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砂漠の魔法少女

 ゆらゆらとした不定形の白い塊がうごめいている。

 それは厚みがあるようで、視点を変化させてゆくと、まるで二次元の物体のように消えてしまう。堅さも硬質めいているが、水や空気の抜けたボールのようにぶよぶよしているようで注意を向けた人を不安定にされ、人の知覚をすり減らすような対象物である。

 ベイビーピンクのドレスの裾がパキスタン北部、ジャラーラバードの荒野を走る熱風に翻った。メイリンは顔を引き締めた。

 「もう少しで『対象αーオブジェクト・アルファー』が具象化エンボディメントします!」

 上空300フィートにいるアナッシィのベッキーが緊迫した声で状況を見つめているメイリンの耳にかけられたインカムを通じて状況を報告してきた。

 「砲台!扇形陣形に展開! 1、3、5、7! 水平に構え!! 2、4、6は前方、十時方向へ構え!! 打ち方よーい!!」

 メイリンの指示どおりに展開したさまざまな人種で構成された七人の「砲台」とよばれたの魔法少女たちは、戦場には場違いな華やかな衣装に、凶悪な意匠の杖を構えた。

 白の塊が変化してゆく。

 それまで不定形だった塊が人形ひとがたになって行く。

 大きさは五階建てのビルほど。

 人間の尊厳を根底から粉々にしたような浅ましさは狂気に満ちた悪意のある画家が常人には理解のできない愉しみで描かれた戯画のようだ。

 腕のような触手が五本、頭部らしきまるいものがあぶくや吹き出物のようにふくらんでは破裂し、白い内容物をぶちまける。それを浴びた礫岩は煙を上げて腐食していく。

 さもしく、おそろしいそのかたちに尻込みをせず、毅然とした表情を崩さない17才の少女指揮官は時を待っていた。

 『対象αーオブジェクト・アルファー』に向き合った砲台最年少、11才のベトナム出身、ムイの小さな手は震えていた。

 最前線への配属はこの作戦がはじめてだった。

 彼女の右隣に並んだ15才、フィンランド出身のティーナ軍曹がムイの名を呼んだ。

 ティーナに杏仁のような目を向けたムイは、プラチナブロンドのロングヘアにつつまれたスズランのような可憐な笑顔が頷くのを見た。

 ムイも力強くそれに応え、『対象αーオブジェクト・アルファー』に厳しい顔を向けた。

 斥候と情報分析を担当する分析官アナッシィのベッキーがカウントダウンをはじめた。

 「具象化エンボディメントまで、5、4、3、2、1! きます!!」

 この次元の生物の発声器官では困難な、可聴領域ぎりぎりの高周波と低周波が入り交じった、聞くものを極度に不安にさせる雄叫びをあげた『対象αーオブジェクト・アルファー』が黒い光を放った。

 副官のサーシャ曹長が右手に握った小さな王冠を戴いた杖を振り、真紅のシールドを部隊前面に展開した。

 具象化の瞬間、空間の侵蝕が同心円状に広がった。黒で構成されたオーロラが真紅の可視性の防御によってはね返された。

 「1、3、5、7、撃て!!」

 メイリンの檄にムイは体内に蓄積したその魔力を薄紫の光に変換し、構えていた三日月のような刃のついた矛の先から砲撃した。

 「続いて2、4、6、撃て!!」

 ティーナの白銀の光はメイリンの数倍もの直径の光にふくれあがり、放たれた。

 先に水平位での砲撃が弾着する数瞬前、上空に逃れた『対象αーオブジェクト・アルファー』はティーナたちの追撃に見舞われた。

 「やった!!!!!!!」

 砲台の少女たちが黄色い歓声を上げた。歓喜に満ちた彼女たちは互いに手を取り合った。

 しかし、ベッキーの声が彼女らの喜びに氷水を浴びせかけた。

 「生存確認! 再生しています!!」

 おぞましい叫び声をあげた『対象αーオブジェクト・アルファー』はゲル状の不浄な塊と成り果て、炭化していた。

 が、黒い炭の表面が割れ、白い人の頭部のようなふくらみが石鹸の泡のようにいくつも生まれ、はじけ、結合し、一つの大きなまるい腫れ物のように膨らんだ。

 「ちっ!!」

 メイリンが弾けるように跳んだ。

 ワールドレコードホルダーが絶望しそうなほどの高さでメイリンは宙を蹴り、さらに上昇した。そして、手にしていた錫をレイビアに変化させた。

 放物線を描いて落下するメイリンに黒い稲光のような光が撃たれた。彼女は左手で小さなシールドを展開させ、黒光をはじき返した。そして、空中で軌道を変え、『対象αーオブジェクト・アルファー』の直上に剣の鋭い切っ先を突き立てた。

 「中尉!!」

 少女たちの絶望に満ちた悲鳴が上がった。

 冒涜的な白いぶよぶよの塊がうごめくことをやめた。

 存在の空白のような白い色が徐々に油膜のようなてらてらとした黒に染まってゆく。

 ぼこり

 奇妙でユーモラスな音がして、『存在α』の表面がへこんだ。

 「イーーーーーーヤァーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 メイリンの気合いが荒れ果てた山地に響いた。

 ゆっくりと沈んでゆく剣の動きに合わせて、真空になった空き缶が気圧に負けたように表面がぼこぼこと内側へとへこんでゆく。

 柄まで刺さった剣を一気に引き抜き、メイリンは後方へと跳躍した。

 濡れた音が聞こえ、剣を抜いた小さな穴から青黒い液体が空高く、噴出した。

 液体は乾燥した白骨の大地に降り注ぎ、礫岩を溶岩のようにかたちを失わせた。

 黒く変色したそれはやがてかたちを失い、消えてなくなった。

 「敵、消滅しました。」

 荒野を蓋するかのように青ざめた空から舞い降りたベッキーの安堵に満ちた声に、年若い少女たちは腰が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。

 「注目アテンション!!」

 メイリンが彼女らを一喝した。

 条件反射のように立ち上がり、整列した少女たちの前に立ったメイリンは隊列の左はじにいたベッキーに目を向けた。

 「ベッキー、残存している敵がいないか、探索を開始してちょうだい。」

 「イエス、マム!」

 メイリンは続いて年若い砲台たちに目を向けた。

 「あなたたちは、兵装を解き、APC内にて待機。」

 「イエス、マム!」

 「以上。」

 メイリンの言葉に砲台の少女たちはそれぞれ、魔法少女としての装備を解消した。

 可憐なドレスアーマーやスクールガールスタイル、紗のようなマントに肌を露出したセパレートアーマー、アメリカンコミックに出てきそうなエナメルに光る妖艶なラバースーツのような意匠から、一点地味で機能的な砂漠用迷彩軍服に無骨な軍靴に戻った彼女らは八輪式のバトルタクシーに乗り込んだ。

 兵装を解かないベッキーは編み上げサンダルと半球型のヘルメットについた小さな翼を羽ばたかせ、駆け出した。

 十メートルほどの助走の後、彼女の右足が宙にかかり、再度、青空に向かって駆け上がった。

 副官のサーシャがメイリンを見上げた。小柄なサーシャは薔薇の蕾のようなスカートのワンピースを身に纏っていた。

 「だいじょうぶでしたか?」

 「ええ……。あの子たちの悪いところが出たわね。」

 ため息まじりのメイリンの言葉にサーシャはうなずいた。

 「こればかりは、いくら訓練を詰んでも、実戦経験を積まなくてはいけない問題ですね。でも、しばらくは中尉の負担が大きいと思われますが、これも仲間を失わせないようにするためです。」

 「ええ。」

 ふたりは日の昇り切った灼熱の大地の上で、斥候に出たベッキーの帰りを待った。

 砂漠の容赦ない日差しは二人の上に降り注いだ。後方支援の多国籍軍の兵士たちと研究者たちは対象αの消滅したあとに近寄り、サンプルの収集を行っていた。

 十五分後、ベッキーが舞い降りてきた。彼女はメイリンに敵の存在が無いことを報告した。

 「作戦終了。帰投します。」

 メイリンの命令にサーシャとベッキーは敬礼で答えた。三人は魔法少女の兵装を解き、迷彩服に戻った。

 メイリンとサーシャはバックアップの多国籍軍の兵士が運転するジープに乗車し、ベッキーは他の少女たちの乗るAPCに乗車した。

 少女たちを乗せた軍用車は荒れ野を砂埃を立てて、輸送用ヘリコプターの待つ地点まで走り出した。


 空路で魔法少女たちの西アジアキャンプがあるデリーに戻ったメイリンはその足で司令官室に出向いた。

 「……以上で報告を終えます。」

 「ご苦労。」

 メイリンたち魔法少女が所属する連隊の事実上のトップであるメイヤー大佐は、白い髪を短く刈り込んだ意志の強いブルドックのような顔が顎にめり込み、うなずいた。

 「もう少し、彼女らの錬度があがれば、状況の変化に対応が可能だな。」

 「……プレティーンからローティーンの少女たちに迅速な判断能力を求めること自体に疑問がありますが。」

 「奴らに対して有効な一打を与えることができるのは君たちしかいない。やってもらわなくてはいけない。」

 「わかっていますが…。」

 「君たち指揮官がフォローをするのだ。」

 「今回はうまくゆきましたが、いつまでも成功するとは限りません。」

 「きみの部隊の現在までの累積損耗率はどのくらいかね。」

 「……0.3%です。」

 メイリンは苦い顔をした。

 しかし、大佐はそれを見ようとはしなかった。

 「優秀だ。」

 「12才の女の子が、同郷で自分の兄と慕っていた後方支援部隊の歩兵に足を打ち抜かれたんですよ。」

 「不幸な事故だ。治療は進んでいる。来週にはギブスが外れるだろう。」

 「ですが、ヴァレリアは大人の男を怖がっています。銃を見るのも嫌がっています。そして、彼女を撃ったウィリアム・ホークス軍曹は罪悪感に責められて、カウンセリングを受けています。」

 「ホークス軍曹は転属願いが出ている。いずれ、本国のイギリスに戻ることになるだろう。ヴァレリア・スミス上等兵は優秀ではないが、熱心だった。本人が前線への復帰を望まないのならば、除隊を認めよう。その際には、関連機関より年金が支給されるだろう。」

 「ヴァレリアは孤児です。彼女はここにしか居場所がありませんでした。それを放り出すなんて!!」

 「メイリン・アダムス中尉、ここはケンブリッジやローマの寄宿制の女子校ではないのだ。君たちがすべきことはなんだ。」

 「……人類を守ること。」

 「そうだ。この件に関しては以上だ。君の部隊はこのあと、アメリカ軍の輸送機にて本部に戻ることになる。ゆっくりとからだを休めたまえ。」

 「はい。」

 メイリンは優雅に敬礼をし、きびすをひるがえした。


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