4-5
彼女は一つの芸術品だ。
渇いた世界に儚くも立つ一本の木。今までにどれほどの苦労があったのか。その姿にはその歴史が刻まれている。だけどそれが何だ。その儚さが。その尊さが。彼女の生きてきた証であり、そして美しさの証拠なのだ。彼女から発せられるほのかな香りはまるで甘い蜜の様で、俺の思考を蕩けさせる。
芸術品はもう一つあった。彼女の隣で佇む、力強い女性。逞しい上腕二頭筋と金剛石すら砕けそうな程に鋭さを持った肩甲骨。それはきっと新時代の母性の象徴だ。あの力強さが、逞しさが、最近何かと話題の草食系男子を逞しく捕食……じゃなくて抱擁する魅力があって…………
「って、俺は何を考えてんだああああああああああ!?」
己の思考の悍ましさに俺は思わず頭を抱えて突っ伏した。何? 何なのコレ? 俺はなんて事を考えてんの?
「ふふふ、効果が出てきているようだねえ」
「私達の魅力を前に、ただの男など無力!」
うるせえ! 勝ち誇ってんじゃねえ化け物共! 俺が本気になればこんな奇怪な誘惑なんて効くわけが……
「ほら、私の胸に飛び込んでもいいのよ?」
「うんわかったよレクター! 君の素敵な胸筋に抱きしめ殺されたい―――って違ぁう!?」
ムキムキの胸筋を見せびらかすように広げたレクターに思わず飛びつきかけたが、ギリギリで理性が勝った。危ねえ、マジでこいつら危ねえ! もしそんなことしたら黒歴史どころじゃない。人生最大の汚点にして悪夢になりかねない。
「そ、そうだククスさん! ククスさんなら女だから誘惑なんて――」
「釘パットなんて嫌だ釘パットなんて嫌だ釘パットなんて嫌だ……」
駄目だ、虚ろな目でぶつぶつつぶやき続けて完全に使い物にならない。しかも相変わらず胸パットから釘を生やしたまま呟いている物だからはっきり言って怖い。
「ふ、どうやらお仲間も役に立たなそうだねえ」
「さあ、素直に本能に従いなさい」
「そ、そうよ! 私達の力の前にお前程度の男など無力なのよ!」
クラリス、レクター、シーズルが笑みを浮かべながら近づいてくる。ああ、なんて魅力的な姿なんだ。あの三人とめくるめく官能の世界に辿り着けたら俺は…………って違う、違うんだよ俺!? そんな事を考えてはいけない……いけない筈なのに、嗚呼! あの肩甲骨に貪りつきたい枯れ枝の様な腕を撫でまわしたい……。
「ぉ、……ぉぉぉ……っ」
「おいカズキ!? しっかりしろ! いいのか!? 本当にお前はそれでいいのか!?」
遠くから何か聞こえるがもう関係ない。それよりも俺はあの三人の下に行きたいんだ。
ゆっくりと、手を伸ばしながら俺は近づいていく。そんな俺の姿に三人は笑っている。
「堕ちたわねえ……愚かな」
「ふ、所詮そこらの男の等この程度ね。下半身でしか物を考えれないクズばかり」
「全くですね。所詮男など下品極まりない、本能だけで動く動物です」
……………ん?
「――――ちょっと待て」
「何!?」
今、俺は聞き捨てならない事を聞いた。聞いてしまった。その事実が俺の意識を誘惑の枷から一時的に開放していく。
「お前ら、今なんて言った?」
「何ですって……? いや、それより効きが弱まっている?」
「いえお姉さま、フルパワーで誘惑している筈ですわ?」
「どういうことかねえ?」
ゆらり、と体をふら付かせながら俺は問う。まだ頭は酩酊しているようでクラクラする。だが先ほどの様に桃色大三元に欲情する事は無い。それ以上に俺は……怒っていた。
「愚かだと? クズだと? 下品、だと……?」
「そ、それがどうしたというの?」
俺の様子にビビったのか桃色大三元が一歩後ずさる。そして三人に捕らわれているフェノンも不思議そうに俺に聞いてきた。
「か、カズキ? どうした?」
「どうしたもこうしたもない。おいそこのイロモノ三人衆、発言を撤回しろ」
「……?」
ああ、頭がクラクラする。そのせいか何かいつ元は違った感覚が全身を支配している。これは何だろう? 酒に酔った時の感覚に似ている。だけど俺は酒を飲んでないのでこれは酔っているのではなく敵の攻撃のせいでありつまり今の俺が何をしようと何を言おうとそれは敵のせいなのだろうそうに違いない」
「カズキ、途中から何やら不穏な思考が声に漏れているぞ……?」
「大丈夫だフェノン。俺は今アルマゲドンの如く冷静だ」
「駄目な気配しかしない……っ」
何故か首を振っているフェノン。だがそれよりも今は目の前の愚かな三人の女……? だ。
「お前らは否定したな。男の、青少年の、思春期のエロを、ぶっちゃけて言うと性欲を否定したな?」
「な、何を突然っ!?」
桃色大三元の顔が引きつった。だが俺は止まらない。その必要が無いからだ。
「そんな格好をしていながら。魅力だのなんだの言いながら。お前らはエロを否定したと言っている。―――――あえて言おう、そんな貴様らこそ愚かだと」
「ば、馬鹿な事をいうのではないわ! 私達が言ったことは事実よ。それは操られかけたあなた自体が証明しているわ」
「違う!」
びしっ、と。自分でも驚くくらいの声量で俺は否定する。
「エロは文化だ。青春だ。日本のHENTAIは世界にその名を轟かせ、毎年夏と冬には魑魅魍魎が跋扈するクトゥルフもびっくりなカオスがやっほいなイベントに世界中から勇者が集う。それは文化であり青春であり夢であり希望であり人類のあるべき姿の一つだ」
「突然何を言いだすのかねえ!?」
「そうよ! それがどうしたというの!?」
「まだわからないか……ならばもっとストレートに言ってやろう」
クラクラとする頭。それとは逆に体中に広がる解放感。それに促される様に俺は腕を上げ、そして桃色大三元を指さした。
「お前たちは、子供どうやって出来るかしっているか!?」
ブホッ、とその場にいた全員(女)が咽た。
「な、な、な、何をいきなり言い出すのよ!?」
「……わからないのか?」
真っ先に復活したのはシーズルだった。真っ赤な顔で俺を睨みながら指さし返してきた。だがそんな事は関係ないとばかりに俺は問う。
「そんな事言える訳ないでしょう!?」
「何故だ、何故言えない?」
「言わなくてもわかるでしょう。この変態!」
「そうか……。やはりお前らはその程度なのか」
「な、なんですって?」
訳がわからない、と言った様子の三人。いや、フェノンもか。そんな愚かな彼女たちに俺は説明してやることにする。大丈夫。今の俺は酔ってない筈だけど酔っててそれが全部敵のせいなのだ。何を言っても許されるのだ。
「確かにエロは公然と晒すものでは無い。どこかのエロゲ忍者もそう言っていた。だが、だが当時にエロは神聖だ。聖域だ。なぜならそのエロが無ければ人は生まれてこないからだ。アダムとイブが創生合体ゴーしたからこその人類だ。つまりエロは文化であり神話。それを否定するお前たちに誘惑の術を使う資格は無い!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!? 言ってることが意味不明な上にあなたの言葉は無理やり正当化しているようにしか聞こえない!」
「黙れ。お前らこそ自分達と真実から目を逸らしているに過ぎない。誘惑するのだろう? ならばそれは男のエロに問いかけるも同じ。だというのにエロを理解しないお前らの誘惑など深夜に聞こえる発情期の猫の鳴き声と何ら変わらない! 分からないか? お前たちは本当のエロスじゃない。俺の黒歴史ノートで得た桃色大三元の魅力。だがお前たちはその魅力に思想が追いついていないんだよ! ハリボテみてえにただ演じているだけだ!」
「そ、そんな事!」
「見た目と思想の融合……それこそがエロスのあるべき姿だ!」
どどーん、と、俺の脳内で爆発音が響いた気がした。
「お、おいカズキ? お前今すごい事言ってるけど正気か? いや、正気じゃないよな? 正気でそれなら流石の私もドン引きなのだが……」
「安心しろフェノン。お前のエロスはいつも俺に響いている」
「やっぱり駄目だった!」
何故だろう。今なら何でも出来る気がする。例えるならブレーキが利かなくなった特急に乗ったような解放感が。
「そ、そんな理由で私達の誘惑の術を破ったとでも!?」
「ああそうだ。そしてお前らに見せてやる。今思いだした、真なるエロスが導き出す技を」
そう宣言すると、俺はおもむろにズボンに手をかけ――
「って、何をやってるんですかああああああああああああああ!?」
そんな俺の脇腹にククスさんの飛び蹴りが入った。思わず俺は吹っ飛び地面を転がってしまう。その激痛のおかげか、先ほどまでのクラクラとした奇妙な感覚が吹っ飛んだ。
「…………はっ!? 俺はいったい何を!?」
「こっちのセリフですよ!? 突然とんでもない事を語りだしたと思ったら更にイカレた事しようとしましたね!? 思わず現実逃避から戻ってきてしまったじゃないですか!? 一体何をするつもりだったんですか!?」
「えっとそれは……」
何をしようとしていたんだ俺は? 何かとんでもなく致命的な事をしかけていた様な気が……。
救いを求める様に拘束されたままのフェノンを見てみる。
「…………」
何故だろう。フェノンが今までで最高レベルの冷たい目でこちらを見ていた。
「あの……フェノンさん?」
「………………なんだ?」
間が、間が怖いんですが。
「い、今すぐ助けますので今少しお待ちいただけないかと……」
「…………そうか」
うん。直ぐに助けよう。これ以上大事な物を失わない内に。
俺は誤魔化すように面を上げると敵を睨む!
「と、ということで覚悟しろ!?」
「お姉さま、何故でしょうか。あの男が私たち以上に慌てて見えるのは」
「やっぱり男って愚かなんじゃ……」
「う、うるさい! それよりこれでお前らの術は聞かないしククスさんも復活して人質のフェノンからも巻き添え攻撃の許可がおりてる! お前達にもう勝機はねえ!」
「カズキ様、勢いでなかったことにするつもりですね」
聞こえなーい! もう何も聞こえなーい! このままいつもの様に魔術ぶっ放して何もかもうやむやにしてやる! フェノンごとでOKでククスさんも時間を稼いでくれるならそれも可能なはず!
「行くぞ!? 閃天交叉し――」
「閃天交差し我放つ――天より墜ちる滅びの籠」
え? この声は……?
「遊びは終わりだ――≪ネオ・テスティクル≫」
突然だった。突然聞こえてきたのは男の声。そして呪文だった。そしてそれを引き金として俺とククスさんの頭上に黒い光が収束していく。そして唸りを上げて一瞬で収束したそれは一気に俺たち目掛けて墜ちてきた。
「なっ!?」
「カズキ様、これは!?」
避ける暇もない。俺とククスさんはその光の直撃をモロに喰らってしまう。ずんっ、と体中が叩かれた様な重い衝撃が走り肉体が軋みを上げるのが分かった。
「がああっ!?」
「きゃああ!?」
「カズキ!? ククス!?」
全身が重く、そして痛い。肺から息が漏れて苦しい。だが息を吸おうにもうまく呼吸が出来ず地面をのた打ち回った。間違いない。今の呪文は俺の雰囲気でつけた魔術シリーズの一つ、≪真・睾丸≫! 後から意味を知ったときは俺ですら頭を抱えたオリ魔術だ。そしてそれを放ったのは……
「全く。何を手古摺っている」
「お、お前は……!?」
そこに居たのは男だった。俺と似たような黒髪黒目。高い身長に整った顔立ち。どこか呆れた様な、そしてこちらを見下した様な目。黒のローブに身を包んたその男が桃色大三元の隣にいつの間にか現れていた。そして俺はそいつを知っている。
「魔王様!」
あれほど男を馬鹿にしていた桃色大三元の三人が一斉に跪いた。だがそいつはそれを一瞥すると俺に視線を寄越す。
「久しぶりだな。林」
「なんで……なんでお前がここに……?」
「見てわからないか? お前と同じだよ」
そういってニヒルに笑った男。なんという事だ。そして漸く合点が言った。何故桃色大三元が俺やフェノンの弱点を理解して襲ってきたのか。そしてあいつらが言っていた『あのお方』の正体が。
「カズキ……まさかこいつは……っ!?」
フェノンも気づいたらしい。当然だろう。フェノンだって俺と同じ疑問を持っていた筈なんだ。そして俺とこいつの反応を見て気づいたのだ。
「お前のそんな姿を見て俺は気分が良い。だが、まだ足りん」
「なんでだ……なんでお前がここに居る!?」
俺は痛みすら忘れて、そいつを睨み叫んだ。
「何故なんだ、答えろ…………村田!」
「……………………って誰だ!?」
あれフェノン? 気づいたんじゃ無かったの?
加藤ではなかった!