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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
皇子ジークハルト
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アリシア・ランズデールの戦い

俺はジークハルト。

今回は、俺とアリシアの出会いについて語らせてもらいたい。


彼女との出会いは、何分、戦場のことであったので、男臭い地味な話が続く。

興味がないのであれば読み飛ばしてもらえればと思う。


俺が彼女とはじめて出会ったのは、今から遡って二年前、戦場でのことであった。

既に当時、王国との戦争は8年目に突入していた。

しかし、前年の戦いで、ついに国境の要塞線を抜くことに成功した我々帝国軍は、積年の宿願を果たすべく、王国領深くへと進軍していた。


「奴ら、またきたのか」


報告書をにらみつつ、つぶやく。


俺も含めた帝国軍の幕僚や部隊長らが、雁首そろえて卓を囲んでいた。

どいつもこいつもいかつい顔を、不機嫌そうにしかめていた。


目下の議題は、最近になって繰り返されるようになった、王国軍の奇襲攻撃に関してであった。


王国は、良馬の産地として知られる。

特に開戦当初、帝国軍は少数の騎馬隊による遊撃戦術に苦しめられた。

その経験から、我々は、全軍を兵力五百程度の部隊に分散し、進撃する戦術を採用していた。

広域を抑え、また小うるさく後方で動き回る、王国領軍の騎兵隊を牽制するのには、効果的な布陣であった。


しかしその反面、分散した戦力には、各個撃破の危険が伴う。

王国もそれを狙ったのだろう、最近になって、数百単位の騎兵部隊が、度々襲撃をしかけてくるようになった。


「報告を見る限り、損害はいずれも軽微であるようですが」


若手の幕僚が発言する。

俺もその言葉に同意した。


ここ数日で襲撃をうけた隊は十三、その各隊に、数人から十数人程度の損害が発生していた。

およそ、軽微といっていい数字だ。


「だが士官への被害が多いとも報告にあるぞ」


「首刈り戦術か……」


唸る声が聞こえた。

士官による部隊の統率を重視する我々帝国軍にとっては、実に効果的な戦術である。

確実に痛いところをついてくるやりように、古参の将帥が顔をしかめた。


逆に部隊全体で見れば、被害は極めて少なかった。

ほとんどないといっても良いぐらいだ。

報告書を見る限りでは、いずれの隊も、敵奇襲の撃退そのものには成功している。


「なんでも、えらく強いやつが一騎混じっているとか。それの仕業だそうだ」


「なるほど、あのしぶとかったと王国軍も、とうとう個人の武勇に頼るところまで追いつめられたか」


英雄頼みか、という誰かのつぶやきに、各将帥の表情にはほろ苦いものが浮かんだ。

英雄という響きは、特にこの手の話題が大好きな男どもには魅力的に聴こえるものだ。

だが、我々帝国軍は、その幻想をだいぶ前に捨てていた。


英雄に支えられた軍は脆い。

現に、王国の英雄であるランズデール公は、昨年の戦いで負傷し、前線を退いていた。

結果、王国は、前年の帝国軍の攻勢を防ぎ切ることができず、国境沿いの要塞群を失っている。


もっとも彼の場合、十年間近く最前線を無傷で生き抜いたこと自体が、驚異的ではあるのだが。


「そのやたら強いなにがしとやらを叩きたいな」


俺のつぶやきに、周囲からも同意の声があがった。



順当なところで、囮作戦が立案された。

これみよがしに孤立させた一部隊に、援護を近くに伏せさせ待機、そしてのこのこあらわれた襲撃部隊を叩く。


その囮をこの俺がすることになった。

俺の隊が一番強かったからだ。

第一皇子親衛隊の中核部隊だからな。

強くて当然である。


そう、俺はこう見えて、帝国の第一皇子だ。

その俺が囮作戦など身分的には、とんでもない愚行であるが、俺の周辺にはいつもの事として受け入れられた。


そもそもこの手の奔放さは帝国の国是でもあった。

あえて皇太子を置かない理由もこのあたりにあるのかもしれない。

おかげさまで、時々、事故のように皇子がぽっくり死ぬことがある。


帝国の皇帝は、スペアの皇子を用意するために、子沢山であることをもとめられる、というのは、半分冗談にならない笑い話だ。


ここで俺自身のことについても少し話しておこう。


俺の初陣は十五歳、以来、前線の勤務も長いし、経験も豊富なつもりだ。

軍歴は当時で8年であった。

海戦以外はだいたいの戦場を経験している。

分離独立を図った帝国領太守のクーデターを、憲兵率いて鎮圧したりしたこともある。


うちの軍の将校は、ほとんどが卒業生なので新鮮味はないが、帝国軍士官学校卒業だ。

席次は主席だったが、身分もあるので実際の成績はわからない。

悪くはなかったと思う。

見た目から、直接の武働きのほうが得意そうにみられるが、座学のほうが得意だった。


珍しいところとしては、海を渡った南方の大陸で、作戦を指揮したこともある。

作戦自体には成功したが、帰る間際に現地の風土病にやられてしまい、大層難儀したものだ。

コンラートとは、その時の病院のベッドで知り合って以来の付き合いである。


つまり俺は初陣のぺーぺーではなかったし、当然今回の作戦にも相応の自信をもっていた。

むしろ、この露骨な罠に、本当に敵が引っかかってくれるのかのほうが、不安だったぐらいだ。



襲撃は払暁であった。

太陽を背に、奇襲部隊が姿をあらわす。


騎兵ばかりおよそ五百。


当初の想定よりも少し多かったが、こちらもすぐに救援の狼煙をあげて伏せていた部隊と合流した。

数は八百。


敵を迎え撃つにあたって、奇策を弄する気はなかった。

中央に長槍隊を二列で構えさせ、騎兵の突撃に備える。

両翼には騎兵を配し、その後方には剣兵を置いた。


最善の目標は敵部隊の殲滅、次善は襲撃部隊の要である騎士の撃破、ないし捕縛である。



通常、王国騎兵の突撃には、錐のように先端を尖らせた隊形が用いられる。

しかし今回の相手は、ほとんど横列に近い隊形を、三段構えにして向ってくるようだった。


敵の第一陣がこちらの陣手前まで接近する。

と、投槍を放って、その後素早く左右に展開した。

投槍を浴びた槍隊の一部でうめき声があがり、一部に開いた隊列の穴をすぐさま第二列の長槍兵が埋めた。


続いて第二陣が接近してくる。


車懸りか。


見覚えがあった。

複数の陣を回転させて攻撃を仕掛ける戦術だった。

実戦でも無くはない戦術だが、この時の俺には敵の失策であるように思われた。


問題は二点、第一に後ろに回った兵は遊兵になる点。

ただでさえこちらに分がある数的優位が更に大きくなる。


第二に回頭する隊が、ケツを敵にさらすことになる点。

背後をわざわざ向けてくれるのだから、そこに付け込めれば一気に崩すことができる。


少なくとも数的劣勢にある部隊がしかける戦術ではなかった。


「罠に気付いて焦ったな、間抜けが」


俺のつぶやきに、近衛の男が獰猛な笑みを浮かべた。

結果からいうと、間抜けはおれたちのほうだったわけだが。


敵、第二列、そして第三列の攻撃がくる。

その展開に合わせてこちらも両翼の騎馬隊に攻撃を指示した。

背後を晒した第三列の後ろに食いつかせる算段だ。


敵の槍が放たれる。

その中に一騎、騎馬が混じっていた。

巨大な騎馬が、投槍と一緒に空を飛ぶ姿は、どこか現実離れした光景だった。


ズシンと、腹に響くようなおとがして、騎馬が槍隊ど真ん中に落着する。


騎馬には騎士がまたがっていた。

手には長大な鉄塊を携えている。

斬馬刀とかいったか。

頭のなかでどうでも良い知識が呼び起こされた。

金属製の、麦わら帽子のような形をした被り物のせいで、騎士の顔はよくわからなかった。


と、鉄塊が右、左、と無造作に振るわれた。

続けて絶叫が上がる。

見れば、槍隊の陣列の真っ只中で、かの騎士による蹂躙がはじまっていた。

麦穂が刈り取られるよりもたやすく、俺の隊の精兵が打ち倒されていく。

そして、長槍兵の陣列に、騎士を中心とした穴がこじ開けられた。


気づけば、最初に攻撃した敵騎兵の第一陣が、見事な紡錘陣形を構築し直して突っ込んでくるところだった。

長槍兵は、横からの攻撃に弱い。

あの穴を食い破られればもうどうしようもなくなってしまう。


「剣兵隊前へ! 隊列の穴を埋めろ! 」


大声で指示を出した俺に、鉄塊を携えた騎士が顔を向けた。

馬上の騎士と視線が合った、様な気がした。


俺は生まれて初めて、自分の顔面から血が抜け落ちる音を聞いたように思う。


俺は恐怖していた。


騎士が、俺目がけて駆け出す。

爆発するような加速だ。


かの騎士の殺気を受けて、護衛達が、俺を守らんと動き出した。

自らも剣を抜く。

明確な脅威を感じた。


軍人には身体強化の魔法を使うものが多い。

俺の護衛も俺自身も使う。

双方同程度の使い手であれば状況は拮抗するし、多少の差は数と相互の連携で逆転できる。


馬上の騎士と、俺達との差は、だから多少とかそういうレベルの話ではなかった。

騎士の大剣が振るわれるたび、近衛の猛者が一人ずつ倒れていく。

長大なリーチから逃れることはできず、その膨大な質量をうけることもできない。


こんなもの人間にどうしろというのだ。


護衛が、精鋭の護衛たちが、雑兵と変わらぬ扱いで弾き飛ばされていく。


もう一枚、俺の護衛には、一人特殊な魔術師がいた。

雷撃を用いる魔術師だ。

雷の魔術は金属に身を包む兵士には特に効果が高い。

彼が、近衛が僅かに稼いだ時間を使って、魔法の詠唱を完成させ放つのが見えた。


対する馬上の騎士は自分の被り物に手をかけて、魔法を向かえうつように投げ捨てた。


鉄製の被り物は、雷をうけて一瞬白熱した光を放ち、しかしまったく勢いを減ぜずに魔術師に直撃するとその腕を刈り取った。


そして俺の護衛は全滅した。



残ったのは俺と、その騎士だけだ。


被り物を捨てた騎士、アリシア・ランズデールは素顔を晒していた。

逆光のなかで、銀の巻き毛が戦場の風にきらめいてなびく。


彼女は大剣を地面に突き立て、馬上から飛び降りた。

殺すのではなく、虜囚にしようというのだろう。

俺にもその意図ははっきりわかった。


ここまで明確な格下扱いを受けたことは、俺の生涯で初のことだった。

たぶんこれからもない気がする。

だが、当時の俺には天佑としか思えなかった。

これで、まだ手が届くかもしれない、と。


ちなみにだが、さっぱり届かなかった。

剣を最初に振るったところまでは覚えている。

しかしそこからは、まったく記憶がない。

結果だけ見れば、ボロ雑巾のように転がされていたのだから、多分やられたのだろう。


次に気がついた時は、アリシアと彼女の隊は去ったあとで、俺は救護の人間に担がれて、最優先で後方に搬送された。

骨折と打撲に加えて失禁していたらしく、目覚めは実に最悪であった。


俺は、死に体を引きずって、最優先で全軍の再集結と撤退だけを指示した。

正面からぶつかった身だからわかる。

備えもなしにあれとやりあうのは無謀というより不可能だ。


俺の後を引き継いだルーデンドルフ大将は、国境付近に獲得した王国内の砦も停戦時に返還していた。


せいぜい五百程度しか篭もれない砦を、音に聞くアリシア・ランズデールに襲撃された場合、全滅以外の結末が浮かばなかったからだそうだ。

英断であったと思う。


こうして俺が指揮した王国侵攻作戦は、失敗した。


対王国戦線は、またしても振り出しに戻ることになった。


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