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第九話 「偽物」



「世間話をしに来たんじゃあ、ないだろ?」


 山崎が内心を探るように言い放つ。


 ケイゴたちは緩みかけていた気持ちを今一度、固くする必要があった。こんな夜分にわざわざ教師の家に寛ぎに来たのではない――戦いに来たのだから。


「……先ほど話したとおり、アオイの失踪の件です」


「ふん、彼女はお前たちと町の外に行って、そしてはぐれて道に迷った。それだけじゃないのか?」


 まるで試すように問う。


 だがケイゴは頭を振った。問いを否定する意味もあったが、相手のペースに飲まれてはいけないと自分に言い聞かせてもいた。


「違います。あいつは、アオイは道に迷ったんじゃない……事件に巻き込まれたんです」


 その瞬間、山崎の目に光が宿る。


 それが何を意味しているのかケイゴたちにはわからなかった。だがそれでも、退くわけにはいかない。


「あの日、俺たちはある物を拾いました。それはこれです」


「……!」


 ケイゴが服の下に隠していた物を取り出す。


 それは一冊の変哲もない大学ノート。だがそれを見せた途端、山崎に明らかに動揺の色が走る。


「佐々木ミチコ……先生なら知ってるんじゃなくって?」


 リュウジはその名前を山崎に突きつける。


 果たしてどれだけの効果があるのか。だがやはり、動揺を見せたのは一瞬だけだった。


「お前たちが何を言ってるのかさっぱりだな。そんなノートがどうかしたのか? それに、佐々木ミチコなんて知り合いはいないぞ」


 山崎はまるで嘲笑するように口の端を吊り上げる。


 これが証拠になるとは彼も思ってはいないようだった。こんなものでは何の力もない。


「知っているはずです……佐々木ミチコは十年前の……山崎先生が新任の教師だった時、初めて受け持った生徒の一人です……」


 カオリが淡々と告げる。


 十年前に失踪した佐々木ミチコ。彼女は茜雲中学校の生徒であり、三年D組の生徒だった。そしてその時の担任が山崎であったことは学校のパソコンにハッキングしたときに調べ上げていた。そんな彼女を忘れるわけがない――わざと惚けたのだ。


「ああ、そんな生徒もいたか。十年も教師やってるといちいち一人一人、覚えていないんだよ」


 まだ表情に余裕を残して、嘆息と一緒に煙を出す。


「重要なのはここです……佐々木ミチコは十年前に失踪しています……今回のアオイさんの失踪事件を思い起こさせるように、です……」


「……何が言いたい」


 乱暴に煙草を灰皿に押し潰す。


「はっきり言いますよ。俺、知ってるんです。あなたがアオイに教師として良からぬ感情を持っていたってね!」


「!!」


 その言葉を聞くや山崎は飛び出す。


 ケイゴの服の胸倉を掴んで今にも殴り飛ばしそうに。その光景を一同は青ざめた顔で見守るしかなかった。


「剥きになるのは、図星ってことっすか?」


 それが引き金になった。


 山崎は思いっきりケイゴの頬を殴りつける。ケイゴはテーブルの上に投げ出されコップが弾き飛ばされ散乱し、水が辺り一面に零れる。一同はついに起こった最悪の事態に立ち上がるも、どうしていいかわからずにうろたえるしかない。


「教師を侮辱した罰だ。これでも加減したぞ」


 もう殴る意思はないのか、手出しはしなかった。


 ケイゴは口の中を切ったらしく唇の端から血が流れていた。その眼光を剣呑なものにして山崎を見やる。


「あいつは……あいつは、誰にも言わなかった。でも、心の叫びは聞こえていたんだ。誰か助けてって、俺たちにサインを送ってた。でも、でも俺は気付くのが怖かった」


「…………」


 ケイゴは立ち上がり、独白を続けた。


「退屈だけど平和な、あの日常を壊すのが怖かったんだ。何もないまま、それで卒業してしまえば何もなかったことにできる――でも、あいつはそれを拒否した。町の外へ探検っていう形で、不器用に、日常を壊そうとしていた」


「そんなのはお前の勝手な妄想だろう!」


「どうかしらね」


 口を開いたのはケイゴではなかった。


 リュウジはハンカチを取り出してケイゴの口の血を拭きながら続ける。


「インターネットって便利なものよね……そして残酷。いろいろと調べていくうちに、学校が隠蔽しようとした事件まで見つかったわ。ある男性教諭が女子学生にセクハラをしたってもの。まったく、そういうのってサイテー」


 それはカオリがハッキングついでに調査した内容だった。


 茜雲中学校でかつて、セクハラという不祥事が度々起こっていた。その事件の背景に、山崎と言う名の教師がいつも絡んでいた。学校はそれを全力で隠蔽したつもりでいたが、ネットでの情報までは規制できなかったのが現実だ。


 もはや言い逃れできないと思われた。


「ふ、ふっははっ! おもしろい。子供の想像力ってやつは本当に――これだから教師はやめられないな」


 山崎は不敵に笑みを浮かべた。


 それもそうだろう。この程度のことでは何の証拠にはなりはしない。しかし、根拠とはなる。


「まだシラを切るつもりなんですか!?」


 それまで怯えて震えていたリエが絶叫する。


「先生……あのノートでリエたちを混乱させようっていう考えはうまくいったと思います。確かに一度は、幽霊か何かがアオイちゃんを連れ去ったんじゃないかって、考えたりもしました。きっと世間もそう噂するでしょう……でも、それが致命的なミスとなったんですよ」


 すると山崎は表情を消す。


 テーブルの上に置かれていたせいですっかり水浸しになったノートを拾い上げる。


「こんなものが、なんだっていうんだ? ノートに佐々木ミチコの名前があったからって、それがどうしたっていう!?」


 怒鳴り声を余韻にして沈黙が流れた。


 山崎はそれを自分の勝利だと確信したに違いない――しかし、まだ終わりではなかった。


「……えっと、ね。先生はどうしてそれを知ってるの?」


「な?」


 ヒロユキの発した疑問に山崎は顔色を変える。


「先生――どうしてあの現場にあったノートに、佐々木ミチコの名前が記されていたと知ってるんです? 現場から移動したノートを警察は発見していない……それを知っているのは俺たちだけですよ」


 ケイゴが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


 教師は慌てて、手にしたノートの表紙に目を移すがそこには何も記されていない。ばかな、と呟くのが聞こえる。


「中もご覧になったらいかがかしら? あの趣味の悪い文字も書かれていないわよ。それはニ・セ・モ・ノだから」


「お、お、お前ら……!」


 完全に頭に血が上っている。


 目が血走って飢えた獣のように歪むのがわかった。もうここに聖職者であった男はいない――本性を露にした犯罪者の姿がそこにはあった。床に落ちていたコップを拾うと、テーブルに叩きつけて割ってしまう。


「ひ、ひひひっ、生きて帰れると思うなよぉぉお?」


「逃げろ!」


 恐怖に足を竦ませる一同。


 だがそれをケイゴの一喝が打ち破る。我に返った彼らは殺人者と化した男から逃げる。なんとも現実離れした状況に気が狂いそうになりながら。


「わ、わ、わあっ」


 ヒロユキが足をもつれさせて転倒する。


 狂喜に顔を歪ませた山崎は彼の元へ踊るように走る。その手に割れたコップの鋭い切っ先を掲げて。


「くそ!」


 ケイゴがヒロユキを庇う。


 山崎がコップを突き出す。


 その横から何者かが飛び出す。


「ああぁぁぁああぁああっ!?」


 それらはまるで、スローモーションに流れて見えた。


 正気を失っている山崎を取り押さえたのは見知らぬ女性だった。若い、とは言い難いがそれほど年を食ってるわけでもない。二十台の後半か――下手すれば三十台前半、といったところか。少しばかり化粧が厚いのを気にしなければ十分に美人の類に入った。


「そこまでよ! あなたを殺人未遂の容疑で逮捕する!」


 女が言い放つ。


 その手には手錠が握られている。


「そして――女児誘拐の容疑もね」


 まるで確認するように呟いた。


 彼らと言えばいきなりの事態に呆気に取られてしまっている。ばたばたと紺色の制服を着た警官たちが土足で次々と現れた。


「ボーヤたち、安心して。私は夕空中央警察署の警部補、狗神チヅル。宜しくね♪」


「よ、よろしく、お願いします……」


 まだ暴れようとする山崎を組み敷きながら、狗神は呑気に自己紹介する。


 ケイゴたちはただただ、呆然とそれを眺めているしかなかった。ただ一人――通話状態にしっ放しだった携帯電話を種明かしをするように取り出すリュウジを除いては。




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