第二話 「ノート」
「ここはもう、夕空町の外になるんだな」
ケイゴは感慨深そうに呟く。
しかし外になる、と言われてもしっくり来ないものがあった。
山から下りて歩くこと数時間後、彼らはひとつの車道の真ん中を堂々と歩いていた。それができるのもここら一帯が無人の、言わばゴーストタウンと化しているからだった。ただ人がいないだけで、かつては町だった通りがずっと続いていて景色としては見栄えがなかった。
「ドキドキしてくるね! まさに探検っ!」
「結局、ただ歩いてるだけじゃないの……」
「もう疲れたよぉ」
静寂過ぎる夜に響く少年少女の声。
その不気味な雰囲気を少しでも吹き飛ばそうとしているかのようであった。そうでもしないと不安になってしまうのだ。まるで自分たちが強大な怪物の舌の上にいるかのような頼りのなさをアスファルトに感じていた。
「ねぇ、あれ何かしら?」
「なんだろう……近づいてみよう」
リエが歩道に落ちた何かに気付く。
アオイたちはそれを確認するためにそばに寄った。月明かりではよく見えないのでケイゴが用意した懐中電灯でそれを照らしてみる。
「何これ、安っぽいわねぇ」
リュウジがふん、と鼻を鳴らす。
ブランド物にはうるさい彼だから、それが一目で安物だとわかったのだろう。
それは真っ赤なデザインの女性用と思われるバッグだった。それが無造作に歩道に捨てられていた。
「た、食べ物とか入ってないかな」
「ヒロユキさん……外に落ちている物を食べては駄目ですよ……そういう問題じゃないですね……ごめんなさい」
食料を期待したわけではないだろう。
しかしアオイは躊躇せずバッグを拾い上げた。一同が見守る中、その中身を確認する。しかしそれは新たな疑問の種となった。
「ノート?」
学校で使うような、大学ノート。
装飾も何もないノートが一冊入っているだけだった。派手なバッグとの不釣合いな関係が不気味に思える。
「佐々木ミチコ……知ってる人いる?」
ノートの表紙には名前が記されていた。
だがその名に心当たりのある者はいなかった。懐中電灯に照らされる中、ページをぱらぱらとめくる。白紙のページがずっと続く中、そこだけ大きく書き殴られた一文を見付けた。
――殺される。
まるで悪戯のように、血のような赤い文字でそう書かれていた。
「ちょっと、なんなの……」
質の悪い冗談に、全員が絶句していた。
するとケイゴがその空気を払拭するように叫ぶ。
「俺たちを驚かそうと、お前が置いたんだろ! アオイ!」
「な、なんであたしが!」
アオイは叫び返して否定した。
だが彼女を除く一同はその可能性を捨てきれずにいた。"探検"を演出しようとするあまり、その悪戯を思いついたのではないかと。しかしリエはすぐに思い直したように言う。
「まって、アオイちゃんはこんなことしないよ……そうでしょ?」
「どうだかねぇ。今日のことについては一番熱心だったのは確かだし。いま白状すれば許してあげるわよ?」
問い詰められたアオイは静かに口を開く。
「……そうよ、あたしがやったの」
さらに彼女は続ける。
「なんて言えば納得する? でも、あたしは絶対、こんなことしない!」
アオイはノートを地面に叩きつけた。
肩を怒らせる彼女はそのまま一同に背を向けて行ってしまう。慌ててリエが追おうとするが、ケイゴはそれを制する。
「ああなったらもう、何を言っても無駄さ」
「ケイゴくん……」
彼にはわかるのだろう。
リエよりも長い関係にあるケイゴは誰よりも彼女を理解しているはずだ。だが時に、その近付き過ぎた関係は衝突として表れてしまう。その矛盾を一気に見せ付けられた瞬間だった。