大好きなお姉ちゃんに構ってもらえて、嬉しそうであった。

若干、小悪魔的な雰囲気を感じる。

頑張って倒れるとお姉ちゃんに構ってもらえるのだ。

妹分は時として、確信犯的な犯行を試みるものなのである。


なんでそんなこと知ってるのかって?

私もやったことがあるからさ!


小さい頃、メアリに構ってもらいたくて、私もぶっ倒れるまで頑張ってみたことがあるのだ。

普通にドン引きされて、計画倒れに終わったのだが、その時の私と同じ匂いをこの日のクリスから感じたのである。

頑張りすぎ作戦を成功させて、クローディアからの看病をゲットしてしまったあたり、クリスの妹力は私をしのぐだろう。

私は、この魔法使いに対する評価を少し上昇させた。


我が住まいである、王城の敷地は広い。

クリスの頑張りにより、その全貌が白日の下にさらされた。

隠し通路や隠し部屋の入り組み方は、警備のステイシーとクラリッサが頭を抱えてしまうほどだった。

どこのダンジョンだって、レベルの魔窟っぷりであったのだ。

秘密の地下室に、古の悪魔とか魔王とかが封印されていそうな勢いである。


「もし魔王がいれば、女王対魔王、世紀の大決戦ですわね」


「私、女王が勝つ方に、金貨賭けますわ!」


完全に他人事と割り切っているメアリとエリスは無責任に笑っていた。

あとエリスは、私は魔王より強いと言いたいのかね。

流石の私も、化け物相手には勝てないよ。


隠し通路は、どれも巧妙に隠蔽されていた。

クリスの手助け無しには、見つけることは難しかっただろう。

お手柄を立てた小さな魔法使いには、大好きなクローディアお姉ちゃんからご褒美が贈られることになった。

クリスは、色々悩んだ末、女官長付き侍女の職を希望する。


クローディアは、大歓迎だ。

私も、当然許可を出し、クリスは王城に正式に採用されることが決定した。


これで、夜もクローディア近くのお部屋で眠れると、クリスは大喜びだ。

クローディアに仕えることを認められたクリスは、それはもう舞い上がらんばかりであった。


「最近は、一緒に良く料理もするんです。クリスが素敵なお婿さんを捕まえられるように、特訓しておくのです」


などと口走って、クローディアもクリスにお仕事を仕込んでいる。

普通の貴族のお嬢様は料理なんてしないけど、クローディアの彼氏は平民だ。

彼女もいつの間にやら、女子力を伸ばしていた。


初代の女官長は激務だ。

過労がたたってクローディアが寝込んだときなど、必死に名って彼女の世話を焼いていた。


「死なないで、お姉様!」


「このぐらい……、どうってことないわ……! だって、私は、あのアリシア様に鍛えられたのだから!」


二人はとても仲良しだった。

でも、私はクローディアを鍛えた覚えは無いのだけれど、どういう意味なのかしら。



クリスの魔法について、もうちょっとだけ詳しく語っておこう

クリスは、小さい頃から酷使されてきたせいか、魔力量が極めて多かった。


しかも、彼女が使う透視の魔法は、本当に貴重だ。

大国である帝国でも、極めて珍しい魔法なのである。


ゆえに、しばらくすると帝国の諜報部の人たちが、クリスのご機嫌取りに出向いてきた。

彼らの仕事を手伝ってもらうためだ。

他所の国に行って、いろいろ見て回る。

給料が出るサイトシーイングの素敵なお仕事である。


クローディアから言い含められていたクリスも、最初は前向きに話を聞いていたのだが、お姉さんと別の職場になると聞いた途端に態度を硬化させた。


「お仕事で、出張とかあるんですか」


「……あります」


「じゃあ、絶対に嫌です」


取り付く島も無い、断固拒否。

新卒採用で出張拒否なんてした日には、不採用確定である。

だが、大魔法使いのクリスに関しては、完全に売り手有利であった。

リクルーターのおじさんは、手強い交渉相手に涙目だ。


お給料も増えるし、将来性もある。

ちょっと考えてみてくれないかと、ねばってみたところ、毛虫をみるような目で見られたと、人事の人は嘆いていた。


才能と本人の希望って言うのは、必ずしも一致しないものだ。

でも、楽しそうにお城の仕事に励むクリスを見ていると、彼女の希望に沿った生き方が一番なんじゃないかと私は思うのだ。


能力があることを理由に、望まない人生に縛り付けられる必要はないと、私は考えている。



私は執務室で、クローディアとクリスの微笑ましいエピソードを沢山耳にした。

そして、思ったのだ。


クローディアが、うらやましいなぁ、と。


なぜなら、クリスが、とてもかわいいからだ。


私は子供が好きだ。

無論、変な意味では無い。

小さい子が頑張って仕事をしている姿を見るとほっこりするという意味である。

抱きしめて匂いを嗅ぎたいとか、一緒にお風呂に入りたいとかは考えていない。


……ちょっとしか考えていない。


それに、私は、勤労少女だった関係で、年上と一緒に居ることが多かった。

そのせいか弟分とか妹分のような存在に憧れがあるのだ。


なにしろ、私の周りはむさいおっさんばかりであった。

ゆえに、たまには可愛い子から、「アリシアお姉様!」とか言われてみたいのである。

野太い声で「ボス!」とか「お嬢!」とか呼ばれる人生にも潤いが欲しい。


そして個人的な希望を言うなら、やんちゃなタイプより、ちょっと大人しくて優しい感じで、私になついてくれる子が良い。

そんな私にとって、クリスは、理想のタイプであったのだ。


私も、彼女と仲良くなりたい。

そして一緒に二人で、きゃっきゃうふふしたい。


私はぼーっと執務机で、楽しい妄想に耽りながら呟いた。


「クリスと親密になりたいわ」


「……お好きになさいませ」


私が欲望を口に出すと、メアリも了承の返事を返してくれた。

許可ももらったことであるし、作戦を考えようではないか。。


思い立ったら即行動が、私の取り柄である。

仲良くなるには、どうしたら良いだろうか。

私は熟考の末、クリスをお菓子で餌付けすることにした。


浅ましいとか言ってはいけない。

発想力が貧困などとも言ってはいけない。

メアリは、両方口にしてくれたが、私は密かに傷ついているのだ。

それが事実であるがゆえに。


でも、他に考えも浮かばなかったのよ。


私アリシアも一発で懐柔された、帝国の甘くておいしいお菓子をあげてみよう。

甘いお菓子が嫌いな子はいない。

きっと、クリスも喜んでくれるはずだ。


そして私は、魔法の事で話があると、適当に理由をつけて、クリスをお部屋に呼んでもらった。

執務室に連れられてきたクリスは、クローディアの手をぎゅっと握って、目に涙を溜めていた。


うーん……。いきなり酷い手応えである。

なんで開幕から涙目なのだろう。


とりあえず、席に呼ぼう。


「こっちにいらっしゃい、クリス」


「は、はい」


クリスのの声も震えていた。

これは、どう見ても怖がられてますね。


私は、狼狽えた。


私は、クリスの今の生活を手配した優しい女王様である。

彼女に酷いことをした覚えも無い。

なのに、なぜこんなに怯えられるのか。


唯一の心当たりと言えば、クリスの目の前で、バッタバッタ、トノサマバッタと、協商の人たちを倒してしまったことぐらいである。


それが原因だな!


でも、あれは戦いだし、緊急のことじゃないか。


そういえば、小さい子が腰を抜かして震えていたなぁ。

多分、あれがクリスだったのだ。

そのせいで怖がられてしまっているのかもしれない。


いかんいかん。

これは、早めに誤解を解いておかなくては。


私は、クリスににっこりと微笑んだ。


怖くないよー、アリシアさんは良いお姉さんだよー。


そんな思いを込めた私の心は、クリスのハートに届かなかった。

彼女はぴゃっと声を上げて、さらに瞳をうるうるさせた。

それでも粗相をするまいと、きゅっと口元を引き結んで、私の方を見返している。


駄目だ、アリシアスマイルも効果無しだ。


私は切り札を投入した。


「あまり緊張しないで。少しお話ししたいと思っただけなの。美味しいお菓子も用意したのよ。お一つどうぞ」


お菓子である。

お菓子を食べれば、きっとわかってくれる、はず。


「はいっ。ありがたく、頂戴いたします」


クリスは、私が勧めた菓子を、親のかたきのように凝視した。

それから、意を決したように一つつかむと、ぱくんと一口で飲み込んだ。


丸々一個の焼き菓子は、彼女には少し大きすぎたようだ。

クリスは、細い食道に詰まらせてしまい、けほけほと小さくむせていた。

美味しく味わうどころではないだろう。


私は、泣きたい気持ちを必死に押さえて、クリスにお茶を勧めた。


これは、だめだ。

仲良くお話しするどころではない。


クローディア助けておくれ。

私が目で訴えたところ、彼女がクリスの隣に座って彼女のフォローをしてくれた。


「クリス、大丈夫? 」


「はい、お姉様!」


クリスは、怖いアリシア女王から、自分を守ってくれるクローディアにぴったりとくっついた。

私なんて、クリスの視界に入っていない。

というか、クリスは私を見ないように頑張っている。

多分、怖いんだろう。


私とクローディア、クリスとクローディアの間で中継みたいな会話が進む。

とてもではないが、和やかなお茶会になんてならなかった。

結局、身の回りに不自由がないかだけ尋ねてから、早々に魔法使いのお茶会はお開きになった。


女王アリシア、クローディアお姉様に、大敗北であった。


クリスが退出した後、私はへたりと執務室に突っ伏した。


「……酷いわ。泣きそう」


ハートに大ダメージをうけたのだ。

こんなに怯えられるなんて想定外だ。


皆は、適当な言葉で慰めてくれたけれど、全然、心がこもっていなかったので、私の心は癒やされない。

メアリは、慰めてすらくれなかった。

「やっぱり、感受性が強い子はわかるんですね」

と、何やら納得までしている様子であった。


何がわかるって言うんだ、畜生め。


ずるりと顔を持ち上げると、目の前には、申し訳なさそうな顔をしたクローディアがいた。

クリスはお部屋に送り届けたそうだ。


「クローディア、クリスに謝っておいて頂戴。怖がらせるつもりはなかったのよ……」


「い、いえ。クリスもアリシア様はお優しい方だと言っていました。お菓子も美味しかったそうですし、大丈夫ですよ」


クローディアは優しい。

そして嘘をつけない子だ。

彼女は私を気遣ってくれたけれど、めっちゃ目が泳いでた。


その後も諦めきれない私は、何度か機会を探ってみた。

でも、どうやらアリシアはこの子のトラウマになっているようで、さっぱり仲良くはなれなかった。


しかもだ。

私にとっては、さらにショッキングな事実まで判明する。

なんとこのクリスチャン、私のことをすごい勢いで裂けていたのである。

聞き取り調査の結果、クリスが、ちょくちょく透視の魔法を使っていることがわかった。


「アリシア様に、ばったり出くわしたりしないように、気をつけているんです。会わなければ、怒られたりもしないと思うので」


この一言で、私のクリスと仲良くなりたい欲求は、完全にとどめを刺された。


魔法使ってまで回避されるとか、完全に猛獣扱いだ。

報告を受けた私は、落雷の直撃を受けた立木のような有様で固まった。

もしかしたらぷすぷす焦げて、煙まで出ていたかもしれない。


「魔法、使いこなしてますねー、すごい子だ」


クラリッサが無責任に褒めていた。

ちなみにクリスは勤務を始めてから、女王アリシアとのエンカウント率をゼロに抑えることに成功していた。

まったくもって、見事なワザマエである。

スニーキングミッションとかとっても得意そうだ。


私はクローディアから、クリスがなんでアリシアを裂けるのかについて詳しく調査を依頼した。

クリスは、お姉ちゃんに「絶対に秘密だよ」と言って教えてくれたそうだ。

ご、ごめん。

秘密にできなかったお姉ちゃんを怒らないであげて欲しい。


彼女は、アリシアが嫌いなのでは無く、純粋に怖いのだそうだ。


アリシア様は、綺麗で、氷みたいで、強かったジェレミア達さえ、あっという間に倒してしまった。

もちろん、そのことについて感謝もしているのだけれど、前に立つとどうしても体が震えてしまうのだと、クリスは言っていたそうだ。


これには、流石の私も堪えてしまった。


「私、そんなに怖かったかしら?」


「私達は慣れていますけれど、普通の方はそうではありません。現場も確認しましたけれど、もう少し、流れる血の量についても、配慮すべきでしたわね」


それを言われると、私はなにも言い返せない。

たしかに、ジェレミアを倒したときには、どばどばと血が流れていた。

間近でそれを目撃したクリスは、とても怖かったのだろう。


私が力なく、クローディアに目をやると、彼女は困った顔で苦笑した。

優しい彼女は、口にこそ出さなかったけれど、その目が如実に内心を語る。

彼女はこう言っていた。


「打つ手無しです、アリシア様」


私は、へこっと頭を垂れた。


いままで、私は、効率と確実性重視で戦ってきた。

でも、見る人からすれば、それは恐ろしい光景であったのかも知れない。

周りがバーバリアンみたいな女ばかりだから、すっかり感覚が麻痺していたのだ。

配慮が足りていなかった。


仲良くしたい女の子から、おっかない女呼ばわりされたアリシアは、少しだけ今までの行いを反省した。

でも、ちょっとだけでいいから、私にもその可愛い笑顔を向けてくれないかしら。

遠目に楽しそうに談笑するクローディアとクリスを眺めながら、私は大きなため息をつく。


やっぱり私も、可愛い妹分がほしなぁ。


私のこの野望が叶うのは、大分先のことであった。


ちなみに、クリスが大きくなるにしたがって、彼女とも仲良くはなれたよ。

十年近くかかったから、もう妹分って感じじゃ無くなっちゃってたけどね。

メアリ「事案」

アリシア「そんなー(´・ω・`)」

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