5-1
珍しく昨日と今日で二つ更新しています
今、俺の前には数々の布が並べられている。白く輝く純白の布やピンクの布。そして黒く重みのある布まで。それらを静かに見つめる俺に声がかかる。
「本当に、いいんですか?」
「ああ」
声をかけてきたのは紺色の髪の少女だ。彼女は俺を気遣うように声をかけるが、俺はそれに一言頷いただけだった。
「兵士達の状況は?」
「…………予定通りです。DF部隊。MG部隊は全体の8割が訓練完了。たったの一週間でこの成果は異常です」
「だが、それが必要だった」
「ええ、それは理解していますが……。ですが大丈夫なのでしょうか? あれからもう一週間ですが」
「……まだ、大丈夫なはずだ。あれから必死に思い出したんだ。洗脳魔術は一日二日で出来るものじゃない。かなり時間が必要な筈だ。だが……確かに時間は残り少ない。だからこそ、コレの完成を急がなければ。……魔王城まであとどれくらいかかる?」
「今のペースでいけば、明日には」
「よし」
俺はその返答に頷くと、目の前の布を手に取り静かに宣言する。
「もう俺にはこの手しか残っていない。…………待っていろ、フェノン」
牢屋というものはもっと暗くジメジメしたものだと思っていた。だが今私が居る場所はそう言った雰囲気は無い。明るく、空気の通りも良く湿度も高くない。だからと言って捕えられているこの状況が最悪なのは変わりがないが。
「それで、だ。女を誘拐するようなド変態の魔王とやらは何を企んでいる?」
「口の減らない女だな……」
目の前では私をこんな目に合わせた張本人、魔王ことムラタが顔を引き攣らせていた。ムラタが居るのは格子の向こう側、ホールの様な場所だ。どうやらこの牢屋は地下ではなく、何か大きな建物の中空にあるらしく、ムラタの背後には黒く澱んだ空と、赤い山々。そして荒れ果てた大地が伺えた。つまりこの牢屋とムラタの居るホールが一つの展望台の様な作りらしい。
そんな楽しくも無い風景に苛つきつつ、私は自分が閉じ込められている牢屋を見回す。先にも触れたとおり、世間一般的な牢屋に比べれば大分マシな物だ。だがこの牢屋の中では何故か魔術が使えない。そう言った処置が施されているのだろう。それが益々私を苛立たせる。
「お前は『鍵』だ。林を絶望に落とす為の――」
「黙れ変態。何が鍵だ馬鹿馬鹿しい。いちいち芝居がかった語りをするな死ね」
「き、貴様……っ」
「何が貴様だ阿呆。お前らの世界ではそんな喋り方する連中は痛い子だという事くらい私は知っているぞ。救いようのない程のゴミだな。大体何だその角は? 魔族にでもなったつもりか? というかどういう理屈で生やしている? 身も心もファンタジーに染まって生やしてしまったのか? 救いようがないなあ?」
「…………きさ……お前、今の状況が分かっているのか? お前は捕えられているんだぞ? これから洗脳されるんだぞ?」
ムラタが肩をプルプル震わせながら睨みつけてくる。だがまるで怖くない。
「だから変態でクズで阿呆で救いようがないと言っているんだ。女を洗脳で屈服? はっ、下種の極みだな」
「…………その魔術を生み出したのがあの男なんだが」
「………………………………」
そうえいばそうだった。というかアイツめ、何の目的でそんな魔術を作った。ハーレムか? 外道系ハーレム願望か? 何故だか苛ついてきた。なのでその苛つきを目の前の男にぶつける事にする。
「大体何が洗脳だ。ここに閉じ込められて一週間。何も出来ていないではないか。口だけか? 口だけの存在か。そうかならば死ね」
「…………あまり調子に乗るなよ」
肩を震わせていたムラタがこめかみに青筋を浮かべつつも笑みを浮かべた。その様子に警戒する。
「お前は気づいていないようだが洗脳は進んでいる。そしてそれはもうじき終わりを告げる」
「何……?」
何を言っているんだこいつは。私は、私の意思で今も考えて行動している。コイツ自身が私の発言で怒っている事がその証拠だ。
だがそんな私の表情に気づいたのかムラタは笑みを深くした。
「ならば聞こう。お前と一緒に居た男。そいつの名前は何だ?」
「何を言っている。そんなの―――」
その名前を呼ぼうとして、愕然とした。
「そん、な、馬鹿な……!?」
分からない。名前が、顔が全く思い出せない。まるで記憶の中のそこだけが塗りつぶされたかのように、全く思い出せない。そして今の今まで、その事に気づいていなかった自分自身に身震いがした。
「何で……そんな……」
「言っただろう、進んでいると」
ムラタが満足そうに頷いた。
「この牢に入れて何もしなかったわけではない。この牢自体が洗脳魔術の要なのだよ。最初は緩やかに進み、対象者の精神を蝕む。そして対象者にとって大事な『何か』を奪い去り、その事実に対象者が気づいた途端、第二段階に移る」
「何……っ!?」
瞬間、頭の中が一気に真っ白になった。今までの色々な物が消えていき、そして何か全く別の物によって塗りつぶされていくイメージ。まるで無理やり頭の中を書き換えられていく様で、私は頭を抱えて蹲ってしまう。
「心の柱を奪われたら後は早い物だ。そこから連鎖的に瓦解していく。……楽しみだよ、全てを忘れ変わり果てたお前の姿を見た時の奴の姿が」
「き、……さ、ま……」
嫌だ。忘れたくない。そんなのは……。だって、私は、アイツを――
「さあ、全てを忘れてしま―――」
ムラタが言いかけた時だ。突然轟音と共に部屋が大きく揺れた。その衝撃のせいか、一時的に私の頭を蝕む力が一時的に弱まった。
「何事だ!?」
ムラタとしても予想外だったのだろう。先ほどまでの笑みを消し叫ぶと、部屋の扉が勢いよく開き、あの桃色大三元のクラリスとやらが走り込んできた。
「魔王様、て、敵襲です!?」
「何だと!」
「て……き……?」
敵……ムラタの敵…………それは誰? 私の……分からない。分からないのに、その存在が気になる。全く分からないのに、それを見なくてはいけないという想いが私を動かす。だから私は顔を上げ、そしてムラタの背後に広がる外の景色へと目を向けた。
そしてそこで、私は見た――――――――――
「ふははははは! この魔王城に襲撃とは愚かな連中よ! 法魔四天王がイフリル様配下の魔剣七塵将が一人、炎剣のアブストラルが相手をしてくれよう!」
「同じく魔剣七塵将、水剣のフランディ!」
「前略雷剣のウランール!」
「木剣のグリオット!」
「風剣のオール!」
「光剣のガーディス!」
「そして闇剣のネリリング! 我らに敵う者など――!」
目の前に聳え立つ魔王城。そしてその前に展開した過去の俺の過ちシリーズ七色変態剣士共。それらを一瞥すると俺は静かに命令を下した。
「DF部隊、行け」
『了解しました!』
俺の命令に従ったのはこちらの兵士達だ。だが彼らはいつもとは少し違う。何が違うかって? それは全員が頭から黒いマントを羽織っている事だ。
「くたばれ魔族軍! 破限魔術師殿から直接ご指導いただいたこの力を思い知れ!」
魔剣七塵将と兵士たちが激突する。その瞬間、兵士たちは一斉にマントを剥いだ。そしてその額には―――黒く図太く描かれた第三の眼。
『地獄より召喚せし邪炎……正義も悪も、白も黒も関係なく灰塵と化すその力にひれ伏せ!』
そして兵士たちは一斉に、いつか俺の言った台詞をそのまま復唱すると、その周囲に黒い地獄の炎が舞い上がっていく!
『行くぞ――その罪と罰その身にとくと味わえ!』
そして見事なまでにハモると一斉に魔剣七塵将に襲い掛かった。
「………………」
「カズキ様、泣いているのですか?」
その光景を淡々と見つめていた俺に隣に居たククスさんが声をかけてきた。言われて気づいたがどうやら俺は泣いていたらしい。それはきっとDF部隊……邪炎眼部隊の勇士に感動しているからだろう。決して、目の前の惨状――黒歴史一斉大合唱に泣いている訳ではない。
「見てくださいカズキ様。カズキ様が直接ご指導されたDF部隊が魔剣七塵将と互角に戦っていますよ? だから泣かないで下さい」
「……大丈夫。大丈夫ですよククスさん。俺はフェノンを取り戻す為には悪魔にでもなんでもなると決めたんですから」
そう、決めたのだ。フェノンが攫われてから一人テントに籠ったあの時に。今までの様にいちいち痛さに悶えずに、真実を知らない自軍兵士たちを痛々しい厨二軍団へとつくり変え必ずフェノンを救うと。その為にここ一週間、この目の前の魔王城を目指しつつ俺はひたすら兵士たちを育てる事に励んだ。
「破限魔術師様! ククス様! 魔剣七塵将の背後から新たな敵が!」
伝令役の兵士の言葉に俺は視線を移す。確かに魔剣七塵将と邪炎眼部隊がぶつかり合っているその背後に新たな敵が出現していた。
「魔剣七塵将、助太刀するぞ! 法魔四天王シルフェル様配下の魔盾七塵将が一人、炎盾のカビルが!」
「同じく魔盾七塵将、水盾のウィール!」
「雷盾のイグニス!」
「木盾のハルフル!」
「風盾のグルグリン!」
「光盾のアイザック!」
「闇盾のナルホース!」
『いざ、参る!』
新たに現れた魔盾七塵将が魔剣七塵将部隊と邪炎眼部隊との戦いの中に突っ込んでいった。
「カズキ様、疑問なのですが大層な盾を構えた将軍が7人って軍隊的にはどうなんでしょうか? というか盾の将軍が7人も居ても無駄な気が……」
「…………」
俺は何も答えない。応えたくない。だって俺は決めたのだ。フェノンを助けるためになら何でもすると。だから俺は目から溢れてる気がする汗を無視して次なる指令を下す。
「いけMG部隊」
『了解しました!』
返事は俺の背後から。そして新たな影が俺達の前に飛び出す。それはフェノンとククスの部下の魔女さん達や、女性兵士達だ。彼女らは一斉に天にドピンクの金槌を掲げ、叫んだ。
『≪クリティカルパーセンテージ・ゲッドレディ≫!」
そして広がる眩い光。その光から次々と飛び出してくるのは、ある意味俺のこの世界でおける最大のトラウマ装備。そう、その名は、
『魔甲少将クリティカルあげは部隊、参上!』
魔甲少将になった彼女たちは敵の真っただ中に飛び込んでいった。
「か、カズキ様、突然崩れ落ちちゃいましたけど大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ……大丈夫なんだ俺は。何でもするって決めたんだ……」
オーライ。頑張れ俺。やり切れ俺。まだ本番はこれからなのだ。この程度負けていてはこの後の本当の地獄に耐えられない。だから頑張れ俺。ファイトだ俺!
必死にそう自分に言い聞かせながら俺はよろよろと立ち上がる。その間にも敵に動きが出てきたようだ。
「小癪な! ならば我々、法魔四天王ノームルン様が配下、魔ヌンチャク七塵将が一人!炎ヌンチャクのアーウェンも参戦しよう!」
「同じく、魔ヌンチャク七塵将! 水ヌンチャクのイルビル!」
「雷ヌンチャクのウーコ!」
「木ヌンチャクのエート!」
「風ヌンチャクのオールドラ!」
「光ヌンチャクのカハマ!」
「闇ヌンチャクのキグドリアス!」
『アチョーッ!』
七色のヌンチャク携えた敵部隊が更に参戦していた。それを見たククスさんが半眼で俺を見つめる。
「カズキ様、途中から名前考えるの面倒臭くなったんですか?」
「…………子供って、飽きやすいから」
それ以上は何も言えなかった。というか、ここまで来たら次に出てくるのは何か分かっている。そして戦力的にはやはりまだこちらは劣勢だ。邪炎眼部隊も魔甲少将部隊も頑張っているが、いかんせん、敵の一人一人の地力の方がやはり上。ならば最後の手段に出るほかない。
「イってくるよ、ククスさん」
「か、カズキ様。本気ですか……?」
どこか怯えた様子のククスさん。そんな彼女に俺は小さく頷いた。
「俺は決めたんだ。フェノンを助けるためには何でもやると。そして村田に対抗するためにはもうこれしかない」
そう言うと、俺は頭から全身を包むマントの裾を握り、そして前を見る。
目の前には魔王城。色々過程をすっ飛ばしてきたが、間違いなく敵の本陣であり、そして村田とフェノンが居るところ。そしてその前で繰り広げられるのは俺の黒歴史ノートの中身をぶちまけた俺にとっては地獄絵図そのものの戦い。
だがそれが何だ。これから始まる地獄に比べればその程度など!
俺は意思を込めると一直線に駆け出す。目指すは敵の真っただ中。その先にあの城の入口がある!
「む? 貴様は破限魔術師! 皆の者、奴が来たぞーー!」
俺に気づいた敵兵が叫びを上げ、一斉に俺に敵意が向けられる。だがそんなものは怖くない。なぜなら俺はもっと恐ろしい物を知っている!
「行くぞ、有象無象共!」
俺は力の限り叫び、そして己のマントを剥ぎ取った!
――――見よ、これが地獄の具現。
鋼鉄のミニスカートから生える脚と純白のソックス。絶対領域と呼ばれる部分に生える無数のすね毛。だがただのすね毛ではない。そのすね毛の生える絶対領域には黒のサインペンで複雑怪奇な文様が描かれている。更には腰回りには謎の呪術的な羽やら骨やらをぶら下げ、乙女の先手必勝は時に意外性すらも武器にする事を物語る。
鉄のカフスが鈍く煌めくその腕は服の意匠とは合わぬごつごつとしており、やはり毛が生えている。そしてその腕には鎖が巻かれ、地肌にはサインペンで龍が描かれ、更には謎のシルバーアクセサリーをジャラジャラとつけている。乙女の野生は渋谷に目覚めた。
胸元の軽鎧に申し訳程度に添えられたピンクのリボンは鋼鉄製。だが今回はそこに何故か高校のネクタイが追加され、より変態性を増している。乙女の身に何が起きたのか。
そして以前は大きく開いていた首筋には漆黒のマフラーを巻き、ピンクと鉄と黒が入り混じった鋼鉄のその衣装はどこか悍ましさを増強させる。更には首から下げたのは髑髏を象ったシルバーアクセ。乙女は遂にグレてしまった。
右手に握るのは巨大な金槌。ピンクと黒が入り混じったその武器はどこか美しさと威圧感を感じさせる。そして左腕には巨大な拳銃。その名はデザートイーグル・ヘルカスタム。乙女と少年心の華麗なる癒合を果たしたその拳銃にはピンクのリボンが添えられている。
そして頭部には重量感あふれる鋼鉄製ながらも可愛らしさを残したファンシーな帽子。そして額に輝くのはサインペンで書かれた三つの邪炎眼。そう、乙女の心は闇に飲まれた。
この姿こそ俺の考え出した最後の手段。今までの経験を組み合わせたハイブリッド黒歴史装備。
「桃色魔甲邪炎少将クリティカルイーグル黒曜―――惨状ぉぉぉ!」
目から溢れる汗を振り切って、俺は高笑いしながら敵の群れへと突っ込んだ!
「……………………」
捕えられた牢の中からそれを見た私は天を仰いだ。そして目を擦り、頬を抓り、痛みを確認してからもう一度視線を向けてみた。
『ふはははははははは! 燃えろー! 潰れろー! 風穴開けろー! 皆消えてしまえええええ畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!』
遠くから聞こえるその声。懐かしい声。その声に頭痛に襲われながらも思わず笑ってしまった。
「な、なんだあの変態……いや、ド変態は!?」
格子の向こう側ではムラタが唖然としてその光景を見ていた。いい気味だ。そうだ、いつもそうなのだ。あの馬鹿はいつもああやって予想外の方法でこちらを驚かせる。それが馬鹿馬鹿しくもあり、そして楽しい。消えていく記憶の中から浮き上がってきた思い出に思わず私は笑みを浮かべた。だから私はあいつを――
「ああ、そうだったなあ」
「……何?」
ムラタがわなわなと震えながら振り返る。その姿が愉しくて、だから私は馬鹿にする様に、しかし誇る様に言ってやることにした。
「アレが何だ、と言ったな。教えてやろう」
頭痛はまだ激しく、そして『アイツ』の名前は思い出せない。恐らく後もう少しすれば私の意識は消えるだろう。だがそれでも言ってやりたかった。宣言したかった。だから私は頭痛に顔を歪め、消えていく意識にふら付きながらも出来るだけ挑戦的な笑みを浮かべて言ってやった。
「私の自慢の相棒だ」
冒頭の布のシーン=桃色魔甲邪炎少将の衣装合わせでした
ムラタはできるだけ厨二的なしゃべり方を意識
それと炎の剣とかみんな昔考えたよね?
そして本当の意味ですべてを捨てきった主人公
この作品は変に考え込まずに頭からっぽで読むことを目指しています
だってまじめに書きすぎると書いてる本人は死にたくなるから!