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俺の黒歴史ノートが異世界で魔導書になっていました:連載版  作者: きり
第2章 平和な学園に落ちる影! 学園テロリスト編
8/30

2-5

 フェノンは言った。俺の黒歴史ノートがこの世界では最高峰の魔導書となっていると。

 ゼロスは言った。そのノートの内容を実演したらマジで強くなったと。

 だからこそ俺はこの捨て身の戦法を思いついた。自らの額に書き記したのは呪われし地獄の炎を召喚する第三の眼。漆黒の炎を纏いし邪炎王の呪いを受けた者は、その呪いと引き換えに邪炎王の炎を召喚する事が出来るのだ……思い出して死にたくなってきた。頑張れ俺。ファイトだ俺。


「な、なんだと!?」


 嶽洞院が唖然とした様子で後ずさっている。決して俺の姿に引いたわけじゃないよね? こいつらにまでそんな態度されたら多分俺は立ち直れないと思う。

 

「くたばりゃあああああああああ!」


 もはや精神と一緒に言語すら崩壊しつつある雄たけびを乗せて、俺は炎を纏った拳を嶽洞院へと振り下ろす。だがそれを阻むように横から例の掃除機が体当たりしてきた。うざい!


「無駄だこんにゃろう!」


 掃除機目掛けて腕を振るうと黒炎が放たれ掃除機を焼き尽くす。ははははは! 精神ダメージすら克服すればこれは大層やり易い! 何せ詠唱も何もいらないからな! だから頑張れ俺ぇ!


「ば、馬鹿な。そんな非科学的な事が!」

「お前らだけには言われたくない!」


 どこまでも役になりきっている嶽洞院にイラッと来た。そんなに俺を虐めたいか!? 虐めたいんだな!? 絶対ぇ叩き潰す……! 俺は決意と共にその腕を掲げた。俺の周囲を渦巻く炎が勢いを増していく!


「黒の十三番―――邪炎磔刑獄(じゃえんたっけいごく)!」


 掲げた俺の腕に集まりし地獄の炎が十字を象る! そこから伸びた炎が嶽洞院を絡め取った! そして巻き取られた炎の鎖が嶽洞院を地獄の十字へと磔にし、俺の精神をどんどん削る! だが、それでも俺は崩れ落ちそうになる膝を支え、必死に自分に頑張れと応援しながら止めを刺す!


「《Have a(良い) sweet nightmare(悪夢を)》」

「うわああああああああああああああああ!?」


 嶽洞院を磔にした十字が膨れ上がり、そして轟音と共に爆発した。その中心に居た嶽洞院は当然ながらそれを直に受ける訳で。断末魔の絶叫を上げた嶽洞院はまさに消炭と言っても過言では無いような様相でその場に崩れ落ちた。


「…………………………」


 目の前で倒れた嶽洞院。だがギリギリ息はある様で僅かにぴくぴくと動いている様子から見るに死んではいないらしい。

 それを確認すると俺は無言で周囲を見渡した。そして誰も居ない事を確認すると廊下の壁に手をついた。そして、


「ヴぁあああああああああああああああああああああああああああん!?」


 この数分間の記憶を無くすために、ただひたすらと壁に頭を叩きつけ続けた。





「む?」


 遠くから聞こえる爆音。その方向に視線を向けると同時に校舎が少し揺れた。


「カズキか……? まったく何をやっているんだあいつは」


 私が囮になると言ったのに。あれだけ騒がれてはあちらが囮の様では無いか。

 私はため息半分、おかしさ半分に苦笑してしまう。それから改めて自分の今の姿を見下ろした。

 

「ふむ……」


 ブレザーというこの服はどうやらカズキの世界の制服らしい。知識としてはカズキの記憶と同調した時にある程度知っていたが実物を見ると中々面白いものだ。特に私が気に入ったのは胸元のリボンだ。紺を基調とした上着を着た上半身首元で主張する鮮やかな紅色のそれが何となく気に入っている。それにこのスカートも珍しいデザインで中々面白いと思う。この《魅幻陣》とやらが解除されるとやはり元の服に戻ってしまうのだろうか? そうなったら一着仕立ててみるのも悪くないかもしれない。幸い記憶力は良い方だから後はその技術がある者に頼めばいい。


「……しかしそんな事したらカズキに何か言われそうだな」


 ある意味素直すぎる相棒の事を思い出し再び苦笑しつつ、ふと自分の手のひらを見つめる。ある程度は正常に動くが、やはりどこか動かしにくい。そしてそれは体全体も同じだ。相変わらず何かに捕らわれている様な感覚がある。やはりこれは《魅幻陣》とやらの影響であろう。


「そうなんだろう? そこで隠れている奴」

「気づいていましたか」


 前方の曲がり角、そこからここの制服を着た女が現れた。私より高い身長に引き締まった体躯。そして整った顔立ちは女の私から見ても美しいと思う。私に似た黒の長髪を腰まで流し、右腕には何故か刀を握っている。その姿は見た目の凛々しさも相まってよく似合っている。だが胸は…………勝った。


「何の用だ貧乳」

「……噂通り口の悪い人ですね、『魔女』」

「ん? お前は役になりきっていないのか?」


 他の連中は見事に充てられた役をこなしているのにこいつは私を魔女と呼んだ。それはカズキの考えた設定でなく、私の呼び名だ。因みに私はその呼び名はあまり好きじゃない。だって魔女だぞ? どこか行くたびに魔女だなんだと言われるんだぞ? いきなり初対面に『あなたが噂の魔女ですね』なんて言われてみろ。きっと寝込む。というか当初は私も寝込んだ。カズキには秘密だが。


「そうですね。私もこの学園の生徒会長としての役があるのですが、あなたとは素で会ってみたかったものでして。しかしそういう意味なら魔女、貴方も同じですよ? 本来この世界に捕らわれた者は強制的にその役を演じる筈なのですから」

「ふん、相変わらずふざけた力だ」


 カズキめ。本当に碌な物を創らない。


「それで一体何の用だ? そもそもお前は誰だ?」


 大体予想はついているが一応聞いてみる。


「ふ……。私は法魔四天王シルフェル配下の魔盾七塵将カビル直下の―――」

「ああやっぱりいいや」


 何やらポーズを決めて名乗ろうとした女目掛けて自動小銃を投げつけてやった。


「痛っ!? あ、あなた!? 聞いておいてそれは無いのでは……!?」

「聞かんでも大体わかる。ナントカ四天王配下のナントカ七将の下っ端のメンマ蕁麻疹だろう?」

「幻魔三魔人です! 全然分かっていないじゃないですか!?」

「あ、あそうか。全裸三馬身だったか。変態共に相応しい名だな」

「幻魔三魔人だと言っている!?」

「黙れ全裸」

「魔女ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 先ほどまでの余裕を怒りに変えた服を着た全裸が突撃してきた。どうやらいい感じに煽れたらしく自らの成果に私は満足していた。


「我らの名はあの魔縛教典に知るされし神聖なるもの! 馬鹿にすることは許せません!」

「それカズキに言ってみろ。きっと涙を流してのたうち周るぞ。主に羞恥で」


 既に鞘から抜かれた刀を服を着た全裸が振り下ろすのを背後に跳んで躱す。だがやはり体が動かしにくく、躱しきれなかった。制服の肩部が切り裂かれ、その下の素肌が露出してしまう。


「ふ……やはり貴方も全く影響が無いわけでは無いようですね。破限魔術師とは違い動きが鈍い」

「ふん……」


 優位を悟ったのか服を着た全裸が笑みを浮かべた。


「しかしそうなると分かりませんね。破限魔術師に効力が無いのも不思議ですが、貴女は更に謎です。まともに動けないのなら破限魔術師と離れるべきでは無かったでしょうに。何故態々分かれたのですか? 良いカモですよ」


 馬鹿が。そんな事知っている。知っているからこそ分かれたのだからな。徐々に体が動かしにくくなっていく事を考えるに、普通に動けるあいつと居ても私はいずれ足手まといになるのは明白。そうなれば二人同時にやられかねない。だからこそ意味深な素振りを見せてあいつと二手に分かれたのだから。だがそれを態々言ってやる必要はない。


「知らんなあ。勝手に妄想してろまだ服を着ている全裸」

「………………良いでしょう。本当は話を聞く為に会いにきましたがもうどうでも良いです。貴女は殺しても構いませんからね!」


 まだ服を着ている全裸が怒りに赤くなりながら刀を構えた。その切っ先は溢れる怒りのせいか少し震えている。ふむ、いい感じに冷静さを欠いてくれたものだ。


「死になさい、魔女!」


 もういい加減認めない全裸が腰を落し、そして一気に踏み込んできた。それは突きの構え。凄まじい速度で放たれたそれは私の頭部を狙っている。成程、確かにこれに当たれば死ぬだろう。そんな事を考えながら私は目と鼻の先まで迫る切っ先を見つめ、そして動いた。


「ふん」

「なっ!?」


 紙一重。まさにそのタイミングで首を逸らしその一撃を回避する。散々煽って怒らせたお蔭でコイツの狙いはわかり易かった。早い話、うまくのせたのだ。

 驚きに眼を見開く全裸。その顔目掛けて私は掌打を打つ。


「ぎゃん!?」

「何故私が呼ばれたくも無いのに魔女と呼ばれるか知っているか?」


 おお、馬鹿みたいに勢いよく飛び出てきたから良く効いたらしい。鼻を潰され血を撒き散らしながらふら付く全裸。その首を掴み私は教えてやる。


「アテン大陸同盟諸国、その中の一つ魔導帝国イサマティ。その国で最も魔縛教典に詳しいからだ。故にこんな技も知っている」

「なっ……、に……をっ!?」


 腰を落し拳を引く。イメージするのは風の刃。それが腕の周囲を渦巻き全てを切り裂く暴風となるイメージだ。そしてこの世界ではそのイメージが現実化する。私の腕の周囲では、思い描いた通りの暴風が吹き荒れている。…………こんなイメージだけで本当に実現してしまう辺り本当に性質が悪い。だが今はいい。


「カズキ命名、風塵烈風掌」

「ひっ!?」


 未だふら付く全裸の腹に私は容赦なくそれを叩き込んだ。全裸は悲鳴すら上げる暇無く、風の刃に全身を切り裂かれながら吹き飛んでいった。


「ふむ、良く飛ぶな。…………しかしやはり駄目だ、体中が痒くなる。カズキの馬鹿め……」


 きっと今の自分の顔は赤いだろう。比較的まともな部類の技を選んだつもりだがそれでもアレな感じなのは否めない。と言うか実際そうだ。この姿をもう一人の自分が見ていたらきっと笑っている事だろう。ああ、考えるだけでおぞましい。


「私にこんな事やらせたのだ。その姿はツケと思え」

「ぁ……ぇ……」


 ふん、と鼻を鳴らす。私の視線の先では全身を服ごと風の刃で刻まれ、文字通り全裸になった女が泡を吹いて倒れている。馬鹿め、いい気味だ。ここにカズキが居たら涙を流して喜ぶだろう。


「だが、限界か……?」


 体が先程より更に動かしにくくなってきた。思考はまだ正常だが、肉体の方がこの世界に捕らわれ始めていると言う事か? なんとか抗おうとしてきたがそれがもう限界に近い。このままでは自分もいずれこの世界に充てられた役になりきってしまう事だろう。その前にこの世界を創っている魔術師を後二人倒さなくてならない。だが、


「見つけたぞ、テロリスト」

「ちっ……」


 背後から聞こえた声。忌々しい気分で振り向くとどこで調達したのか、その手に拳銃を握った御剣凍耶の姿があった。


「学園の皆を裏切った罪。俺は許さない」

「黙れコスプレナルシストめ。どうせお前も全裸の仲間だろうが」

「何を言っている? だがもういい。お前はここで終わりだ」


 なんだ? 本当に分かっていない? だとするとコイツもあくまで役の一人か? だがどちらにしろ自分がピンチなのは代わりない。そして逃げるだけの力も、もはや無いだろう。だがこんなコスプレ喜劇団を前に、屈した姿だけは見せる気は無かった。


「何が終わりだ馬鹿どもめ。そういう態度が格好いいとでも思っているのか? 少なくとも私はそうは思わん」


 だから私は笑みを浮かべて、言ってやる


「多少馬鹿でも、多少カッコつけていても、やる時はやる熱い馬鹿の方が遥かに私好みだ」


 その直後、御剣が引き金を引いた。





「あー」


 俺は額にできたこぶを押さえつつ、虚ろな目で廊下を歩いていた。

 あれだけ努力したにも関わらず、記憶を消す事は出来なかった。出来たのはボードマーカーで書かれた故に消えやすかった第三の眼だけだ。先ほどの邪炎フィーバーから思春期の憧れシリーズ英語決め台詞までの記憶はしっかり残っている。ああ、死にたい。


「敵も捕らわれた人も見つからないし……もう居ないんじゃないのかコレ」


 一応捜索は続けているがあれから誰にも会っていない。というかあれだけ暴れたのに誰も来ないのはどういう事だ? フェノンの囮が上手くいっているって事か?

 因みに嶽洞院は幻魔三魔人の一人じゃなかった。何故分かったかと言うと、あれからしばらくして嶽洞院の姿が光ったかと思うと何故か黒焦げになった破軍三鬼衆のクリスに変化したからだ。つまりクリスが嶽洞院の役になっていたらしい。というかあの様子からするとガチで強制的にその役にされていたっぽくて少し同情した。


『―――――か? ―――声―――の―だ」

「ん?」


 不意に、廊下のスピーカーから音が漏れ始めた。何? 校内DJでも始まるのか?


『―――聞こえるか? テロリスト共』


 この声は御剣か? なんで校内放送なんかを……?


『俺の学園で随分好き勝手やっているじゃないか。だが調子に乗るなよ。これ以上お前達の好きには…………させない!』

「テメエが言うなああああああああああああああああああああ!?」


 俺は思わずデザートイーグル・ヘルカスタムをスピーカー目掛けてぶん投げた。

 好きにはさせない? ふざけんなコラ!? 好き勝手人の妄想ほじくりまわしてんのはお前らだろうが!? その度に俺がどんだけ苦しんでると思ってやがるこの野郎ぉぉぉぉぉぉ!?


「あの野郎、もう一度第三の眼を開眼してボロカスに――」

『一つ、報告がある。俺はお前らの仲間の一人を捕らえた。お前らにとってこいつは大事な仲間だろ? だからこそ捕らえた。俺の言いたいことがわかるか? 人質交換だ』


 何……? 女を捕らえたってまさか。


『30分以内に東棟の屋上まで来い。来なければ、この女を殺す』


 それはまさしく俺の妄想小説と同じ展開だ。件の俺の妄想小説内では、御剣は別にただの正義の味方という訳では無かった。学園や、大切な幼馴染の為なら非道な手段を取る事もあり、確かにテロリストの一人である女を人質に取っていたのだ。その女は実はテロリストのリーダーの恋人であり、リーダーは恋人を助けるために動こうとするが仲間がそれを許さずテロリストたちは内部崩壊していく。その隙に御剣が一気に攻勢出て行く。それが俺の妄想小説『学園黙示録・ガンメタルブレイブ』の内容だ。

 だがこれは少し違う。流石に俺でも気づく。この放送はテロリスト達に向けたものじゃない。俺個人に向けられたものだ。何せ俺とフェノン以外は全員あいつらの味方なんだから。


「何だよそれ、マッチポンプもいいとこじゃねえか……」


 出て行けば、きっと御剣とテロリスト双方に襲われる。だが出て行かなければフェノンが殺される。


「選択肢なんて無いじゃん」

『俺は本気だ。詳しい要求は直接会った時に伝える。だから―――』


 スピーカーからはまだ御剣が何かを言っているが俺の耳にはもう聞こえていなかった。それよりもこの状況を打開するための方法を必死に考える。また開眼するか?だがそれだけで足りるのか? さっきは一人だが今度は十数人が相手になる可能性が高い。その中にはあの御剣も居るのだ。分が悪い。


「くそ、一体どうすれば……」


 苛立ち拳を壁に叩きつける。何か、何か方法は……。


「ん?」


 ふと。目の端に移ったのは直ぐ近くにある物理室の中。開いた窓から吹く風に揺れる黒のカーテンだった。


「なりきる程に、強くなる……」


 この世界に来て嫌と言う程味わってきたその理を思い出す。だが本当にいいのか? そんな事をしてしまっては俺は、俺は……!

 数秒の葛藤後、俺は物理室へと足を踏み入れた。





「さて、奴は来るかな? どう思う、魔女」

「ちっ、やはりお前も全裸の仲間だったか」


 私は今、屋上で両腕両足を縛られた状態で転がされていた。先ほど撃たれた肩からは血を流している為に有様は中々酷い物だ。だがこの男の前で痛みに喘ぐ姿を見せる気は無かった。


「先ほどは白を切っていたな? いけ好かない」

「それは少し違うな。俺は正しく御剣凍耶になっていたさ」


 私の前で男が笑う。どういう意味だ?


「魔縛教典の内容は実現すればするほど強くなれる。だからこそ俺はこの役を選んだ。とても格好よく、そして強いこの御剣をな! そしてより深く役に入り込む為に自らの精神を切り替える事に成功したのだ!」

「自分で格好いいとか言ったのかこいつは……カズキ以上に重症だ」


 だが理由は分かった。つまり御剣になっている時は全裸の仲間としての自覚は無いと言う事か。そしてそれだけ役に入り込んでいるからこそ、強い。


「頭が痛くなってくる……」

「ふふふ、俺の強さに怖気づいたか!」

「しかもこんな馬鹿みたいな奴だったとは」


 こんな奴に負けた自分に怒りが湧いてくる。だがその怒りをぶつけようにも両腕両足は縛られ、そもそもそれが無くとも体の自由が利かないのだ。意識を保つ事で精いっぱい。油断すれば自分も役に飲まれそうになる。


「くくく、破限魔術師が来ればお前の役目はそれまでだ。だが俺はお前そのものは気に入っている。どうだ俺の女にならないか?」

「死ね腐れ失せろ消滅しろ禿ろ不能になれもげろ」

「こ、この女……」


 男が顔を引き攣らせるが知った事では無い。こんな男の女になるくらいなら死んだ方がマシだ。割と本気でそう思う。


「ふん、だが今のお前は動けない。ならその主導権は俺にあるのだぞ? その意味を味あわせてやろう」

「おい、近づくな。触ったら殺すぞ」

「馬鹿めやれるものならやってみろ」


 男の手が迫ってくる。なんとか逃れようとするが駄目だ。体はやはり動かない。好色な笑みを浮かべた男の手が私の足に迫ってくる。やめ、


「うわああああああああああああああああああああ!?」


 突然、誰かの叫び声が響いた。驚き私も男も声が響いた方へと振り向く。その瞬間だった。突如、屋上の床の一部が膨れ上がり、そして黒炎を撒き散らしながら爆発した。


「な、なんだ!?」


 爆風と轟音に揺れる屋上。そこに静かな声が響く。


「正義に非ず」

「な、誰だ!?」


 男が慌てた様に周囲を見渡すが姿は見えない。だが声は確かに響いていた。


「悪とも名乗らぬ。ただ語るは闇夜の番人」


 燃え盛る黒い炎は徐々に広がっていき、やがては屋上一帯を包み込んでいく。


「法が悪を討てぬなら、地獄の炎がそれを討つ。」


 やがて炎の一角から何かが飛び出した。それは屋上の入り口がある給水塔の上に降り立つと、ゆっくりとを面を上げた。


「受けよ、呪われし地獄の炎。跪け、邪炎の王の前に。汝の咎が我らの刃に火を燈したのだから」


 それは全身を黒に染めた男の姿だった。まるでマントのように黒いカーテンをその身に巻き付け、口元にもマフラーのように破ったカーテンを巻き付けている。何故か腕に鎖を巻いており、そしてその額には太く大きな線で眼が描かれていた。何故だろう、目に写るその男の姿に心当たりがある。


「裁くは邪炎の使い。闇夜に紛れる(ダークネス)邪炎の執行人フレイムエクスキューショナー


バサッ、と男がマント(カーテン)を翻した。よく見れば鎖の下の素肌にも何やら黒い紋様が描かれている。


「な、何者だ!?」


 私の隣に居る男が叫ぶと、その闇夜に紛れる邪炎の執行人とやらはふっ、と笑い高らかに叫んだ!


「イロモノだ!」


 その瞳から涙が流れているのを私は確かに見た。


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