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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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おろし蕎麦

 車で20分。

 わかりにくい交差点の横の細い道を入った先に、蕎麦畑に囲まれるようにその店はある。

 なんでもこの蕎麦畑、この店の店主がより美味い蕎麦を目指して作っているらしい。

 凝り性も、ここまでくれば素直にすごいと思えるものだ。


 古民家風の店舗に入り、中に案内される。

 どうにも席の卓が低いし狭いが、ここはぐっと我慢する。

 なあに、味には関係ない。


 この店に来たならば、必ず頼んでみるべき一品はおろし蕎麦。

 おっと、子供にはこれは薦められない。

 これはあくまで大人のための蕎麦だ。


 やはりこの店は待たされる。

 蕎麦茶と蕎麦がきを揚げた付き出しが出されるので、大人しくポリポリと齧りながらひたすら待つ。

 美味い物を食べるためには、待つことが必要なのだ。

 わかってはいるが、まだまだ心の底からこの待ち時間を楽しめるようにはなってはいない。

 枝鳥も、急ぎ過ぎな俗世の人間なのだ。


 ポリポリ。

 ポリポリポリ。

 窓の外には蕎麦畑。

 どこからか鳥の鳴き声も聞こえる。


 うっかり解脱しそうなほどに、長閑である。



 すっかり待ちくたびれた頃に、蕎麦がやってくる。


 大きめの丼の中に、鼠色したピンと角の立った蕎麦が白い汁に浸されている。

 おろし蕎麦と銘打ちながら、大根おろしの影も形もない。

 だが、これでいい。


 蕎麦は供されたらすぐに食べるのがマナーだ。

 特に、このおろし蕎麦は急いで食べなくてはいけない。

 いそいそと箸を手にして蕎麦を掬う。

 ズズーッとすする。


 辛い!

 ツンと鼻腔に抜ける鮮烈な大根の辛味。

 そして蕎麦が口の中でプツン、プツンと弾ける。

 ああ辛い。

 舌を刺す辛さではない。

 鼻に抜ける辛さなのだ。

 蕎麦が甘く感じられるほどの鮮烈な辛味。

 しかし気持ちいい辛味なのだ。

 時間と争うように蕎麦をすする。

 汁に浸された蕎麦は、刻一刻とのびてしまう。

 大根の辛味も、刻一刻ととんでしまう。


 一気に丼を食べ尽くして、ほう、と溜め息をつく。


 このおろし蕎麦には大根おろしは存在しない。大根おろしの汁のみが存在する。なのに、おろし蕎麦と銘打っている。

 微妙に名称が詐欺くさいなどとも思うが、美味いからこれはこれでいいのだ。

 うっかりお子様が頼もうものならば、すぐさまに店員が止めてくる蕎麦なのだ。

 子供の頃にこの蕎麦を美味いと感じられたか。

 自問してすぐに自答する。

 無理だろう。

 これこそ、大人のためのおろし蕎麦なのだ。


 さて、蕎麦を食べたら長居は無用だ。

 ささっと席を立つまでが、枝鳥の思う蕎麦の美学なのだから。


 席を立つ際に辺りを見回すと、隣の卓の客が蕎麦湯を楽しんでいる。

 うーん。

 おろし蕎麦では蕎麦湯が楽しめない。

 が、どうもこの店に来ると、いつもおろし蕎麦を頼んでしまう。

 毎回、次こそは違う蕎麦を頼んで蕎麦湯を楽しみたいと思うのだが、なかなかに叶わない。

 蕎麦湯に心惹かれながら店を後にするまでが、この店なのだ。

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