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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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 すしの表記は色々ある。

 鮨、寿司、寿し。

 鮨と表記するとちょっとかっこいいと思っている。

 一文字というのがこれまた渋いかっこよさではないか。

 魚が旨いで鮨というのも堪らぬ。



 さてさて、最近は百円の回転ずしやスーパーなどでずいぶんと手軽に食べられるようになったものである。

 もちろん、枝鳥も回転ずしやスーパーですしを買うことがある。

 意外に悪くないとも思っている。

 すしなんて、気軽に摘めるものという本来のファストフードの立ち位置に戻っただけだと思うのだ。


 だけど。

 回転ずしやスーパーのすしは鮨ではない。

 少なくとも、にぎりずしではない。

 だって握ってないじゃないか。


 そう思うと鮨を食べに行きたくなる。


 近所に数年前に開いた鮨屋。

 一見、敷居が高く見えるのだが案外そうでもない。

 おまかせ八貫に細巻と赤だし、卵焼きにサラダも付いて二千円。

 ちょっとセレブぶって白木のカウンターで鮨を食べて二千円ならば、そこまで高いわけじゃない。

 銀座などではこうもいくまい。

 田舎は良い。

 もちろん半分は都会への僻みである。



 さてさて、枝鳥の考える鮨が旨い理由。

 新鮮な魚であること?

 ノンノンノン。

 鮨に使う魚には、鮮度よりも大切なことがある。

 食べどきである。

 存外、採れたての魚は旨味が少ない。

 もちろん新鮮さと言えば採れたてに勝るものはない。

 しかし、採れた魚は時間が経つことでその身の内にアミノ酸が増えていく。

 そのちょうど良い塩梅で客に提供する、それが旨い鮨屋の力である。


 生簀のある居酒屋で食べるイカ刺しは、新鮮なイカなのでコリコリとしているが、鮨屋で食べるイカ刺しは、ねっとりとしたイカの旨味が感じられる。

 そういうことなのだ。



 お行儀良くカウンターで職人の手元を眺める。

 食べごろの魚を細い柳刃包丁でスッ、スッと切り分ける。

 ササっと右手でシャリを取りシュシュっと軽く握る、そこへちょこんと山葵を乗せて先ほどの魚の切り身を乗せてキュッと軽く握る。

 そのまま枝鳥の前にそっと鮨が供される。

「鰆です」

 職人の無駄のない説明に、おお、これは鰆だったのかとふむふむとしたり顔をする。

 魚に春と書いてサワラ。

 春に相応しい鮨である。

 そんなことを考えながら鮨を食べる。


 流れるような手さばきで私の鮨が完成するまでを眺める。

 それをすぐさま食べる。


 何というセレブ感。


 おまかせなので、この季節に一番旨い鮨だけが供されるのも悩まなくていいので安心だ。



 高級過ぎる鮨なんてもちろん枝鳥は食べたことはない。

 だが、この少し背伸びするぐらいの鮨。

 たまにはいいじゃないか。


 いつかは高級な鮨も食べたい。

 でも、そのいつかよりも、今はこの少し背伸びの鮨で充分に満足なのだ。



 春の鮨には何があっただろうか。

 鰆、細魚サヨリにトビウオ。

 夏には夏で旨い魚はあるが、春の魚は諦めるしかあるまい。

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