タコス
先日、知人のご母堂が俳句を嗜まれるという話を聞く機会があった。
なんとも風雅な趣味ではないか。五、七、五の十七文字に季節を感じる。ご母堂曰く、文学の最終地点に俳句はあるらしい。
深い言葉である。
残念ながら、枝鳥には俳句の才能があるとは思えないだけに、益々もって素晴らしい。
知人曰く、俳句とは徘徊しなくてはならぬものらしい。山を、野辺を徘徊して句を詠む。
そりゃ枝鳥には向いていない。畢竟、引きこもりの設計者には無理な話というものだ。
だがしかし、ビールに季語はあると思う。
春にはホップがよく効いた、少し苦めの風味のビールが相応しい。
夏には雑味の少ないキレのあるビールがいいだろう。
秋には豊かな麦が香るモルトビールなぞが旨い。
冬は暖かくした部屋で飲むよく冷えた黒ビールなんかがたまらない。
この夏へと向かう季節。
空には雲一つなく、長袖の上着を脱ぎ捨てて半袖になる。
透明の瓶。よく冷やされて、表面にはジトリと水滴が光る。そこへ、くし形に切ったライムを細い口からギュウッと押し込む。僅かな抵抗を見せた後に、ライムは細長い瓶を下り、淡い金色の海へ一度深く沈み込む。プクプクと細かな泡をまといながら、ゆうらりゆらりと揺れる。
瓶のまま口を押し当ててクイッと飲む。
爽やかな酸味を伴ったビールが、喉を滑り落ちていく。
初夏にはコロナビールだ。
コロナビールを飲むのならば、それに相応しいツマミが欲しい。
トルティーヤにアボカド、トマト、レタスを敷き詰め、タコミートをたっぷり乗せる。そこへ真っ赤なサルサソースもこれまたたっぷりとかけてから、パラリとチーズを乗せる。
クルクルとトルティーヤを巻いたらば、すぐさまかぶりつく。
シャキシャキした野菜の食感が気持ち良い。スパイシーな異国の味。名前も知らぬ香辛料たちが、口の中で渾然一体となり、サンバのリズムで暴れまわる。
そこへよく冷えたコロナビールを流し込む。
これぞ完璧な初夏である。
夏ではない。
これからどんどんと暑くなる予感をさせる組み合わせ。まさに初夏ではないか。
青い青い空の真下、緑と赤と薄い黄色みがかった白でできたタコス。
そこに透明な黄金色したビール。プカリと揺れるライムの鮮やかな黄緑色。
鮮やかな色彩たちは、まるで祭りの様である。オーディオからラテンの音楽でも流せば、気分はすっかり異国のカーニバルである。
なんだ、徘徊しなくとも、異国ですらもこんなに身近にあるではないか。
かくして、枝鳥に徘徊の機会は訪れない。




