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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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タラバガニ

 毎年、この季節になると思い出す。

 ひきこもりたいばかりの枝鳥が、結婚式二次会の司会をしたことを。



 それは、ある年の春先のことだった。

 職場の他部署の先輩が、どうやら結婚をするという話を聞いて、お祝いの言葉を述べた直後。


「枝鳥達さあ、二次会の司会をやってくんない?」


 新郎予定の先輩が発したのは、耳を疑う台詞だった。

 なぜに!?

 どうして!?

 枝鳥がががが!!!?


 隣にいた同僚と顔を見合わせる。


「二人で、お礼もするからさ」


 よし、断ろう。

 そう思った瞬間、ふとその前年の暮れの先輩との会話を思い出したのだ。


「俺の家は年末には◯◯漁港まで行って毎年恒例で蟹を買うのが習慣だ」



 枝鳥の眼が妖しく光る。


「報酬はタラバガニで引き受けます」

「は!?」


 隣にいた同僚を有無を言わさず巻き込むことまで決定した。


 その春、枝鳥は必死に働いた。

 オシャレな会場を探し回り、司会進行表を作成し、余興の手配までした。

 同僚は勿論巻き込んだ。

 そう。

 全てはタラバガニのために。


 先輩は言っていた。

 長年、その漁港にある問屋で購入しているから、その店は先輩の家のために店頭には並べないでスペシャルな蟹をキープしているのだと。

 スペシャルな蟹。

 例え、枝鳥がひきこもりを押して買いに行ったとしても買えないのだ。長年の信頼があるからこそ手に入れられる蟹を、枝鳥だって食べたい!


 ともあれ、恙無く二次会は行われたらしい。緊張の余りに記憶が朧げであるが、笑いの絶えない良い二次会だったらしい。


 そして二次会から半年後。

 年の暮れである。

 小雪のちらつく中で同僚と待ち合わせていると、先輩はスタッドレスタイヤを履いた四駆で現れた。

 枝鳥の希望を載せて。


 一抱え以上もある発泡スチロールが枝鳥に手渡された。新婚の先輩にはとっとと帰っていただく。

 けっ、熱々の新年でも迎えればいいのさ。


 真っ白な発泡スチロールはズシリと重い。

 ドキドキする。

 何だ、このトキメキは。

 恋だろうか?

 いや、カニだ。


 恐る恐る蓋を開けば、そこにはかつて見たこともない大きさのタラバガニ様が鎮座していた。

 ガサッ。

 その脚が動いた。


「うはっ!」


 動いた!

 まだ生きている!?


 生のタラバガニだっ!!



 しかし、ここで枝鳥は同僚と顔を見合わせた。


 同僚の家で蟹を食べようと思っていた。

 が、生のタラバガニ。

 茹でなくてはならない。


 年末のホームセンターで、最大サイズの鍋を購入する。

 そしていそいそと同僚の家へ向かった。



 結論から言おう。


 大きいことはいいことだ。


 最大サイズの鍋ギリギリで茹で上げた巨大なタラバガニ。

 三杯酢で、ポン酢で、溶かしバターで、マヨネーズで。

 カニだけでお腹を膨らませるという経験。

 太い脚の中には、真っ白な身がミッチリと詰まり、大きく口を開けて頬張れば、むぎゅりむぎゅりとした弾力。そして溢れる海の味と、それに負けない蟹の甘味と旨味。

 足りぬことがないのも、また素晴らしい。

 お上品なお店でチマチマ食す蟹も確かに美味い。

 しかし、溢れるばかりの蟹を贅沢に頬張り続けるこの多幸感。


 この時、確かに枝鳥の半年前の苦労は報われたのだ。

 同僚と二人で無言で蟹を食べる。


 なぜだか蟹は人を無言にさせる。


 シンシンと雪の降る年末に、無言で蟹を食べるという幸せ。



 今でもこう思うことがある。

 先輩、もう一回結婚しないかなあ。

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