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1-3

「ほう、俺を知っているか……。やはりお前があの魔縛教典の作者で間違いないらしい」


 混乱する戦場。その中で優雅に立つゼロスさんとやらがキザったらしく話すたびに何故か風が吹きその銀髪がキラキラと靡くがやめてほしい。彼が喋るたびに俺の心が削られていく。


「というか! 魔術とかだけならまだしも何てキャラまで実現してんの!? これも異世界だからとか言わないよね!? いくらなんでも無理があるよねぇ!?」

「流石に私も知らん」


 縋りつく様にフェノンに訴えるが無造作に蹴り返された。酷い。


「ふふ、動揺している様だな。魔縛教典作者と言えど俺の力に怖れを成したと見える!」

「恐れてるのはお前の存在そのものだよ! 大体何なんだその格好は!?」

「お前がそれを聞くのかな? これはお前の書き記した魔縛教典に記されていた戦士の姿その物! その姿を実現する事で我々はその力すらも再現して見せたのだ!」

「ふむ。つまりコスプレしてなりきっていると。良かったな、お前のお仲間だぞ」

「もう嫌だ……」


 納得したように頷くフェノンの横で俺は崩れ落ちる。小学生の頃はカッコイイと思って作った設定を今、目の前で、堂々と、体当たり実演している男が居るという状況に俺は泣いた。過去の自分が憎くてとにかく泣いた。助けておかあさん。この世界の人達頭がおかしいの。


「ふ、何を泣いているのかは知らんが貴様の存在は貴重だ。是非我が軍に来て魔縛教典の未読部分を解明してもらう必要がある。来て貰おうか」

「ちっ、来るぞカズキ。いい加減泣いてないで準備しろ」

「……いやだ。もうなにもみたくないもん」


 フェノンが急かしてくるがもう駄目だ。限界だ。最初の三日間の黒歴史祭りでそれなりに慣れたつもりでいたけどやっぱり駄目だ。だってみんな頭おかしいんだもん。

俺は全てを投げ出して地面に体育座りで座りこみ空を見上げた。無駄に晴れ渡った空が眩しく目を細める。ああ、俺もあのお空へ旅立ちたい。だってお空には俺の過去を抉る呪文を唱える魔術師も妄想炸裂コスプレ男もいないもん……。あ、鳩だ。この世界にもいるんだなぁ。


「なんだかよくわからんが隙だらけなのは丁度いい! 別に五体満足でなくても構わないからなぁ!」


 ゼロスが剣を掲げその剣に光が宿っていく。先ほどの技、アブソリュートなんとかを放つつもりだろう。因みにその技の事は覚えている。英和辞典(カタカナ表記)を見ながら一生懸命かっこよさ気な単語を探して組み合わせたよなぁ小学生時代の俺。意味? 例の如く二の次でした。


「最大出力、《アブソリュートイグニッションゼロォォ》!」


 呆けている俺目掛けて先程より大きな光が向かってくる。今からでは避けることもままなら無い。いっそあの中に飛び込んだら幸せになれるかなー、と思ってた矢先、俺の目の前に人影が立ちはだかった。


「え?」

「ちっ、無限に重なる鋼鉄の花弁よ、我の前に具現せよ!」


 それは何時も俺を弄っては楽しんでいるフェノンの姿。彼女があれだけ嫌がっていた呪文を唱えつつその手を振りかざす!


「《鉄花・錬層壁》!」


 フェノンのかざした手の先から光が溢れ、それが幾枚にも重なった花の様に壁となってゼロスの放った光を受け止めた。しかし展開が遅かったせいだろうか? フェノンが展開した壁はゼロスの攻撃を完全には受け止めきれず、壁は無残にも砕け散った。同時にゼロスの放った光も霧散していく。


「かはっ!?」

「フェノン!?」


 壁は砕けると同時に余波を撒き散らして爆散してしまった。そしてその衝撃で吹き飛ばされ地面を転がるフェノンを慌てて抱き起こし俺は息を飲んだ。フェノンは右腕から出血しており、体のあちこちは凍りついている。恐らく爆発の衝撃と防ぎ切れなかったゼロスの攻撃のせいだ。


「お前、あれだけ嫌がっていたのに何で……カッコよさ気な漢字の並びに嵌っていた俺が高校時代に作った防御魔術を!?」


 動揺してフェノンを抱く手が震える。どれだけ厨二だ黒歴史だの言っても攻撃は攻撃なのだ。当たれば怪我をするし死にもする。そんな事自分だって敵軍に盛大にブッパしてたので当然ながら知っていたのだ。なのに震えが止まらない。そんな俺の動揺した顔を見てフェノンは震えながらもふん、と笑った。


「お前は……本当に碌でも無いものばかり作るな……」


 美しいその唇からも血を流しつつフェノンが言葉を繋ぐ。


「だが分かっただろう……? お前がどれだけ現実逃避しても……これには痛みがある。実在してしまったのだ……。どれだけ否定してもそれが事実っ。なら……お前は受け入れなくてはなら無い」

「そ、そんな事……!」


 分かっていた。言われなくても本当は分かっていたのだ。どんなに目を背けても耳を塞いでもあのアテン同盟諸国の連中の魔術披露と言う名の拷問を受けたあの時から分かっていたんだ! 逃げられないと! 受け入れるしかないと! だけど、だけど余りにも連続して続く精神攻撃に心が折れかかってしまったのだ。だがその弱さがフェノンを傷つけた。その事実に俺は今までとは別の意味で泣いた。


「すまん……俺は、俺は……!」

「泣くな、みっともない……。だがそんなお前の尻を叩く為に私もついてきたのだ……。それを失敗しかけたと言う事はこれは私の失態かもなあ……?」

「お前、本当はその為に……!?」


 傷つきながらも何時もの笑みを浮かべるフェノン。その姿に胸が熱くなる。そうだ、俺は一人じゃない。同じ感性を持ち話に乗ってくれる相棒が居てくれるじゃないか! 普段はちょっとキツイけど何だかんだで一緒に居れくれる相棒が! しかもその相棒は美人で胸がデカいと来たもんだ! 何これ良く考えたら凄い幸せじゃね!?


「さあ、立ち上がれ……! 敵はまだ倒れていない。だがそれが何だ? お前の生み出した設定をとことん真似ているのなら、お前があいつの事を一番よく知っている筈だ……!」

「ああ……! ああ! 分かったぞフェノン! お前はそこで休んでろ! 俺はもう……逃げない!」


 涙を振り切り顔を上げる。ゆっくりと立ち上がり、そして過去の汚点の象徴の一人であるゼロスと向き合った。


「お別れは済んだか? ならそろそろいかせて貰おう」


 どうやら律儀に待ってくれていたらしい。ああ、そうだ。これも設定通りでこいつはそういう設定だった。無駄にカッコつけてしかもそれに気づかない。普段はクールだけど戦いになると秘めたる激情を見せ、圧倒的な力で敵を氷漬けにしていく魔剣士ゼロス。それがこいつだ。

 しかし、ならばここから先はどうする? 痛々しさはともかくとしてゼロスは強いのだろう。そんな相手を前に長々と呪文詠唱など怖くて出来ない。じゃあ接近戦をやればいいかと思えばそうはいかない。確かに接近戦の技も過去の俺は色々あの黒歴史ノートに書き綴った。書いてしまった……っ! だが悲しきかな。技は再現できても肉体まではそうはいかない。あくまで自分の肉体は平均的な大学生の肉体であり、筋力が足りないのだ。旅立つ直前に一度試した時は、筋肉が悲鳴を上げ俺はしばらく再起不能になり散々フェノンに弄られたのだから間違いない。


「ふ、しかしお前の書き記した魔縛教典は素晴らしいな。我が軍はそこに書き記された部隊、役職を解読できた限り全て再現させたが、その際に一気にパワーアップした。全く恐ろしさすら感じるな」

「………………え、ちょっと待って」


 全部? 全部再現って言ったあの子? という事は……もしかして?


「一つ訊きたい!」

「な、なんだ突然」


 ばっ、と挙手をするとゼロスが驚いた様に一歩引いた。だが今はそれどころでは無い!


「今全部と言ったな? 確かに言ったよな!? と言う事は、いう事はだ! もしや法魔四天王ネプチュネル配下の魔弓七塵将直下の秘密女傑部隊―――密林ビキニ部隊桃色大三元も実在するのか!?」

「おいちょっと待て、なんだその部隊名は」


 振り向いたら倒れているフェノンがゴミを見る様な眼でこちらを見ていた。だけど俺はくじけない! だって前を向くって決めたから!


「あの破廉恥な服装の女部隊の事か? 勿論実在するが」

「よっしゃあぁぁぁぁぁぁこれで益々死ねなくなったぜ! 希望が湧いてきたぁぁぁぁぁ!」

「……そうか、私は失望が湧き出て来たんだか」


 背後からフェノンが何か言ってるが気にしない。ゼロスが厨二の塊ならば密林ビキニ部隊桃色大三元は俺の小学生時代の思春期の塊! あれを現実で拝めると聞いたからには死ぬわけにはいかない!


「ゼロス! 俺はお前の屍を乗り越え先へ行く!」

「お、おお! よくわからんがその意気やよし! ならば勝負だ!」


 俺の言葉にゼロスも笑みを浮かべそして魔剣を天に掲げた。何をする気はわかっている。再びあの技、アブソリュートイグニッションゼロを放つ気だろう。何故わかるかと言えば俺はゼロスに他の技を設定した記憶が無いからだ。だからこそ俺は笑う。こんなクソッタレな世界でも、一緒に旅してくれる相棒が居て、そして生きる希望も見いだせたから。だから今だけは羞恥心を捨て、相手の攻撃も恐れずあえてこの呪文を放つ!


「浄化せよ澱んだ世界。行き届け鋭利なる神の福音。我囲う世界に平穏と正常なる気配を満たせ!」

「何をする気が知らんがこの俺を止められるか!? 喰らえ、《アブソリュートイグニッションゼロ(強)》!」


 全てを凍てつかせる光が俺に迫る。だが俺は恐れる事無く笑いそして叫んだ。


「喰らえ、《プラズマ・クラスタァァァッァー》!」


 刹那、俺の腕から放たれた聖なる波紋がゼロスの放った光とぶつかり合い、そして霧散させる!


「な、何ぃ!?」


 驚愕に目を見開くゼロスに笑みを返しつつ俺は更に叫ぶ。


「具現せよ暗黒の国(ニブルヘイム)の深淵。亡者の気配、嵐の海(エーリヴァーガル)の先、その果ての奈落(ギンヌンガガプ)へ堕ちて行け!」


 俺の腕に新たな光が灯り、それは渦巻脈打ちながら絶対零度の冷気を放つ。それを見てゼロスの眼が震えた。


「魅せてやる、本当の氷結魔術を!」


 今の俺には何の憂いも無い。だから声高々にそれを唱える事が出来る。中学時代に北欧神話に嵌って意味も無く固有名詞を並び立ててニヤニヤ喜んでいた俺の生み出したこの魔術を! 当然意味など知った事では無い!


「――――――凍えて、眠れ(ホワイト・エンド)

「ぎゃああああああああああああ!?」


 俺の放った青と黒の入り混じった光の直撃を受けたゼロスは断末魔の悲鳴を上げた。そしてその体は周囲一体諸共巻き添えに広がっていき、それに伴い絶対零度の氷が撒き散らされていく。


「……終わったな」


 最後に残されたのは、凍りついた大地とその中央で驚愕の表情のまま氷のオブジェとなったゼロスの姿だった。

 そんなゼロスの姿に俺は小さく笑いを漏らす。所詮は俺の創作物の模倣。創造主である俺には叶わないと言う事か! 色々と振り切れた今の俺はとても清々しい顔をしている事だろう。そうだ、この喜びを相棒にもわけてやりたい。俺は笑顔で振りむいた。


「フェノン! 俺はやった…………ぞ?」

「ああ、見ていた。ご苦労だったな」


 おかしいな? ついさっきまでボロボロの状態で俺を勇気づけてくれた筈の相棒が優雅に道端の岩に腰かけつつこちらを絶対零度の眼差しで見下していた。


「あれ? お前怪我は……? 血とか氷とか……?」

「何の事だ? 私は怪我などしてないが?」

「…………ちょっまてぇぇぇぇい!? じゃあ何!? さっきの感動は? 俺の感動は!?」

「中々面白かったぞ」

「騙しやがったなこの女ぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 何それ酷い。じゃあ何? こいつは実は怪我でも何でもなかったのに俺はボロボロ涙流してあんな恥ずかしい事言っちゃった訳!? 何それ死にたい。


「中々言うじゃないか、なあ? 『俺はもう……逃げない!』だったか?」

「いやああああああああああああああ!? やめて言わないで!? 改まって言われると恥ずかしすぎるから!?」

「『魅せてやる、本当の氷結魔術を!』」

「あああああああああああああ!? やめろって言ってんだろ!? 乳揉むぞゴラァ!?」

「今更何を言っている。第一それを言うならあの妙な部隊の存在を聞いてからのお前のテンションの方がよほど恥ずかしいぞ」

「うるせえ! 夢があるんだよ、男の子にはなあ!?」


 しかしこうして冷静になってくると先ほどまでの自分の発言の数々を思い出しのた打ち回りたくなってくる。何なのコレ? 確かに現実見ろとは言われたけど現実ってこんなに厳しかったっけ?


「ところでお前に聞きたいんだが」

「な、なんだよぉ。もうこれ以上虐めんなよぉ」

「唯の質問だ。あそこで愉快に氷のオブジェになっているのがナントカ四天王のナントカ七将軍配下のナントカなんだよな?」

「お前が覚える気ないだろ……。法魔四天王イフリル配下の魔剣七塵将直下の破軍三鬼衆の陰の魔剣士ゼロスだ。で、それが何だよ」

「いや、お前とアイツの話を聞いていた限り残り三人の四天王にも配下が大量に居る様に聞こえたんだが。あの密林ビキニ部隊桃色大三元とやら含めて」

「そう! そうだよ! あれが実在するって言うなら希望も少しは――」

「と、言う事はお前の痛々しい厨二病と思春期の妄想を体現したコスプレ集団が後少なく見積もっても30人以上いる様な気がするんだが?」

「……………………え?」


 桃色大三元はともかく、あのゼロスみたいな連中があと何十人も? それがいちいち俺の目の前に現れて俺の過去を抉ってくるの? 

 突きつけられた現実に固まる俺にフェノンがふふ、といつもとは違う、まるで年相応の少女の様な笑みを浮かべた。


「頑張れよ? 平面結果を超えた破限魔術師殿?」

「やっぱり嫌だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 無駄に晴れ渡った空に、俺は力の限り絶叫した。




「フェノン様」


 あれから数時間後。瓦解した部隊を整える為にも近くの街へ入った私たちはそれぞれの部屋で身を休めていた。今頃隣の部屋ではあの面白おかしい男が頭を抱えながら布団にもぐりこんでいる事だろう。そして私は窓際の椅子に座り静かに月を見上げていた。


「フェノン様」

「聞こえている。何の用だ」


 うんざりしつつ振り向くと月明かりに照らされる静かな室内に、いつの間にか少女が立っていた。自分に似た法衣を来たこの少女は自分の部下の一人。同時にアテン同盟諸国の連中との連絡役を任せている。


「同盟諸国の者達からです。『進捗はどうか? あの男は役に立っているのか?』だそうです」

「ふん、偉そうに」


 つまらない連絡だ。あの腰抜け共は人任せにしておいて遠くから偉そうにこちらをコントロールしてこようとしてくる。それが気に入らない。

そんなこちらの思考を読んだのだろう。少女が小さく笑った。


「フェノン様はそもそも彼の召喚に反対でしたものね」

「当たり前だ。何の関係も無い者を呼び出して魔導書を取り返してこい? 初めその計画を聞いた時いよいよあの連中トチ狂ったかと思ったぞ」

「いい機会だ! とか言いながら笑いながら大規模魔術を会議室に叩き込もうとしたしね……。皆で総出で止めようとしたら私達にも魔術ブチ込んできましたし。ですが召喚は実行されてしまった。だからこそ一緒に居るのでしょう?」

「当然だ。放って置いては奴らに良いように使われるに決まっている。だからこそあいつに冷静になる様に魔術をぶち込み、少しでも話が合う様に。そして元の世界に戻す為の手がかり得るために頭の中を覗いたんだからな。……思わぬ副作用があったが」


 本当に、最悪な副作用だ。まさか今まで自分達が使っていた魔術があんなに痛々しいものだと。そしてそれに気づかされるとは。カズキでは無いが自分も一時は死にたくなる程身悶えた。


「召喚しておいて元に戻す方法が無いとは馬鹿げたものだ。それに覗いたアイツの世界の知識にもそういったものは無かった。ならばあいつが書いたと言う魔導書にかけるしかあるまい。聞いてみた所、本人もよく覚えていない内容も色々あるようだからな。可能性はゼロじゃあない」

「彼と同調した際に魔導書の中身は分からなかったのですか?」

「駄目だ。その部分だけは綺麗に抜けていていた。全く面倒な事だ」


 そう言いつつあの男、カズキの事を思い出し笑っていると、少女はクスリ、と笑った。


「楽しそうですね」

「ふん。まああの会議室に篭る馬鹿達を相手にしているよりはよほど楽しいさ。あいつも確かに馬鹿っぽいが悪い奴では無い。だからこそ私たちはアイツを元の世界に返す義務がある」


 それに、と先の事を思い出す。それは部屋を分かれる前の事。一通り悶えたカズキと分かれる直前、あの男はこういったのだ。


「『何はともあれお前が無事で良かった』か。人の事を気にする余裕など無いくせに」


 あのお人好しめ。そんなんだから私も構いたくなってしまうのだ。


「ふふ。ならば彼を安心させるために治療をちゃんとしましょうね」

「何の事だ?」

「私の眼は見抜けませんよ。何かしらの魔術で自分に幻を被せていますね? 本当は怪我して痛いから寝ていないのですよね? 彼が来た当初も、朝一番で顔を見せては話し相手になってあげてましたし。……素直じゃないですねえ」


 うふふ、と知った顔で笑うそいつにイラッ、ときた。


「よしお前ここに来い。じつは私の足下にあるこのツボには鰻が詰まっているのだが存分に味あわせてやる――――その肌に」

「私はそんな趣味ありませんよ!?」

「黙れ。私を小馬鹿にするとはいい度胸だ。お前を鰻塗れにして宿の前に吊るしてやる。 きっとカズキは喜ぶぞ? 良かったなあ? 破限魔術師殿のやる気回復に一役買えるとは。勲章ものだろうし喜べ」

「彼がテンション上がると本気で身の危険を感じるのでやめて下さい!?」


 涙目で訴える少女にふん、と鼻を鳴らす。もし次にからかってきたら本当にやってやる。


「治療するなら早くしろ。あとそれが終わったら街中にこの手紙をばら撒け」

「これは……?」


 懐から取り出した便箋を受け取り少女が首を傾げた。そんな少女ににやり、と笑いかける。


「アテン同盟諸国、あの会議室に居た連中の忘れたい過去を調べ回して書き記した。パウズのジジイが大昔に惚れた相手に送った自作ポエムやスクロルのババァが歳も鑑みずに購入したエロ下着の隠し場所とかをな。高みの見物している連中にこちらの苦しみを少しでも味あわせてやれ」

「え、えげつない……」


 少女が顔を引き攣らせるが知った事かと、私は再び笑みを浮かべた。






 翌日。今日も空は快晴だった。こんなにいい天気だと昨日の嫌な事とか忘れて気分一新で行きたいもんだ。だから俺は昨日の事は出来るだけ考えずに明るく前を向こうと思った。


「それなのに……」

「ふはははははは! 我こそは法魔四天王イフリル配下の魔剣七塵将が一人ガーディス直下の破軍三鬼衆が一人! 陽の魔剣士クリス! ゼロスの汚名を晴らしに参上した!」

「そして私は法魔四天王イフリル配下の魔剣七塵将が一人ガーディス直下の破軍三鬼衆最後の一人! 陰陽に捕らわれぬ豪の魔剣士ブライ! 破限魔術師と魔女め、今日こそ覚悟しろ!」


 なんか朝から変なのが現れました。

 いや、あれが何なのかは自分が一番知っているんだけどもう変なのでいいよ……。


「ふむ、昨日の奴の仲間か。案の上、気合入った体当たりコスプレ実演しているな」

「絶対に消し去ってやる……あの黒歴史ノートは必ず消し去ってもうこんな苦しみから解放されるんだ俺は」


 頭を抱えて呻く俺の横ではフェノンもうんざりした顔で腕を組んでいる。


「……いくぞフェノン。あいつらを一刻も早く叩き潰す」

「ほう? 昨日よりは大分前向きだな? 心境の変化か?」

「そんな大層なものじゃないさ。ただ騙されたにしてもやっぱり仲間やお前が傷つく姿は見たく無いだけ。それで後悔する位なら最初から自尊心すてて戦うしかないじゃん」

「カズキ……」


 あれ? 思った事言っただけなのになんかフェノンが驚いている。よくわからないが呆けているならいいチャンスだ。この機会に胸を――


「揉みしだくっ……!」

「黙れ変態」


 伸ばした手は速攻で防御され捻られ、足をかけられ地面に組み伏せられた。痛い。


「馬鹿をやってないでそら、とっとと行け。あの二人が何やらする気だぞ」

「痛い! ごめんなさい謝るから離して……ってあれは不味い!」


 見ればクリスが掲げたやはり装飾過多な魔剣が炎を纏い、ブライが構えた刀からは何やら陽炎が立ち上っている。あれはきっと二人の必殺技《炎獄魔殺灰塵斬》と《秘剣・鷹返し》に違いない! あの二つは小学6年生の時に友人の加藤と一緒に考えた技! 名前も然ることながら発動モーションを二人でポーズ決めながら考えたという、後になって思い出すたびに二人で頭を抱えた禁断の技だ! それの実演なんて絶対見たく無い!


「行くぞフェノン! 俺が先行する!」

「仕方ない。援護位はしてやる。だからまあ頑張れよ、相棒」

「おうよ!」


 親指を立てて答えつつ俺は飛び出した。色々最悪でイカれたこの世界、正直色々しんどいけれど、それでも仲間が居ればきっと大丈夫。何としてでも黒歴史ノートは消し去って、それから俺は元居た世界に帰るのだ! その為にも今はまず目の前の悪夢を消し去らなくてはなら無い!


「喰らえ、《炎獄魔殺灰――― 》

「だからやめろって言ってんだろがぁぁぁ! 喰らえ、《ジャスティス(正義の)サンストローク(日射病)》!」


 ハヤシ・カズキ19歳。辛い事もあるけど、今日も色々頑張ります。


次話から完全新規です

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