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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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ポルボロン

「ポルボロン、ポルボロン、ポル……ぶふぉっ」


 その菓子を口に入れ、そのまま形を崩さないように三回「ポルボロン」と唱えられると、幸運がやってくるという。

 スペインの白い円形をした菓子。

 ポルボロン。



 初めてその菓子に出会ったのは、枝鳥がまだ小学生の頃だった。

 家族旅行で訪れた某テーマパーク。

 そのテーマパーク内にある店で売られていたのだった。

 見た目は、生焼けのクッキーである。

 やけに白い。

 それが薄い透ける紙でキャンディーのように包まれている。


 テーマパークで浮かれていた枝鳥は、記念にお土産を買っても良いという母親の言葉にすぐさまこの菓子を差し出した。

「キーホルダーとか思い出になるものにしなくていいの?」

 そんなものなど要らぬ。

 今はこの未知の菓子が食べてみたい。

 何種類かある中でクラシコという味を選んだのは、クラシコ味なるものがまだ食べたことのない味だったからだ。


 今ならわかる。

 クラシック、つまり昔からの味だという意味だということが。

 ……微妙に枝鳥の黒歴史である。



 さて、意気揚々と菓子を手に帰宅した枝鳥。

 パッケージを開けると、口に入れてポルボロンと三回唱えよとあるではないか。

 魔法の呪文が嫌いな小学生なんて存在するのだろうか。

 もちろんすぐさま一つ口に入れ、唱えようとした。


 このポルボロン。

 非常に粉っぽいのである。

 しかも舌の上で崩れていく。

 不用意に喋ろうものならば、あっという間に口中が粉だらけになるのである。

 非常に呪文は難しいとだけ述べておこう。


 呪文をあきらめて大人しくポルボロンを味わう。

 アーモンドの風味に、黒ゴマがプチプチと楽しい。

 かすかなシナモンの香りがする。

 ふんわりとした甘さが、口の中で溶けていく。

 本当に溶けるのだ。

 ホロリと崩れる端から、口中でどんどんと溶けていく。

 なにこれうまい。

 あっという間に口の中で消えるポルボロン。

 思わずもう一度と手を伸ばすうちに、10個ほど入っていた箱は空になっていた。



 この菓子の記憶、枝鳥はずっと夢見すぎなのではないかと自分で自分を疑っていた。

 似たような白いクッキーを見つけては買って食べてみても、こんな溶けるクッキーにあれ以降出会ったことがなかったからだ。

 似ているかもしれないと、メレンゲを焼いた菓子を食べたこともある。

 これはこれで美味いのだがサクサクしていて、記憶にあるポルボロンとはまったく似ていない。



 テーマパークまで行かねば手に入らぬのか。



 だがここで、枝鳥の強い味方が世に登場。

 インターネット。

 それはとても頼もしき味方。

 記憶を頼りに幾つかの言葉を入力すれば、そこに現れた画像は懐かしきポルボロンではないか!

 そう、これだ。

 白い箱に緑が入ったパッケージ。

 異国情緒あふれるこれこそが、あの日の枝鳥が手にしたものに間違いない。


 しかもお取り寄せできるではないか!

 送料の方が高いが、現地に行くより遥かに安いのならば頼むしかない。



 果たして手元に届いたポルボロンは、まさに記憶のままの味だった。

 儚く溶ける不思議な菓子。

 ついつい、もう一つと手が伸びる。

 呪文は唱えない。

 だってすでにこんな美味い菓子を食べている枝鳥は幸福なのだから。




 久々にポルボロンを思い返し、インターネットで検索する。

 な、なんと。

 今年の一月までで通販が終わっていた……。

 再びポルボロンは、テーマパークまで行かねば手に入らぬ菓子となってしまった。

 ………………。

 テーマパークに行く。

 菓子を買う。

 帰る。

 ………………。

 そんなブルジョワジーなことが簡単に出来るかぁっ!!


 あの日あの時、ポルボロンを食べるのに呪文を唱えなかったからなのだろうか。

 テーマパーク。

 いつか童心に帰って遊べばいいのでしょうか。

 ああ、切ない。

 再び出会えたかと思った幸運は、またもやするりと枝鳥から逃げてしまった。

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