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~番外編~ 平穏な日常なんて存在するはずがないのである

「せんぱーい! 片付け終わりました!」


「ありがとう! 先に上がっていいよー」 


 挨拶する後輩をに手を振りつつ、私ーー上谷由衣は深くため息をついた。


 肩あたりで切り揃えた髪は、今日もきちんとセットできているので内側に軽くウェーブしている。すらりとした脚に、メリハリのある身体。更衣室にかけられた鏡に映る自分の顔は、そこそこ整っていると思う。

 

 自分でも正直可愛いと思うし、実際よくモテる。


 でも、私は今絶賛片想い中だ。


 鞄からリンゴ印のスマホを出し、通知を確認するが昨日送ったLINEには返信がない。最新型の液晶を恨めしく眺めて、もう一度大きなため息をついた。

        *****

「でね、今度ハーブ園に行ってみたいな~なんて思ってたりするんだけど?」


「じゃあ、来週の土曜日にしようか。燈子も用事がない日だったよな?」


「ええ、楽しみね!」


 廊下を歩いていると、何やらデートの予定が聞こえてきた。声のする方向に目を向けると、並んで歩く美男美女のカップル。


 女の子の方は、確か桜川燈子さん。成績優秀、容姿端麗で全くもって羨ましい。前に廊下で男子が『桜川さんと上谷さんだったら、桜川さんの方がかわいい』って噂しているのを聞いたが、同性の私から見ても桜川さんは別格だ。


 しかも、男の子の方は北原拓海くんだ。常に落ち着いた雰囲気と、時折見せる微笑が中々にカッコいい。時々女子の話題にのぼる好青年だ。


 その向こうからやって来るのは、北原くんの上をいくイケメンだ。少し長めの髪がさらさら揺れて、細面の顔によく似合っている。


「あら伊織くん、こんにちはー!」


 むう、どうして私が話しかけたら顔を背けるのかしら?


「ああ上谷さんか、じゃあ」


 そう言ってそそくさ逃げようとする伊織くんの腕を捕まえ、ひしっ、としがみつく。これくらいしないとすぐに逃げようとするから困ったものだ。


「ねえ、私たちも北原くんたちみたいにデートしませんか?」


「俺は三次元には興味がないんだ。あと、腕にしがみつくな。うっとうしいし、何しろ暑苦しい」


 あ、腕を振りほどかれちゃった。もう少しくっついていたかったなあ。しかも脱兎のごとく逃げちゃったし。


 伊織くんが三次元の女の子が嫌いになった理由は知ってる。伊織くんを心配した北原くんが教えてくれたのだ。


『伊織と付き合ってた女の子が心臓病で亡くなったんだ』


 まるで漫画みたいな話だけど、実際亡くなる人もいるのだ。それから伊織くんは三次元の女の子と関わらなくなったとか。


 でも、伊織くんは私が嫌いなんじゃなくて、トラウマに苦しんでるだけだもん。だったら、私にだってチャンスはあるはず!


 心意気を新たにしつつ、私は今日も伊織くんに絡みにいくのだった。

番外編一作目です。本編では出番の無かった伊織くんと上谷さんのお話にしてみました。

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