0001記者会見
架空プロレス史における、おっさんたちの青春物語。各話2000〜4000文字で、全35回予定です。
それではごゆるりとお楽しみください( ^ω^ )
(一)
◆2017年12月21日付『オッサンスポーツ』芸能面より
※ゼニーズ事務所が『遺物』再生へ
――プロレス(プロフェッショナル・レスリング)が一夜限りの復活へ――
おととい、都内高級ホテル『ドラディション新宿』において、大手芸能事務所『ゼニーズ』が記者会見を開き、同事務所所属タレントによるスポーツ大会『ゼニーズ運動会2017』の概要を発表した(本紙既報)。この際、ゼニーズ事務所の桐原衛マネージャーは、大会の余興として、若手タレントを起用した『プロレス』の試合を行なうことを報告した。
【オッサンスポーツ欄外メモ ~プロレスとは~】
プロフェッショナル・レスリングの略称。観戦料を受け取って試合を見せるレスリング興行。日本では戦後に登場した力道山が花開き、ジャイアント馬場やアントニオ猪木といった後継者を輩出、その人気は1980年代に迎えた一大ブームにおいて頂点を極める。
しかしその後は人材に恵まれず、スター不在による人気低迷を招いた。また黒い交際や薬物使用など不祥事が発覚し、スポンサー離れが続出。1990年代には大手団体が相次いで倒産し、当紙を含むスポーツ紙は軒並みプロレスを扱わなくなった。2000年代には競合するジャンル『総合格闘技』が台頭。そのあおりを受け、まだ存続していた地方プロレス団体は次々に活動を停止する。
2010年代、『プロレス』という名のプロスポーツは、わずかに現役を続けている数人のベテランたちが、地方で年1~2回の自主興行を、お祭りなどの余興として行なっているにとどまる。
【オッサンスポーツ欄外メモ ~プロレスとは~(終)】
桐原衛マネージャーは『熟年ホスト』といった風貌の所有者だ。一見して現代に描かれた紳士の彫像を思わせる。後ろに撫で付けた髪は赤く、解き放たれた際の猛々しさを抑え込んでいるかのようだ。薄い唇は引き締まり、穏やかな両目は深海の奥行きを示している。長身の体躯は濃紺に波打つスーツに包まれ、手首には黄金色の腕時計――製造元こそ判断できないが、どんな時計より輝かしく映る――がはめられていた。
桐原マネージャーはその背後にうら若い少年を引き連れ、会見場へ入室した。集まった取材陣はまばらな数だ。それもそのはず、多くは別室――大会場で開かれている、アイドルグループ『火豚』の記者会見に詰め掛けているのだ。桐原マネージャーは、それでも少年とともに深々と一礼し、笑顔を見せた。人好きのする、きさくな、いい笑顔だった。
「本日は御足労いただき、誠にありがとうございます。こちらは雷武扉。ゼニーズ事務所に二年前より所属している、デビュー半年の中学三年生です」
雷武君は15歳。まだ垢抜けないものの、その真摯な面差しは将来の大成を予感させてやまない。張り付いたようなその髪も、兎のような大きな瞳も、鮮やかな漆黒に彩られている。ふっくらした頬は、記者団を前にした緊張からか、唇と同じ色に染まりつつあった。
「初めまして、雷武扉と申します。このたび、プローレッスというものを、させていただくことになりました」
桐原マネージャーが優しい保護者のような口調で、タレントの間違いを正した。
「プローレッスじゃなくて、プロレスだね」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
慌てて頭を下げるその勢いに、会場は爆笑に包まれた。桐原マネージャーは笑いをこらいかねるように、口許を手で覆う。
「皆さん、彼こそが、『ゼニーズ運動会2017』でプロレスにチャレンジする戦士となります」
桐原マネージャーは、顔を真っ赤にしてうつむく雷武君の肩を叩いた。二人揃って着席する。場内を見渡しながら、低い声を張った。
「それでは御質問をどうぞ。何でもお答えします」
――なぜ今プロレスなのか
桐原 今度の『ゼニーズ運動会2017』も、例年通り野球やサッカーをメインにしていきます。しかし会議において、菅原女史から『ゼニーズ事務所として新しいスポーツにも挑戦するべきでは』との意見が上がりました。そこで事務所全体で模索した結果、『プロレス』なるスポーツに行き着いたというわけです。
――すごい所を選んだ(場内笑)
桐原 スタッフの多くに怖い物見たさがあったのでしょう(場内爆笑)
――プロレスは八百長といわれているが
桐原 そうでなければ事務所もOKを出さなかったでしょう。雷武も彼の御両親も、その辺りを前提に、今回の仕事を承諾してくださいました。
――プロレスの試合など、事務所にも雷武君にも、今後の汚点にならないか
桐原 今回一度限りと考えておりますので、そのようなことにはならないと判断しています。
――雷武君にお伺いします。スポーツ歴は?
雷武 一切ありません。(場内大爆笑)
桐原 そこは詐称しないと。相手もあることなんだから。(場内大爆笑)
雷武 ご、ごめんなさいっ。やっぱりあります。(場内大爆笑)
――スポーツ歴がなくても、プロレスはできる?(場内笑)
桐原 そこは高度な判断といいましょうか。お察しください、と。(場内爆笑)
――試合の勝敗を予想できたが、今ここで言ってもいいか(場内笑)
桐原 お控えください。(場内爆笑)
――雷武君の対戦相手は
桐原 ただいま各方面を当たっております。探すのに苦労してまして……。
――どこに生息しているんだ、と(場内爆笑)
桐原 いえいえ、私どもからはそのような……。(場内大爆笑)
会見は終始和やかな雰囲気で進行した。雷武君も、終盤では飲み物に手をつけて、にこやかに笑っていた。
「それでは、以上でよろしいですね? では、当日をお楽しみに」
桐原マネージャーの打ち解けた台詞が幕引きとなった。二人は立ち上がって一礼すると、会見場を後にした。去り際、桐原マネージャーは振り向いて、場内に笑みを向け――姿を消した。記者団はそれぞれが次の仕事に向け、素早く動き出した。