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双子の箱庭 双子と箱庭  作者: 沢城据太郎
1/11

観察欲求1

 創作世界の嗜好を現実世界に持ち込んではいけない。わたしにとって重要な警句である。

 中学生くらいの頃、そこそこ仲が良かった男子がコンタクトデビューした時、「えー、眼鏡の方が良かったのに」と心からの感想を口にしたら、生まれて初めて抽象画を見せられたような微妙な表情をされた。それが中々に酷い感想だったとごく最近気付き、後悔でベッドの上にて身悶えしたという苦い思い出がある。眼鏡と美男美女の組み合わせは至高ではあるが、余りにも記号的でそれ自体に個性が有り過ぎる故にそれを身に着ける『本体』の個性を無視してしまうという諸刃の剣だ。現実世界でその嗜好を満たそうと思えばそれ相応の覚悟と根回しが必要。眼鏡着脱者の不興を買う様な事はあってはならない。

 そう、創作世界の嗜好を現実世界に持ち込んではいけない。わたしにとっては重要な警句である。こっそり密かに楽しみましょう、それなら誰にも嫌がられないしわたしも変な目で見られない。


 高校二年生になってまもなくの頃、九重沙奈ここのえさなと仲良くなった。

 新しいクラスが編成された最初の数日というのはある種のお試し期間なのだ。前のクラスの人間関係から切り離された少女達が次の一年を共に過ごす学友達の中から、仲良くなれそうな、馬が合いそうな相手を品定めする期間。いままで話した事のない相手とにこやかにかつさながら武術の達人同士の間合いの読み合いのように探りを入れつつ会話をする緊張感と初々しさ、わたしは割と嫌いじゃない。

 九重沙奈とは、そのような品定めのための初々しい間合いの読み合いの中で薄ぼんやりと仲良くなって行動を共にするようになった相手だ。


「うん、二人並んだ立ち姿がね、素敵なの。クールビューティーの共演と言いますか!」

 わたしと九重沙奈の居振る舞いをそんな風に評価するのは前の学年で仲良くなった友人、御山みやまハルだ。彼女とは一年前の品定めのための初々しい間合いの読み合いの中での知り合い、とは少し違う。

「クールビューティーって、それわたしも込み?」

 沙奈はともかく、わたしも?

「そりゃそうよ、謙遜なさるな!」

 わたしより頭一つ分くらい背が低いハルはわたしの腰をバシバシ叩いて息巻いた。何というか、わたしは彼女と同類だと思っていたのだが。わたしはそっち側の人間じゃないの? あとちょっと痛い。

 だが、戸惑うような照れ笑いを浮かべるわたしに気付いたハルはすかさず「まぁ、九重さんのオマケという部分は大いにありますけど」と付け加えた。「上げて落とす!弄ばれた!?」とかそんな感じで私も返礼すると、ハルは意地悪そうに爆笑した。

 ……わたしに対する『クールビューティー』とかいう評価に関しては、一応自覚はある。女子の中では比較的背が高くスタイルもそれなりに悪くないと思う。小学生の頃から続けているバドミントンで髪が邪魔になるからとショートにしていたら、意図せずにテンプレート的なスポーツ少女みたいな容姿になってしまったのだ。

「いや、でも真面目な話、九重さんとの相乗効果は凄く大きい。綺麗な黒髪ロングで清楚な正統派クールビューティーって感じの九重さんとカッコいい系ののぞみちゃんとの対比がね実に良い」

 どこが真面目なのかよくわからないハルの萌え持論はまだ継続していた。あと『のぞみちゃん』とはわたしの事だ。

「わたし達はアイドルユニットか何かですかい」

「有りだと思うよ!」

「ねーよ」

「あはは。でもね、のぞみちゃんと九重さんのコンビが美人過ぎる、というか完成され過ぎてるっていうのはあると思うよ」

「……うん?」

「のぞみちゃんと九重さんが仲が良い所に入っていこうとするとちょっと物怖じしちゃうと思う。見た目を比較されちゃうとちょっと辛いモノがあるからね」

「なるほど、わかる気がする……」

 萌え持論の延長かと思えば、意外と真面目な話に着陸した。

 そもそもこの会話の起点というのが、「なんとなく、クラスで浮いてる気がする」というかる~い悩み未満の違和感をハルに明かした所からだ。するとハルはわたしの軽いネタ振りに生返事を返しつつ沙奈のクールビューティー振りについての話が始まったので少々面食らったが、ハル的には話題は継続していたらしい。

「だからね、のぞみちゃんから他のコに話す分には何の問題もないと思うよ。別に嫌われてるって感じじゃないっしょ?」

「うん、それは無いと思う」

 別のクラスの人間にも拘らず、ハルはまるで見てきたようにわたしのクラスの内情を話す。わたしを含む複数の知り合いからの断片的な情報を組み合わせた結果の分析、だそうだが、ハルの凄まじい所はそれを同学年の大体全てのクラスでもやっているという点だ。

「九重さんってそこまで凄い影響力を持ってるの?」

 自分の事は取り敢えず脇にどけておいて、沙奈の客観的な印象についてもう少し掘り下げてみる。興味が無いと言えば嘘になる。

「九重……、沙奈さん自身が綺麗っていうのは勿論あるけど、やっぱり奏一そういちくんのお姉ちゃんっていう意味での存在の大きさは無視できないよね」

 おう、そこに行き着く訳ね。

「ねぇ、お姉さん経由で何か情報無い? 奏一くんの女性関係とか」

「女性関係って、ふふ何それ、やらしい表現」

 ハルの他所クラスに対する空間把握能力はこれ、極度の恋バナ好きが生んだ副産物である。それにより発見したカップルを観察し、創作世界的『属性』でカテゴライズして眺めて愉しむという、まぁ変な人なのだ。

「何か聞いてない?」

「いや、無い無い。てか九重さんも弟の話とかあんましないし」

「ほーう。何だろう、寧ろあんまり話題にしたくない感じ?」

「まぁ、そもそも話題にも上がらないしね? てかあの二人が自分達の恋バナで盛り上がるっていうのはまず無いよ。想像できない」

「あはは、それは確かに」


 まぁ正直に白状すると、九重沙奈そういう品定めの初々しい読み合いの結果『偶然に』仲良くなったという訳ではない。明確に「お近づきになりたい」という意図を持って沙奈に接近した。ただ当初はちょっとした知り合い、たまにちょっと会話する程度の間柄になれれば十全、位の気持ちだった。それが思いの外馬が合い、しばしば行動を共にするようになってしまったのだ。無論嬉しいのだが、ちょっとうまく行き過ぎて若干不気味に思うほどである。

 そんな訳で、昼休みには沙奈と二人で机を向い合せにして昼食を食べたりなんかする。

 この九月の中頃、という時期はある種の弛緩した空気が学校中に満ちているように思える。夏休みの気分が抜けきっていない中でそろそろ始まる体育祭や文化祭の準備の直前の中休みという様な。これから始まる動乱に向けて必死にだらだら感を楽しんでいるような感じ。遠くで近くで、生徒達の喧騒が校舎に響く。

 クールビューティー、とか称されるわたし達の昼食は割と物静かだ。お互いあんまり喋らない。基本的に食事に集中してしまうのであんまり積極的に会話しようとしない。

 食事に集中している沈黙の時間に、わたしは時々こっそり沙奈の観察をしている、お弁当箱に集中する切れ長の眼と長い睫と白い肌。うん、ドキドキしちゃいけないんだけどドキドキする。美人が集中している眼遣いを関係無い位置から観察するのって、悪いとは思うけど、凄く良い。そんな美人に熱い視線を注がれている両手に包み込める程度の大きさのプラスチック製のちんまりしたお弁当箱。うん、お弁当。

「そのお弁当って、お母さんが作ってくれてるの?」

 わたしはストイックにお弁当に立ち向かう沙奈に尋ねた。

「ええ、お母さん特製」

 沙奈はお弁当から視線を上げ、静かで澄んだ声で応える。

遠藤えんどうさんも?」

「うん、お母さん特製」

 因みに『遠藤さん』というのはわたしの事だ。

「最近になって改めて思うんだけど、母親ってすっごい偉大。毎朝毎朝こんなちゃんとしたお弁当を作ってくれるんだから」

「うん、それは思う」

 沙奈が話に乗ってくれた。

「冷凍食品と簡単な和え物の組み合わせだから楽、みたいな事を前にお母さん言っていたんだけど、それでも毎朝欠かさず用意してくれるのって、凄い事だよね」

 沙奈は屈託の無い口調でしみじみと言う。話を合わせてくれているというより、沙奈自身にも母親の偉大さについて考えさせられるような切っ掛けが何かあったのかもしれない。

「自分でやれって言われてもやり遂げられる気がしない」

「実はさ、わたし」

 この話題に関してはちょっとした『鉄板ネタ』がある。

「去年ちょっとの間だけ、自分でお弁当を作ってた時期があるの」

「えっ、ホント?」

 案の定、驚いてくれた。切れ長の眼が少しだけ見開かれたのが可愛い。

「直ぐに辞めちゃったけどね」

「なに? 花嫁修業?」

 真顔で興味深そうに冗談を言ってくる。わたしは小さく笑いながら「いやいや、相手がいません」と返す。

「でも、ちょっとは正解かも、一割ぐらい」

「一割?」

「料理が上手くなりたいってのはあった。

 母さんが親戚との旅行で何日か家を空ける事があって、その時代わりに作ってみた。ついでなら姉ちゃんの分も作って欲しいって頼まれたんだけどめんどくさいってゴネたら一回に付き百円出すっていわれて」

「おお、百円」

「材料費は親持ちで好きなおかずが作れて一日百円ってお得じゃね? って思って母さんが帰ってきた後も続ける勢いで引き受けた訳ですよ、一財産築いてやる位の気持ちで」

「一日百円は割と大きいよね」

「そうなんだけど、まー、一週間しかもたなかったね。朝早起きしなきゃいけないのが辛い。百円よりも睡眠欲の方が断然上だった」

「でも一週間だけでも凄いと思う」

「まぁ、土日があるから正確には五日間なんだけど。

 腹立つのはさ、姉ちゃんが作った弁当に文句言ってくる事。量が多過ぎるだの少な過ぎるだの」

「お姉さんって……、三つも作っていたの?」

「あっ、いや、上の姉ちゃんはもう社会人で自分の金で昼飯買ってるから下の方の分だけ」

 以前、沙奈に姉達の話をした事がある。わたしには二人の姉がいる。上の方はもうOLで下の方は大学生。

「姉ちゃんはわたしより小食の上にダイエット中だとか言い出してさ、イマイチ加減がわからないのよ。でもあっちもわたしが初心者なのわかってるはずなのにぐちぐち文句言ってくるからさ、すっごい腹が立った」

 その時の事を思い出してちょっとだけイライラしてきた。ただ、沙奈が楽しそうに話を訊いてくれているので下の姉ちゃんには一応感謝しておいてやる事にする。

 そして、だ。

 もう一つ姉をダシにやってみたい事がある。

「やっぱさ、九重さんの姉弟もお弁当箱もっと大きいの?」

 わたしは、極々々自然を装いつつ、内心ドキドキしながら沙奈の可愛らしいほどに小さなお弁当箱を指し示しながら彼女の『弟』についての話題を持ち出した。大丈夫だ、自然なはずだ、兄弟姉妹繋がりの話題で流れに無理はないはずだ。

「うん、これの倍くらいはある」

 沙奈は、特に違和感無く会話を繋ぐ。

「倍……! いや、でも、それぐらいは要るかぁ……」

「こんな小さいお弁当渡したら、多分怒っちゃうわ」

 わたしは小さく笑って返した。

 ……この刹那、沙奈が双子の弟・奏一の話をしている間、わたしは目と耳の神経を研ぎ澄まして沙奈を観察していた。そこから読み取ろうとしていた。沙奈の中の奏一を。それと同時に沙奈の中の奏一の中の沙奈を。そしてそこから浮かび上がってくる沙奈と奏一の『関係性』というモノにどうしようもなくそそられていたのだ。


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