第三話 「朝日」
眩い朝日は闇と一緒に邪悪な存在さえ消し去ってくれる。
蝉の声も届かないような相変わらずのゴーストタウンだったが、宵闇が消えてしまうとその不気味さも大分解消されていた。長い間、車が走ることがなかった通りは空気も清々しい。
「今頃、親父たちも気付いてる頃だぜ……きっと帰ったら、殺される」
ケイゴは敢えて、その言葉を口にした。
暗闇では恐怖と結びついたそれも爽やかな朝日の前では滑稽なものに聞こえる。それを知ってというわけではないだろうが、彼は感情任せにアオイを責めてしまったことを後悔しているように見えた。
「ウチはその点、心配ないわよ。あの女ったら、三日も家に帰らなくても何も言わないんだから」
リュウジは愚痴るように吐き捨てた。
彼のいう女とは母親のことだろうと一同は理解していた。彼の母親は言わばシングルマザーで、父親はリュウジがもっと幼い頃に出て行ってしまったらしい。
「帰って来ないつもりなのかなぁ」
まさかリュウジの父のことではあるまい。
リエは話題には乗らずに、居なくなってしまったアオイのことを思っているらしかった。彼女はこんな街で一人になってしまったのだ。当然、心配もする。
「意志力が強いというか……意地っ張りというか……他意はないです……ごめんなさい」
「ねぇ、ご飯にしない? ぼく、ぺこぺこだよぉ」
休憩も兼ねて、朝食となった。
建物の下の適当な場所に陣取って荷物を広げる。それぞれが用意してきた食料は缶詰やパン――ヒロユキは他にもスナック菓子など――といったもので、お世辞にもご馳走とは言えないがこんなところでは贅沢も言えない。
「アオイちゃん、お腹空かせてるだろうな」
遠慮がちにパンの端をかじるリエ。
アオイの荷物にはテントの畳まれたそれ一式しかなかったのを知っていた。それ以外のを背負うには重過ぎたのだろう。
「食べ物に釣られて戻ってくるんじゃなーい」
無責任に言いながら、リュウジは桃の缶詰を開けている。
彼の態度はいつもこう、突き放したものだった。根は冷たいわけではないが、甘くはない。それが一因とはなったかも知れないが、一人で行ってしまったのは結局、アオイ自身の意思なのだ。
「たくっ、しょーがねぇな。これ食ったら探しに行こう」
「そうですね……もし何かあったら私たちの責任になりますし……アオイさんの心配をすべきでしたね……ごめんなさい」
ささやかな休息を済ませ。
彼らは再び歩み始めた。ただし先に進むというより、辺りに気を配りながらアオイの姿を探していた。こんな人気のない場所では隠れようもないはずだが――しかしまるで気配を感じられなかった。
「言いだしっぺがいなくなってどうすんだよなぁ」
ケイゴはうんざりしたように呟く。
その空気を一同は少なからず共有していた。祝うべき当人のいない誕生日パーティーとでもいうか、そんな空虚な思い。いまにして彼女のムードメーカー的な存在の大きさを思い知る。
「えっとね、ぼく思ったんだけど、もしかしたら家に帰っちゃったんじゃないかな」
そうだとしてどうすれば良いのだろう。
探検はすでに破綻して、遭難者を探す捜索隊のような展開になっている。このまま旅を楽しむ空気が損なわれつつあった。先導者がいない旅は大抵、空回りしてしまうものだ。
「あっ!」
突然、リエが声を上げた。
一同は驚いて、しかし期待して彼女の視線を追うが、ただ無人の車道と街路が伸びているだけだった。
「どうしたんだ?」
「いま、誰かが居たの。アオイちゃんかは遠くてわからなかったけど、確かに誰かが居た」
リエは視線を固めたまま呟く。
もしアオイではなかったら一体、誰だと言うのだろう。町の外に人間がいるはずがない――少なくとも夕空町の少年少女はそう言い聞かされて育ってきたのだ。
「ということは……考えるまでもなくアオイさんでしょう……ごめんなさい」
カオリの言葉に全員が頷く。
「どっちに行ったのよ?」
「あの中に……」
そう言って指差されたのは。
学校だった。
灰色の校舎が建物の隙間から見えていた。
遠目に見てもそれが学校であるとわかった。彼らが通っている茜雲中学校とよく似ている。アオイはそこへ一同を誘っているのだろうか。まるで探検の手引きをするかのように。
「よし、行こう」
静まり返った朝の街を彼らは進んだ。