第八話 「山崎」
冷たい月の蒼い光。
だが蒸し暑い空気までも冷たくはしてくれない。
ケイゴたちは公園からそのまま、とある場所に向かっていた。インターネットカフェでカオリが茜雲中学校のサーバーをハッキングして得た情報を元に、そこに向かっていた。
「カオリ、あんたってば見かけによらず実はスゴイのね」
「ハッカーってやつか? まさかこんな身近にいるなんてな」
ケイゴたちはカオリの妙技にすっかり感心していた。
「親が勉強しろって私を部屋に閉じ込めるから……こっそりパソコンの勉強してたんです……大したことじゃないですよ……ごめんなさい」
それはささやかな反抗だったのだろう。
だがそのおかげで彼らは必要な情報を手に入れた。それは法に触れることでもあったが、いまはなりふり構っていられなかった。
「ここか」
住宅街にある、変哲も無い二階建ての一軒家。
そこがケイゴたちの目指した目的地であった。家の表札には山崎と刻されている――学校のサーバーから得たのは教師の住所録だった。
「ほんとに、大丈夫なのかなぁ。ぼく、お腹痛くなってきた」
「あんたが食い気以外にお腹を気にすることもあるのね」
腹を押さえるヒロユキをリュウジがころころと笑う。
「遊びじゃないんだぞ、まったく。じゃあいいか、押すぞ」
「うん、リエは大丈夫……アオイちゃんのためだもん」
ケイゴは微かに震える指で呼び鈴を鳴らす。
しばらくしてインターホンから聞き覚えのある男の声がする。
「……はい」
「夜分遅くに申し訳ないっす。俺、ケイゴです」
不機嫌そうな声が一層、不快感を露にする。
「なに? なんでお前が俺の家を知ってるんだ――何をしに来た?」
明らかに警戒をしている。
ケイゴはこの機を逃すまいと言葉を選んだ。
「アオイの失踪の件に関して、重要な情報を得ました」
「…………」
思ったとおり、教師は反応を見せた。
ただの無言という返事ではあったが、それは相手が迷っていることを明確に示している。
「警察に話す前に、先生に聞いてもらおうと思って」
それが決定打だった。
「……聞かせてもらおうか」
ケイゴは振り向いて親指を、ぐっと突き立てる。
成功を意味する合図だったが、それを使うにはまだ早すぎるだろう。いまやっと、入り口に立ったに過ぎないのだから。
「よし、行くぞ」
先を行くケイゴを一同が無言で続く。
玄関の軒先に着いた時、ちょうど山崎が扉を開けて顔を覗かせる。
それは学校で見せる教師の顔ではない――彼らより一回りも二回りも大人の、警戒心に満ちたぎらつく目つき。
「一人じゃなかったのか……」
「あ、すんません。言い忘れてました」
それは嘘だった。
大人数で押しかけたとなれば山崎の対応も違ったものとなっただろう。それを考慮してなるべく悟られないようにしていたのだ。そして、今更になって態度を変えるのも怪しまれる。山崎は何も言わず扉を開けた。
「おじゃましまーす」
「失礼します……」
異様な空気が漂っている。
冷房を利かしているらしく暑苦しさはない。
だがその乾燥した空気は何か独特の匂いを持っていた。生活者の体臭が家につくのは普通のことであったが、そんな普通の匂いとはどこか違う気がする。緊張しているのがそうさせるのかも知れないと、一応は納得するしかない。
「先生って確か独身っすよね」
居間に案内され、ソファの上にそれぞれ適当に座る。
山崎は居間の隣にあるキッチンでお茶の用意をしているようだった。だが勝手が分からないとでもいうのか、お茶を淹れる茶器をいつまでも探し、やがてそれを諦めると冷蔵庫を開けた。水か何かで済まそうというのだろう――だがそれよりも気になったのは、冷蔵庫が二つあるということだった。
「あー……俺が一人身でこんな家に住んでるのが気になるってか?」
言いながら、水を入れたコップを並べる。
「それなら聞いたことあるじゃない」
「先生のご両親が十年前、事故で亡くなって、それでそのまま一人で暮らしてるんですよね」
「そうだ」
山崎はぶっきらぼうに答える。
彼は水ではなく灰皿をテーブルの上に置き、煙草を吸い始める。学校では禁煙となっているため、教師が煙草を吸うのを見たのは初めてだった。まるで別人のように思える。
「世間話をしに来たんじゃあ、ないだろ?」
口と鼻から紫煙を噴き出して言う。
その威圧感のある面持ちにケイゴたちはぎくりとして硬直する。彼を敵に回して、ほんとうに良かったのかと、どこかでそう考えてしまう――そんな瞬間だった。