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絶望の食卓  作者: 枝鳥
13/37

新ジャガとジェノベーゼソースのピザ

 ピザと書くべきか。

 それともピッツァと洒落た風に書くべきか。

 何となく、人に言う時にピッツァと発音するのは気恥ずかしい。

 そんな小洒落た人間ではないのだ。

 だからここは潔く、ピザと言おう。


 梅雨の頃にもなれば、それはバジルの季節が始まる知らせでもある。

 普段はトマトソースの脇役であるバジルが、スポットライトを浴びて輝く季節である。

 ジェノベーゼソース。

 緑色した初夏の味。

 どうも瓶で売られているものは何か足りなく感じるが、この季節にはフレッシュなバジルを使って作られたジェノベーゼソースが食べられる。


 本当にこんな所に美味い店があるのだろうかという不安に駆られる田舎の住宅街を車で走ること40分。

 ふいに現れる洒落た店。


 店内に入ってまず目を引くのが、レンガを積み上げたピザの為の窯。

 奥には燃える炎が見える。


 春の終わりにこの店を訪ねたならば、コレを頼むのは至極当然のことなのだ。

 新ジャガとジェノベーゼソースのピザ。

 イタリアンだから他にもメニューは色々ある。

 前菜、パスタ、副菜、メイン。

 だが、ここはピザが美味い。

 ならばピザをもう一枚注文することが、枝鳥の正義なのだ。

 やはり定番のマルゲリータだろうか。

 これならば、どちらが先に来ても問題ない。

 口直し用に自家製のピクルスも注文しておく。

 今日は同伴者もいるからビールも注文する。

 ビールと共に、ピクルスをパリポリと摘みながらピザの訪れを待つ。


 窯の前ではクルクルとピザ生地が伸ばされている。

 さあ、ジェノベーゼソースかマルゲリータか。

 ワクワクしながら待っていると、赤いソースのかかったピザが運ばれてくる。


 こんがりと焼けた薄い生地に、赤いトマトソース、白いモッツァレラ、フレッシュバジル。

 卓上でおおよそ6等分にしてから一枚を取り皿に移動させる。

 ピザの鋭角をくるんと耳の方に巻き込んで、そのままパクリと噛み付く。

 ムギューっと口中にトマトソースが溢れてくる。

 続いてモッツァレラのコクとフレッシュバジルの香りが口中に届く。

 生地の小麦もふんわりと香る。

 正しく美味い。

 しっかりと地に足着いた美味さなのだ。

 変わらぬ美味さに、更にジェノベーゼソースへの期待が高まる。


 そしてマルゲリータをちょうど食べ終える頃に、待ちに待った美しき緑色のピザが運ばれる。

 私は慌ててピクルスを口にしてビールを流し込む。

 きちんと味わう準備をしてから、この待ちに待ったジェノベーゼソースのピザを食べるべきだからだ。


 薄い生地の縁はこんがり焼けていて、中央には鮮やかな緑色が広がっている。

 ところどころにある歪な白い円形は新ジャガだ。

 チーズなどはない。

 名前の通り、新ジャガとジェノベーゼソースだけのピザなのだ。


 6等分に切り分けて、そのうちの一切れを先端をくるんと丸めてからかぶりつく。

 ニンニクの香り。

 そして、口の中いっぱいにバジルの芳香。

 ああ、まるで口の中がバジル畑になったかのようだ。

 その畑の横には、もちろんニンニクが植えられているんだろう。

 新ジャガもホロホロと口の中で解けていく。


 初夏だ。

 薄ぼんやりした春は過ぎ、全てが色鮮やかに主張する夏を迎えるんだ。

 ジェノベーゼソースの余韻が残る間にビールを流し込む。

 美味いジェノベーゼソースのピザとビール。

 ああ美味い。

 これを繰り返すことで、私の意識も体も、全てが春から夏へと作り変えられる。



 ああ美味しかった。

 会計をしながら、目線を下げるとそこにはケーキのショーケース。

 ゴルゴンゾーラのチーズケーキ。


 お腹をさすってみる。

 しばし悩む。


「これ、持ち帰りでください」



 助手席でケーキの箱を抱えながら、また田舎の住宅街を通って自宅へ帰る。

 夏の間に再訪することを、この時点でいつも私は決意している。

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