5-5
今日は全部で3つ投稿しているので5-4から読み進めて頂ければ幸いです。
薄らと目を開くとまず見えたのは自分の顔に押し付けられる黒。そして同時に心地よい圧迫感を感じた。
「カズキッ……カズキッ……!」
「……」
まあそれはつまり倒れている俺をフェノンが抱きしめている状態な訳でして。そして目の前の黒は男の夢の詰まったアレな訳だ。
どうしよう。なんかカッコいい感じで扉抜けた途端この状態なんですけど。何と言うか全速力で発進した瞬間に出鼻をくじかれた感? いや、けどこんな挫き方なら大歓迎ですけどね!
「よし、とりあえず揉むか」
「――――え?」
顔を胸に押し付けられたままモゴモゴと喋ると俺を抱きしめていたフェノンがきょとん、とした顔で俺の顔を見た。
「カズ……キ……?」
「……やあ」
フェノンの顔は涙に濡れ、眼も赤い。普段とのギャップも相まってあらやだ可愛いと思ってしまうのも仕方ないだろう。
「え……カズ、キ? だって……剣、カズキ……? カズキッ!?」
「おおう!?」
ぶわっ、と再びフェノンの眼に涙が溜まると思いっきり抱きしめられた。そのあまりにも素直な反応に思わず変な声が出てしまった。
「おま、えっ、どうやって……っ、いや、そんなのどうでもいいっ……!」
いつものクールさを棄てて泣きじゃくるフェノンを見てやっぱり戻ってきて良かったなぁ、と実感した。けどまだだ。これだけで満足しちゃいけない。
「林……!? 馬鹿な……何故生きて……」
「さて、なんでだろうなあ」
本当はもっとこの心地よい感覚を楽しみたかったが、それを断腸の思いで断ち切ってフェノンの腕の中から解放される。そして立ち上がってから気づいたが俺に突き刺さっていた剣は既に抜けていた。多分フェノンが抜いたんだろう。見れば足元は血でびしゃびしゃだし、フェノンもそんな俺を抱きしめていたから血だらけだ。だが俺の服装は女神に願ったあの服装――ハヤシカズキの服装になっている。
「お、おいカズキっ!? まだ動いては……っ」
「らしくないなあ」
いつものフェノンさんのキレが無い。そこまで俺の死がショックだったのは喜んでいい事なのだろうか。その反応はちょっと嬉しいけどやっぱりフェノンらしくは無い。
「泣くなよフェノン。その顔も可愛いけどさ、やっぱ俺、普段のお前の方が好きだわ」
「……え?」
「……うん、そうだな。勢いに任せて言ってしまおう。お前が好きだよ、フェノン。だから泣かないでそこで待ってろ」
素面に戻ったらチキンハートな自分の事だ。多分また言えなくなる。だから今の勢いに任せて言いたいことを言うとフェノンは唖然とした顔でこちらを見上げていた。よせやいそれ以上見つめないで!
けど言ったことは本気だ。そりゃそうだ。確かに色々酷いところもあるけどさ、今まで一緒に色々旅してきて、いろんな顔を見てきて、それに俺の事をあそこまで気にしてくれて。それで惚れるなって無理ですよそりゃあ。ロマンチックもクソも無い、はっきり言って実は乙女思考なフェノンからすれば不満がある告白かもしれないけどこれが俺の精一杯。彼女いない歴もうすぐ20年を舐めんな。
一通り自分への言い訳をすると視線を上げ村田を見返す。
「は、ははは! まさか生きていたとはな林ィ! だがそうであればもう一度お前を!」
「殺してどうすんだよ。お前目的がフワフワしてるぞ。情緒不安定か?」
「誰のせいだぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺のせいだろうなあ。その罪悪感は確かにあるが、今は気にしない。そんな俺の態度に腹を立てた村田がまた先ほどの様に≪ラグナロク・ゼロ・ダークフレイム≫を放ってきた。
「カズキ!」
背後からはフェノンの叫び声。確かにあの攻撃はヤバい。当たれば下手すりゃまた死ぬ気がする。けどそれは先ほどまでの話だ。
「Vergehen」
ただ一言。俺がそう告げただけで村田の放った≪ラグナロク・ゼロ・ダークフレイム≫は霧散した。
「何!?」
「カズキ……?」
村田とフェノンが声を上げるのを心地よく感じつつ、俺は前に出た。
「そ、そんな事が……くそっ、ならば≪墜ちろ≫!」
村田が言霊を放つ。だが俺も返すように言い放つ。
「Schweigen」
ぴしり、と空気が揺れるような感覚と共に村田の言霊が効力を失う。
「なっ、言霊だと!? いや、違う……!? 一体どういう事だ!?」
「何かって……? 教えてやる。全国数百万人の厨二病患者の心を震わせる言語……それっぽいドイツ語だ!」
叫びと同時に俺は駆け出す。武器は何も持っていない。だがそれでも問題は無い!
「何だそれはぁぁぁ!?」
全力で殴りかかるがそれは村田が新たに生み出した剣に受け止められた。だがその顔は困惑で満ちている。
「ドイツ語だと!? だからなんだと言うのだ!?」
「知らないのか!? 知名度、カッコよさ、グーグル先生に聞いた時の単語リストの豊富さ! 厨二患者にはもってこいのあの素敵言語を!」
全力で振りかぶった拳が剣の腹で受け止められたというのにちっとも痛くない。その事実に俺は笑みを濃くする。
「もっとも、古典ラテン語のワクワク感も捨てがたいけどなあ!」
村田の剣に押し付けたままの左拳とは逆、右手を広げて村田へ向ける。
「≪イラ・イグニス≫!」
言葉通り、俺の右手から放たれた業火が村田を襲う。直撃して吹っ飛んでいく村田に追い打ちをかける様に俺は続ける!
「くぅぅ!?」
「そしてぇ、梵字も捨てがたい! ≪オン・バサラ・ナントカ・キリーク≫!」
「ナントカといったか貴様!?」
適当に指を組み合わせたそれっぽい印を構えるとなんだかそれっぽい光が溢れだし村田に襲い掛かる。梵字は格好いいけど意味がいまいちよくわからないからな!
「がはっ!? ど、どういうことだ!? 俺は……私は最強の筈だ! お前がそう設定したんだぞ!? なのに何で……!? 一体今度は何の設定だ!? お前は何になりきっている!?」
「何かって?」
OKいいだろう。コイツにも、いやこいつだけじゃない。この世界すべてに対して教えてやろうじゃないか。
ゼロスは言った。魔縛教典……俺の黒歴史ノートの記述を再現して強くなったと。
学園テロリスト空間で俺は知らされた。成りきる事で強さは増すと。
魔甲少将になる事で俺は実感した。例え男でも、確かに成りきることで強くなれたと。
そして、そして何よりもだ。俺が初めてこの世界に来た時フェノンは言ったのだ。俺が誰であるのかを。それを今、宣言しようじゃないか!
「馬鹿馬鹿しいとは思う。恥ずかしいとも思う。だが魔縛教典……黒歴史ノートを書いて居た時、そしてそれを実現するときの心の奥底にあった楽しさ……それを俺は認める!」
痛々しいベルトやアクセサリが付いた服でも無く、魔甲少将みたいに人生棄てた服でも無い。只のジーンズとシャツ。それにジャケット。だがそれこそが今必要な姿!
「カズキっ」
背後からはフェノンの声。それを心地よく感じながら俺は高らかに宣言する。
「改めまして自己紹介だ! 我こそは平面結界を超えし魔導の創造者! 最強にて最凶の≪魔縛教典作者≫!」
そう、それこそが俺――!
「破限魔術師、ハヤシ・カズキ!」
成りきるのではない。俺そのものが、常識を外れた存在であると。限界すら破壊し突破する存在であるという事の証明! そしてこの世界の人達が俺を破限魔術師と呼ぶ限り、俺はその設定をより強く己に感じる事ができる!
「俺に出来ない事は、何も無い!」
「ふざけるなぁぁぁっぁ!」
激高した村田の斬撃を俺は腕で容易く受け止めた。恐怖は無い。だってテンションはマックスだからなあ!
「そんな、そんな馬鹿げた理由で俺の復讐が!」
「まだわからないか? ならば教えてやる!
腕を払い、村田と距離を取ると俺は両手を村田に向ける。
「極下より来るは地獄の崩炎・天より墜ちるのは破滅の光炎・幻と現の狭間にて汝を裁く大地の怒り!」
「な、なんだその呪文は!? 知らない……俺は知らないぞ!?」
「当然だ。だってこれはな……たった今思いつきで考えているからなあ!」
破限魔術師。かつて俺は何を破壊したんだよ畜生と嘆いた事がある。けど逆に考えればだ、細かい設定が無いのなら大抵の事は出来るという事にもならないか? いや、なる!女神も言っていたじゃないか。細かい設定をつけすぎるとかえって首を絞めると。今思えばあの言葉もヒントだったのだ。
「そうだ! だから俺はこの世界の常識の限界を破壊する。破限魔術師たるこの俺がそれを可能にする! 新たな呪文の作成と共に、今ここに俺の新たな黒歴史が追加される!」
「そんなの意味がわかるかああああああ!?」
村田は正しい。だが厨二病だとかなんだのに意味を求めること自体がナンセンスだ。ただ格好良ければ後はどうでもいい! きっとこの記憶も後になってみれば悶絶物に違いない。自分がいかに恥ずかしい事をさっきから言ってるかなんて知っている。だけど今はそれが―――心地良い!
「さあ行くぞ村田ァ!」
俺の手の平に光が集まっていく。なんだか赤とか黒の意味不明の強さを感じる光。ぶっちゃけそれを放とうとしている俺ですらよくわからない光。そのよくわからなさが俺の力の全て。
「喰らえ、≪ネオエンブリオディスクリプション邪炎クリティカルオンバサラキリークブラストシュライバープラズマクイッククルライザーホワイトナイトメアエンドjudgemetブラストォォォォ≫!」
「最初の詠唱との整合性はどこに行ったァァァぁぁァァァァァァッぁ!?」
俺の手から放たれた光の渦は凄まじい勢いで村田へと襲い掛かり、そして直撃。
刹那、村田を中止に魔王城そのものが凄まじい光に包み込まれ、そして大爆発を引き起こした。
「ば……か……な……」
そしてその中心たる村田はその言葉を最後に倒れた。同時に衝撃によって揺られた魔王城が崩壊を……って崩壊!?
「おおおおおお!? 不味いですよフェノン様!? カズキ様!? このままだと生き埋めに!?」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!?」
…………あれ? やりすぎた
「お……おおう……っ」
あれから少しして。俺の放ったネオエンブリオディスクリプション邪炎クリティカルオンバサラキリークブラストシュライバープラズマクイッククルライザーホワイトナイトメアエンドjudgemetブラストの衝撃で魔王城は崩壊していた。流石にやりすぎた事に冷や汗を感じつつも、俺は黒こげになった村田を回収し、フェノン達と共に何とか逃げる事ができた。そして今、崩れ去った魔王城を改めて見返して己の所業に若干の冷や汗を流している。
魔王城は元々結構な大きさだったのだがそれが見事に崩れ去っている。ガノン様倒した後のハイラル城的な哀愁を感じて実はちょっぴりビビってます。
「随分と、派手にやったな」
背後からの声にビクッ、となる。恐る恐る振り返るとフェノンが呆れた様な顔でこちらを見つめていた。目元はまだ赤いが流石にもう泣いていない。いつものクールなフェノンさんである。
「や、やっぱりそう思う……?」
「まあな。だがそのお蔭で外の戦いも終わったのだから良いのでは無いか?」
フェノンがちらり、と背後に視線を飛ばす。俺もそちらを見ると先ほどまでぶつかっていた魔王軍と人間軍。双方は既に矛を収め、呆然と崩れ去った城の跡を見つめていた。うーむ、結果オーライ、なのか?
「しかしこの状態ではお前の黒歴史ノートを探すのは至難の業だな」
「ぁぁ……」
そうなのだ。村田自身も漁ってみたがやはり所持はしておらず、おそらく魔縛教典こと俺の黒歴史ノートはきっとあの残骸のどこかにあるのだろう。それを考えると軽く絶望した。
「だが、今のお前にはもう不要ではないか? 新たな魔術……ネオエンブリオディスクリプション邪炎クリティカルオンバサラキリークブラストシュライバープラズマクイッククルライザーホワイトナイトメアエンドjudgemetブラストを生み出した位だ。元の世界に戻る魔術も生み出せるのではないか?」
「それはまあ……そうだけど。そう考えると下手に探すよりこの魔王城跡地を焼き払って本当に無に帰すのが一番いい気がしてきた」
元々俺の本当の目的はあのノートの消滅だったわけだし。元の世界に戻る算段も付いた今なら探す必要はないのかもしれない。
けど元の世界かー。戻れるのは嬉しい。嬉しんだけど……。
「どうした?」
ちらり、とフェノンに目を向ける。フェノンは首を傾げているが俺は気が気でない。というか俺コイツに告ったんだよなあ。返事貰ってないし、俺が元の世界に戻る事話してもあまり反応が無いって事は……やっぱり? やだ。なにそれ凹む。
さっきまで村田と戦っていた時のテンションはどこに行ったのか。我ながら呆れるほどに落ち込んでいると、フェノンが『ふっ』と笑った。そして笑みを消すと俺に近づいてくる。
「なあ、カズキ。先ほど、お前が言ったことについて何だか」
「っ!?」
思わず顔を上げるとフェノンがいつもの怜悧な眼差しでこちらを見つめていた。思わず俺も姿勢を正してしまう。
「まず最初に訊いておく。冗談ではないのだな?」
「あ、ああ」
やはりあの告白の事か。だが冗談ではないのは本当だ。勢いに任せて言ったのは悪いがアレが俺の精一杯だったし。
そんな俺の答えにフェノンは『そうか』と頷くと、一歩、俺に踏み出した。
「言っておくがカズキ、私は我儘な女だぞ?」
「知ってる。けどそんなの誰だってそうだろ?」
また一歩、フェノンが俺に近づいた。
「それに魔法少女になったりする女だ」
「んなこと言ったら俺は魔甲少将になった男なんだが」
更に一歩、フェノンが近づいた。
「人を弄るのが好きで、お前を散々弄ってきた」
「まあそれも日常のスパイスと思えばなあ」
また一歩。既にフェノンは俺の目の前。背は俺の方が高いので少し見上げる様な形で俺を見つめている。間近でみるその表情に胸の動悸が激しくなる。
「正直に言おう。私は面倒くさい女だ。だけど――」
すっ、と俺の頬に手がかかる。そしてフェノンが俺に顔を近づけ、唇が触れ合った・
「っ……」
ぽかん、とする俺を余所にフェノンは唇を離すと小さく笑い、そして俺の顔を再び引き寄せると小さく、そして妖しくこう言った。
「だけど――――私は尽くす女だぞ? だからその分、愛してくれ」
こんなの反則だ。
黒歴史ゲージ全開。
恥ずかしくもあるけどやってるときは確かに楽しかった事ってありませんか?
因みに私は高校のとき文化祭で魔女やりました。今思い出すと完全にトラウマですけどそれでもやってる最中は振り切れてて楽しんでいたと思います
そのせいであだ名が魔女になりましたけどね!