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双子の箱庭 双子と箱庭  作者: 沢城据太郎
2/11

観察欲求2

 しばしば、人間というのはカテゴライズしたりされたりする。

 人にはひとりひとり個性があるだのとか、見た目で決めつけるのは善くないとかそういう意見は至極もっともだと思う。もっともだと思うがしかし、ひとりの対象を見極める上での『取っ掛かり』というモノが欲しいのも事実。その人と今後どのような関わりを持っていくのかはわからない、長く付き合えば見た目やレッテルとは全然違う人だったなんて事も有り得るだろう。だがどんな相手とも初対面の瞬間はある。そんなときにはやはり、見た目でその人の性質を分類分けするしかないのだ。

 ただ、そうした判断手段の一つでしかない『カテゴライズ』という技法・手段をしばしば目的として使用する困った人種がいる。わたしである。

 あとついでに言うと御山ハルもそういう人種である。一年生の頃ハルと『隠れメガネ系男子』とかいうアホな話題で盛り上がった事がある。ハル曰く、試験が近づくと眼の疲れから普段コンタクトの男子も眼鏡を掛ける事が多くなるとか。テスト期間中にも関わらず欲望にまみれ過ぎである。

 空想世界で多用される『属性』を愉しむ嗜好を現実世界に持ち込まない事を警句としているわたしは(ハルはどうだか知らないが少なくともわたしは)、そういったカテゴライズを誰にも気付かれないようにこっそり楽しむ。

 沙奈の双子の弟である九重奏一も姉に負けず劣らず美形である。身長は多分一八〇センチ位で、引き締まっていてシャープな身体付き。整った顔立ちに切れ長の眼。目元は沙奈とよく似ているのだが、姉とは随分印象が違いより鋭く力強い。少し硬質な印象を与えるイケメンである。バスケットボール部の新部長という肩書が更にイケメンっぷりに拍車を掛けてくる(夏休みを終え三年生が引退したので副部長だった二年生は繰り上げで部長を襲名している)。まぁ、ぶっちゃけ女子からの好感度は高い。私の目から見ても格好良いと思える。ただ人気はあるけれど浮いた話というか特定の女の子と仲良くしているという話は聞いた事は無い。――ていうかわたしなどよりよっぽど情報を持っていそうな御山ハルやバスケットボール部の男子部員達がわたしに訊いてくるレベルだ、本当にいないのだろう。奏一の真面目そうで落ち着いた雰囲気が女の子を寄せ付けないという部分もある。軽い気持ちで関わっていけないような威圧感と言いますか。しかしやはりそれ以上に大きな障壁は双子の姉の沙奈の存在であろう。沙奈も相当の美人である。しかも弟同様に大人びた空気を纏い成績も良くて、隙が無い。ハルの言葉を借りるならば「もし九重奏一を我が物にしようとするならば、九重沙奈がその前に立ち塞がり常に比較されるという恐怖に立ち向かわねばならない」のだそうだ。なるほどぞっとしない。

 九重兄弟(或いは九重姉妹? この場合はどちらを使うのが正しいんだ?)、九重沙奈と九重奏一が会話している様子を見た事が何度かある。

 学校内で二人が並んでいる姿を見る事は滅多と無い。まぁ、姉が居る身としては学校の中で兄弟姉妹に会いたくないという気持ちは痛い程わかる。家で家族に見せる顔と学校の同輩達に見せる顔というのはどうしようもなく違う。別人と言っていいかもしれない。思春期の少年少女というものは(少なくともわたしは)そういう顔を友人には晒したがらない。したがって学校内での兄弟姉妹の接触を極力避けたがるというのはよくわかる感覚だ。……だからこそ、そうしたレアな事象に遭遇した時のありがたさはひとしお、という事になってしまうのだが。

 九重兄弟(姉妹?)の会話を最至近距離で鑑賞したのは五月の中旬、GWゴールデンウィークが明けてしばらくしたある日の昼休みだ。お弁当を食べ終えた後暇つぶしに沙奈と黒板の隣の掲示物を特に目的もなく眺めていたら(確か保健委員会の『正しい歯の磨き方』とかそういうタイトルの記事)、入り口から突如奏一が顔を覗かせた。

 奏一は教室内の奥を見渡した後、入り口の真近くに居たわたし達に気付き、驚く、という程ではないが少し眉を持ち上げた。

「なに?」

 突然の闖入者に沙奈はぶっきらぼうに要件を問う。その一言は普段の落ち着いた柔らかい口調よりもほんの少しだけ低く、どうでも良さ気なのだ。

「ああ、(くわ)(なか)を探しているんだけど。このクラスだろ?」

 問われて応える奏一の口調は、わたしの記憶の範疇のそれよりもほんの少し子供っぽく感じられた。いつもは何というかもうちょっと、人に言葉を届ける事をちゃんと意識して声を張って話しているように思う。

 これを訊いて沙奈は一瞬怪訝そうな表情を作る。当時、新しいクラスの男子の名前をまだ完璧に把握していなかったのかもしれない。

「桑仲君なら昼休みはグラウンドでサッカーしてるんじゃないかな?」

 わたしは窓の外のグラウンドを指差しながら代わりに応える。グラウンドでは二十人強の二年の男子たちが制服姿のままサッカーに興じている(一部女子達は密かに、彼らを『やんちゃ組』と揶揄して楽しんでいるが、そんな話は勿論どうでもいい)。

 それを訊いた奏一はグラウンドを見ながら「ああ、あいつらか……」と呟き、

「行ってみるよ、ありがとな」

 とわたしにだけ向かって片手を挙げ、そのまま教室を去って行った。感謝の言葉の声のトーンがやっぱり明らかに双子の姉の沙奈に対するそれとは明らかに違った。ちゃんと声を張って、『同級生の男子』を卒無く演じている風。ふむ、意外と爽やか。

 沙奈の方は、廊下に引っこんだ奏一を無言で見送った後、

「あの一団にはウチのクラスの男子も混じっていたのね」

 とグラウンドのサッカー軍団を視線で指し示しながら言う。

「うん、主に一年の頃に三組だった男子達が中心らしい」

わたしは、運動部経由で得ていた情報を披露しつつ、目聡く沙奈の観察を始める。沙奈は「そうなんだ……」と、あまり興味が無さそうな口調で感心する。寧ろわたしが男子達の内情に詳しかった点に興味を持ったようで、そっちの方向に話が膨らんだ。この時わたしが観察していたのは、双子の弟の奏一が去って行った直後の反応、もっと言えば、奏一との先程のやり取りを全く気に留めていない沙奈の様子を見て愉しんでいた。その、何というか、「今さっき学校でのペルソナとは違う別の何かが見えていたかもしれないけど気のせいだから忘れてくださいよ」的な、取り繕った感じ。ごめん沙奈、それめちゃくちゃ萌える。

 ………わたしのこの嗜好が『異性の双子萌え』とかいう感じの関係性に無条件に萌えてしまうタイプなのか単に九重兄弟(姉妹?)だから萌えてしまうのかが微妙にハッキリしない。彼らを萌え対象として意識したのは一年生の秋頃、放課後に階段の踊り場で二人が会話している姿を盗み見てしまった時だ。二人は遠過ぎず近付き過ぎてもいない妙な距離感で、怒ってもいないけど何故か苛立たし気に聴こえる様な低く小さな声で会話していた。美男美女で親しげだが付き合っている雰囲気ではない。当時九重姉弟(面倒なので以後『姉弟』とする。読み方は『きょうだい』)について知らなかったわたしはとりあえずその第一印象で「恋人ではない」という事だけは直感で理解したが、その二人の絶妙な距離感というかお互い突き放した様なのに反面親密さ孕んだ空気感に正体不明な淫靡さを感じさせられた。第一印象で何か心惹かれるものがあった事を鑑みると、やはり単純に『沙奈と奏一』だから萌える、という結論に行き着くかもしれないが、後の調査により二人が双子だと知れた時に去来した胸がキュンとするような何か甘酸っぱいものを思い起こすと(自分でもどうかと思うが大体恋に近い感覚)、まぁ多分『双子の九重姉弟』だから萌えるというのが結論なんだと思う。わたしが九重姉弟以外の双子にも萌えるのかどうかはサンプルケースが少な過ぎて判断できない。世の異性の双子(出来れば美男美女)がわたしの元に集まってきてくれる事を切に願う。

 沙奈と奏一が醸し出す独特の双子ゆえの親密さの正体についてわたしなりに考えたことがある。彼らはお互いの前で取り繕わない。それゆえ言葉一つ一つに丁寧に相手を慮る感情など籠めないし僅かな苛立ちも隠さない。家族故に突き放している部分と甘えている部分が混在し、事情を知らない傍目からは、この年代の男女からは通常本来生み出し得ない艶めかしい緊張感と信頼感が生まれている。多分これは兄弟姉妹ゆえの独特な距離感――わたし自身と姉達との関係の中にも似たような雰囲気の空気感がある。しかしそれを異性の双子の美男美女が展開しているとなると、何かこう、有り得ないとかわかっているんだけど、色々と駄目な感じの怪しげな禁断の関係的なアレな妄想とかを駆り立てられてしまって胸に熱いモノが湧き上がってしまうのだ。


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