プロローグ
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いろんな作者がこの「夕空町○○シリーズ」を共有し、ひとつの夕空町ワールドを築けたらおもしろいと思いませんか?
茜色に染まった教室。
蝉が日の暮れを惜しむようにどこか儚げに鳴いているように聞こえるのは気のせいか。
「探検よ、探検! ねっ、決まり!」
教室には数人の生徒が残っていた。
男子は白のYシャツに黒ズボン、女子は白のブラウスに紺のスカートの制服姿で、各々、勝手な席に着いたり机の上に座っていたりした。彼らの顔を窓から斜めに差し込む夕暮れが橙色に染め、色褪せた写真のようにも見せている。
「なーにが探検だよ。つぅか、アオイが勝手に決めんじゃねーよ」
「バカケイゴは黙ってて!」
人一倍、声の大きな少女、アオイ。
彼女の提案に一同がきょとんと目を丸くするなか、ケイゴだけはきっぱりと反対した。反射的にアオイが吠えるのを彼女たちを除く一同が苦笑いで見守る。幼馴染であるこの二人の、言わば夫婦喧嘩は毎度のことだったからだ。
「アオイちゃん、それってどーいうこと?」
そんな場を収めるのはいつもリエだった。
リエは冷静に、何事もなかったかのように話を進める。これがいつもうまくいく。
「よくぞ聞いてくれた! あんね、あんね、町の外に行ってみようって思うの!」
「え……」
「外に……?」
得意気に語るアオイ。
しかし一同の反応はいまいちだった。それはそう、町の外に出るなんてとんでもない発想だったからだ。
「おめーさ、わかってて言ってる? 町の外に出るのは絶対禁止だろ」
ケイゴはやれやれと嘆息した。
そのため息に押されるように、アオイの表情がむっとする。
「わかってるよ!」
少し声の調子を抑えて続ける。
「考えてみてよ。外に出ちゃいけないなんて言うけどさ、でもさ、なんでダメなのか教えてくれないじゃない。だからさ、自分たちの目で確かめたほうが納得もできるってもんでしょー?」
それは事実だった。
アオイたちは生まれて一度もこの町の外に出たことがなかった。
その理由を教えてくれる者はいない。知ってて隠してるのか、単に知らないで禁じてるだけなのか、それもわからない。そのことに疑問を抱いているのはアオイだけではないはずなのだ。
「ぼく、知ってるよ」
その言葉に全員の視線がヒロユキに注がれる。
体格の大きい――というか太り気味の少年は注目されたことに体を揺らしてたじろぐ。恥ずかしがりなヒロユキは皆から視線を逸らして続けた。
「えっと、ね。百年前に戦争だか疫病だか、何だかわからないけど、何かが起こって……えっと、ね。それでこの町以外の人間がいなくなったんだ。だから危ないんだって」
しどろもどろながらヒロユキは説明した。
けれど、彼を除く一同は期待した内容ではなかったと落胆する。それは改めて聞くまでもない情報だった。この町で生まれ育った者なら誰でも知っている常識――夕空町の人々はこの地球でたった一人ぼっちなのだ。
「ヒロユキさん……それは常識です。常識というのは普遍的に広まっている当たり前の知識であって……いまさら説明するまでもないというか……ごめんなさい」
「うぉっ! カオリ、いたのか」
カオリは眼鏡のよく似合う女の子だ。
辞書が愛読書という彼女は成績はクラスで一番良いのだが、その引っ込み思案な性格の故にあまり目立たない存在だった。しかも、わざわざ陰になる位置に座っていたせいでケイゴはいまその存在に気付いたように驚いた。
「あら、それってイ・ジ・メかしら? 意地悪ねぇ、ケイちゃんってば」
「リュウジ……そのケイちゃんってのやめろって言ってるだろ……」
ケイゴはうんざりしたように呟く。
それもそう、リュウジはちょっと、というか、かなり変わっていた。一応男子なのだがまるで自分が女子であるかのように振る舞う彼は特に浮いた存在だった。アイドルみたいに美形なのにもったいないと女子の間ではもっぱらの話題だ。
「で! 話戻すけど、夏休みの計画は町の外へ探検……決まりよねっ?」
脱線しかけた空気をアオイは一喝する。
彼女の、この強引さが一同を引っ張るリーダー的な存在としているのだった。そのアオイの良き理解者であるリエは一番早く頷く。
「リエはそれでいいと思う。ケイゴくんは?」
「え、オレ? うーん、オレはやっぱり反対。確かに、中学校最後に思い出を作ろうって案は良かったけどさ、何も町の外に行かなくたって」
その時、日がさらに暮れたように暗くなった。
中学校最後、という言葉がそうさせたのかも知れない。夕空町には高校が幾つかあって、また進学せずに就職する場合もあり、それぞれの進路次第でこのメンバーが揃わなくなる可能性が十分にあった。それで、ずっと忘れられない大きな思い出を作ろうとアオイが計画したのだった。
「でも……夕空町の外はどうなっているのか……私も知りたいです。私の夢にも……関係すると思いますし……ごめんなさい」
口を開いたのは意外にもカオリだった。
「ほらほら、カオリだって賛成してるよー? 男子のあんたがそんなんでどうすんの!」
「男とか女とか関係ないだろ、禁止されてるってことは、危険なんだよ」
「そうよそうよ、男とか女とか関係ないわよ! 愛の前では性別なんて無意味っ」
リュウジが何やらポーズまで決めて言い放つ。
彼の前では性別に関する話題は禁句だったことをアオイは思い出しうめく。
「と、とにかく――」
「お前ら、まだ居たのか!」
教室の扉が突然開かれた。
「げ、山崎先生」
そこには彼ら三年D組の担任教師、山崎の姿があった。
三十を過ぎたばかりの若い教師だが、アオイたちにとっては十分な大人だった。町の外に行こうなんて計画を知ったらきっと反対するだろう――大人の反応は皆同じだ。
「こんな遅くまで、何してたんだ?」
山崎はグループを仕切っているの知ってか、アオイに詰め寄る。
「え、ええと……その……」
アオイは急に縮こまって口を濁す。
計画が知られてはまずいという思いがそうさせたのだろうか。しかし彼女の態度はまるで怯えている。
「夏休みの自由課題のことについて、話し合ってたんすよ」
助け舟を出したのはケイゴだった。
「ほーう、そうだといいんだがな」
まだ疑っているのか白々しく言う。
その目つきを一際細くして、山崎はアオイに再度詰め寄る。
「それは本当なのか?」
「は……はい……」
やっと声に出したような弱々しい返事だった。
だが山崎はとりあえず納得したのか、ふん、と鼻を鳴らす。
「もういい。とにかく、さっさと帰りなさい」
「ういーっす!」
アオイたちは蜘蛛の子を散らすように退散する。
こうして今日も、いつものように平和な夕空町の日は暮れていく。
誰も気づかないうちに。