大きな羊
とんと昔の話をしよう。
神様がまだ色んな国で、人の傍で暮らしていた頃の話。神様と人とが、隣人だった頃の話。
その町の傍には大きな荒野があって、沢山の羊たちと気の良い羊飼いが住んでいた。白くて大きな羊たちは皆羊飼いの事が大好きだった。羊飼いも羊たちを大切にして可愛がっていた。羊たちと羊飼いは仲良しだった。
ある日、町の人達が羊飼いに言った。羊たちを貸してほしい、と。羊飼いはそれを了承し、一匹の羊を残して、羊たちは町で過ごす事になった。羊たちは羊飼いと離れるのは寂しかったけれど、羊飼いが決めた事だからと大人しく従った。
羊たちは町の人があまり好きではなかった。町と荒野は全然違っていて、酷く暮らしづらいように羊たちは思った。何より、町には羊飼いがいないのだった。羊たちは羊飼いに会えないのが寂しくて、元気をなくすものもいた。
謝肉祭の前日、羊飼いは町を訪れた。羊たちはその日に羊飼いの元へ帰される約束だった。
謝肉祭は町の人達の神に捧げ物をする祭りで、町の中は祭りの準備で大忙しだった。
町の人達の神は騒がしい事が好きな陽気な神様で、戦う事も好きなのだった。戦争があったらその先頭で暴れ回るような、そんな神様だった。
約束通り羊を返してほしい、と言った羊飼いに、町の人達は忙しいから後にしろと言った。そして、羊飼いと羊は町外れの小屋に閉じ込められた。羊飼いは仕方ないと大人しくそこで待つことにした。
町の人達は集まって会議をした。町の人達は羊飼いに羊を返したくなかった。だから、羊飼いを罪人として謝肉祭の最後の、神様への生贄に使おうと考えた。町の人達の神様は血も好きだったから、祭りの仕上げに何か大きな動物の血を捧げる事になっているのだ。
町に人達の会議の内容を、一匹の大きな羊が聞いていた。大きな羊は憤慨した。そして、羊飼いを逃がさなくてはならないと考えた。
大きな羊は羊飼いの閉じ込められた小屋に行って扉を壊して言った。羊飼いは町の人達に騙されている。彼らは羊飼いを処刑しようとしている。だから、その前に羊飼いに逃げてほしい、と。それを聞いて羊は羊飼いを己の背に乗せ、一目散に逃げ出した。
町の人達は羊飼いたちが逃げてしまったので、代わりに大きな羊を生贄にする事にした。祭りの最後、神様への生贄の儀式の中、大きな羊は町の人達に混じって己を見ている羊たちに向かって叫んだ。
「町の人達は皆嘘つきだ。最初っから主を殺して僕らを主の元に返さないつもりだったんだ、メェー」
神様がその生贄を喜び、町の人達も満足した。羊たちは憤り、増える事をやめた。
羊飼いと羊は、羊飼いの兄弟である山の狩人の元へと来ていた。狩人が驚いて羊飼いに何事かと問いかけ、その問いに羊が己の知る真実を余すことなく伝えた。
狩人は酷く憤慨し、羊飼いを殺そうとした町を滅ぼそうと言った。羊飼いは町にはまだ己の羊たちがいるからやめてほしいと言った。狩人は町から羊がいなくなったら滅ぼすと言った。
羊たちは一体、また一体と消費されたが、けして増えなくなった。町の人達は訝しんだが、神様に大きな羊を捧げることをやめはしなかった。
そして、最後の羊が神様に捧げられた日、空から雨のように矢が降り注いだ。狩人が町に降らせた矢は町ごと町の人達を滅ぼした。そこには神様だけが残った。
山を下りてきた狩人は神様に言った。お前はこうなることをわかっていたな、と。
神様は頷いて楽しそうに笑った。神との約束は守らねばならないものだからな、と笑った。
そうして、羊飼いに大きな羊たちの魂を返した。羊飼いは大きな羊たちの魂に新たな躯を与えた。それで羊たちは再び羊飼いの元へ戻り、昔と同じように荒野で幸せに暮らしたそうだ。
とっぴんからりん。
*実際の謝肉祭とは異なる祭りです