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帰投 ホーム

第2話です。


疲れたメイリンたちを待つのは故郷を異にする同じ年代の少女たち。決して安全な仕事ではない。だが、その中でも小さな日常はある。



 深夜。

 メイリンたちの部隊を乗せた輸送機はバーモント州の米空軍基地に着陸した。

 その足で彼女らは本部のあるバーリントン郊外に向かった。

 大半の少女たちは長期間の作戦に疲れ果て、健康的な寝息を立てて、固いシートに身を任せていたが、メイリンは起きていた。

 本部の魔法少女たちのための寄宿舎にたどり着いた彼女らは、屈強なアメリカ海兵隊員たちの腕に抱かれて、紳士的にベッドに運ばれた。無事にベッドに寝かせられた自分の隊員たちを確認した後、メイリンはエスコートしてくれた海兵隊員たちに礼を言い、勤務を終了した。

 部屋に戻らなかったメイリンはそのまま食堂に向かった。

 食堂はすでに厨房の火が落とされ、照明を消されていたが、その一角だけが明るかった。そこには、三人のメイリンと同世代の少女がいた。

 「やっぱり来た。」

 「お帰り、メイリン。」

 「ちぇー。外れたよ。」

 陽気な女の子の声が彼女を迎えた。

 「アリス、ヒルデガルト、かぐや。起きていたの?」

 メイリンを迎えた三人の少女たちは彼女の戦友であり、同じく部隊長をまかされているベテランの魔法少女たちだった。

 ふわふわした金髪に姫そでのワンピースで生まれのよさを際立たせているイギリス生まれのアリス・E・デュポン中尉がティーコゼーを開けて、メイリンのためにミルクティーを作った。

 ベビーショートの明るい茶髪で皺一つない白いシャツを第一ボタンまで占め、タイトなパンツで生徒会長的な性格を主張しているヒルデガルト・プリンツェン・フォン・リッペン=フュルステンベルク中尉はドイツ流のずっしりとした焼き菓子を差し出した。

 そして日本人形のようなつややかな黒髪に櫛も入れず、ルーズなルームウェア姿で対外的に一般的な大和撫子像を破壊する姫野かぐや三尉はメイリンを椅子に座らせた。

 「おつかれ。」

 「あ、ありがとう。」

 「あなたたちの映像を見せてもらったわ。とてもすばらしかった。」

 ヒルデガルトがメイリンを褒め讃えた。

 彼女ら魔法少女たちの戦闘は記録部隊により、すべて映像記録として残され、同時に高度に暗号化され、衛星回線を通じて、本部にライブ中継されている。ヒルデガルトたちはその中継を鑑賞していたのだった。

 メイリンは肩をすくめて、両手でカップを包み込んで甘いミルクティを啜った。

 「…失敗よ。」

 「どぉして!? 具象化エンボディメント前に敵を予測して、砲台を分散させるなんて発想、わたしには出ないよ。最後にメイリンが引導を渡すところなんて最高じゃない! まるで日本のアニメのようだったわ。」

 かぐやがおおきな声でメイリンの言葉に反論したが、メイリンは力なく首を横に振った。

 「最後が問題よ。指揮官が前に出てどうするの? もし、わたしがあの場面で反撃されて、戦闘不能に陥ったら、砲台の子たちはパニックになるわ。そんな状況でシールドを張りつづけているサーシャが部隊をまとめることは困難よ。敵が各個撃破に走ってくれれば、誰かが生き残るだけましだけど、固まって怯えている子たちを一気に殲滅だってできるかも知れない。そうなれば悲劇よ。」

 「たしかにあなたの言う通りね。でも、そのような状況にならないために、指揮官は経験豊富で強い子が選ばれているのでは無くって? 少なくとも、あの敵に対してあなたが遅れを取るなんて考えられないわ。」

 アリスが穏やかにメイリンのパセティックな分析に反論した。

 いままで黙々と自分の持ってきた焼き菓子を頬張っていたヒルデガルトが口を開いた。

 「たしかにそう。が、わたしは砲台の子たちに次弾の装填準備をさせる。そして、あの距離での一斉射撃なら、隊員たちのリスクは少ない。最悪、二度の一斉射撃で、片がつく。」

 「そうよ。ヒルデガルトが正解。でも、砲台たちは斉射がうまくいって喜んでしまって、つぎ、もしかするとっていう予測ができなかったわ。そして敵が生きている報告を受けてショックで動けなかった。だから、わたしが前に出るというリスクのある戦術を取るしかなかったのよ。」

 「でも、今回の砲台たちのメンターはティーナでしょう。あの子も場数は踏んでるけど、まだ15才よ。そこまで望むなんて。」

 アリスが首を振った。

 「もう15よ。そろそろ部隊を持たされても不思議ではない年よ。」

 メイリンも同じ意見だったが、それを口に出すことはできなかった。

 メンターとは、新人から経験の浅い魔法少女たちが担う砲台の役目の中で、指揮官の指示を過不足無く行うために設けられた立場であり、訓練の指導から魔法少女たちの精神的支柱として、新人魔法少女の目指す目標ロールモデルとなる中堅以上の少女たちである。

 ティーナはフィンランド出身で六才から魔法の天賦の才を発揮し、いまのムイの年に任官されたプラチナブロンドの少女だった。まだ、魔法少女たちが単独で任務を遂行しなくてはいけなかった黎明期の最後の世代で、経験年数も作戦回数も中堅の域を超えた幼いベテランだった。

 「わたしたちはあの子たちをまとめあげなくちゃいけないのよ。これから、もっと厳しい隊の運営をしなくてはいけないかも知れないし。」

 「結局のところ、わたしたちの負担が増えるってわけ? これじゃあ、ワンマンアーミーでやってた頃のほうが楽よ。」

 「でも、損耗率は劇的に改善している。それだけ、仲間が減らなくてすむ。」

 「まあ、それはたしかにねぇ。」

 かぐやはヒルデガルトの意見に頷き、大きな焼き菓子を一口で頬張った。ボロボロと食べこぼしが膝の上に落ち、指についたハチミツを水色のミニキャミソールになすり付けた。

 「ところで、いま一番損耗率が高いのはどの部隊なの?」

 メイリンの質問に三人が顔を見合わせた。

 気まずい空気が流れる中、アリスが重い口を開いた。

 「シェラの部隊よ。しずかが死んだわ。」

 メイリンはイラクの首都、バクダートからやってきたエキゾチックな美貌と美しい黒い瞳の物静かな同僚の少女を思い出した。

 そして、しずかは彼女の部隊に配属されたばかりのまだ、新兵リクルートの日本人少女だ。メイリンは入隊式で見かけて以来、話したことが無かった。

 「状況は? 映像記録は残っているんでしょう?」

 「メイリン。きょうは休んで、あした見ましょう。わたしたちも付き合うから。あなたは疲れているのよ。」

 優しいアリスの言葉にメイリンは強情に首を横に振った。

 「あなたがたは寝てもいいわ。わたし一人で見るから。どうせ、しばらく休養だもの。」

 頑固なメイリンにかぐやはアリスとヒルデガルトの顔を見あわせた。

 こじれたメイリンは絶対にゆずらない。長い付き合いで互いの気性を知り抜いている三人は赤毛に近いブロンドのアメリカ娘のかたくななまなざしにため息をついた。

 アリスは華奢な肩をすくめた。

 「わかったわ。付き合う。わたしの部屋の端末で見ましょう。」

 「…ありがとう。みんな。」

 四人はアリスのプライベートルームに向かった。

 本部の寄宿舎はその階級ごとに部屋が与えられている。

 北米の候補生たちは本部で研修を受けるために一つの部屋にまとめられ、寝起きを共にしている。入隊を許可された新兵たちは4人部屋にうつる。

 更にアナッシィや副官、その他特殊な技能を持ち、それを生かした任務に就くものたちはふたり部屋となる。

 そして、メイリンやアリス、ヒルデガルト、かぐやたちのような部隊長クラスは基本的にひとり部屋を与えられている。

 イギリスの湖水地方に生まれたアリスの部屋は、暖かみのある英国のアンティーク家具と愛らしい壁紙に調度を変更されている。

 自宅から運んだライティングデスクの蓋を開き、中からノートタイプの端末を取り出したアリスはマウスを操作して、シェラの部隊の映像記録をダウンロードした。

 その間に三人は椅子を持ち寄り、アリスの周りに集まった。メイリンはアリスの隣にいすを置いた。

 「配慮か、不備かわからないけど、音声は入ってないの。」

 「そう。」

 再生された映像がフルスクリーンになった。

 『対象αーオブジェクト・アルファー』はメイリンのときのタイプでは無かった。

 「火力強化型よ。かなり強いわ。」

 メイリンの表情にヒルデガルトが補足した。

 「シェラの砲台は6つ。メンターを除いて、みな新兵よ。副官がリリー、アナッシィがアンナ。ベテランだけど、シールドに特化した子がいないの。」

 シェラの錫に合わせて砲台の少女たちが一斉に砲撃を行った。

 亀の甲によく似たからだに肥大した前歯がグロテスクなウサギの頭を無理やり差し込んだようなキメラが咆哮した。

 細かく画面が揺れている。

 焼けこげて煙を揚げる肉のかたまりの口から紅蓮の炎の塊が吐き出された。

 画面が切り替わり、シェラたちが写った。

 まず、副官のリリーが張っていた純白のシールドが決壊した。

 はじかれるようにリリーが跳ばされた。彼女の着ていた白いミニドレスはずたぼろで、地面に叩き付けられたときに切ったのか、頭から血を流していた。

 直ちにシェラは前方にたち、シールドを張った。

 「なんて事……シェラの一番苦手なことなのに……」

 振り向きもせず、防御に集中しているシェラの虹色のシールドがシャボン玉の膜のように震えていた。

 偵察と分析に特化し、攻撃、防御共に不得意なはずのアナッシィのアンナがシェラの後ろにたち、彼女に魔力を供給している。

 指揮官たちの後ろで、パニックとなった幼い女の子たちが固まっている。

 「ここからだよ。」

 かぐやが呟いた。

 一人の少女が立ち上がった。

 年頃は東洋人のために幼く見える。中世日本の白拍子ようなコスチュームにいくつもの太刀を腰に束ね、長い黒髪がなびいていた。

 「この子、砲台向きじゃないわ。あきらかに近接戦タイプよ。」

 「でも、この時は砲台。これが初戦闘だった。だから、どのようなタイプでも砲台を命じられる。」

 メイリンが十分承知しているはずの決めごとをヒルデガルトが諭すように告げた。

 映像では、シェラの後方に位置したしずかは薙刀のような杖の先から真紅の光弾を撃ち続けていた。

 「何連射するの? こんなになんか、わたしでも無理よ。」

 「数えたら、68連射だった。こんなに撃った子ははじめて見た。」

 シールドを張り続けるシェラへ魔法力を送り込んでいたアンナが意識を失い、その場に崩れた。

 シールドが決壊するかと思われたその時、砲台の少女の一人がシェラの後方で魔力供給を行いだした。

 「芙蓉よ。砲台のメンターで台湾の子よ。」

 ヒルデガルトの注釈にメイリンはうなずいた。

 「しずかを見て。」

 かぐやの言葉に注意をしずかに戻すと、うっすらとシールドとは違う光がしずかから放射されていた。

 粒のような金色の光はさらに強くなり、そのせいか、しずかの姿が薄くなっていった。

 「どういうこと?」

 「もうしずかには魔力が残っていない。しずかの砲撃の色も赤に金色が混じっている。先生たちの分析では、これはわたしたち、魔法少女の実存をエネルギーに変換して、砲撃しているらしい。」

 「実存?」

 「現実存在の略。この世界に現実として、存在しているすべてをしずかは魔法力へと変換して打ち込んでいる。」

 「むずかしいことはわたしにはわからねぇけど、このあとのシーンを見ていると、なんとなく実感できるぞ。」

 画像がしずかにズームアップされた。しずかの姿がさらに薄くなり、金の光粒がさらに目立ってきた。

 「足元を見て。」

 「あっ!!」

 思わず驚きの声が漏れた。

 しずかの純白の足袋と緋袴の裾が消え、背景があらわになっていた。

 見る見るうちにしずかの腰までが消えてなくなっていた。

 まるで安っぽい特撮映画のワンシーンのようだ。メイリンは非現実的な映像が信じられなかった。

 それに気が付いた砲台の少女たちが悲痛な表情で何かを叫んでいた。

 しかし、しずかは砲撃をやめない。

 徐々にシールドを攻撃する火炎が小さくなっていた。

 場面が変わり、『対象αーオブジェクト・アルファー』が写った。

 出現時の姿の1/3になった敵はにじり寄った。焼けこげた頭部と熱によって白く濁った眼球がグロテスクだ。ヒドラのような四本足の右前足を失い、甲羅を削り取られ、剥き身になったからだは、しずかの砲撃の熱によってどろどろと溶け出しながらも引きずり、体液をまき散らし、部隊に向かって這いずりつづけている。

 シェラがはじめてしずかの異変に気が付いたようだった。

 驚愕しつつも、シールドをやめるわけにゆかないシェラは口元を引き締め、敵に目を向けた。

 シールドの色が濃さを増した。

 しずかはその名に似つかわしいアルカイックな微笑みを浮かべた。

 もう彼女の首から下は存在していなかった。不思議なことにまるで見えない手で支えられているかのように杖は不動だった。

 いままでの数倍もの太さの金色の砲撃をおこなったしずかは『対象αーオブジェクト・アルファー』と共にこの世から消えた。

 杖だけが、地面に転がっていた。

 「わたしたちに公開されている記録はここまでよ。 ……どうだった?」

 アリスの質問にメイリンは何も答えることができなかった。

 衝撃が疲れ切った頭を揺らした。過剰な砲撃は自分自身の存在をそのまま、魔法のエネルギーに変換しているというの? それよりもしずかの過剰な献身ぶりは理解ができない。メイリンは思わず、身震いした。

 「この子、どうして、ここまでできるの? かぐやは同じ国でしょう。知っているの?」

 「…うん。入って来たのは知っているから、いつか、しずかと話してやろうと思っていたけど、その機会がなくって。でも、あの子のしたことはなんとなく、わかる。うちのひいじいちゃん、この前の戦争で死んじゃったんだけど、手紙が残っていてね。ここに来る前に、ばあちゃんにむりやり聞かされたよ。家族や好きな人が無事なら、自分は死んでもいいって書いてあった。」

 「日本人の国民性かしら? ときどき、あなたがたって、ファナティックになるわね。」

 「しらねーよ。」

 アリスの言葉にかぐやは拗ねたように吐き捨てた。

 「死んでも守る。でも守られる人からすれば、そのように思われても、もう、会えないのだから悲しい。ずっとその事実を抱えながら、生きなければならない。」

 「……いろいろと考えさせられるわね。」

 四人は沈黙した。それぞれの思いに沈み込んでいる中、かぐやが大きなあくびをした。

 「なぁ、そろそろ寝ないか? あたし、午前中から、部隊の訓練があるんだよ。」

 「フフフ、そうね。どうかしら?」

 「賛成。」

 ヒルデガルトが小さく挙手した。メイリンも苦笑いを浮かべた。

 「ごめんなさい。わたしのわがままに付き合わせてしまって。」

 「いいわよ。誰かと話をしなくてはおさまらない時だってあるわ。わたしの時もお願いね。」

 「もちろん。」

 メイリンはうなずいた。そして、椅子を片付け、アリスの部屋の前で、三人と抱擁を交わした。

 「おやすみ。ゆっくりと寝なさい。それと、しずかのお葬式があさってにあるわ。」

 「アリスは参列するの?」

 「いちおう、本部にいる魔法少女たちはみんな参加よ。でも、強制じゃ無いし、疲れているんだから、出なくても誰もなにも言わないわ。」

 「いえ、参列させてもらうわ。あと、部隊のみんなにも聴いてみる。」

 「そう。じゃあね。」

 メイリンたちはそれぞれの私室に戻った。


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