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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
公爵令嬢アリシア
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婚約破棄と公爵令嬢


「アリシア・ランズデール公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄させてもら……へぶぅ! 」


アリシアは踏み込みの衝撃力を拳に込め、身体強化の魔法もバッチリ乗せて、その右腕を振り抜いた。


端正な顔面に、軽薄な笑みを張り付かせていた王太子エドワードが、横っ面を撃ち抜かれてきりもみ回転しながら吹っ飛んでいく。

芝居じみた不安顔を浮かべながら王太子の腕に絡みついていたアン・なんとか男爵令嬢も、王子にひっぱられて顔面から硬い床板にスライディングする。

王太子の取り巻き共の、宰相令息と近衛騎士団長令息と、名前も家名をよく覚えていないが、その他馬鹿数名が、目を剥きながら固まっていた。


ゆっくりと流れる時間の中、視線を横にやれば、アリシアの侍女のメアリが力強くサムズアップする。


やってやったぜ!


アリシアとメアリは、小さく笑み交わす。

アリシア・ランズデール十七歳、胸の空くような会心の右ストレートだった。


私はアリシア。

不本意ながら本件の当事者である。


そもそもの始まりは、全校が参加するブレストウィック王立学園の建国記念パーティーでのことであった。

対帝国戦線、西方国境からとんぼ返りした私は、最低限のあいさつ回りを済ませたころだった。

あとは、自室にもどってお昼寝タイムである。

私は意気揚々と踵を返した。

否、返そうとした。


「待て、アリシア! 」


呼び止められた。

ゆっくりと振り返れば、そこには王太子。

一応私の婚約者ということになっている。

きらきらしい金髪に、さぞかしおモテになるであろう甘いお顔をした美青年で、私のテンションはだだ下がりだ。

思わず眉間に皺が寄る。


彼は、右腕に最近のお気に入りらしい金髪のアンなんとか男爵令嬢の腰を抱き、いつもの取り巻きを引き連れて、私のほうを睨んでいた。


「貴様に話がある! 」

「そうですか、私にはありません。何分忙しい身ですので、ごきげんよう」


さっくりとお断りした。


「な、ふざけるな! 」


お断りできなかった。

とても残念である。

まさか断られるとは思っていなかったのか、焦ったような声で引き止められる。


横の添え物男爵令嬢が、きゃっとかかわいい声で言う。


私は心底うんざりした気分になりながら、向き直った。


こちとら地獄の30連勤明けに、ようやく一息つけたところなのだ。

今日くらい部屋でごろごろしたかった……。


そんな私の憂鬱など露知らず、王子がこちらを指差しながら、なにやら居丈高に糾弾をはじめる。


「お前の悪行は全て明らかなのだぞ! 」

「さて、なんのことでしょうか」

「しらばっくれようとしても無駄だ。まず最初に、アンのノートを破いて捨てただろう! 」


なんだそれ。


「なんだそれ」


いかん、本音が漏れた。

しかしあまりのばからしさに、おもわず声に出してしまった私をだれが責められようか。

私の後ろで侍女メアリが、声もなく笑う気配がする。

周囲からも失笑がもれた。

ちょっと恥ずかしい。


一方で馬鹿にされたと思ったらしい王子は、しかし咄嗟に反論もできず、顔を真赤にして黙りこんだ。


代わりに取り巻きの一人がしゃしゃり出る。

この流れをまずいと思ったらしい。

宰相令息のレナード・シーモアであった。


神経質そうな顔をした眼鏡の男で、その手には豪華な装丁のノートを持っている。


「ここに記録があります」


いちいちそんなことのために記録をつけているのか!?


姑の嫌がらせのような行為に、私は思わず目を剥いた。


それを自白と勘違いしたのか、薄く笑いを張り付かせ、レナードは立板に水と言い立てる。


「あれは家政科の移動教室の時間でした。出席しているすべての令嬢がいるはずの授業にあなたがいなかったことがわかっている! そしてその授業から帰ってきたアンのノートが無残にも破り捨てられていたのだ! 犯人はお前しかいない! 」


ここでアン男爵令嬢がおよよと俯く。

すごい勢いで自分の中の白け度が上昇していくのを感じる。

それでもぐっと我慢の子、辛抱強さが取り柄のアリシアである。

私はお義理で聞き返した。


「いったい、そのノートが破られたというのはいつのことですの? 」


やや棒読みっぽくなってしまった。


「記録によれば去年の秋のことです」


「であれば私ではありませんわ。その時期は北部の街におりました。証言してくれるかたもいらっしゃいます」


「それはどなたです? 」


私がついと横に視線を向ける。

目があったアデル・バールモンド辺境伯令嬢がこっくりとうなずきを返してくれた。

栗色の髪をした可愛らしい令嬢で、ちょこちょこした仕草がリスのようでとてもかわいい。


彼女は意外とはっきりした声で証言してくれる。


「私と父が証人です」


声までかわいい。


一年以上昔のことに、まさか都合よく証人などおるまいとたかをくくっていたのであろう。

一瞬うろたえた様子を見せてから、王太子の取り巻き一号レナード氏は、顔をしかめつつページを捲った。


慌てる様子がよく分かる。

ノートをもつ手が震えているぞ。

この宮廷スズメが。


レナードは紙片を手繰る手を別のページで止めると、再度よくわからないポーズを決めて言い放った。


「他にもあります。アンは、校庭の裏に呼び出されて暴力を振るわれたそうです。幸いアンは隙を見て逃げ出したとのことですが」

「いつのことですの? 」


「二年前の夏の休み前だそうだ」


「その時は、私、西部におりました」


「証人はいるのですか? 」


さて、だれが証言してくれるだろうか。


少しばかり逡巡した私をかばうように、一人の男子生徒が名乗り出た。


「であれば、私が証言いたします」


レイン・ウェルズリー侯爵家令息だった。

黒髪のかっちりした印象のある青年で、イケメンである。

身長の伸び悩みをちょっと気にしておられるようだが、それでもたしかにイケメンである。


彼は、一歩前へ出て小さく一礼した。


「アリシア様でしたら、父の要請でお招きしておりました」


それから、真摯な態度で当時のお礼を言われ、見事な作法の敬礼までもらってしまった。

ウェルズリー侯爵家とは、現在進行形でお世話したりされたりしている仲なのだ。

こうも改まった態度をとらえるとかえって照れくさい。


いえいえこちらこそと、某島国民族のようなお礼合戦を始めた私達を、レナードがムキになって遮った。


「ならばこれはどうか? 何度も繰り返し、アンを図書館に閉じ込めたそうだな! この嫌がらせは時期など明記できないほど頻繁に繰り返されているぞ! 」

「覚えがありません」


言下に否定するも、これはやったやってないの水掛け論になりそうだなと、嫌な予感を感じて眉をしかめた私に、思わぬところから助け舟が出された。


「アンでしたか、その人、そもそも図書館の貸出登録をしていないのではありませんか。本を無断で持ち出そうとして、警備の魔法に引っかかったのでは? 」


図書委員らしい地味めな眼鏡の子である。


ナイスインターセプトだメガネ君!


何分、私はあちこち飛び回る身で、名前は覚えていないが、許してくれたまえメガネ君!


糾弾する立場から一点、レナードからの思わぬフレンドリーファイヤに、不法行為を指摘されたアンが、顔を真赤にして震えはじめた。


さて彼女のあの真っ赤な顔色は羞恥によるものか、それとも、その人呼ばわりされた屈辱ゆえか。


ぶっちゃけ特に興味はない。


傍目で意地悪く見守る観衆と、いい加減にしてくれオーラを出しつつある私に見つめられて、レナードは完全に動転してしまったらしい。

目に見えておろおろすると、とうとう支離滅裂な糾弾をはじめた。


「一ヶ月前のお茶会で紅茶をかけたそうだな! 」


「ここ半年ほどお茶会に参加した覚えはございません」


私にそんな暇はなかった。


「アンはこのあいだ馬車にひかれかけたそうだ! 」


「前を見てあるいてくださいまし」


道も歩けないなら子守を雇え。


「しかし一昨日に、アンは階段から突き落とされて怪我を負ったと! ここに現場に落ちていたお前のハンカチが! 」


「学園に、いもしないのにどうやって突き落とすというのですか……」


その時、私は国境付近で馬の上だ。


事情をよく知る辺境領主の子息、令嬢達がわたしをかばうように頷きと賛同の声を上げてくれた。


難癖のことごとく粉砕され、ついに王子の腰巾着レナード一号は、肩を震わせつつ沈黙した。


やっと終わりか。

茶番にうんざりしてきた私は、やぶにらみに近い目線で一瞥をくれる。

部屋に戻ろう。

そしてこんな不愉快な出来事、一眠りして忘れてしまおう。


そんな私の思惑は、続くだみ声にまたしても邪魔されることになった。


「ふん、貴様の取り巻きを使えば、なんとでもなるだろう! アリバイなぞなんの意味もないわ! 」


新たに立ちふさがったのは、図体だけはでかい騎士団長令息アラン・ラグランである。


知恵の一号に続いて、力の二号登場。


まだ続けるというのか、この茶番を!


いい加減、平時はいつもぬぼーっとしている(侍女メアリ自称十七歳談)と評判の私も、怒りのボルテージが上昇するのを禁じ得ない。

視線に多少の殺意を篭めてアランとかいう木偶をひとにらみする。

すると、ひっ、とかいう声を喉の奥でたてて黙った。

よし、こいつは雑魚だな!


しかして、でかいだけの声にも力はあったらしい。

今の今まで沈黙していた、王太子エドワードが力を取り戻して一歩前に進み出てきた。


「そうとも! アリシア、貴様以外の人間にアンを傷つける理由などない以上、貴様が犯人であることに間違いなどない! 」


「その、理由とは? 」


自分でも驚くほど、平坦な声が出た。

もうずっと黙ってろよ王太子……。


王太子エドワード→宰相令息レナード→騎士団令息アラン→馬鹿エドワードの華麗なる連携に私の堪忍袋の緒がぶちぶちと悲鳴を上げるのを感じる。

全身から溢れ出すもう帰りたいオーラ。


しかし、そんな空気にお構いなしに、エドワードは大声で演説を始めた。


「嫉妬だ! 貴様は私の寵愛がアンに移ることを逆恨みして、このような愚行に走ったのだ! もはやその事実は揺るぎようもない! 」


それから大丈夫、僕が守るから、と王太子エドワードは、窃盗未遂犯にして介護者なしには道も歩けないらしいアン男爵令嬢にウィンクを送った。


アンは、昇天しそうな顔で目をうるませていた。

私も怒りとイラつきで昇天しそうだ。

脳の血管が切れてしまう。


私が黙っていることに気を大きくしたのだろう、王太子の舌の回りは徐々に滑らかになっていく。


「そもそも、最初から貴様のことは気に食わなかったのだ! なにをするにしても私より優れ、人を立てるということをしない! 私は王太子だぞ!」


そこからはもうとまらない。

いわく最初から決まっていた婚約者というのが気に入らない。

王家から頼んだらしいが、上から目線で腹が立つ。

私の顔も気に入らない。

目つきが気に入らない。

生意気な態度も気に入らないなどなど。


もはや、何がしかの根拠に基づく糾弾ではなかった。


積年の恨みとかいう、王子の思い込みによる罵倒が続く中、私はふつふつと醒めた怒りが沸いてくるのを感じた。


そもそもである。

私は身分の上ではれっきとした貴族の、それも公爵家に連なる身である。


更に言うなれば、そこに雁首そろえている馬鹿どもとは違い、この国の貴種として恥じることない働きをしてきたという自負がある。

にもかかわらず、エドワードからは貴様、レナードからはお前、アロンからは貴様呼ばわりされ、濡れ衣を着せられ、今もって現在進行形で件の王太子から罵声を受けている。


私は戦ってきた。

尊敬する父のため、守るべき家のため、辺境にある盟友のため、そしてもう正直うんざり来ているが、一応祖国のためにもだ。

敬意と礼節もって遇されこそすれ、こんな無礼を耐え忍ばなくてはならない理由などどこの地平にも見当たらなかった。


怒りの情動に突き動かされて、私は、知らず拳を握りしめていた。


ふと気づけば、この独演会も最後のしめにさしかかっていたようだ。

滔々と何やら並べ立てていたエドワードは一つ大きく息をついて高々と言い放つ。

否、言い放とうとした。


「アリシア・ランズデール公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄させてもら……」


静寂、衝突音、そして確かな手応え。


気がつけば、そこに、振り抜いた右腕があった。


私の右腕だ。


そして物語は、冒頭にいたるのである。

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