表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子の箱庭 双子と箱庭  作者: 沢城据太郎
7/11

箱庭探索プラス1


 変な空気に気付いたのか一呼吸置いて沙奈が景色から視線を引き剥がし神社の方を振り向き、わたしと奏一からワンテンポ遅れて驚きに言葉を失う。

「よお、何してんの?」

 沙奈が自分に気付いて驚いたのを確認してから、奏一は戸惑いを含みつつも努めて朗らかにそう尋ねてきた。

 わたしの凍り付いた脳が再起動し状況を理解した時、全身に鳥肌が立ち、体中の感覚が歓喜するように活性化し鋭敏になるのを感じた。

「そっちこそ、何をしているの?」

 憮然とした口調で沙奈が尋ね返す。妙に刺々しい質問返し。沙奈と奏一が姉弟である事を差し引いても質問を質問で返すのはちょっと乱暴。だけど沙奈は第三者であるわたしの存在を材料にして奏一に先に説明する事を促す、もとい強要する。会話の主導権を無理矢理手にいれようとする姉の、っていやいやいやちょっと落ち着けわたし。九重姉弟の一挙一動を双子萌えにより極限まで強化された処理能力で精緻に分析するのをちょっと止めろ! 彼らと三人きりで学校外で会うという夢のようなシチュエーションに舞い上がり過ぎて軽く脳が特殊性癖が暴走しそうになった。そう、落ち着けわたし冷静になれ、今この場で一番優先すべきな脳のリソースの配分先は姉弟コミュニケーションの分析ではなく、わたし自身が何事も無く普通に振る舞うための『演技力』だ。まず、にやけた表情筋を引き締めて何事も無い顔をしつつ、二人から一歩引いた立ち位置で共通の知り合いみたいな振る舞いで内心弟とバッティングしてしまった沙奈の様子を見て愉しんでいる意地悪な悪友ぶりを沙奈にほんのちょっと匂わせるみたいなそんな感じで。分析は今日の夜の寝床の中ででも幾らでも出来る。今は平静を装い演技と記録に全力を傾けるのが肝要。よし、作戦会議終了! 現実に帰投します! (この間の思考時間〇.五秒)。

「んー、散歩っていうか……」

 現実に戻った。        

 沙奈の強引な質問返しに奏一は素直に答えようとする。ただ、なんか歯切れが悪い。

「いんじ……、いや、『秘密の箱庭』を探そうと思って」

「『秘密の箱庭』?」

 ようやく出てきた奏一のその言葉を思わず訊き返したのはわたし。いや、それっぽい演技とかではなく本気でちょっと驚いた。奏一がわざわざここまで登って探しに来るほど『秘密の箱庭』に興味を持っているというのは少々予想外だった。一応それとなく神社の門越しに境内をチラ見してみたけど誰もいない。奏一は独りでここまで来たらしい。

「前になんか、部活で話題になってただろ? それで俺も興味が出てきてさ」

 これはどうも沙奈を半ば無視したわたしだけに向けた言葉らしく、何となくしどろもどろと言い訳臭い。まぁ、奏一の立場になって考えれば無理からぬ事かもしれない。独りで放課後を利用して探検に出掛けたら現場で姉とその友人に鉢合わせしたら居た堪れない気持ちになるのも想像に難くない。

「あれ、そう言えば今日、部活は?」

 わたしは話題も変える意味も含めて奏一に尋ねた。

「いや、休みだよ。バドミントン部も休みだっただろ?」

「ふえ?」

「運動部の顧問はみんな出張なんだよ、今日」

「えっ、ああ、そういう事……」

 なるほど、実は今日は運動部はどこも休部なのか。全然知らなかった。

「あはは、全然知らなかった」

 何となく言い訳臭く口に出して言ってみた。

「それで、『秘密の箱庭』は見つかったの?」

 休部に纏わる話題が一区切り付いたのを見計らって沙奈が奏一に尋ねた。その口調は、沙奈と奏一の関係を知らない人が聞けばちょっと吃驚する位につっけんどんで、当たり前だけどやっぱり遠慮が無い。

「いや、まだ」

 それに対して奏一も最低限の言葉で返事する。

「やっぱりそっちも『秘密の箱庭』を探してるのか?」

「うん」

「ええ」

 奏一の改めての問いにわたしと沙奈は首肯する。

「その様子だとまだ見つけてないよな……」

「見つけてないよ」

「見つけてない」

 わたしに対して沙奈の返答はやっぱりきっぱりしていてかつぞんざいな感じ。

「見通しが利くかなって思ってここまで来たんだけど」

 街並みを見下ろす雄大かつカオスな景色を示しつつわたしは説明。

「ここの……九重くんもそんな感じ?」

 ここでわたしは軽くどもった。うわ、恥ずい。

 いつもわたしは奏一の事を『九重くん』と呼んでいる訳なのだけれど、一方沙奈の事も『九重さん』と呼んでいる。双子が揃っている時に片方の名前を呼ぶという事が今までなかったから何も問題は無かったのだけれど、『九重さん』の前で『九重くん』という呼び方をする事に非合理な違和感と妙な羞恥心を意識してしまって、奏一を『九重くん』と呼ぶのを一瞬躊躇ってしまった。ただわかり易く戸惑ってしまった事で今度は呼び方を意識している事が二人にバレてしまったかもしれないので余計に恥ずかしくなってしまった。

「うん、まぁそんな感じ」

 単に気付いていないだけかもしれないけれど、わたしの呼び方に関してはスルーして奏一は返答した。

「こっち側……、えーと、ここから南側の方は探し尽くしたから一回この高台に登って北側の様子を確認しようと思って」

「ちょっと待って」

 奏一の言葉を沙奈が遮る。

「南側を探し尽くしたってどういう意味? 本当に全部見て回ったの?」

 沙奈はわたし達が神社に登ってきた階段とは反対側の方向を指差しながら奏一に詰め寄る。神社の南方向にもやはり同様に森林沿いにすし詰めの街並みが続いており、それを『探し尽くした』と言い切られると確かにちょっと信じ難い気持ちになる。

 奏一は詰め寄る沙奈に「ああ」と合点がいったように溜息を漏らす。そしてこう言ったのだ。

「訊いた話なんだけど、『秘密の箱庭』ってどうもマンションの傍にあるらしいんだ」

 ……奏一の衝撃的な発言に沙奈の身体は強張り、一瞬静止した。ついでにわたしも静止していた。

「それ、本当なの?」

 気を取り直し、沙奈が再度詰め寄る。

「まぁ、確証はないんだけど。この辺に住んでいる奴がいてソイツに訊いたんだ。ソイツも親から訊いただけらしいから情報はあやふやなんだが」

 成程、地元民だ。

 『秘密の箱庭』の存在は本校内では勝手に都市伝説扱いされているけど、この傾斜の街の住人からすれば(実在するのなら)只のイチ喫茶店な訳だ。『秘密の箱庭』の近辺に住んでいる人物から所在地を訊けるならばそれ以上に確かな情報は無いだろう。堅実過ぎて都市伝説的に身も蓋もロマンの欠片も無い。

「どのマンションかは訊いていないの?」

「いや、そこまではわからないって……」

「ちなみに誰から訊いたの?」

 淡々とした姉と弟の会話を脳裏に克明に記録しつつ、わたしは屈託無く質問してみた。

「五組の澤窪さわくぼって奴なんだけど……」

「あ、ごめん知らない人だ」

「わたしも知らない人」

「……この場に澤窪が居なくて心底良かったと思うよ」

 わたしと沙奈の簡素の返答に奏一は苦笑いを浮かべながら言う。

「他のクラスの男子の名前まで憶えているはずないでしょ……」

 そんな奏一を沙奈は静かに非難する。

「まぁ、そりゃそうだけど」

「『秘密の箱庭』の手がかりを教えてくれたんだったら探すのを手伝ってもらえばよかったのに。地元民なんでしょ?」

 このまま黙って観ていれば『細かい愚痴を言い合う姉弟』という大変福眼なシチュを観戦し続けられそうだったのだけれど、ここは演技重視で、『姉弟喧嘩(っぽいやり取り)に割って入って話を逸らす友人』的な立ち位置を演じさせてもらった。

「いや、俺も実は澤窪とあんまり仲良くない」

 訊いてしまった方も込みで切なくなってしまう理由だ。この場に澤窪くんが居なくて本当に良かったと思う。

「そもそも澤窪は『秘密の箱庭』に興味が無いみたいだったからな。噂とか学校の怪談的なものに喰い付かないタイプらしい」

「ああ、なるほど」

 曖昧に返答しながら少し訝しむ、わたし的には沙奈と奏一が正にその地に足がつかない噂話の類に興味を示さないタイプだと考えていたのだ。子供っぽい無為なアドベンチャーなどには話を合わせる程度に話題に乗ってくれるけれど深く追求するつもりは無いという大人の対応をしそうなイメージ(ていうか部活の休憩時間に能城子が話題を出した時の奏一の対応が正にそんな感じだったとわたしは思い込んでいたのだが)。この大人びたキャラに似合わない冒険心の結実としての二人の行動が只の偶然の一致なのか、それとも同じ環境で育った姉と弟が同一の家庭環境の中で同じように育まれた故のシンクロニシティなのかは現状よくわからないけど、妄想を捗らせる材料としてこれはこれで中々美味しい素材になりそうだ。

 五組の澤窪くんの話題で横道に逸れていたわたし達を尻目に、沙奈は「マンションか……」と小さく呟き衛星写真のコピーを広げる。

「これ、この辺の地図?」

 衛星写真のコピーを広げる沙奈に奏一は少し驚いたらしい。うん、気持ちはわかる。

「赤い印がたくさんあるけど、これは?」

「高校側から見た時に死角になっている場所よ」

 端的に答えた沙奈のトーンがメチャメチャ機嫌悪い、様に聴こえる。奏一はそんな刺々しい声色を特に気にする風も無く「へえ……」と小さく呟く。

「ソーイチが見てきたマンションってこのふたつ?」

 沙奈は自身の衛星写真を覗き込む奏一に写真上のマンションを指し示しながら確認を取る。

「んー、ああ、これだな」

 ちょっと思案しながら奏一は同意する。

 全く関係無いがこの時わたしは沙奈が奏一を下の名前で呼び捨てした事にトキメキが過熱して体温が急激に上昇していた。いやまぁ勿論双子なんだから下の名前を呼び捨てで呼ぶのは当たり前なんだけどぶっきらぼうながらも深い信頼感が滲み出るその言い方に無防備すぎるほどの親密さが込められていて更にそれを当然のものとして受け止める事でわたしの胸は甘やかに締め付けられて……。

 と、こんな感じでトリップしそうになった自分を懸命にこらえてわたしもそろそろと沙奈の横から衛星写真を覗き込む。何故かムードをぶち壊すお邪魔虫のような気分になったが一〇〇パーセント気のせいである。

「このマンションはまだ見てないの?」

 何となく話に参加しなければ手持無沙汰になりそうな気がしたわたしは、神社の西側の、丁度わたし達の正面(厳密には正面からやや南寄り)に聳える一棟のマンションを衛星写真上で指差した。

「ああ、ここはまだ」

 わたしの質問に答える奏一。声のトーンがさっきと、沙奈と会話する時のそれとは明らかに別物。同級生の女子に物怖じせず朗らかに相手してくれる対外的なペルソナだ。わたしは双子の弟としての九重奏一に対するそれとはまた少し違ううきうきするような感覚を覚えた。奏一がわたしをゲスト扱いしくれている事ではなく、わたしと沙奈とで人格を使い分ける事を強要している事に。奏一には悪いけど密かな甘い優越感が生まれる。

「次はここを調べてみようと思うんだけど……」

「そこには多分無いわ」

 奏一の行動予定を沙奈が脇から一蹴する。

「行ったのか?」

「行っては無いけど。衛星写真と実際見た周りの様子を総合するとあの辺りに喫茶店的な建物が在るスペースは無いと思う。それに何より」

 沙奈は衛星写真から顔を上げて、そこに広がる景色の中の一点、話題に上がった問題のマンションの現物を見下ろしながら言う。

「あそこに『秘密の箱庭』があるならもうウチの高校の生徒に発見されているわ」

「……確かに」

 奏一は神妙に同意した。問題のマンションは斜面の住宅地の中でもかなり低い位置にあり、しかもわたし達が住宅地に最初に入ってきた信号の辺りからも比較的近めなのだ。『秘密の箱庭』散策のためにウチの高校の生徒達が斜面の住宅街でトレッキングした場合あのマンション周辺は高確率で探索の対象となるだろう。

「『秘密の箱庭』がこの斜面のマンションの近くに在るとしたら、高校からアクセスし辛くて死角も多い場所だと思うから、多分ここじゃないかしら」

 沙奈は神社の北側に位置する、周りの住宅地の何倍も大きい白い長方形の建物を指差した。特徴的なのは、南北に延びる白い建物の周りを緑色の、おそらく芝生が取り囲んでおり、周囲の住宅地から距離を取って孤立しているように見える。

「……ん? これどうやって行けばいいんだ?」

 沙奈に示されたポイントを数秒凝視していた奏一はポツリと呟いた。何も考えずに漠然とその建物だけを見ていたわたしは一瞬奏一の言っている事が理解出来なかったが、そのポイントの周囲の道を辿ってみるとなるほど状況がわかった。

 沙奈が示す建物は、わたしと沙奈が斜面に近付く際に渡った入り口的な横断歩道の十字路から現在の神社へと至る蛇行メインストリートから大きく外れた位置にある。血脈然としたメインストリートを中心に毛細血管の脇道を通って近道してきた訳だけれど、衛星写真を見た限りでは、その細道さえもこの建物には繋がっていないように見える。

「一旦坂を下ってこっちの道に入らないと行けないのかな?」

 わたしは斜面の入り口の横断歩道の北側に位置するもう一つの横断歩道を指差した。今まで登ってきた行程を考えると相当な距離になる。これはもう日が出ている内に辿り着くのは不可能なんじゃないだろうか?

「ここから……、行けるんじゃないかしら?」

 だがそんな中沙奈は、写真上の傾斜の上部の細道をなぞった。

「木の陰で道が途切れているように見えるけど、ここは繋がっているんじゃない? 用水路の時みたいに」

 確かにそこは沙奈の言う通り、森へ侵入していく二つの道が隣接しており、一つは先程わたし達が通ってきた道の近く、もう一つは目標のマンションの裏側に続いていた。

「ここって、さっきの原っぱの空き地の坂を登り切ったところを左に行った辺りだよね」

「そうね、その筈」

 沙奈の言うルートなら、山の斜面を下らずに北へ移動する形になるのでスムーズに行けば日没ルートにならずに済みそうである。この道が繋がっていなかったらその時に考えればいい。

「時間も時間だしな、そこに行ってみようか……」

「ソーイチも来る気なの?」

 奏一の呟きに沙奈が過敏に反応する。

「いや、そのつもりだけど。……なんかマズいなら遠慮した方がいいのか?」

「遠藤さんが良いならわたしは問題無いけど。どう?」

 それから反応を窺う様に沙奈と奏一がわたしの方を見る。奏一の途中参入をわたしが嫌がらないかどうか訊かれているのだ。

「あー、うんうん全然大丈夫だよ。皆で言った方が楽しいじゃん」

 こんな美味し過ぎるシチュを不意にするとかありえない。全身全霊で許可します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ