箱庭の裡1
未来というのは常に不確定なもので。
十月の中旬わたしと沙奈はまたもや『秘密の箱庭』に入店することになった。
初めてここに来た当初は価格設定の非常性ばかりが目についたが、お店の雰囲気の良さとケーキの美味しさは値段相応にクオリティが高く、その後もしばしばこのお店の話題で盛り上がり、近い内に二人でまた来ようという流れになって今日それを実現してしまったのだ。嘘から出た実というモノは実在するようだ。
本日は月曜日だが高校は休み。先週の金曜・土曜日に体育祭が行われ今日はその土曜日分の振り替え休日である。その休みを利用して『秘密の箱庭』への来店である。普段休みじゃない日が休みになっているというプレミアムな休日、金銭的な意味でもプレミアムな事をする上でのたがを外す上では最適な日なのだ。
プレミアムな事はもう一つあり、今日の沙奈は私服なのだ。紺と黒のチェックのロングキャミワンピース白の長袖シャツを組み合わせたコーディネートで黒皮の小振りのショルダーバッグを肩に引っ掛けている。なんかこう、少女の可愛らしさと大人っぽいキリッとした感じが同居しているルックス。綺麗な黒髪は今日はポニーテールにしていて、タイトなワンピースの効果で背の高い彼女の首筋から脚のボディラインが見て取れ、清楚さと大人の色気が同時に醸し出されている。
凄く良い、てか沙奈さん本気じゃないですか、勘弁して下さい。反面わたしの服装は灰色のパーカーに黒のスキニーパンツとスニーカーとかいう、ボーイッシュと言えば聞こえはいいがただお洒落を投げ捨てている思考停止の産物である。因みにわたしの服装に対する沙奈の感想は「凄い、イケメン」だった。半ば驚いたような感嘆を籠めて言われた。喜ぶべきかどうなのか、自分でもよくわからない。
「ていうか結構険しい坂を登るのにスカートって大変じゃない? いや、その服は凄く可愛いと思いますけど」
先日の『秘密の箱庭』探索を思い出すと、ロングスカートでの行軍は中々骨が折れるのではないかと思えてしまう。沙奈の靴もヒールこそないがベージュのパンプスで、長い歩行には向かなさそう。一応わたしがこんな女子力ゼロの機動力重視の服装を選んだのは、『秘密の箱庭』までの傾斜の街へのトレッキングを想定しての事だ。いや、わたしは今の沙奈のような可愛らしいワンピースなど持ってはいないのだが。そもそも似合う気がしない。
沙奈はわたしの評価に対してありがとう、と小さく微笑む。
「でもそうよね、坂道の事を全然考えずにただ気分で服を選んじゃった。こう、あのお店に合いそうな服、みたいな感じ」
なるほど、沙奈はお店に辿り着いてからの事を、わたしはお店に辿り着くまでの過程を意識して服を選んだという事になるのか。まぁ、わたしに選択肢なんて無かったのだが。
お互いの私服の鑑賞会を終え、わたし達は待ち合わせ場所にしていた駅から少し外れた場所にあるコンビニから学校の方向へ向かって歩き出した。ただし通学路は避け、通学路に平行する住宅地の細道を選んだ。高校は振り替え休日とは言え体育祭の片付けや文化祭の準備等々で関係者の出入りが激しい可能性があるので知り合いとの接触を避けるために学生があまり利用しない道を通ることにしたのだ。何しろ、これからわたし達が向かうのは曲がりなりにも『秘密』を冠するお店なのだ。
通学路を迂回しつつ東へ向かい、程無くして傾斜の街と下界を隔てる車道に行き着く。丁度向かいの道越しに、先日わたし達が訪れた傾斜の街の入り口に位置する公園があるが、今日はそこをスルーして、境界線の車道をなぞる様に北上、公園脇の横断歩道とは別のもう一つの横断歩道を目指す。
そこを渡ってしまえば後は一本道。道沿いに傾斜の街を登って眼前見上げた先に聳える白亜のマンションを目指すだけ。そもそも先日三人で来た時の帰り道をなぞっているだけなのでもう迷う心配は無い。
沙奈はロングスカートだけれど特に苦労している様子は無い。まぁ、今回はお店の場所が完全に割れているので探検では無くお出掛けな訳で、わたしの中で坂を行ったり来たり右往左往する大冒険の印象が強すぎただけだろう。……こうなってくると、非常に女の子らしいルックスの沙奈とファッション無頓着なわたしの服装のギャップが若干恥ずかしくなってくる。ここはハルの世界観に併せて二種類のクールビューティーの相方を演じるべきなのだろうか?
いや、わたしが不甲斐無いのはどうでもいい。問題はこの私服沙奈と一緒に生活する私服奏一のツーショットという物がこの地球上、いや九重家の家の中で確実に展開されているという事だ。奇跡だろその光景は。あと、奏一の普段着というのもとても気になる。どういう服を着るのだろう、奏一は。
前回に比べると遥かに楽々と『秘密の箱庭』に到着。マンションを支える高い壁に埋め込まれたガラス窓と扉の向こうには人の動作と照明が見て取れる。平日の昼下がり、ちゃんと営業中らしい。
今回は前回とは違い、迷わず入店。前回と同じ若い女の店員さんに人数を訊かれ(沙奈がビシッとピースサインを作り「二人です」と応える)、前回と同じ一面ガラス張りの席を選んで腰を下ろす。
ガラスの壁の向こうに鎮座するそれは、眼を見張る、鮮烈な紅。
店内の照明が明るいのでガラスの壁に近づくまではカラスの向こう側が少し薄暗く見えてしまうのだが、ひとたびその紅色が視界に入ると、暗がりの中で燃えるような輝きを放っているかのような錯覚を受け、目が離せなくなってしまう。
『秘密の箱庭』が擁する奈落の庭園の二本の紅葉の樹は、その葉を真っ赤に変えつつあった。まだ黄色い葉が目立っていて完全な真赤ではないが、濃い緑色の植物が周囲を固める暗い奈落の庭園においてその赤は圧倒的な存在感を放っている。一か月ほど前のまだ緑色を湛えていた紅葉の姿が記憶に残っていたのでその艶やかな変化に一層驚かされる。
わたしと沙奈は感嘆を漏らし、しばしそのガラス越しの庭園に魅入る。
店員さんがお水を持ってくるまで紅葉に魅入っていたわたし達はまだメニューに眼を通してすらおらず、ちょっと注文を待ってもらった。
「んー、でも葉っぱが全部真っ赤だったらもっと綺麗だったよね」
箱庭の紅葉の風景に冷静に批評を出来る位に魅力から解放され始めてきたわたし。
「そうね」
「今葉っぱが赤い割合はどれくらいかな? 七分咲き? いや、『咲き』っておかしいよね。七分枯れ?」
「ふふ、枯れ、枯れって、それ変よ……」
沙奈はちょっと笑ってくれた。
「十分枯れだと真っ赤なのか葉が全て落ちているのか語感では判断し辛いわね」
「葉が全部落ちている場合は、……二十分枯れとか?」
「に、二十分……、ふふふ」
なんかツボに嵌ったらしい。やったぁ。
奈落の紅葉の景色を程々に堪能したわたし達は計画性と覚悟を持って注文したケーキセットに舌鼓を打っていた。沙奈が注文したのはアップルパイで、わたしはベイクドチーズケーキ。
「てかむしろ、思ってたよりしっかり赤くなってるよね、ちょっと意外だった」
「確かにそうね」
先日の三人での訪問では、まだ緑色だった紅葉が赤くなればどれだけ綺麗だろうか、みたいな話題で盛り上がったのだけれど、今日このタイミングで来たのは紅葉を見たかったからではなくスケジュールの都合と衝動が噛み合ったからであって、目の前のそこそこちゃんと赤らみ始めている紅葉の樹は幸運の産物である。
「わたしの家の近くの紅葉の樹はまだあんまり葉っぱの色変わってないんだけど。こんな全然赤くない」
「……気温と関係があるのかしら。ここは一応山の上だし、それに何より日陰だし」
「なるほど、それはあるかも」
紅葉を肴にケーキを楽しむ。ちょっと背伸びした感じの時間。
「望さん、チーズケーキを少し食べさせてくれない?」
沙奈がわたしを下の名前で呼び始めたのは最近、第一回『秘密の箱庭』遠征以後の事。切っ掛けはわたしの方が沙奈を下の名前で呼び始めたからで、九重姉弟が一緒に居る時に苗字で名前を呼ぶとややこしいと沙奈に素直に明かすと、沙奈は小さく笑って「じゃあわたしも遠藤さんの事を名前で呼ぶ事にするわ」と言ったのだ。異様に不自然にわたし達の距離が縮まった感じが可笑しくて、嬉しかった。……まぁ、沙奈の事を名前で呼ぶようになったからと言って奏一の事も名前で呼ぶようになれるかというのはまた全然別問題なのだけれど。奏一は未だに『九重くん』呼ばわりである。下の名前で呼ぶ予定も当面無い。
じゃあ沙奈のアップルパイも食べさせて。わたしが最後の一切れだけ残った沙奈のアップルパイを指し示すと、沙奈はにこやかにそのお皿を差し出す。交差する二人のフォークと腕。沙奈のアップルパイは本当に一口だけしか残っていなかったのでそのまま全て頂く。
「そう言えば、ソーイチもこの前チーズケーキを頼んでいたわね」
咀嚼したチーズケーキの味に浸る様に、沙奈はふとそんな事を呟く。
わたしはその言葉にビクっと身体を震わせてしまった、かもしれない。思わず身構えてしまう。
返答をする直前の刹那、わたしはちらりと沙奈の表情を窺う。沙奈はホットコーヒーに口を付けながらわたしの方を真っ直ぐ見詰めている。その切れ長の眼がわたしの異変を見逃すまいと観察する物なのか単にわたしの方を見ているだけなのか、ちょっと見分けが付かなかった。
なので、正直に答える事にする。
「うん、あの時美味しそうだなーと思って」
大事な部分は悟られないようにしながら。
……美味しそうだとは思った。でもそれが奏一に対する思慕が加味されてのモノだというのは多分間違いない。奏一が食べていたから興味があった、奏一と同じものが食べたい。改めて自己分析すると乙女チック過ぎて身悶えしそうな選択動機である。それを先程、沙奈に指摘されてしまったように思えて内心動揺してしまった。
沙奈はコーヒーを受け皿に戻しつつ、合点がいったという風に小さくうん、と返す。わたしの注目など気付いていないらしい、さり気無くて曖昧なリアクション。
沙奈に、奏一の事が好きになってしまったなんて話はしていない。以後する予定も無い。奏一の事は好きだ、それは疑い様は無い。ただその気持ちを奏一に知って欲しいとか相思相愛の関係になりたいとかそういう思いは一切無い。それほど強い気持ちではないのだ。この本気度の低さの理由は、ライバルの多さとかバドミントン部の手前とか沙奈の高い壁とかは多分関係無く、多分、今の関係・距離感が気楽で丁度良いからだろう。バスケをプレイする姿をチラ見したり、運動着姿で馬鹿を言い合ったり、制服姿で軽く挨拶したり、クラス対抗リレーでお互いを健闘し合ったり。普通の同級生を装いながら胸の内でこっそりきらきらどきどきする、そんな感じで十分なのだ。
そういうわたし自身の感情の変化は良いことでも悪いことでもなく制御できない仕方の無い事なのだけれど、ちょっと残念だと思う事は、これまでのような純粋な気持ちで双子観察を楽しめなくなった事だ。沙奈と奏一それぞれに対しての関わりや思い入れが深くなってしまった事で、彼らを双子としての総体として観察し辛くなっている。今でも九重姉弟が会話をしている姿を見ると心ときめくものがあるのだけれど、それぞれと別個に関わっている時などは『双子の姉』『双子の弟』としてではなく『九重沙奈』『九重奏一』としての『双子属性』がメインではない独立したパーソナリティとして二人を捉えるようになってしまったのだ。……いやまぁ、リアルの人間に対する関わり方としては非常に健全で、ようやくわたしもまっとうな人間に成れたのだなと喜ばしく思うべき所なのだが、密かなお遊びにやや飽き気味になってしまった事は正直少し寂しく思う。無論、以前ほど熱を上げていないというだけで、わたしの目の前で微妙な距離感を作り出してくれる分には一向に構わない。どんどん繰り広げて欲しい。
その後、わたし達二人の間に謎の沈黙が訪れた。何故か二人揃ってガラスの向こうの紅葉の樹を眺めていた。このお店の良い所(そして悪い所)は仄暗いその箱庭のお蔭でお互い喋らなくても間が持ってしまう所。お店の奥の方から若奥様女性三人組の笑い声が聴こえる。多分ああいう客層がこのお店のメインターゲットなんだろうなと思考の隅で納得する。……しかしこの沈黙の時間は何なのだろうか? なんかこう、沙奈の次の一手を待ってしまっている感じになっているのは気のせいだろうか?
「望さんは、どうして『秘密の箱庭』に興味を持っていたんだったっけ?」
「ふへぇ!?」
急に尋ねられた。そして思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ええええと、それね……」
余りにも遠い昔の事のような気がして一瞬混乱した。確か、能城子が興味を持っていてハルが奏一を誘うネタとして場所を知りたがっているとか仮説を立てて、ってこれ沙奈には絶対しちゃいけない話じゃないですか!? 今思い出したよ!
「いや、部活でちょっと話題になったからちょっと気になってたっていう程度だったんだけどね」
わたしは、嘘は吐いていないけど大事なことは誤魔化しぼやけさせた返事をした。今日はなんかこういうトリックの使用が多い気がする。
「わたしとしては沙奈が『秘密の箱庭』に興味を持っていた事が意外だった」
そして矛先を沙奈に向ける。
「そう?」
「明らかにわたしより興味を持ってたよね? あんな地図用意するなんて思い付かなかったし」
地図の話はもういいでしょ、と沙奈はクスクスと笑う。
そして
「わたしが『秘密の箱庭』に興味を持ったのはそうね……、監視のためかしら」
と答えた。
「か、監視……?」
突然何を言い出すのか? さっぱり意味が解らなかった。沙奈の表情は一見平然としているが、明らかに何か別の感情を押し殺しているような硬質な強張りが見て取れた。
「監視の一環としては体育祭はとても有意義なイベントね。ソーイチがコースに立つと観戦している女子の何人かは明らかに眼の色が変わるの。居住いを正して表情が真剣になる」
その瞬間、わたしの中の時間が何もかも止まった。わたしが凍り付いたのか時間の方が止まったのかはわからない。背筋が強張り、さっきまで水だのコーヒーだの飲んでいたのにもう喉がカラカラだ。
ええ見ていましたとも、特にグラウンド上・体操着姿で他の男子と談笑している姿とか少女漫画みたいにキラキラ浮かぶ光輪が幻視出来た位ですよ。
「望さん、ソーイチの事好きでしょ?」
ガラス越し、コンクリートの奈落の底にある二本の紅葉の樹が、風に揺られてさざめく音が聴こえた気がした。多分それは幻聴。
沙奈の表情は、すごく優しい。真摯だけれど、怒っている感じも非難している感じも無く柔らかな雰囲気は確実に読み取れた。
沙奈の表情には何故かわたしはホッとしたが、それをはるかに超えて混乱していた。沙奈の表情は優しいけどわたしの一連のリアクションのお蔭で沙奈の持論が事実と合致した事を確信したらしい事が見て取れた。わたしが、奏一を好きだという事がわたしと沙奈の間で共通の認識となった。わたしが答えを言う前に共通の認識になってしまった。
「……何時から気付いてたの?」
事実上の肯定。挙動で既に肯定しているようなものだけれど改めて口頭での宣言。
「……結構前からかな?」
沙奈は思い返すように穏やかな口調で言う。さっきから沙奈の声色がやけに優しいのは、多分わたしを落ち着かせるための気遣い。責めている様な雰囲気にならない様に意識して喋っているのが何となくわかって来た。
「最初に気付いたのは一年生の秋くらいかしら? わたしとソーイチが廊下か……、踊り場? で話をしていた時に何だかすごく熱い視線を感じたの。その後もソーイチと会話している時に何度か視線を感じて、誰なんだろうと思って調べてみたらバスケット部の隣で活動しているバドミントン部の同級生で、ああ、なるほどなぁって……」
「いや、ちょっと待って」
思わず、沙奈の言葉を遮ってしまった。
「?」
「その、弟さんの事をす、好きになったのって結構最近なんです」
「嘘?」
「この間三人でここに来た辺りからそういう風に意識するようになったくらいに最近で」
「本当に?」
沙奈は眼を丸くして驚いた。レアな表情である。ごく最近までわたしが奏一の事を特に異性として意識していなかった事がよっぽど意外だったらしい。……ただ、反射的に否定はしてみたけどこの場合どうなんだろうな? 一年の頃から奏一に熱視線を向けていたのって完全に九重姉弟に対する双子ウォッチの最中の事だ。沙奈はそれを「奏一を見ている」と勘違いしたらしい。いっそのことその頃から奏一の事が好きだったという事にしてしまえば双子萌えとかいう変な性癖を誤魔化せる気がしたんだけれど、どうも沙奈に反抗心が沸いてしまったらしい。探偵的に超越的に奏一への気持ちが言い当てられた事に、わたしは密かに腹を立てていた。
「えと、でも結構前から奏一とわたしのやり取りを意識していた印象があるんだけど?」
ほら、その疑問は当然出るだろう。お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだとかそういう格好良い常套句を意識するまでも無くわたしが双子を監視しているのと同様に沙奈からもわたしは視られていたらしい。
「いや、それは多分だけど、ここの、弟さんが見知らぬ女子と会話していたから注目したんだと思うよ。部活が隣同士だったから一応その頃から顔見知りだったし」
よし、無理のない言い訳。あと、奏一を『九重くん』を『奏一くん』ではなく『弟くん』に言い直したのは何か正体不明な嫌な予感がしたからだ。沙奈の立ち位置がまださっぱりわからない。沙奈が、今の状況をどういう風に考えているのかが示されていない。
沙奈はそれを訊き、ああ、そう、いえでも、とか視線を泳がせてわたしの言葉を反芻する。そして非常にバツの悪そうな表情をしながら口元に手を当てる。
「いやその、ちょっと待って」
「何?」
ていうか、待つって何を?
「その、ソーイチの事を好きなのは間違いないのよね?」
「うん、最近になって」
その質問何度もしないで欲しい。メチャクチャ恥ずかしいんです。
「望さんに対する認識を改めないといけない。いえ、わたし、望さんに対して物凄く失礼な認識を持っていた」
「……何?」
「ソーイチと仲良くなるためにわたしに言い寄って来た女子だと思っていた。最初」
……それを訊いた瞬間、今までのわたしと沙奈の学校生活が脳裏を駆け巡った。
「お、おう……」
正直当たらずとも遠からずという気がするが反面全くの間違いという気もする沙奈のその認識にちょっと面食らってしまった。ただ、沙奈はそれについて凄く申し訳無さそうな表情をしている。勘違いさせたのわたしのせいである。
「……寧ろさ」
わたしは思わせぶりに重々しい口調で言う。
「……何?」
「その悪女っぽい感じちょっと憧れだったから今からそういう設定だったっていう事にするのは駄目?」
勘違いさせた罪滅ぼしに馬鹿を演じる事にした。
「え……、なにそれ……?」
「あーはっはっはっはっ! 騙されたわね! 奏一くんに近づくために敢えて友達に振りをしていたんだYO!」
物凄い棒読みで正体を現した悪役みたいな科白をぶち上げた。沙奈は笑ってくれたけど、その笑顔はちょっとだけ硬かった。




