本編
ケーキを食べてて思い付いた話。
子供のころ、好きなケーキといえばチーズケーキだった。
特別チーズケーキが好きだったからとか、別にそんなわけじゃなくて、ただ単に普通のケーキがおいしいと思えなかった、ただそれだけ。
少なくとも、親が買ってくれる市販品のケーキはおいしくなかった。
水っぽい生クリームの上に噛むとちかちかするアザランがまぶされたフルーツケーキ。チョコレートケーキは、ココアが混ぜ込まれただけのスポンジをおいしくもないコーティングでごまかしておしまい。クリスマスケーキなんてさらにひどい。日にちが持つように生クリームの代わりにマーガリンの味が強く残るバタークリームが使われて、フルーツの代わりにスポンジにはジャムが挟まれていた。飾りつけの砂糖菓子は甘すぎるほど甘くて、チョコレートはただただ茶色い、味のしない板だった。
僕の家があまり金持ちではなかったせいかもしれない。けれど、ほかの兄弟がおいしそうに食べる中、ひとりだけつまらなさそうにケーキを口にする僕に、両親は何が気に入らないのとそういって叱った。おいしくないと口にすれば贅沢だといわれ、かわいげがないと腹を立てる。おいしくもないケーキをおいしそうに口に運ぶのは苦痛で、食べたら食べたでもっと食べなさいと勧められるもの嫌だった。
だからケーキは苦手だった。いまでもあんまり好きじゃない。
「おいしい?」
しかめっ面でケーキに挑む僕に、由紀さんが上目遣いで訪ねてくる。
それって反則なんじゃね?と思いながら、僕はお皿の上の手作りケーキにフォークを突き刺す。一口放り込んで、舌の上で転がして、
「……30点?」
僕はそう評価をつける。
「まず、スポンジがぱさぱさ。口の中の水分が全部持っていかれて減点。つぎにクリーム。甘すぎるし、混ぜすぎ。硬くなりすぎてて、見た目もあんまりきれいじゃない。スポンジにシロップをかけたのはいい感じ。フルーツと生クリームの緩衝役になってる。けどフルーツの缶詰のシロップを転用した?ちょっと金物くさいから、つぎからそこ気を付けて。」
矢継ぎ早に話す僕に、うぬぬ、と悔しがる由紀さんをみて、僕は一つため息をつく。
「……でもまあ、おいしくないことはないかな。」
「おいしくないことはない?」
それでも不満そうな由紀さんに、僕はさらに妥協する。
「うん、おいしい。頑張ったのは認めるよ。」
途端にご機嫌になり、いそいそと自分の分のケーキを食べはじめる由紀さんに、現金だなあ、と呆れながら、僕は残りのケーキを口に運ぶ。
おもわず首をかしげたくなるけど、事実、そのケーキはおいしかった。舌の上で転がした味はどこかちぐはぐで甘ったるくてへたくそで、おいしいの要素なんて全然見つからないのに、どう考えてもおいしくて、それが不思議で仕方なかった。
「なんで美味しいんだろう?これが。」
思わず漏れたそのつぶやきが聞こえたのか
「愛が詰まってるからなんじゃないですかね?愛が!」
「うわ、バカじゃないの?」
由紀さんの返事におもわず思ったことをそのまま口にしてしまったりしながら、愛ねぇ?と心の中で復唱する。
「マジだったらすごいね、愛って。」
愛は世界を救うからね、と由紀さんは誇らしげに胸を張るけど、現実主義者の僕には、どうにもいまいち納得しきれない。
でも、もう一口、口に含んだケーキはやっぱりうまくて、愛っすか?マジで?と心の中で復唱して、おいしそうにケーキを頬張る由紀さんをみて、首をかしげながらも、まあいいか、と思う。
ゆったりとした時間の中、久々に食べたケーキは思ったよりもおいしくて、苦手意識を持っていたことを忘れさせてくれる味がした。