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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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辛味噌ラーメン

 忌々しい花粉の季節は終焉を迎えた。

 そして今は束の間の平穏の時である……花粉は秋にも来るらしい。どれだけ奴らは私を苦しめれば気が済むというのだ。やり場のない悲しみにくれるが、一つだけ朗報がある。


 この花粉症は、ここ数年頑固として落ちない枝鳥の脂肪を減らしたのだ。

 春の悲しみは、マイナス4キロという数字で表される。

 着られなくなったスーツのパンツがはけるようになるかも知れない。せっかくのオーダーのスーツなのである。名前まで刺繍入れしてもらったスーツである。

 ずっとクローゼットにかけっぱなしは切ない。


 しかし、まだ入らぬ。

 いっそ秋の花粉に期待すら覚える。

 過ぎてしまえば苦しいこともすぐさま忘れるもので、なぜかまた痩せられると勝手に信じている。


 だが。

 

 ここ最近、日中は暑く30度を超える日もあるが夜はまだひんやりする。

 体調もきっと崩しやすくなっている。


 カロリーが足りぬ。

 来たる夏を乗り越えるためのカロリーが私には必要なのだ。



 というわけで隣の市まで夜半に車を走らせる。

 国道もこの時間は空いていて走りやすい。


 

 昔から常々思っていたのだが、ここ最近の季節はいたるところで「冷やし中華始めました」の言葉を見かける。だが、よく考えて欲しい。

 エアコンのよく効いた室内で、涼しい格好をしての冷やし中華は本当に美味しいのか。

 冬になると温かい食べ物と聞くが、暖かい部屋で暖かい服装で食べるのならば冷たいものの方が美味しいのではないだろうか。

 天邪鬼であるという言葉もよく言われるものだが、人はエアコンなどの進化により、食べるものの季節をも変えたのではなかろうか。


 そんなことを考えながらも、目当ての店に到着する。

 この店もやはり「冷やし中華始めました」のポスターがある。

 しかし私は見向きもしない。

 車内でもエアコンを効かせていたが、この店内もよくエアコンが効いている。

 今は駐車場から歩いたので冷たいものも良いような気がする。だが、当初の目的を果たさねばならぬ。冷やし中華ではカロリーが足りぬのだ。


 おもむろにいつも通りの味噌ラーメンを注文しようとしてふと気がつく。

「辛味噌ラーメン」

 枝鳥は、実はそこまで辛いものが得意ではない。だが、ラーメンの説明文に魅力的な一言を見つけてしまった。

「辛さはお好みで選べます」

 ふむふむ。どれ、見てみようか。

 そこには5段階の辛さが表示されていた。

 1~5だと思っただろう?

 違った。

 0~4だった。

 ゼロ。

 辛味少なく旨味多い仕様とあれば、これを注文しないわけにはいかない。

 今日はカロリーを摂取すると決めているので、チャーシューも載せてオーダーする。


 ほどなくして運ばれてきた辛味噌ラーメンには、分厚いチャーシューが3切れも載っている。スープは普通の味噌ラーメンに比べて濃い色をして、少しばかり辛子も浮いている。

 この店では初めての辛味噌ラーメンにワクワクする。

 いつだって、初めて食べるものにはトキメキがある。

 少しだけピリッとしているスープが旨い。

 普段は健康を気にしてできるだけスープを飲まないようにしているのに、ついついレンゲを口に運んでしまう。この少しだけと言う点がちょうどいい塩梅で心憎い。

 旨いじゃないか。

 太目の縮れ麺が濃い目のスープとよく絡んで味わい深い。

 眼鏡が曇るのも構わずに黙々と箸を進めてしまう。

 そして圧巻のチャーシュー。

 一枚二枚と数えるような分厚さではない。一塊、二塊と数えるべきチャーシューである。豚ばら肉をよく煮込んだ柔らかいチャーシューは、ラーメンに載せられる前に炭火でしっかり炙ってある。

 箸でつまめばほろりと崩れるほど柔らかく香ばしい。

 豚の甘みが辛味のあるスープと相まって非常に旨い。

 ラーメンを待つ間は涼しすぎた店内が、丁度いい涼しさに変わる。


 無我夢中で食べ終わったはずなのに、気づくとレンゲでもう一口、とスープを飲んでしまう。

 店の入り口を見ると、こんな時間なのにまだ並んでいる人がいる。

 こういう時、ゆっくりできない性分なのでそそくさと会計を済ませて席を立つ。

 残ったスープにまだ惹かれるが、くっとここは我慢である。


 外に出れば、昼間の熱は消え去り、心地よい風が吹いている。

 店の近くに田んぼがあるせいか、ゲコゲコと蛙の声もする。


 辛味噌ラーメンですっかり火照った体に、この時期の夜風は実に気持ちがいい。


 明日は体重計に乗るまいと決めて歩く。

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