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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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スイートポテト

 ショーケースに並べられた、たくさんの黄金。

 舟のような形をした縦に割られたサツマイモの皮に、こんもりと盛られた黄金。

 明るいデパートの照明を受けて、キラキラと光り輝いている。


 ざわめくデパートの地下一階。

 和菓子に洋菓子、チョコレートの専門店や異国の珍しいパン屋が立ち並ぶ一角にその店はある。

 売り子たちが盛んに新商品のアピールをして、道行く人々は時にそれに足を止め聞き入っている。


 ショーケースにじっと目をこらす。

 一つ一つ、その輝く舟は大きさが違う。

 幼い日の私はそれぞれの舟を見比べる。

 この手前にある舟は、あの左奥に見える舟とどちらがより大きいのだろうか。

 いや、その二つ隣の舟の方が大きいのではなかろうか。

 そう見比べながらも、自分の前に並んでいる人をチラチラと盗み見る。

 この前に並んでいる人が、私の狙っている舟を選んだらどうしようか。

 ジリジリと焦る心。

 神様、お願いです。明日から良い子になりますから、だからどうかあのスイートポテトが他の人に選ばれませんように。

 真剣に神に祈る。

 テストの前でもこれほど真剣に祈ることはないのに。


 やがてその瞬間は訪れる。


 ショーケースの最前にやっとたどり着いた私は、心に決めていた黄金の舟を指し示す。

「この、一番左奥にあるスイートポテトをください」




 私が幼い頃から食べているスイートポテトの店は、サツマイモをくり抜いて器にしている。

 そのため、一つ一つがまったく違った大きさになる。

 おそらく、ほぼサツマイモとバターとミルクだけで作られたスイートポテトは、特段に奇をてらったものではない。

 丁寧に裏ごしされた、なめらかなスイートポテト。

 表面にはこんがりとオーブンで焼き目がつけられている。

 ずっと昔から、ここのスイートポテトは何一つとして変わってはいない。



 スプーンで切り取って口に運べば、ふんわりとバターの香りが口中にあふれ、しっとりひんやりとしたスイートポテトが舌の上で溶けていく。

 これを噛むなどもったいない。舌と上顎で口の中のスイートポテトを押しつぶしていくうちに、ゆるゆると体温で溶けていく。

 甘い。

 砂糖はあくまでもサツマイモの甘さをそっと支えるだけしか使われていない。サツマイモ本来の甘味は限りなく優しい。

 口の中の熱で立ち上がるホワッとしたサツマイモの風味とバターとミルクの乳製品の風味が混じり合う。


 じんわりと美味い。


 なのに口の中には優しさの感触だけを残してスイートポテトはすっかり消えてしまっている。

 口の中は再び熱を取り戻している。

 優しく口内を冷やされる気持ち良さを求めて、もっと、もっとと口に匙を運ぶうちに、やがて皿に残るのは、赤紫色をした空っぽの舟だけとなってしまう。

 あんなに大きなスイートポテトを選んだというのに、思っていたよりもあっさりとお腹に収まってしまっているのだ。


 軽くお腹をさすってみる。

 ボリュームのあるスイートポテトだが、まだまだ食べられそうである。



 もう一つ買えばよかったか。


 これが私の悩みである。


 幼い頃には、母親から告げられる一つだけよという言葉に従い、より大きなスイートポテトを選ぶことだけを考えていた。

 今、自分で買うようになっても、私はいつも自分のためには一つだけしか買わない。

 いつも、もっと食べたいと思うのにだ。

 幼い頃には、一度でいいから思いっきりスイートポテトを食べたいと思っていたはずなのに、なぜか二つ買うことにためらいを覚えるのだ。

 大人になったら思いっきりこのスイートポテトを食べられると、確かに幼かった頃の私は夢見ていたはずなのに。



 皿の上にある空っぽの舟を眺めながら、私はいつも思い悩む。


 二つ目のスイートポテトも美味しいのだろうかと。

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