表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子の箱庭 双子と箱庭  作者: 沢城据太郎
3/11

秘密の箱庭1

 我が校の体育館は三つのバスケットゴールが入り口から見て両サイドの壁に設置されていて、それに併せて三つのバスケットコートとバレーコートのラインが両者に遠慮せずのびのび描かれており、利用者達はこのカオスな地上絵から必要な情報を選り分けるという面倒を強要される。わたし達バドミントン部の部員は普段はバレーコートのラインを利用して練習試合などをしている(公式の試合が近い時などはビニールテープで正式なバドミントンのコートのラインを即席で描く。混沌の度合いはより深くなる)。

 体育館を利用する部活はバスケット部とバレーボール部とバドミントン部の三つ。しかしコートが三つあるから常に三つのコートを三者で一つずつ分けているのかと言えばそういう訳ではなく、部員数が十数人しかいない我がバドミントン部はコート一つ分のスペースでもそれなりに事足りるが、バスケットボール部とバレーボール部はそれぞれ三十名以上在籍しており、出来れば二つ以上のコートを確保したいというのが本音なのだ。なので、月末になると三つのクラブの代表が集まって次の一か月のどの日にどの部活がいくつコートを利用するかを決定する所謂『外交交渉』が行われる。体育館の使用権が得られなかった日は野外での練習、或いは筋トレ中心の活動になったり学外の市営体育館を利用するというような事になる。毎日体育館を利用したいという願望はあるが、地区大会でごく稀に優勝できる程度の実力の公立高校の悲哀と言いますか、リソースの限界は認めざるを得ない。煩わしいシステムだが誰もがそういうものだと受け入れ特に文句を言う者は現れない。

 今日の放課後の利用権を得たのはバスケットボール部とバトミントン部。内訳はバスケットボール部がコート二面でバドミントン部がコート一面。我がバドミントン部は部員数が少ないので大体コート一面で事足りる。

 バスケットボール部には、無論九重奏一がいる。

 隣接するコートとコートの境界には天井からボール除け用の深緑色の網が吊り下げられており、カーテンよろしく広げると、コートとコートの間に網の壁を展開する事が出来、あらぬ方向へ飛んでいったボールが他の部活に迷惑を掛ける事を防ぐ。今もバスケットボール部の利用する中央のコートとバドミントン部が利用する舞台側の奥のコートの間をこのボール除けの網によって穿たれている。網目は大きく、お隣の様子が何の問題もなく把握できる程度に視界は確保されているが、どうも圧迫感を与えられるのでわたしは少し苦手だ。

 現在の練習メニューはペアを組んでのラリー。シャトルを相方の方に打ち上げて、その打たれた方がまた打ち返す。それをできるだけ長く繰り返していく練習である。……現在練習に参加している部員数はわたしを含めて八人、現在十四名在籍している事を鑑みると正直少ない。夏のインターハイが終わり三年生が引退した事で部内の空気がゆるゆるになり、些細な理由で部活を休む者が続出している状況である。体育館の限られたスペースを他の部活(今日はバレーボール部)を押し退けて割り当てて貰っている訳で、それでサボっている部員が多いとなると他の部活から良い顔をされない。ちょっと引き締めが必要かもしれない、と新部長である久瀬くぜ友香利ゆかりは憂鬱そうにぼやいていた。しかし、この話で一番問題なのは斯く言うわたしが三年生が現役の頃からのサボりの常習犯だという事。最近は空気を読んで友香里の顔を立てて体育館で活動できる時は極力部活に参加するようにしている。なので筋トレの時とかはたまに休ませて下さいお願いしますごめんなさい。

 閑話休題。今はラリー中だ。集中。集中とは言うもののどうも練習相手の一年生の様子が妙だ。ラリーはちゃんと普通にやってくれるのだが、シャトルを落として拾いに行っている僅かな時間の合間合間に明らかにちらちらとバスケットボール部の方を見ている。こっそりと視線を追ってみると、隣のコートの、コートの半分を使ってスリー・オン・スリーのミニゲームをしている部員達、特にその中のただ一人の人物、九重奏一を観察しているのがわかってしまう。……まぁわからなくもない、軽やかかつ迫力のある体躯の躍動とかゲームに集中する真摯な表情とか、わたしも格好良いと思います。練習に支障をきたしていない範囲での鑑賞ならわたしは別にとやかく言うつもりは無い。何故ならわたしは『格好良い先輩に憧れの視線を送る後輩の少女』を視姦して楽しむのが大好きな駄目人間だからだ。

 奏一本人が気付いているかどうかは不明だが、奏一はバドミントン部の女子達からも人気だ。ある日の休憩時間など、一年生の大半が深緑の網の向こうの奏一のプレイングをじっと観察していた事があって、悪いと思ったがちょっと微笑ましく思ってしまった。一年生達は我々二年生とは違い、奏一に双子の姉が居るという情報が浸透するのに時間が掛かる。同級生ならば沙奈の存在が心理的な障壁となり奏一に深く入れ込む者はあまりいないのだが、一年生達に関しては沙奈の存在を知らぬまま『彼女が居ない』という情報だけが伝播し、そのからくりを知った時にはもう引き返せない程度に気持ちが盛り上がってしまった女子が若干数居るのではないかと思う。これはハルを真似た人間関係分析能力であるサンプルケースを分析した上でのわたしの推理だ。そのサンプルケースというのは、まぁ、わたしの現在のラリーの相方である深江ふかえ能城子のぎこその人なのだが。

 ……特に意図は無いのだが慣例で、体育館を利用している時は他のクラブにタイミングを併せて休憩時間を設定するのが常だ(片方が一生懸命頑張っている傍でゆっくり休憩するのは気が引ける、とかそういう程度の理由だと思う)。そして時々、休憩時間を持て余した双方のクラブの何人かが壁際の深緑ネット越し、というか網を跳ね除けて会話に花を咲かせている。

「バスケ部の皆さんも『秘密の箱庭』の場所をご存じないんですか?」

 ……休憩時間中、網近辺で会話しているメンバーは二年生で仲が良い、或いは部活を通して知り合った面々。一年生の能城子はそんな中に物怖じせず礼儀正しいながらも堂々と参加して来る。深江能城子、背はハルより少し高い程度、バッチリ決めたツインテールが良く似合っている快活で割とハッキリものを言う女の子。二年生のバドミントン部女子とバスケットボール部男子が適度な緊張感を持って語らう場(因みにバドミントン部に男子は所属しておらず、バスケットボール部には女子は所属してはいない。理由はまぁ、過去の通例という事以外には存在しないと思う。女子のバスケ部が存在していた時期があったとか聞いた事がある気がするが、今は昔だ)に彼女が入り込んでくる理由は無論この場にしばしば顔を出す九重奏一と接点を持とうとする意図だろう。その能城子の露骨に『人懐っこい後輩』を演じた態度を非難するバドミントン部員は意外と居ない。多かれ少なかれ奏一に好感を持っている者は多いが、彼の『姉』の存在もあり、半ば本気で入れ揚げているのは(バドミントン部では)能城子くらいなもので、他の部員は(生)温かい目で見守る形となっている。最も、能城子もその辺を把握した上で安心して露骨な接近を試みている可能性もあるが。

 『秘密の箱庭』の所在を尋ねられた奏一を含むバスケ部員達は一様に首を横に振る。

「そもそも、『秘密の箱庭』っていうのは正式名称じゃないらしいね?」

 バスケ部員の一人、佐藤さとう洋介ようすけくん(面長で背が高くて、そしてやけに肌が白い)は落ち着きの無い小鹿を必死に押さえつけているような独特な落ち着きの無い口調で言う。落ち着きが失われる事態に見舞われているという訳では無く、単純に彼の特色である。

「そもそも、『秘密の箱庭』って実在するの?」

 そこにわたしのそもそも返し。佐藤は一瞬きょとんとした顔をした後、困ったように首を傾げた。

「人によっては『隠者の箱庭』って呼んでるよな?」

 という奏一。

「「「インジャ?」」」

 奏一が口にした謎の単語を訊き返す他の全員の言葉がハモり、軽い爆笑を生んだ。

「えーと、インジャって何だっけ?」

「アレかな? 人里離れた場所に隠れ住んでる人とかいう意味の。ご隠居みたいな?」

「ああそっか、大アルカナのハーミットの事」

「そうそれ、ハーミッツ!」

 わたしと佐藤の会話で他の者達も謎の単語『隠者』の正体に合点がいったという表情を見せた中で一歩引いた場所で俯瞰するようにわたし達の会話を聞いていた友香里がぽつりと「『隠者の箱庭』なんて呼び名、初めて聞いた」と改めて皆を代表するかのように呟いた。「メジャーじゃないのか、『隠者の箱庭』」と奏一は若干釈然としない表情を見せた。

「訊いた話だけど、店の名前がフランス語か何かで読めなかったから『秘密の箱庭』とかそういう通称が付けられるようになったらしいよ」

 控えめなようでいてやけにぶっきらぼうな口調でバスケ部の日野ひの啓次郎けいじろうくん(バスケ部にしては身長が低くて暗い印象を与えるが、よくよく見ると童顔でイケメンだという事で三年生のお姉様方を中心に人気が有るとか無いとか)が呟いた。

「やっぱり『秘密の箱庭』は本当に有るの?」

「わからないね」

 控えめなようでいてぶっきらぼうに返された。

 ……ここで「そもそも『秘密の箱庭』とは何か?」と問われたら、「都市伝説だ」と返すのがもしかしたら一番誠実な回答かも知れない。それは誰も正確な所在を知らない謎の喫茶店の呼称だ。わたし達の通う高校の西側をしばらく行くと酷く急な上り坂に行き当たり、その斜面に沿うように階段状の住宅街が形成されている。この地域全域がかつて山だった場所を高度経済成長の時分に切り開いた地域らしくて、その西側の斜面には山の起伏に併せて道や住宅を建設されていたり、神社の近辺のご神木が残されていたりして、路は曲がりくねり建造物や植物群が乱立しており学校側から見上げても道がどこでどうなっているのか把握し辛い。そしてこの我が校を見下ろす斜面の住宅地のどこかに『秘密の箱庭』と呼ばれる喫茶店が存在するらしい。

 その『秘密の箱庭』が具体的にどういう店なのかという話は殆ど訊かない。そもそも存在しているのかどうかすらあやふやで、断片的な噂が上級生から下級生に語り継がれている。ただ、そんな噂話の中でほぼ満場一致で共通しているのが、その喫茶店には非常に美しい庭園があるらしいという事だ。まるでメルヘンの世界から切り取ってきたかのような西洋風の幻想的な庭なのだそうだが、真相は定かではない。

 そもそも正式な名称が知られていないのでネットで検索、なんて事も出来ない。衛星写真の地図で『秘密の箱庭』が存在すると思しき地域を調べてみたという者が居るらしいが、一般家庭や公園の樹木、はたまた曲がりくねった道路の街路樹などが目くらましをし、上空からの特定は不可能だという事らしい。存在自体が実にあやふやだが、その非日常めいた存在感に冒険心が刺激され、放課後にこの傾斜沿いの市街地においてトレッキングを挑む生徒がたまにいる。

 その後バスケ部部員とバドミントン部部員の間で情報交換が行われたが、いずれも又聞きの噂話ばかりで決定的な情報が浮かび上がる事は無かった。そもそも我々運動部員にとって部活後の、或いは部活が無い日の放課後は非常に貴重な時間だ。存在するかどうかもわからない喫茶店を探して半ば登山めいた市街探索をするとなると相当のモチベーションが必要だ。

 当学校内でしばしば行われてきたであろう多くの『秘密の箱庭』に関する情報交換会同様、このネット際での語らいにおいても『秘密の箱庭』の実在を明確にするような情報が話題に上る事は無かった。

「んー、ごめんな、役に立ちそうな事を教えられなくて」

 結局ほぼただの雑談と化した『秘密の箱庭』の所在に纏わる噂話の締めに、奏一が能城子に詫びを入れた。年上の男子が年下の少女に気を遣い宥める口調、成程演じ分けである。ふむ、爽やかだ。それを受けた能城子は「いえいえそんな、謝ってもらう様な事では!」と大袈裟に両掌を窓拭きのように自身の前で振り、コミカルに恐縮して見せた。まぁ実際、奏一と会話を成功させた時点でこの日の彼女のミッションはコンプリートしているだろうから謝ってもらう必要なんか一切無いのだろうけれど。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ