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お昼ごはん

 テレビのなかで、外国人と外国人が深刻な会話を日本語でしている。

 ふきかえの海外ドラマだ。

 事件が起こって、主人公たちが調べて、敵をたおして、事件が解決する。

 そんな話を平日の昼間に毎日くり返している。

 テレビをつけっぱなしにしてみるともなしに見ているだけなので、くわしい内容や登場人物や人間関係やはよくわからない。

 タイトルすらもうろ覚えだ。

 今も、私はテレビなんかには目もくれず、電話のワキで探しものをしている。

 置いてある一・二号前の女性週刊誌やヘアスタイル雑誌を取り出し、ページをふるい、ワキヘのける。

 数回繰り返していると、雑誌のなかから紙が一枚落ちてきた。

 緑色の厚い和紙が一枚、私が探していたおソバ屋さんのお品書きだ。

 お昼ごはんは店屋物をとることにした。

 そのために電話番号が書かれているこのお品書きが必要だったのだ。

 お品書きを一通りながめるが、食べたいものはすでに決めてあった。

 番号を確認しながらボタンをおしていく。

 一回目のコール音が鳴り止まぬうちに、聞きなれた店員のおばさんの声が電話口から聞こえる。

 商品名とこちらの名前を告げるだけで注文は終わった。

 住所などは言わなくても通じるほどお店の常連になっている。

 話が早くすみ、とても助かる。

 受話器を置き、雑誌を号順に片づけてテレビへと戻る。

 ドラマはちょうど佳境を向かえている。

 悪人面の犯人が追いつめられ、犯人が撃ち、主人公が撃ち返す。

 そうこうして犯人を逮捕し、主人公たちによる短い茶番でエンディングとなった。

 よくわからないがハッピーエンドだったようだ。

 次回予告まで見終えてからチャンネルを三巡ほどさせた。

 たいしたものはやっていない。

 ドラマを放送していた局にチャンネルをもどすと、今度は洋画が放送されていた。

 テレビのなかで、外国人と外国人がウィットに富んだ会話を日本語でしている。

 ――これでいいや。

 チャンネルをテレビの横へ置いた。

 タイミングを見計らったように、駐車場へ車がはいってくる。

 スリガラス越しではぼんやりとしか外の様子は見ることができない。

 だが、はいってくるときの音でおソバ屋さんの車だということがわかった。

 時計を見ると電話してから十五分も経っていない。

 お昼のいそがしい時間帯にもかかわらず、たったひとつの注文にもかかわらず、こんなにも早く届けてくれる。

 私のお店でもやっていることだが、常連になり、顔なじみになるとこういうところで差がつく。

 おソバ屋さんのサービスに感謝をしながら、支払うための千円札を手元の財布から取り出した。

 車から人が降りてこちらへと近づいてくる。

 トビラの前で立ち止まった人影から、ソバ屋の名前を告げる声が威勢よくひびいた。

 明るく、人当たりのよい客商売の声だ。

 軽い返事をしながら私はトビラを開く。

 そこには、藍色の作務衣にえんじ色の前かけと和帽子、という姿のおじさんが立っている。

 あからさまなほどの和風の料理人だ。

「先生、もって来ました」

 おソバ屋さんの店主、私は『大将』と呼んでいる。

 大将は私よりもはるかに年上だ。にもかかわらず、大将は私を『先生』と呼んでくる。

 初めのうちはその言葉にくすぐったさがあったが、最近では慣れてしまった。

 大将は両手で木製の四角いおボンをもっている。

 そのうえには、ラップがかけられた陶器と丸いザル。

 陶器にはネギと鴨肉がたっぷりはいったツユ、ザルには細く白めの手打ちそば。

 私が注文した『鴨汁せいろ』だ。

 甘辛いツユとのど越しのよいソバがたまらなく美味しい。

 ここ最近はこればかりをたのんでしまっている。

 大将の手からおボンを受け取ると近くのたなのうえに置いた。

 そして、用意しておいた千円札をわたす。

「ちょうどいただきます」

 受け取った千円札を財布にしまいながら

「うちのおかーちゃんも昔みたいに先生んとこで切ってもらえばもっとましになるんだろうけどねえ――」

 軽快な口調といつもの切り口で話を始めた。

 大将のところのおかーちゃん――おかみさんとでも言うのだろうか。

 そのおかみさんは、昔は私のお店にきてくれていたが今ではおかみさんの知り合いのお店でカットしてもらっている。付き合いのためにそうせざるをえないらしい。

 そののち、すこしだけ近状を交換し合うと大将は話を切り上げた。

 今日のヒマな私とはちがい、長々と話をしてはいられないようだ。

 今がお店の一番いそがしい時間のはずである。

「じゃ、ボンは外に出しといてくれればもってくんで」

 定型句のような別れのあいさつを交わして、大将はトビラを閉めた。

 大将の車は曲がりながらバックし、道路へ出るとそのまま真っすぐ走り去った。

 ガラス越しにそれを見送ると、私はお店のおくにしまってあるおりたたみのテーブルを出してくる。

 足を引き出してソファーの前に広げ、そこへザルとツユをおボンから移し並べる。

 割りばしをそえて手を合わせ、

「いただきま――」

 言いかけたところで大事なことを思い出した。

 ――飲み物を用意していない。

 それも、できることならプーアル茶がいい。

 綿密なカロリー計算をしているわけではないが、脂質はおさえておきたいのだ。

 自動販売機に買いにいくか、自宅の冷蔵庫へいくか、あきらめてこのまま食べるか。

 すぐに決めなければならない、ツユが冷めてしまう前に。

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